午後から雨が本降りになる。これでこそ梅雨なのだろう。
災害に繋がらないよう程々の雨であってほしいものだ。
雨音と雨だれの音がしっくりとこころに馴染む。
ざあざあと押し寄せて来てからぽたんぽたんと落ちるのを
まるで道端の草のような気持ちになり受けとめるばかり。
もうすっかり濡れたようだ。私の滴が見えるだろうか。

あやちゃんなんとか学校へ行ったものの
また微熱が出てお昼に早退して帰って来たようだ。
ちょうど娘が休みで家に居たので良かった。
私が帰宅した時にはタブレット三昧をしていて
話しかけただけでむすっと怒ったような顔をする。
とにかく干渉してはいけないようでなんだか寂しい。
おばあちゃんなんか居ないほうが良いのかな。
お昼休みに少しずつ読んでいた本を読了。
今年に入ってから向田邦子にはまっていてもう四冊目だろうか。
「あ、うん」は急逝された年の初夏の作品で遺作らしかった。
その年の8月22日に亡くなっている。なんともあっけなく
飛行機の空中爆発とは惨すぎる最期であった。
おそらく即死だったことだろう。その一瞬何を思っていたのだろう。
もうペンを執ることも出来ない。どれほど悔しかったことか。
亡き父と同じ昭和4年生まれの向田さんに父を重ねる。
同じ時代を生きた人として尊敬せずにはいられなかった。
そしてとても残念でならない。もっともっと書いて欲しかった。
ふと私はどんな死に方をするのだろうと考える。
人は生き方を選ぶことは出来るけれど死に方だけは選べない。
自死を選ぶ人もいるけれど神にも仏にも背いた大きな罪だと思う。
そんな人は必ず地獄に行くのだそうだ。死んでも決して救われはしない。
私は出来ることならば惜しまれて死にたい。
残念でならないとたくさんの涙に埋もれたいと思う。
けれども今は生き方を選ぶことに必死だった。
とにかく明日も生きなければいけない。
いただいた命だもの日々をいただくことにしようではないか。
明日も雨なら私は晴れよう。
曇り日。明日はまた大雨になるとのこと。
梅雨にも性格のようなものがあるのではないだろうか。
降る時はとことん降る。晴れる時はすっきりと晴れる。
ある意味わかりやすい性格なのかもしれない。
何を考えているのかわからないような「ひと」が私は苦手だった。
あやちゃんなんとか平熱になり今日は学校へ。
けれどもよほど無理をしていたのだろう
6時限目は保健室のお世話になったのだそう。
「ただいまあ」と元気そうな声で帰って来てくれたけれど
宿題を終えるなりぐったりと寝入ってしまった。
はらはらと心配でならないけれど娘のガードが固い。
まるで心配性の私を寄せ付けないようにしているようだ。
どうやら私はそっと見守ることが出来ない性分らしい。
気分を切り替えるのも苦手のようでいつまでもこだわっている。
もっともっとあっけらかんとしていれば良いものを。
ほんと馬鹿なんだから。どうしようもないとはこのこと。
この話はもうお終い。
先日の「スリープ検査」の結果がやっと分かった。
幸い検査では特に異常が見つからなかったとのこと。
どうでもいいやと開き直っていたので「あらそう」という感じ。
もっと喜ぶべきなのだろうけれどさほど喜んでもいなかった。
なるようになったのだと思う。病気ではなかったということ。
ただその疑いがあったことだけは忘れずにいようと思う。
身体が資本とよく言うけれど資本金を積むほど豊かではない。
ぎりぎりのところでどうにかこうにかやっている。
けれどもそれが私の生き方ならば素直に受け止めたいと思う。
欲を言えばきりがない。生きているだけでじゅうぶんなのだ。
水無月を一歩踏み出してみようかと思う。
だからと言って何かが変わるわけでもないのだけれど
カレンダーをびりっと千切る時の手ごたえがなんとなく好きだ。
とても新鮮な気持ちになる。日捲りの暦とは何かが違う気がする。
あやちゃん微熱のままで仕方なく学校をお休みする。
一年生からずっと皆勤賞だったので残念だけれど
いくら元気だからと言って登校さす訳にはいかなかった。
めいちゃんが登校してから分かったことだけれど
コロナ禍の規則でめいちゃんも休まなければいけなかったそう。
今日は特別に許してもらえたけれどなんとも複雑な気持ちになる。
明日はあやちゃんが平熱になっていますようにただただ祈っている。
午後、仕事を早めに終えた娘が病院へ連れて行っていた。
どうやら風邪ではなさそう。もちろんコロナでもなさそう。
思春期に差し掛かる前の自律神経の乱れだろうと診断されたようだ。
最も信頼している医師の話でもなんだか寝耳に水のようなこと。
まだまだ子供だと思っていたけれどもう少女なのだった。
初潮も早いのかもしれない。そう思うとなんだか胸がどきどきしてくる。
ずっと子供のままでいて欲しいと願ってはいけないのだろうか。
食欲はあり今夜もしっかりと食べる。
お風呂にも入りたいと言って髪も洗ったようだ。
さっき部屋をのぞいたらあぐらをかいてアイスを食べていた。
「おばあちゃんはうるさい」のだそう。はいはいわかりました。
あとはそっと見守るしかないようだ。
爽やかな青空が広がりとても清々しい朝だった。
気持ち良く行こうと思う。一歩踏み出して行こうと思う。
「行く」を「生く」と書きたくなる。
日々の歩みはそのまま人生の歩みなのではないだろうか。
それは若い頃には思いもしなかったことだった。
早いもので5月も晦日。ほんとうにあっけなく5月が終わる。
疎かにしていたこともきっとたくさんあったことだろう。
「日々を大切に」それは綺麗ごとなのかもしれないけれど
そう口にするだけで毎日が愛しくてたまらなくなる。

早めに帰宅出来たので孫たちに「おかえり」を言えて良かった。
けれどもあやちゃんがなんとなくしんどそう。
もしやと熱を測ってみたら少し微熱が出ていたのだった。
くしゃみと鼻水。たぶん風邪だろうと思うのだけれど
コロナ禍のことでやはり心配でならなかった。
娘が風邪薬で様子を見ると言う。病院へ行く程でもないと。
食欲はあり娘が作った雑炊をぺろりと平らげる。
さっき部屋を覗いたらけろりとした顔をしてタブレットで遊んでいた。
また私の取り越し苦労なのかもしれないと思い直す。
毎朝仏壇に手を合わせて家族の無事を祈り続けている。
亡き父には孫にも会わせてあげられなかったけれど
どんな想いで見守ってくれていることだろうか。
ひ孫の声はきっと聴こえていると信じてやまない。
梅雨もひとやすみか今日も爽やかな五月晴れとなる。
風薫る五月とはよく言ったものでほんとうに心地よい風。
風と言えば「風の便り」それは何処からも届かなかった。
朝のうちにお大師堂へ。蝋燭に火を灯しお線香を立てて
般若心経を唱えようとしていたら外からにぎやかな声がする。
親戚のおねえさん達だった。朝散歩からのお参りらしい。
一緒になることはめったにないことだけれどさすがに
下手なお経を聞かせる訳にもいかず場所を譲ってさっさと外に出た。
どんな時もあるものだ。お経にこだわる必要もないだろうと思う。
買い物から帰宅したらじいちゃんが「何処かへ行こうか」と
ドライブに誘ってくれて思いがけずに嬉しかった。
今日はあやちゃんのお友達が遊びに来ることになっていたので
家に居ないほうが良いのではと思っていたのだった。
じいちゃんも同じことを思っていたそうですっかり意気投合する。
車は東へ。四万十町窪川から大野見村へと新緑の道を走る。
昼食はコンビニで買い求め窪川の七子峠で食べた。
七子峠は遍路道でもあり山沿いにお大師さんゆかりのお堂があり驚く。
今まで気づかなかったのが不思議でもあり新たな発見となった。
残念ながらお堂には施鍵がしてあり中には入れなかったけれど
お賽銭だけは小さな小窓のような箇所があり納めることが出来る。
お大師さんは垂れ幕の向こうに確かに座っておられた。
大野見村は四万十川源流の地として知られており
道沿いを流れる四万十川は岩だらけの急流であった。
雨続きの後でさすがに清流とは言えないかもしれないけれど
水音が心地よく耳に沁みる。とても自然豊かな場所だった。
大野見村から津野町へ。旧葉山村を抜け須崎市経由で帰路に着く。
約4時間ほどのドライブだったけれどとても良き思い出となった。
じいちゃんとドライブに行く度に最後かもしれないといつも思う。
そうしていやまたきっと行こうと思い直すのだった。
コロナが収まったら行きたい所がいっぱいある。
四国だと徳島。九州だと鹿児島。夢は果てしなく続くのだった。
夢で終わらす訳にはいかない。きっと叶えてみせようではないか。
爽やかな晴天。青空はなんだか空からの贈り物のようだ。
「ありがとうございます。いだたきます」と空を仰ぐ。
仕事を休ませてもらっていたので午前中は自分時間を。
市内にある「カーヴス」の無料体験に行っていた。
日本でも有名な健康体操らしくなんだかとても緊張していたけれど
インストラクターの女性が「みかさん」と呼んでくれて気がほぐれる。
いきなり体操とはいかず最初は体力測定があった。
それぞれの体力に合わせて無理のないプログラムを組んでくれるらしい。
覚悟はしていたけれど私は標準以下の最悪の結果だった。
椅子に座って片足で立つことも出来ない。
腹筋を一回しただけでまるで船酔いをしたように気分が悪くなる。
それが尾を引き結局体操までは辿り着くことが出来なかった。
どうする?諦めるべきなのか?自問自答をしているそばで
「出来ることから始めてみましょう」と優しい声が聴こえた。
ここで諦めてしまったらどんどん体力が落ちるばかり。
肥満に高血圧おまけに股関節の痛み。お先真っ暗とはこのこと。
そうしてなんとしても元気でいたいという強い思い。
背中を押されるようにしながら入会の手続きをしていた。
お金はかかるけれど健康には代えられないと思ったのだ。
貧乏だからと早死にしたのでは笑い話にもならないではないか。
来週の土曜日から正式に体操を始めることになった。
出来ることがきっとあるだろうと信じていたい。
どうかどうか私を元気でいさせて下さい。
曇りのち少しだけ青空。夕方にはまた曇り空になる。
梅雨時の蒸し暑さは感じずむしろ涼しいほどだった。
雀はちゅちゅんと可愛らしいけれど
稲の苗に悪さをするそうで義父が退治をすると言う。
荒らされた苗箱を見るとそれも仕方のないことかもしれないけれど
殺生するのはあまりにも可哀想でならなかった。
早く田植えを済ませたらと言えば「馬鹿を言うな」と叱られる。
「中手」と言って遅く植えた稲ほど美味しいお米になるのだそう。
雀は百姓の敵だと言わんばかりに怒り狂うほどのことだろうか。
以前に水溜りで水浴びをしている雀たちを「可愛いな」と言って
微笑んでいた義父とはまるで別人のようであった。

市のコロナワクチン接種の予約受付が再開されて5日目。
やっと65歳から69歳までの予約が出来るようになった。
高齢者優先なので最終日となっても仕方ないことだと思う。
私はまだ64歳なのだけれど対象者となっていてありがたいこと。
とにかく予約をしなければとコールセンターに電話をかけまくる。
危惧していた通り電話はずっと話し中で繋がらなかった。
もう諦めてネットで予約をと思っていた矢先やっと電話が繋がる。
ネットではどうしても一方通行になってしまうので不安だった。
ちゃんと詳しい話を聞いたほうがどれほど安心だろうか。
市役所の係の女性に思わず「ああ、良かった」と声が出る。
6月30日の午後に予約が取れる。じいちゃんとふたりで行こう。
コロナの不安はもちろんのことワクチンにも大いに不安があった。
副反応で発熱する人も多いと聞きなんだか怖くてたまらない。
けれどもそれだけ効き目があるのだと言う事らしい。
私はとても迷っていたけれどじいちゃんは「どうってことない」と。
主治医からも必ず抗体が出来ると言われていたので信じようと思った。
それにしても遅れているワクチン接種。
娘夫婦が接種出来るのはいったいいつのことだろうか。
なんとしても我が身を守り家族を守りたい気持ちでいっぱいである。
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