もうすぐ午後7時。西の空に微かに紅を残し日が暮れようとしている。
曇り空の一日だったけれど午後にはつかの間の青空が見える。
それから一気に気温があがり30℃を超えていたようだ。
まだ夏なのかもう秋なのかまさに季節の変わり目なのだろう。
彼岸花がぽつぽつと咲き始めて今年はずいぶんと早い気がする。
ゆるりと仕事。特に急いだ仕事もなかった。
事務所に一人でいるとつい文庫本を開いてしまう。
さぼっているように見えるけれど留守番だと言えば恰好がつく。
電話が鳴れば出る。来客があれば応対する。
定時でタイムカードを押し帰路についた。
いつものように夕飯のメニューを考えながらのこと。
ラジオからは相川七瀬の「恋心」が流れていた。
今日は娘の帰宅が遅くなる日だったので
今朝あやちゃんに相談したら「かんたんな物でええよ」と。
その一言がやたらと嬉しかった。手を抜いても良いと言うことだ。
お刺身は必須で盛り合わせを半額でゲット。
後はスペアリブを焼くだけ。丸美屋の麻婆豆腐。
長野産のブロッコーリーを茹で胡瓜のスタミナ漬け。
わずか30分で夕食の支度が整う。
今夜はダンス教室があるので娘が帰宅するなり夕食。
めいちゃんは眠そうだったけれど頑張って出掛けて行く。
どんな風にダンスを踊っているのだろう。
動画で良いから一度見てみたいものだ。
とりとめのない日記になってしまったけれど
これを書き終えてこそ私の一日が終わるのだった。
いつも読んで下さっている方々には感謝しかない。
おまけに投票ボタンまで押して下さっている方がいることを
つい最近になって知ったのでした。身に余ることです。
何の変哲もないつまらない日記に本当にありがとうございます。
窓の外はすっかり夜になった。
秋の虫たちが大合唱をしている。今夜もぐっすりと眠れそうだ。
9月の声を聞くなり日暮れが早くなったようだ。
もう薄暗くなっていて虫の声が聴こえ始めた。
なんだかしんみりとしてしまう。
夏の終わりはどうしてこんなに物悲しいのだろう。
長かった夏休みが終り孫たちの新学期が始まる。
久々のランドセルの重さに小柄なめいちゃんは倒れてしまいそう。
それでも大丈夫と笑顔を見せて元気に登校して行く。
路地を曲がる時にふたりが手を振ってくれて嬉しかった。
どうか無事にどうか安全にと祈るばかりの朝のこと。
職場は開店休業。今日は同僚も稲刈りだった。
最近は体調が良いようだけれどやはり気遣わずにいられない。
変わり仕事をするとどうしても身体に堪えるものだ。
同僚も60歳が近くなった。そろそろ無理の効かない年頃。
義父も稲刈りだったけれど昨日のワクチン接種の副反応か
倦怠感があるのを無理をして出掛けて行く。
もう少しで終わるのだそう。なんとしてもと意気込みを感じる。
義父曰く「病は気から」何事も弱気になってはいけないのだそう。
そんな義父の影響を私も少なからず受けているのだと思う。
もう駄目だと思ったら本当に駄目になることを学んだ。
帰宅したら玄関にランドセルがありほっとする。
今日は始業式で授業も早めに終ったようだった。
さっそくに宿題も出たようであやちゃんは一気に難しくなったと
お風呂に入って寝る前に娘が教えてあげると約束をしていた。
夏休みとはまた違った日常が帰って来たことを感じる。
また少しずつ慣れてくることだろう。
笑顔ばかりの日とは限らないけれど笑顔になろうとすることは出来る。
我慢もしなければいけない。立ち向かう勇気だって必要。
あやちゃんは夏休みの間に「理不尽」という言葉を覚えたらしい。
意味が分かっているのかは定かではないけれど
「りふじんね」と口癖のようにつぶやいている。
窓に西陽のあたる部屋の室温は33℃。
エアコンと扇風機でクールダウンしながら夕焼け空を見ている。
8月もとうとう最後の日。もうすぐ日が暮れることだろう。
今日のコロナ感染者数93名。そのうち5名は四万十市とのこと。
最近になってやっと詳しい情報が入るようになった。
不安はつのるばかりだけれど仕方ないことなのだろう。
とにかく身を守らなければいけない。なんとしてもだ。
明日から新学期が始まるのでけい君の送迎の段取りがあり
じいちゃんが息子に電話したらしばらくは接触を避けたいとのこと。
人一倍神経質で用心深い息子ならばと頷ける話だった。
息子が送迎できない日は歩かせるから大丈夫と言ったそうだ。
学校からマンションまでけっこう距離があるので心配だけれど
いつまでも親や祖父に甘えているよりは良いのかもしれない。
逞しくなるチャンスだと思ってしばらく様子を見ようと思う。
ただけい君に会えないのが少し残念でならない。
けい君ばかりか息子達ともしばらく疎遠になってしまいそうだった。
コロナが憎いとは思わないけれどどうしようも出来ないこと。
日本中がパニックになるような災難としか言いようがない。
やまない雨がないように終わらないコロナもないのだと信じたい。
| 2021年08月30日(月) |
無題には出来ない一日 |
日向にいると眩暈がするような暑さ。
けれども木陰に入るとずいぶんと涼しい。
暑さの峠も今週いっぱいのようだ。
今朝は山里に差し掛かるなり藁の匂いが漂う。
いや糠の匂いだろうか。それともお米の匂いだろうか。
ここ数日でずいぶんと稲刈りが捗ったようだ。
木曜日ごろからまたお天気が崩れるとのこと。
義父がなんとしても稲刈りを終わらせようと躍起になっている。
職場は来客が多くてんてこ舞い。同僚一人ではとても手が回らない。
お客さんに迷惑がかからないように私も対応に追われる。
少しパニック状態になっていたところに
常連のお客さんが来てくれて新車のトラックを買ってくれるとのこと。
本来なら義父の役目だけれど私が商談に応じる。
9月になったらすぐに契約してくれるとのことまるで夢に餅だった。
鼻高々に義父に報告するわけにはいかないなと思う。
契約は義父に任せて私は一切口出しをしないことにしよう。
そんなこんなで仕事は忙しくてもとても遣り甲斐があり楽しい。
一時間の残業になり程よい疲れ。娘と二人で洗濯物をたたむ。
それからすぐに夕食の支度にとりかかる。
例のごとくあやちゃんが「ばんごはんはなあに?」
その時私は軽くプレッシャーを感じるのだけれど
今日はあやちゃんの好きな鮭の塩焼きがあったので良かった。
家族6人が揃って夕食を食べることは殆ど無くなったこの頃。
じいちゃんと私が食べ終わった頃に娘達がやっと食べ始める。
なんだかそのほうが良いみたい。食器洗いも楽ちんだった。
あやちゃんが朗らかによくしゃべっている。
その声を聴けるだけでなんだかとても嬉しく幸せな気持ちになる。
連日の猛暑日。なんと誇らしげな夏の後ろ姿だろう。
去らなければいけないから尚更微笑んでいるようだった。
やがて秋の風が吹く。その時に哀しい顔をしてはいけない。
早朝よりお大師堂へ。今日はあるお遍路さんの命日だった。
もう9年の歳月が流れてしまったようだ。
初めて会った日は寒さ厳しい冬のことで
お大師堂の片隅で肩を震わすようにして佇んでいたこと
修業僧として京都のお寺を出てから幾日目だったのだろうか。
もう耐えられないとひどく嘆いていたことを憶えている。
それが12年前のことその後3年の修業の間に何度か再会を果たす。
よほどの縁があったのだろう。偶然とは言い難い再会であった。
最後に会った日のことは一生忘れることは出来ない。
満面の笑顔であった。まるで苦しみや辛さから解放されたような
清々しさを感じたのは気のせいだったのだろうか。
その3日後に彼は自らの命を絶った。
そうすることで救われたのだとは決して思いたくはない。
大きな罪を犯したのだと今でも思っている。
けれども赦してあげなければいけない。認めてあげなくてはいけない。
魂はいま何処を彷徨っているのだろう。あまりにも不憫であった。
お大師堂で般若心経を唱えながら声が震えていた。
思い出すことが供養になるのならと今夜ここに記す。
| 2021年08月28日(土) |
おひさまおつかれさま |
快晴。最高気温が37℃近くあったようだ。
まさに猛暑。残り少ない夏が力を振り絞っていたのだろう。
おひさまおつかれさま。いま西の空に沈もうとしている。
娘達と同居を始めて今日で7年。
ちょっとした記念日のように思い起こしながら過ごす。
歳月の経つのはほんとうに早いものだ。
あやちゃん9歳。めいちゃんも7歳になろうとしている。
かけがえのない大切な家族。なんとしても守りたいものだ。
いつまでも一緒にと願いつつ覚悟も出来て来たこの頃。
ある日突然にそれを言われても狼狽えはしないだろう。
父も母も老いて来たけれど引き止める権利はないと思う。
夫婦ふたりの静かな暮しもまた良いのかもしれない。
娘は仕事。娘婿は素潜り漁に出掛け孫たちと過ごす。
とは言えもう全く手が掛からず昼食を用意しただけだった。
まるで宿の中居さんのように部屋に運ぶのが私の役目。
とにかくそっとしておく。二人ともそれを望んでいるよう。
まだ紙オムツをしていた幼い頃を思い出す。
部屋におまるを置いてありトイレの練習もしたものだ。
少しでもお昼寝をさせようとドライブにも行った。
寝てくれたらこれ幸いと抱っこして布団に運んだり。
お守はほんとうに大変だったけれどなんと懐かしいことだろう。
過ぎ去った日々はそうして思い出になっていく。
夕飯時。娘達は庭でバーベキューを始めた。
一緒にと誘ってくれたけれど今日も遠慮する。
それが少しも寂しくはなかった。むしろ微笑ましくて。
娘達は家族四人水入らずを楽しんでいるのだなと思ったのだ。
執着心と言うものだろうか。そんな余計なものがなくなると
ずいぶんと心が楽になるものだなと思う。
じいちゃんと向かい合ってにこにこしながら夕飯を食べた。
35℃を越す猛暑日。夏はまだまだ健在のようだ。
8月は雨の日があまりにも多かったので
厳しい残暑がむしろ心地よく感じている。
朝の山道の途中に「伊平さんのお墓」があって
その傍らに桃色のムクゲの花が咲いていた。
いつもなら通り過ぎてしまうのだけれど
今朝は車を停めてしばし花を愛でつつ
お墓に手を合わせてから職場に向かった。
伊平さんは明治時代のお遍路さんだったらしい。
行き倒れて亡くなってしまったのを地元民が手厚く葬ったとのこと。
遍路道ならではの言い伝えがありとても感慨深く思う。
初夏には紫陽花の花が。夏にはムクゲノ花が咲く。
伊平さんの故郷は定かではないけれどこの地で安らかに眠っている。

午前中に娘からメールがあり職場の同僚は陰性だったとのこと。
ほっと胸を撫で下ろしたけれどまだ油断は出来ないと思う。
数日経ってから症状が出る場合もあるらしい。
せめて一週間位は様子を見たほうが良さそうだった。
かと言ってあまり神経質になってもいかず複雑な思いがつのる。
こればかりは何とも言えない。時の経つのを待つしかないだろう。
もし陽性だったら我が家は大パニックになっているところだった。
それを思うとやはり救われたことになるのだろう。
孫たちに我慢を強いてしまったけれど二人ともよく聞き分けてくれた。
今のところストレスを感じている様子もなく何よりに思う。
伸び伸びと自由に動きまわれる日はまだ遠いかもしれないけれど
このコロナ禍のなかでいかに逞しく育つかと言うこと。
おとなもくよくよ嘆いてばかりいてはいけない。
今こそ立ち向かっていくべき時なのではないだろうか。
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