ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年06月14日(月) やまもも

曇り日。時おり霧のような雨が降る。

無風状態で少し蒸し暑さを感じた。


職場のやまももの木が今年もたくさん実をつけ

熟れた順からぽとんぽとんと地面に落ちる。

ひとつ手に取り食べてみたら甘酸っぱくて美味しかった。

子供の頃には木にも登ったものだった。とても懐かしい味がする。


つい先日まで「やまもも」を食べるのは高知県人だけだと思っていた。

無学というか世間知らずというか恥ずかしい話である。

ある方のブログに「やまもも」の事を書いてあるのを読み

その方が何処にお住まいなのか知らないのだけれど

高知ではなさそう。関西だろうか関東だろうかと思いを巡らす。

「甘酸っぱくて美味しい」と書いてありはっとしたことだった。



話は変わるけれど某SNSに「やまもも」さんという方がいて

高知出身で今は関東に住んでいるらしかった。

SNSらしく年齢は不詳。ただ私よりも少しだけ若いようだった。

もうずいぶんと長いおつき合いとなり私のことを「おねさん」と呼ぶ。

「おねえさん」ではなく「おねさん」と呼ばれるのが嬉しかった。


そのやまももさんが一昨日だったか急に休止宣言をしたのだった。

日頃から体調の悪さを訴えていたのでなんとも気がかりでならない。

時々メールのやりとりもしていたけれど今回は躊躇する。

もしかしたらそっとして欲しいのかもしれないと思ったのだった。


ネットの世界では深入りをしてはいけない時がままある。

どんなに気になっても立ち入ってはいけないのだ。

いくら「おねさん」でも本当の姉妹であるわけもなかった。

まして顔も知らない。本名も知らない。それが「距離」である。


私自身もその「距離」を願っている。ささやかな縁であって欲しい。

ここから先は駄目としっかりと線を引いていたいのだ。


「やまもも」と自分を名づけたのには故郷の想いがあってのことか。

今年もやまももの季節になった。どんなにか懐かしいことだろう。


きっと再会できるのだと信じておねさんはずっと待っています。






2021年06月13日(日) 折り鶴

昨夜から今朝にかけて少し雨が降った。

日中は曇り空。どんよりとした空にそよそよと風が吹く。


雨がやんだら何処かに出掛けようと目論んでいたけれど

娘が仕事。娘婿も素潜り漁に出掛けたいと言って

結局孫たちと過ごすことになってしまった。

とは言え幼い頃のように孫守が必要なわけでもなく

ただおばあちゃんもおじいちゃんもちゃんと家に居るからと。


めいちゃんは昨夜からまあちゃんの家にお泊りをしていて

お昼になっても帰らず。気になって様子を見に行ったら

ひたすら「かえりたくない」と言って駄々をこねる。

姪っ子が夕方まで大丈夫よと言ってくれてその言葉に甘えた。


あやちゃんはずっと子供部屋に閉じ籠って独り遊び。

タブレットを見ながら折り鶴を作っていたようだった。

色とりどりの折り紙でそれはたくさんの鶴を上手に作っていた。

学校で習ったのだそう。6年生がもうすぐ修学旅行に行くので

無事を祈ってみんなで少しずつ折っているのだそうだ。

学校へ持って行くのかなと訊けばそうではないと言うので

せっかくの折り鶴が可哀想に思えてきて部屋に飾ることにした。


裁縫箱を部屋に運び針に糸を通す。私の目ではなかなか通らない。

あやちゃんがやってみたけれど初めての事でうまくいかない。

どれどれと私が再度やってみたらやっと針に糸が通った。


鶴の羽根を持ってそっと引っ張るとぷわっとふくらむ。

それに一羽ずつ針を通して行く。にっこりと微笑むあやちゃん。

思えばこんなふうに一緒の時間を過ごすのは久しぶりのことだった。

嬉しそうなあやちゃんの顔が見られて私もとても嬉しかったのだ。


「親ばなれ」という言葉があるのだから「祖母ばなれ」もあるのだろう。

だんだんと甘えることをしなくなり成長するのだと思う。


けれどもいくつになっても甘えて欲しいものだ。

それが親であり祖父母でもあるささやかな願いなのかもしれない。


子供部屋の壁に飾られた折り鶴を見るたびに思い出してくれるだろうか。







2021年06月12日(土) ありのまま

曇り日。今にも雨が降り出しそうな夕暮れ時となった。

めいちゃんがまあちゃんと一緒に夕散歩に出掛けていて

土手の道から手を振ってくれているのが見える。

窓辺から見える風景はいつも絵のように私を和ませてくれる。



昨夜はよけいなことを書いてしまった気がして

もしかしたら気を悪くされた方がいるのではと案じつつ

消してしまおうと思えば一瞬で消えるのだけれど

いつかまた読み返す日の為に残しておこうと思っている。

ありのままを書くことにもっと躊躇するべきなのかもしれない。


むかしお世話になっていた心療内科の先生が

「こころにベールを」と言ってくれたことがあった。

今の私はその助言をすっかり忘れているような気がする。

あの時のベールはもう破けてしまったのか。

それとももう似合わない歳になってしまったのかもしれない。

ブーケを抱いた花嫁さんではあるまいし馬鹿げた話である。






10時の開店を待ちかねて今日もカーヴスへ。

ずいぶんと溌剌としていたように思う。元気なのがとても嬉しい。

今日は数年前まで孫たちがお世話になっていた元保育士さんに会う。

退職されてからすぐに始めたそうでとても生き生きと頑張っていた。

顔なじみの人がいてくれるだけでずいぶんと励みに思う。

私などまだ序の口だけれど継続はチカラだと勇気が湧いて来た。



あやちゃん今夜はすこぶるご機嫌がよろしく嬉しくてならない。

大好物のパスタをたらふく食べて大きなお腹を撫でていた。

「おばあちゃんのお腹みたい」と言ってからかったら

けらけら笑いながらげんこつパンチをくらわしてきた。


今日は参観日で「道徳」の授業だったそう。

最近嬉しかった事はの問いに「新しい自転車を買ってもらったこと」と。

よほど嬉しかったのだろう。私も授業参観に行きたかったなと思う。


悲しかった事。辛かった事もあっただろう。

それをちゃんと言えるような子供であってほしいと願う。

我慢して言わずにいたら心の中に毒のある花が咲き乱れてしまう。

手折れば傷がつきその傷口がどんどん広がって行くのだと思う。


おばあちゃんはたまに「くそババア」と言われているけれど

いつだってあやちゃんの見方でいたい。

「だいきらい」と言われてもいい。だって大好きなあやちゃんだもの。





2021年06月11日(金) ひとそれぞれ

暦の上では「入梅」その通りというように梅雨空が戻って来る。

時おり雨がぱらついたものの曇り空のまま日が暮れようとしている。


山里の星ヶ丘公園では紫陽花と睡蓮が見頃とのこと。

なんとなく「もういいかな」と思っている。

人がたくさん集まるところはどうしても苦手だった。

独り静かなのが良い。やはり私は変わり者なのかもしれない。


「ひとそれぞれ」最近よくそんなことを思う。

SNSでは特にそう感じることが多い。

あまりにもいろんな人がいて途惑ったり複雑な気持ちになってしまう。

苦手だなと思った人には関わらないほうが良いのではないだろうか。

だんだんと好き嫌いがはっきりとしてくる。

一度嫌だなと思ったら気持ちを切り替えるのにとても時間がかかるのだ。

いかにストレスを感じずに慣れるかだとも思う。

ほんとうに「ひとそれぞれ」誰も否定できないことなのだろう。

その人にはその人の生き方があり私には私の生き方がある。






夕方またあやちゃんを怒らせてしまった。

つんつんつんの嵐に私は倒木のように崩れ落ちる。

「おばあちゃんは消えていなくなるから」と言ったら

「もういい!」と言ってどうやら許してくれた様子。

子供相手の事でも真剣に向き合う。それが私のやり方だった。

気が済むまで怒れば良いし私だって涙を流す時もある。


明日はあやちゃんの大好きなパスタにしましょうね。



2021年06月10日(木) 元気にしていますか

暑さの峠を越えたのか今日はずいぶんと涼しかった。

などど書くとまるで立秋の頃の日記のようだ。

まだまだこれから夏本番だというのに何を言っているのだろう。

とにかく暑さに慣れなければいけない。今はそのために必要な時期。



時の記念日。息子の42歳の誕生日であった。

初めて母になった日のことを感慨深く思い出している。

不思議と陣痛の痛みは思い出せない。そんなものなのだろうか。

首にへその緒が巻き付いていて少し難産だったこと。

生まれてすぐに抱くことも出来ず息子は保育器に入れられたこと。

そんなことばかりしっかりと憶えているのだった。

初めて抱いた時の感動は言うまでもない。我が子のぬくもり。

愛しさはとても言葉に出来ない程に尊いものだった。


42年もの歳月が流れほんとうに色んなことがあったけれど

今は一家の主となり父親になった我が子を想う。

程よい距離を保ちながらのこと。そうそう会うことは叶わず。

よほど困ったことが無い限り声を聴くこともなかった。


けれどもいくつになっても私たちの「こども」なのだと思う。

元気にしているか。仕事は辛くないか。そればかり案じている。


恩着せがましく「育てた」という気持ちなど毛頭ない。

むしろ親として育ててもらったのだと思うのだ。

息子にはほんとうに感謝している。どれほど救われたことだろう。


「おかあ」「おとう」と呼ばれることもなくなり

「おばあ」「おじい」と呼んでくれるようになった。


おばあもおじいも長生きします。決して迷惑はかけません。


しんちゃんお誕生日おめでとう。電話もしません。メールもしません。










2021年06月09日(水) ドレミファソラシド

連日の真夏日。風のおかげでさほど暑さを感じずに済む。

むかし「風に吹かれて」という歌があった。

確かボブディランではなかったか。ギターの音色が懐かしい。


初めてギターを弾いたのは10歳位の頃だったと記憶している。

父がよく弾いていて見よう見真似でつま弾いていたような。

その頃毎日のように家に遊びに来ていたおにいちゃんがいて

ドレミファソラシドを教えてくれたのだった。

そのおにいちゃんが今の義父である。随分と昔むかしのお話。






今日は同僚が通院日だったので開店休業となる。

そんな日に限って来客が多く頭を下げて丁重にお断りをした。

義父は何処に行ったやら。居て欲しい時に居ない事が多い。

幸いお客様はまた明日来てくれるとのことありがたいことである。

田舎ならではのこと。街中ならそう言う訳にはいかないだろう。


お昼に義父が帰って来たので「ああだったこうだった」と話せば

「そうか、そうか」と言いながら笑い飛ばすばかりである。

まったく誰の会社なのだろう。あきれて物も言えない。


そんなこんなで今日も定時終り。さっさと家路を急ぐ。

そうだカーヴスへ行こうとすっかり決めてのことだった。


目的というか打ち込める何かがあるだけで人は元気になれる気がする。

身体を動かすことに限らずひとつでも楽しみを作ることだろう。

それには必ず達成感が伴うのだと思う。「やったあ」と叫びたいほど。


そう思うとつまらない人生なんてないのに違いない。



2021年06月08日(火) 母の机

梅雨の晴れ間のことを「五月晴れ」と云うらしいけれど

なんだか6月になってしまうと間違っているようで言い難いものだ。

それでも今日は五月晴れ。堂々と胸を張ってそう言おう。


青空にすくっと背筋を伸ばしているのは立葵(たちあおい)

人の背丈よりも高い花が多くついつい見あげてしまうのだ。

写真は少し撮りづらい。横写真ではうまく収まらない。

一度撮ってみようと思いつつ未だ叶えてはいなかった。

人がみな紫陽花を愛でる季節にそれはひっそりと健気に咲く。

もし一花咲かせられるものならそんなふうに生きてみたいものだ。






真夏日となりとても蒸し暑い一日だった。

事務所でせっせと決算処理の仕事に精を出す。

今は経理ソフトがありとても便利になったけれど

昔は元帳も試算表もすべて手書きで大変な作業だった。

もう33年も経ったのか。一から教えてくれたのは母だった。


私は医療事務の資格を取得してハローワークに通っていた。

宿毛市内の病院で求人があり遠いけれどどうしようかと迷っていた時

母が宿毛まで行くのなら山里へ来てと半ば強引に私の就職を決める。

実家の仕事を手伝うなんてと姑さんにさんざん言われたけれど

家計の苦しさもあり切羽詰まっての決断だったと思う。


「実家」と言われるのがとても嫌だった。

それは今でも変わっていない。私には実家などないと思っている。

それなら何だろう。母の嫁ぎ先だと言えば良いのだろうか。


母の片腕になり一緒に仕事をして30年余りの歳月。

仕事ばかりの母に楽をさせてあげたいと願っていたのがやっと叶った。


母の机は今もそのままにしている。

母の名を記したボールペンがころりと転がっているのを

引き出しに仕舞うこともせずにそっと置いてある。


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