晴れたり曇ったり。朝のうち少しだけにわか雨が降る。
気温は30℃ほど。もう猛暑日になることもないだろう。
二十四節気の「処暑」日に日に夏が退いて行く季節になった。
いつも通りに4時に起きたけれどネットが繋がらず
光ブロードバンドにしてから時たまそんな時がある。
NTTに比べると回線状態が不安定なのだろうと思う。
ルーターを再起動するとすぐに復活するのだけれど
娘たちの寝ている部屋に置いてありさすがに諦めるしかなかった。
そうだ本を読もう。またまた活字中毒が始まった夜明け前のこと。
昨日買った本を読み終えまた読む本が無くなってしまった。
山里の公民館の図書室に返却本と一緒に持って行く。
てっきり快くもらって頂けるものと思っていたのだけれど
そんなふうにして持ち込む人が多いと見えて
物置にたくさん在庫本が在るのだそうで断られてしまった。
なんで物置にと腑に落ちなかったけれど
ちいさな図書室の事で置くスペースがないのも頷ける話だった。
移動図書のコーナーに高知県立図書館からの本が届いているとのこと
係の女性が「東野圭吾もありますよ」と教えてくれて2冊借りる。
これでしばらくは安心かなと思う。ゆっくり読まなければいけない。
また昔の話になってしまうけれど高卒で就職したのは本屋さんだった。
「ほるぷ」という書籍販売の会社の営業所だったのだけれど
主に百科事典や文学全集などの高価な本を扱っていた。
営業マンか大勢いて朝礼が済むとみな勇ましく出掛けて行く。
事務員は私一人で所長から見本の本をいくらでも読んで良いと。
なんとも恵まれた職場だったのだろうと今更ながらに思う。
営業所の壁一面が本棚だったのだ。読み放題とはこのこと。
けれどもどんな本を読んだのか今はよく憶えてはいなかった。
19歳と言う若さのせいもあったのだろう
配送係のH君と恋に落ちてしまったのだった。
たまたま日曜日の配達指定があった時など一緒に配達に行った。
確か児童施設だったと記憶している。大勢の子供達に囲まれて
「お兄ちゃんお姉ちゃんありがとう」と子供達の声がとても嬉しかった。
19歳の4月。私はH君と結婚した。
その7ヶ月後20歳の誕生日を待たずに離婚したのだった。
母に会いに行こう。そうして7年ぶりに母に会えた。
| 2021年08月22日(日) |
どうやら活字中毒らしい |
曇りのち晴れ。快晴ではなかったけれど陽射しに恵まれる。
辛抱して待ち続けていたかいがあったようだ。
少し蒸し暑くなったけれど南風が心地よく吹き抜けていく。
明日はもう「処暑」夏は潔く去って行くのだろうか。
それもなんだかせつない。まだまだ夏の名残を感じていたいものだ。
朝のうちにお大師堂へ。また日捲りの暦が18日のままだった。
雨ばかりの日々が続いていたので無理もないことだろう。
Sさんやお参り仲間さん達の顔が目に浮かぶばかり。
私も2週間ぶりでずいぶんと疎かにしていたのだった。
出来ることは限られているけれど精一杯のことをしたいと思う。
9時の開店を待ちかねてドラッグストアーに買い物。
一週間分のビール等を買い求め車に戻ったら
すぐ側に折りたたんだ千円札が落ちていた。
一瞬失敬してしまおうかと思ったけれどやはり良心が咎める。
店員さんに届けたら防犯カメラに落とし主が映っているかもと。
黒いワゴン車が停まっていたことを告げて帰って来た。
たかが千円と思って良いものか。千円あれば焼酎が買える。
どうやらすっかり活字中毒になってしまったらしく
山里の図書室で借りていた本を昨日のうちに読み終えてしまって
読む本が無いと言うだけでどうにも落ち着かない午後だった。
ツタヤに行って110円の中古本を買って来る。
一昨年だったか断捨離で本棚と本を処分してしまったので
なるべく図書室を利用するようにしていたけれど仕方ない。
読み終わったら訳を話して図書室で引き取ってもらおうと思う。
中古本にしては状態が良いのできっと大丈夫だろう。
憧れるのは暇さえあれば本を読んでいられるような暮し。
この先いつになるのか分からないけれど仕事を辞められたら
きっとそれが叶うだろう。あと5年。10年は長すぎる。
今はゴールが見えないけれど明日からまたぼちぼち頑張ろう。
曇り時々雨。なんだか空が壊れてしまったような気がする。
痛くはないか辛くはないか。何も言えない空はただ泣くばかり。
週間天気予報を見ていたら来週の木曜日に晴れマークがあった。
もう少しの辛抱だ。私まで泣くわけにはいかない。
午前中にカーブスへ。しばらくは土曜日だけになることを伝える。
平日の慌ただしさに加えコロナ感染の不安も大きい。
なるべく人の集まる場所には行かないほうが無難に思える。
感染対策は万全であっても万が一の事が無いとも限らなかった。
日に日に感染者が増えている高知県。
今日も過去最多を記録する。大きな危機感と不安が襲って来るばかり。
孫たちの夏休みも残り少なくなった。新学期からの心配も大きい。
めいちゃん夕方になり一度帰宅するも今夜もお泊りとのこと。
娘はそれを許す。私は少しご機嫌斜めだった。
それを察したのかめいちゃんが手紙を書いてくれた。
それには「みんなだいすき」と書いてあった。
子供心に罪悪感のようなものを感じているのかもしれない。
笑顔で送り出してあげれば良かったと少し悔やまれる。
あやちゃんは朝食も食べずに部屋に閉じ籠ったきり。
さすがにお腹が空いたのか昼食はたくさん食べてくれた。
3時のおやつにみかんの缶詰が食べたいと言うので部屋まで運ぶ。
それから固定電話が何度も鳴りお友達からの電話だったよう。
明日の予定があるらしいけれど何も教えてくれない。
晩ご飯も食べずお風呂にも入らず今も部屋に閉じこもっている。
それに対しても娘夫婦は何も言わない。
放任主義と言うのとはちょっと違うと思う。
とにかくそっとしておいてあげなければいけない年頃なのだろう。
「おまえは口出しするな」とじいちゃんに釘を刺されてしまって
なんだかあやちゃんが家族ではない遠い存在に思えてくるのだった。
寂しいものだなとしみじみと思う。
すっかり日が暮れてまた雨がぽつぽつと降り始めた。
星も見えなければ月もない。
空も寂しいだろうなあと思うばかり。
深夜から夜明け前まで激しい雨。
土砂災害の危険があるとのことで市内全域に避難指示が出る。
エリアメールが鳴り響きざわざわと落ち着かない夜明け前だった。
幸い我が家は山沿いではなく安心に思えたけれど
山沿いの地区では気が気でなかったことだろう。
避難をと言われても戸惑うばかりではなかっただろうか。
夜が明けると雨がやみ雲間にちいさな青空が見えていた。
そんな青空が次第に広がり午前中は久しぶりに陽射しがあった。
ツクツクボウシが鳴き一気に晩夏を感じたのは言うまでもない。
つかの間の青空だった。午後にはまた小雨が降り始める。
それもつかの間。今は雨もやんでいて静かな夕暮れ時となった。
めいちゃんがまあちゃんの家に泊まりに行くのだそうで
はしゃいでいるかと思えば晩ご飯を食べたがらない。
どうやらまあちゃんの家でご馳走になるつもりなのか。
そういうのは駄目。ちゃんとケジメをつけさせたいのだけれど
めいちゃんいわく「おとまりとはそういうもんです」と。
いつの間にそんなことを言うようになったのかもう苦笑いしかない。
なんだかこの夏休みの間に一気に成長したように感じる。
けい君もきっとそうだろう。母親の入院は辛かったけれど
もしかしたら良い経験が出来たのかもしれなかった。
親離れの初期的なものと言えば良いのだろうか。
いろんな経験を積みながら子供には自立心が芽生えてくるものだ。
それは一歩一歩のこと。おそるおそるに見えても
子供は挑戦し少しずつ逞しくなっていくのだと思う。
おとなはそれ以上に逞しくならなければいけない。
わかりますか?そこの貴女。泣き言はいい加減にしましょうね。
夜明け前には激しい雷雨。
稲妻が光ったと思ったらまるで空が壊れたかのような轟音。
豪雨も怖ろしいけれど雷はそれ以上に怖ろしい。
日中は幸いにも殆ど雨が降らずに済む。
青空を待ちかねている稲がすっかり倒れてしまって
米農家の人達はもうお手上げだと嘆いている。
義父もその一人。嘆くのは通り越してしまって
「もうなるようにしかならん」とやけくそ状態だった。
自然相手の仕事はなかなか思うようにはいかないものだ。
一日も早くお天気が回復することをただただ祈るばかり。
仕事を終えて帰宅するなりカーブスから電話があった。
開口一番に体調を気遣ってくれたのだけれど私は元気。
ただ時間の余裕がないことを伝えながら少し虚しくなった。
一番に仕事。二番に家事。カーブスはその次なのだと思う。
仕事を終えてから行くには余程の無理が必要だった。
出来ることならばマイペースを貫きたいものだ。
電話はありがたかったけれどなんとも複雑な気分になる。
孫たちがダンス教室の夜。夕方からめいちゃんが寝てしまって
娘が無理やり起こしたものだからご機嫌斜めのまま出掛ける。
夕飯も食べずに行ったのでどんなにかお腹を空かせていることだろう。
あやちゃんはとても楽しみにしているけれどめいちゃんは?
よけいな老婆心かもしれないけれどなんだか心配になってしまった。
おとなにも子供にも楽しみなことはたくさんある。
おとなは優先順位を決められるけれど子供はどうなのだろう。
もしかしたら親が優先順位を決めているのかもしれない。
「ただいまあ」と元気に帰って来てくれたらほっとする。
晩ご飯をいっぱい食べてぐっすりと眠ってくれたら言う事なし。
マイペースは簡単そうで難しい。そんな事をふと思う夜になった。
雨が降ったりやんだり。時おり強く降る。
太平洋高気圧が少しずつ勢力を増して来ているとのこと
長雨ももう少しの辛抱だと思う。耐えなければいけない。
朝の山道で栗の実が転がっているのを見た。
まだ緑のイガで小さくてとても可愛らしいのだ。
なんだかマリモみたいだなと思った。
それなのに車で轢いてしまってごめんなさい。
ちいさな秋を見つけた朝のことだった。
娘40歳の誕生日。今夜はささやかにお祝いをする。
娘の歳を忘れたじいちゃんが「さんじゅうくかよ」と言って
私が「しじゅうで」と教えたら「ほんまかよ」と驚いていた。
それから20歳の頃の話になって「あれから20年かよ」と
よく朝帰りをしていて玄関で寝ていたことなどを話す。
夜遊びではなく夜の蝶のバイトをしていたのだった。
父親には内緒だったけれどすぐにバレてしまっていた。
そのバイトのおかげで今のお婿さんとも出会えて結果は良し。
結婚は少し晩婚だったけれど宝物のようなふたりの孫を授けてくれた。
「めでたし、めでたしよね」と今夜はおおいに笑い合った。
ただ結婚式を挙げていないので娘の花嫁姿は幻となる。
当然の事だけれど両親への感謝の言葉などもなく
「じゃあ行くね」と言ってあっけなく家を出て行ったのだった。
そんな娘が今はひとつ屋根の下にいる。
同居を始めてもうすぐ7年になろうとしているけれど
事あるごとに「いつまでも居ないからね」はもう口癖になったよう。
私もじいちゃんも覚悟はしている。
孫たちもどんどん成長しているのだ。同居にも限界があるだろう。
「じゃあ行くね」またそう言って出て行くのかもしれない。
おひさまのような娘がいなくなってしまったら
毎日雨が降り続くのかな。ふとそんなことを思う夜のこと。
時おり土砂降りの雨が降る。それは怖ろしいほどに。
もう幾日降り続いているのか分からなくなった。
ふと蝉のことをおもう。鳴き声ひとつ聴こえないけれど
鳴きたくとも鳴けずまま亡骸になってしまったのではないか。
地上での7日間。雨に打たれながら木にしがみついていたのか。
それでも生きていたのだと思い残すこともなかったのだろうか。
なんと憐れなことだろう。雨はまるで蝉たちの鎮魂歌のようだ。

けい君の血液検査の結果がわかった。
仕事を終えてから総合病院の小児科へと向かう。
医師も驚くほどの結果で私もいささか衝撃を受ける。
どうやら生まれつきのアレルギー体質らしかった。
猫、犬、ダニ、杉花粉、蕎麦、小麦、卵、牛乳等。
とにかく避けられるものは極力避けるようにと指示を受ける。
食物は意外だった。幼い頃からずっと食べていて
特に今まで異変もなかったから寝耳に水のようなこと。
これからの食生活をどうすれば良いのかと途方に暮れる。
息子に知らせたらパニック状態になっていた。無理もないこと。
特に猫は家族の一員でけい君が生まれる前から飼っている。
どこまで神経質になれば良いのか今はよく分からない。
ただ息子たちの苦労がまた大きくなったことは事実だった。
母がお世話になっている施設のある病院でもあり
相談室に顔を出してケアマネさんに声をかけたら
母がちょうどリハビリ室に居るとのことで
遠くから顔を見るだけならと特別に面会を許してもらえた。
なんとも思いがけないことで目頭が熱くなる。
10メートル程離れていただろうか。母の声は聞きとれない。
私も大きな声を出せずにただただ母の元気そうな姿を目に焼き付ける。
何度も何度も母の夢を見ていた。決して幻ではない母の姿だった。
今度はいつ会えるのだろうか。それさえも分からないのだ。
奇しくも今日の感染者は過去最多の40人と聞く。
高知県は昨日とうとう「特別警戒」となったばかりだった。
日に日に押し寄せて来るコロナの波にもまれながらも
日々の事を精一杯にとにかく我が身を家族を守らなければいけない。
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