ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年07月05日(月) 素敵は嫌い

曇り時々晴れ。今日もとても蒸し暑くなる。

熱海も真夏日になったようだ。

復旧よりもまずは救出をと懸命の捜索が続いている。

安否不明者が80名。死者は3名と報道があった。

一人でも多くの人の命が救われることを願ってやまない。


朝のSNSでは「今週も素敵な日々を過ごしましょう」と

あまりにも不謹慎で心ない言葉だと思うのは私だけだろうか。

怒りさえ込み上げて来る。無視をすればそれがストレスになっていく。

おそらくその人の口癖なのだろうけれど人として許せない気持ちがつのる。

なんでもかんでも「素敵」でくるんでしまおうとする愚かな行為に思う。


以前にもここに記したけれど私は「素敵」という言葉がとても苦手だ。


じいちゃんに話せば「人それぞれで良いではないか」と言う。

そう言われてみると愚かなのは自分なのかもしれないと思う。


何が正しくて何が間違っているのか決める権利など私にはない。

ただ人として最小限の「おもいやり」を持って欲しいと願う。

こころがあるのならばほんのわずかでいい痛みを感じて欲しいのだ。


そのひとは明日も「素敵な一日を過ごしましょう」と言うだろう。

だってスマホにはもうその言葉が用意されていて簡単に書ける。


大切な家を流され家族の安否さえ分からない人にもそれは届くのだ。




2021年07月04日(日) 人生のドライブ

薄曇りの一日。思いがけないほどの陽射しがあった。

かなりの蒸し暑さでじっとしていても汗が流れる。



熱海の土石流の現場から19名救出の報道があった。

どんなにか怖ろしかったことだろう。命が助かり何よりに思う。

流された家屋が130棟と聞きただただ茫然とするばかり。

一人でも多くの人の命が救われることをひたすら祈るしかない。




家に居ても気分が塞ぎ欝々とするばかりに思えて

今日もじいちゃんとぶらりドライブに行っていた。

例のごとくで車に乗ってから行き先を決める。

じいちゃんの提案でまた江川崎へと向かった。

そこから愛媛の松野町、鬼北町を経由し高知の梼原町へ。

梼原は雲の上の町と言われていてずいぶんと涼しかった。

車のエアコンを切り窓を開けて走る。風がとても心地よい。

梼原を抜けると次は津野町、旧葉山村へと続く。


橋の欄干に七夕飾りをしてある箇所がいくつかあり

地区の習わしなのだろう。とても風情のある景色だった。

写真を撮りたくてならず車を停めてもらったけれど

生憎の逆光で思うように撮れなくて残念だった。

七夕飾りを見あげながらゆっくりと橋を渡り切り車に戻る。


次は須崎市。高速道路に乗ってしまえばもう帰り道だった。

家を出てから5時間足らず、じいちゃんも疲れたことだろう。

来週はもう行けないかもしれないぞと釘を刺されてしまった。


そろそろ海苔網を洗わなければいけない頃になっている。

お天気次第だけれどいつまでも遊んでいるわけにもいかない。


今日も車中で話したけれど「家業を継がずにいたら」と。

父親の早過ぎる死が運命の変わり目だったのだと思う。

もう40年。過ぎ去った歳月が走馬灯のように映る。


ひとはよくあの時ああしなければ良かった。

こうすれば良かったのだと思う時があるけれど

それを「後悔」の一言で片づけてはいけないように思う。

だからと言って「運命」だと言い切るのもなんだか虚しい。


すべてのことが与えられた人生なのだとありがたく頂こうではないか。













2021年07月03日(土) 神も仏もないのならば

雲間から少しだけ青空が見える。

気温も高くなり昨日よりも蒸し暑く感じた。


関東を中心に警報級の大雨だったらしく

熱海では土石流が発生し甚大な被害となったようだ。

夕方の報道ではまだ詳しい被害状況が分からなかったけれど

二次災害の危険もあり行方不明者の捜索も早急にとはいかないようだ。

なんとも心が痛む。他人事だとどうして思えようか。

ひとは自然の猛威に逆らえない。神も仏もないのが現実だった。



そんな大変な災害が起きていることをお昼過ぎまで知らず

のほほんと平和に過ごしてしまって心苦しさがつのるけれど

それぞれに与えられた日常の事を受け止めるしかなかった。



午前中はカーヴスへ行き心地よく汗を流してくる。

今日は測定がありこのひと月で体重が2キロ減っていた。

食生活を改善したせいもあるだろうけれどなんとも喜ばしい。

コーチの人達から口々にほめてもらってとても嬉しかった。

体力年齢も76歳から73歳へ。3歳も若返っていた。

出来れば60歳代になりたい。まだまだ頑張らねばいけない。


娘がお休みだったのでめいちゃんはまあちゃんと市営プールへ。

あやちゃんは昨日の傷がまだ痛むようでお留守番だった。

お昼過ぎにハイテンションで帰って来てにぎやかに昼食。

昨夜からお泊りをしていたまあちゃんはまるで家族のようだった。



そんな平和を心苦しいと決めつけるべきだろうかと

いまこれを書きながらふっと疑問を感じている。

もしかしたらそれぞれの暮しをもっと尊重するべきかもしれない。


神も仏もないのならば自分が慈悲のこころを持てば良い。

ひとの心に寄り添うとはきっとそういう事ではないだろうか。



2021年07月02日(金) つぶあんとこしあん

早朝まで降っていた雨がやみ日中は薄日が射していた。

気温が30℃を超えとても蒸し暑くなる。


我慢できず事務所のエアコンを作動させたけれど

外では義父と同僚が汗だくになって働いていた。

なんとも心苦しいけれど時々ふたりが事務所に入って来て

冷風でクールダウンをしていたので少しほっとする。


まだまだ序の口の暑さ。梅雨が明けたら今度は猛暑がやって来る。

毎年の事だけれど屋外での仕事は過酷としか言いようがない。




今朝は孫たちを見送ってから間もなくあやちゃんが帰って来て驚く。

雨あがりの道路で滑って転んでしまったのだそうだ。

上級生の女の子が一緒に来てくれてなんと優しいこと。

服は泥だらけになっていて手のひらから血が出ていたけれど

幸いのかすり傷でほんとうに何よりに思う。

服を着替え傷の手当てをしてからじいちゃんが車で送って行く。

めいちゃんだったら大泣きになっていたことだろう。

さすがにお姉ちゃんだなと感心した朝のことだった。


交通量の多い県道を横断し後は直線の市道を行けば学校に着く。

交通事故だけはあってはならないといつも祈っている日々だった。

子供の無事を祈らない親などいないだろう。祖父母も同じである。



今夜はあやちゃんの好きなものを食べさせてあげたくて

ミートソースのパスタと甘海老のお刺身にした。

大盛りのパスタを美味しそうに食べてくれてとても嬉しかった。

あやちゃんのご機嫌もうるわしくなんだか私もうきうきとしてくる。


夕食後いきなりの質問。「つぶあんとこしあんはどうちがうの?」と

どうしてそんなことを訊くのだろうと不思議に思ったけれど

私なりに教えてあげたら「そっか!」と笑顔を見せてくれた。


ちなみにおばあちゃんは「つぶあん」の方が好き。

それは訊かれてないことだったので言わなかったけれど

あやちゃんはどっちが好きなのかな。

なんだかいっぱい話したくてならない夜になった。







2021年07月01日(木) 神様聞こえていますか?

雨の一日。時おり地面を叩きつけるように降る。

文月となり七夕も近いけれどしばらくは梅雨空が続きそう。



今朝はワクチン接種後の左腕に少し痛みを感じる。

ずきずきとした痛みではなく筋肉痛のような痛みであった。

なんだか孫たちが赤ちゃんの頃に抱っこし過ぎた時のような

それならそれで喜ばしい痛みなのだろうけれど

ワクチンの副反応だと思うと少し複雑な気持ちになってしまう。

「気にすることはない、明日は治る」と言ってくれるじいちゃん。

「そうね」と微笑みながらいつものように職場に向かった朝だった。


これを記している今は殆ど痛みを感じなくなっている。

もう大丈夫だろう。ほっと安堵の気持ちが込み上げるばかり。



夕方のローカルニュースで大学病院の医師が感染とのこと。

入院患者さんも数名。県はクラスターだと発表した。

医師は5月に二回目のワクチン接種をすでに終えていたらしい。

それでも感染を免れることは出来なかったのだ。

それが現実だとするとワクチンの効果にやはり疑問を感じる。

なんだか賭けのようなこと。安心だと手放しでは喜べやしない。

私達に出来ることは今まで通り感染対策を怠らないことだろう。

手放せないマスク。平和な日常が返って来るのはまだまだ先のようだ。



それにしてもよく降る雨だこと。今も土砂降りになってしまった。

孫たちがダンス教室に行っておりそろそろ帰って来る頃だ。

二人とも軽く夕食を食べて急いで出掛けたので

「おなかがすいた〜」と帰って来ることだろう。


世の中は不穏だらけなのかもしれないけれど

そのなかのひとつの「家庭」はいつだって平和でありたいと願う。


それぞれの夜がありそれぞれの家族がいる。

神様は決して見捨てることなどするまいと信じてやまない。










2021年06月30日(水) コロナワクチンで終わる6月

曇りのち雨。幸い小雨のままで今もぽつんぽつんと雨音。

そうして6月最後の日もゆっくりと暮れようとしている。


職場の荒れ果てた庭の片隅に百日紅(さるすべり)の花を見つけた。

母が育てていた木で鉢植えのまま放置されもう三年目の夏だろうか。

よく草むしりをしていた母の丸い背中がふと懐かしく目に浮かぶ。


地に直に植えてあげたら大きな木になるだろうけれど

花が咲くまでその存在をすっかり忘れている私がいた。

まるで「私はここにいますよ」と語りかけているようだった。







コロナワクチン一回目の接種日。朝からそわそわと落ち着かない。

じいちゃんは「やっと打てるようになったな」と喜んでいたけれど

私は「ついにその日が来たか」と身構えるような気持ちだった。

一回目の接種では副反応が出ることは殆ど無いと聞いていたけれど

もし体調が悪くなったらと思うと不安と緊張で胸が苦しくなる。

それでも自分で決めたこと。じたばたするなと言い聞かすばかり。


市民病院での集団接種だったけれどとてもスムーズに事が運ぶ。

大勢のスタッフさん達の苦労の賜物だと頭が下がる思いだった。


注射はまったく気にならないくらい痛みも感じなかった。

ワクチンが体内に入ったのだと言う実感もなく不思議な感覚がする。

二回目の接種で抗体が出来るらしいのだけれど

抗体が出来ても感染しないわけではないらしい。

ただ重症化のリスクはずいぶんと薄れるのだそうだ。

次回は3週間後。もう臆病風に吹かれている場合ではないのだと思う。



2時半の予約だったのが短時間で済み3時過ぎには帰宅する。

水曜日は下校時間が早いので孫たちは美容院へ行っていたよう。

帰って来た孫たちを見て思わず「わおう!」と歓声をあげていた。

あやちゃんの髪がとても短くなっていてよく似合うこと。

めいちゃんは10センチくらい切って前髪がとても短くなっていた。

我が孫ながらなんと可愛らしいこと。ふたりとも目に入れてしまいたい。



鯛のお刺身。ゴーヤチャンプル。キーマカレーで夕食。

飲酒は少量なら問題ないそうで今は寝酒の焼酎をちびりちびり。





2021年06月29日(火) 馬の骨ではありません

快晴の朝。空はこれほどまでに青かったのかと思う。

朝陽が射し始めると土手の緑がきらきらと輝いていた。


7時15分。「いってらっしゃい」と孫たちを送り出す。

「ただいまあ」ときっと元気に帰って来てくれることだろう。

そう思うだけで目頭が熱くなる朝のことだった。


昨日の悲惨な事故のことが頭から離れず

ご両親やご家族の悔しさや心痛がまるで自分の事のように思えた。

それは決して二度とあってはならないことなのだ。



SNSでは相変わらずの「素敵な一日」が飛び交う。

もううんざりだと今朝は思わずにいられなかった。

タイムラインにただ一人だけ事故の事に触れている人が居てくれる。

リツイートしても反応は殆ど無かった。そんなものなのかと虚しい。

どうして寄り添う気持ちになれないのか。遣り切れない思いがつのる。


それなのに毎朝のお弁当の写真に「いいね」をしている私がいる。

それが昔Rが言ってくれた「普通の日常」なのだろう。

どれほど心を痛めていてもみんな普通の日常を求めているのだ。


余談になってしまうけれどRはよく

「どこの馬の骨か分からない奴のことを気にするな」と言っていた。

私はRの本名も住んでいる町も生年月日も知っていたけれど

今は住所不定、年齢不詳、性別さえも分からない人がいっぱい居る。

それがSNSだと言ってしまえばそれまでの話だけれど

みんなそれぞれの場所で生きている確かに実存する人達なのだ。


「素敵な一日」を過ごしたければそうすれば良い。

コロナも恐れず毎日外食に出掛けるのも良いだろう。

言葉はとても悪いけれど私には関わりのないことです。

あなた方は決して馬の骨ではありません。


かなり毒舌になりましたことをお詫び致します。


 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加