| 2021年07月20日(火) |
いっぱいの「よくできました」 |
夏空と南風。さほど蒸し暑さも感じず爽やかな真夏日。
陽射しを待ちかねていたように稲穂が風に揺れていた。
稲には早稲(わせ)中手(なかて)遅手(おそて)とあり
一面の田んぼを見渡すとそのコントラストがとても鮮やかに見える。
たとえば早稲は穂を実らせ少し黄色っぽく色づき始め
遅手はまだ青々とした緑のままでいるのだった。
職場はそんな田園地帯にあり見ているだけでなんとも心が和む。

小学校の終業式。孫たちは明日からの夏休みを楽しみにしていた。
あやちゃんはもうすっかり慣れているけれど
一年生のめいちゃんには毎日が試練だったのではないだろうか。
重いランドセルを背負ってよく頑張って通ったものだと思う。
しんどい日もいっぱいあったことだろう。
朝から泣いていた日もあったけれどちゃんと学校に行けた。
どんなに疲れて帰って来ても宿題をしてほんとうにえらかった。
ふたりの通知表を見せてもらって微笑まずにはいられなかった。
あやちゃんの算数はすごい。「よくできました」の丸がいっぱい。
体育は少し苦手だけれど水泳で25メートル泳げたのだそうだ。
めいちゃんは初めての通知表なので先生の配慮があったらしく
すべての教科に「よくできました」の丸が付いていた。
一生懸命頑張ったご褒美だと思う。どれほど励みになることだろう。
ふたりを褒めてあげようと思って通知表の話をしたら
あやちゃんには「勝手に見るな」と叱られてしまった。
もう「おばあちゃん見て、見て」と言う年頃ではなくなったらしい。
それもなんだか寂しいけれど成長した証なのだろう。
二学期からはこっそり見て何も言わずにいたほうが良さそうだ。
中学生、高校生になったらもう見ることも叶わなくなることだろう。
昔々をふと思い出す。私は両親に通知表を見せた記憶が殆どない。
高校生の時の赤点など父は知らぬままだった。
「見せろ」とも言わなかったそれが父の優しさだったのだろう。
雨のち晴れ。午前中は土砂降りの雨になる。
それがぴたりとやみすぐに青空が見え始めた。
そんな青空を待っていたかのように梅雨明けのニュースが流れる。
どうやら梅雨の別れ雨だったようだ。なんと潔いことだろう。
青空になればもくもくと入道雲。すっかり夏空になりおどろく。
今日は土用の入りあと3日もすれば大暑となる。
いよいよ本格的な夏となり今度は猛暑に耐えなければいけない。
けれどもそんな夏が苦手ではなくむしろ楽しみたいと思っている。

仕事から帰宅して間もなく孫たちの下校時間になった。
じいちゃんが県道の横断歩道のある所まで迎えに行く。
そうしてあげないとめいちゃんが上級生達に迷惑をかけているらしい。
ランドセルを背負って歩いて帰るのがよほど辛いのだろう。
人一倍痩せっぽっちで小柄なめいちゃんのことだった。
今日はあやちゃんがランドセルを持ってくれていたよう。
午後からの夏空に顔を真っ赤にして汗だくになり帰って来る。
すぐに宿題も出来ずしばらくダウンしているところに
まあちゃんが玄関のチャイムを鳴らして遊びに来たのだった。
仕方なく訳を話して帰ってもらったけれど10分もしないうちに
またチャイムを鳴らすので少し苛立ちながら帰ってもらった。
娘の帰宅が遅くなる日だったので一人で夕食の支度に励んでいたら
またチャイムが鳴るのだった。思わず「またか」と声が出ていた。
そうして「今日は遊べないから」とキツイ口調になってしまった。
幼い子供にそんな言い草はないだろうと後からじいちゃんに叱られる。
まあちゃんはただ自転車の空気入れを借りに来ただたけだったのだ。
よく話も聞かず追い返してしまって本当に済まない事をしたと思う。
ただ幼稚園児と小学生は違うのだと思う。
宿題もせずに夕方まで遊ばせるわけにはいかない。
それが最低限の決まり事なのではないだろうか。
私はいつだって厳しいおばあちゃんなのかもしれないけれど
愛情とはいったい何だろうと考えさせられる今日の出来事だった。
雨のち曇り。午前中は雷を伴う大雨となる。
洪水警報が発令され市内の各地に避難指示が出ていた。
幸い私の住んでいる地区は四万十川の河口に近く
川幅が広いおかげで避難の対象にはならずに済んだ。
それでも降り過ぎる雨には恐怖心を感じずにはいられない。
じいちゃんは船着き場に船の様子を見に行っていたよう。
かなり増水していたけれど大丈夫だろうと帰って来た。
私は土砂降りの雨のなか街に買い出しに。
日曜日は一週間分のビールをまとめて買う日だった。
おまけに今日はお米も買わねばならず大きな荷物になる。
あまりの雨に傘が役に立たず足元はびしょ濡れになってしまう。
午後には警報が解除されほっとする。もう大雨の峠は越えたよう。
お昼にずっと我慢していた禁断のラーメンを食べてしまって
ぷっくりと膨れたお腹を持て余すようにしながらお昼寝をした。
久しぶりに食べたラーメンはとても美味しかったけれど
本気でダイエットを始めてからずいぶんと胃が小さくなったようだ。
カーヴスでは食べて痩せるダイエットを推奨している。
良質のたんぱく質と野菜でそれが叶うのだそうだ。
たんぱく質は筋肉を作り痩せやすい身体を作るのだそう。
かと言って炭水化物を一切摂らないのはなかなかに厳しい。
ラーメンはもちろんのことお素麺も粉物も控えなければいけない。
そんな我慢がストレスにならなようになんとしても頑張りたいものだ。
夕飯は鰹のひっつけ寿司を作る。私は鰹だけを食べた。
お昼のラーメンを許せばお寿司などもっての外だと思ったのだ。
この歳になってダイエットなどと愚かなことかもしれないけれど
私は今の体型がとても醜いと思っているのは事実だった。
目標を決めれば未来も明るくなることだろう。
きっと10年前の私に戻って見せようではないか。
雨が降ったりやんだり。時おり激しく降り雷も鳴った。
梅雨の末期だと分かっていてもなんだか不安になる。
ご近所の車庫のそばに浜木綿(はまゆう)の花が咲いていて
雨に打たれているのをそっと見守るようにして眺めた。
純白の大きな花はまるでひとの姿のようでもある。
倒れはしないかと心配をよそにそれはとても凛と立っていた。
憐みなど要らないと声さえも聴こえてきそうであった。
午前中にカーヴスへ行き心地よく汗を流してくる。
顔なじみのお仲間さんも多くなりそれも楽しみであった。
黙々と筋トレに励んでいる姿を見ると自分も頑張ろうと思える。
週に3回の目標だけれど今週は今日で2回目。
仕事を終えてからの事でそれも仕方ないことなのだろう。
お昼にめいちゃんを迎えに行く。昨夜からずっとまあちゃんと一緒で
ちゃんとケジメをつけさせたいと強く思っていた。
親しき仲にも礼儀ありではないけれどいくら子供でも度が過ぎる。
ずっと一緒に遊びたい気持ちは分かるけれど
ご飯時にはきちんと家へ帰るようにさせたかったのだ。
ぐずぐずして帰ろうとしないめいちゃん。それを引き止めるまあちゃん。
さすがに堪忍袋の緒が切れて「いいかげんにしなさい」と怒鳴っていた。
子供のしつけは親がするもの。祖父母は口を出してはいけないのだそう。
いくらそう言われても叱るべき時にはしっかりと叱りたい。
やっと孫たちの昼食が終り茶の間で借りて来たDVDを観る。
もう数年前の映画だけれど「ナミヤ雑貨店の奇跡」
今朝原作を読み終えて居ても立ってもいられなくなっていた。
東野圭吾の作品は必ずと言って良いほど映画化されるので見逃せない。
いかに原作に忠実であるかも確かめなければいけなかった。
エンディングで3人の主人公の若者達の将来の姿が映し出され
それは原作には書かれていなかったけれどとても感動した。
もしかしたら敢えて書かなかった未来の姿だったのかもしれない。
雨がまた本降りになった。今夜は雨音を聴きながら眠ることにしよう。
今日はとても充実した1日だった。
雨のち曇り。幸い小雨のままで済んだけれど
高知県東部には強い雨雲がありかなりの雨量だったようだ。
引き続き明日も警戒とのこと災害に繋がらない事を祈っている。
来週には梅雨明けになりそう。もう少しの辛抱だと思う。
お昼過ぎまで仕事をして午後はいつもの病院へ。
先月から薬が変わっていたので診察を受けるように言われたけれど
医師に会いたくない気持ちが大きく丁重にお断りする。
別に不満があるわけでもなかったけれど拒絶反応があった。
問診のみで処方箋を出してもらえて良かったけれど
わずか一分足らずの医師の問いかけにもひどく緊張する。
若い医師には罪はない。私が我儘なだけなのはよく分かっていた。
しばらくは時の薬が必要に思う。少し気持ちの整理をしたいのだ。
病院の待合室で懐かしい人に会った。
おかげで重苦しかった気分がずいぶんと楽になる。
彼女は若い頃からのバドミントン仲間だったけれど
今でも時々練習に通っているそうでひたすら凄いなと感心する。
とても元気そうに見えるけれど彼女も高血圧の治療をしているとのこと。
みんな歳には勝てないのか。それでもやれば出来るのだと思った。
私も出来ることなら生涯スポーツと呼べるほど続けてみたかった。
あんなに大好きだったバドをどうして諦めてしまったのだろう。
一番の原因は運営していたクラブを廃部に追い込んでしまったこと。
若いメンバーが沢山居たにも関わらず後継者が誰も居なかった。
必死の思いで声をかけたけれど誰もが首を横に振ったのだった。
その時私は自分の無力さを思い知ったのだと思う。
その証拠に廃部を決めた時に誰一人嘆く仲間は居なかったのだ。
他にいくらでもクラブはある。そこに行けばみんなバドが出来る。
もう10年もの歳月が流れてしまったけれど
我が家の押入れの中にはガットの切れたラケットが3本残っている。
ユニフォームも捨てられずそのまま眠り続けている。
もしかしたら孫たちが使ってくれるかもしれない。
そんな微かな希望を抱きつつバド命だった頃を懐かしく思い出している。
| 2021年07月15日(木) |
じいちゃんはお留守番 |
曇り時々晴れ。今日は幸い雷雨にはならずに済む。
30℃を超える真夏日となり蒸し暑さを感じる。
明日は雨の予報。いよいよ梅雨も末期だろうか。
ラジオでは「この夏を乗り越えるためには」と
メッセージを募集していたけれど他人事のように聴く。
一日中エアコンのお世話になっている身には真実味が湧かない。
屋外で仕事をされている人達、農作業に励んでいる人達には
とても心苦しく自分がどれほど恵まれているかを思い知るばかり。
じいちゃんもかつて建設作業員だったことがあった。
それまでは大型車の運転手だったので車にはエアコンが効いていたけれど
勤めていた建設会社の配置換えで作業員に廻されたのだった。
真夏の作業の過酷さにお昼のお弁当を残して帰ることが多かった。
暑さで食欲も無くなり水筒のお茶ばかりを飲んでいたらしい。
今思えばよく身体を壊さずに耐えてくれたものだと思う。
その後ついにリストラにあい職を失ってしまったけれど
私はもう作業員を続けさせたいとはつゆとも思わなかった。
確か50代の後半だったと記憶している。
じいちゃんはもう汗水流して我武者羅に働かなくても良いのだと思った。
家計はたちまち火の車となり大変だったけれどさほど苦にも思わず
じいちゃんが留守番をしてくれるおかげで私が働けたのだった。
昨日も急な雷雨が来る前に洗濯物を取り入れてくれていた。
「やるじゃん」とほめたら照れくさそうに微笑んでいた。
お昼頃から激しい雷雨となる。三時間程降っただろうか
今は晴れていてもうすぐ夕陽が見られそうだ。
まだ空は青く昼間の雷雨が嘘ように明るい。
高校生だった頃のこと地理の授業で雷の恐怖を習ったことがある。
女性の教師だったけれどその名前がどうしても思い出せない。
けれどもその授業のことは今でもはっきりと憶えているのだった。
家族旅行に出掛けた時に激しい雷雨に見舞われたのだそう。
山間部を車で走っていてあたり中に落雷があったのだそうだ。
その時の恐怖を語る教師の顔はとても真剣な顔をしていた。
そうしてその時一番安全なのは車の中だと教わった。
決して車から外に出てはいけないこと。雷が収まるまで待つこと。
車には絶対に雷は落ちませんと断言したことをよく憶えている。
それまで地理の授業はあまり好きではなかったけれど
それ以来とても好きになった。それなのに教師の名前を思い出せない。
当時は40歳位だったから今は90歳近くになられているだろう。
何処かで元気に長生きをされていることを願ってやまない。
雷が鳴るたびに思い出しているかつての少女がここにいた。
歳を重ねると不思議なことに昔のことはよく憶えている。
特に少女時代の事は一生忘れることはないだろう。
「過去」というのとは少し違ういつまでも新鮮な思い出なのだ。
嬉しかった事より辛かった事をよく憶えているのも不思議なこと。
すべてひっくるめて私の「人生」だったのだろうと思う。
ただ辛かった事を思い出してももう泣くことはなかった。
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