「別れ霜」と言うのだろうか5月とは思えない程の肌寒い朝。
ちゃんちゃんこを羽織り暖房のお世話になる夜明け前だった。
寒暖差が激しく日中はほぼ夏日となりすっかり初夏の陽気となる。
栴檀の木に薄紫の花が咲きゆらりゆらりと風に揺れていた。
黄金色の実をつけていたのがつい昨日のように思う。
花が実になる。当たり前の事のようでいてなんだか不思議なこと。

今日も少しだけ川仕事へ。漁場の撤収作業を始めてみたけれど
まだ海苔の根がしっかりと生きていて少し早かったよう。
細い竹で海苔網を叩きながら根を落として行くのだけれど
思うようには捗らず一時間ほどで諦めて帰って来た。
なんだか海苔が死ぬのを待っているようで複雑な気持ちになる。
こればかりは自然のなりゆきに任せるしかないのだろうと思った。
あやちゃん9歳の誕生日。今夜はささやかにお祝いをする。
初孫の誕生がどれほど嬉しかったことだろう。
9年前の日記を読み返しながら懐かしさが込み上げてきた。
今はもう少女の階段を一歩ずつ昇っているあやちゃん。
やがてはおとなの階段を昇るようになるのだろう。
おじいちゃんもおばあちゃんも長生きをして
なんとしても成長したあやちゃんに会いたいと思う。
優しい子に育ってくれてありがとう。あやちゃんの笑顔が大好き。
9年前の5月の日記
晴れてはいたけれど北西の風が強く5月とは思えない程の寒さ。
立夏を目前にしてまだ冬の名残を感じることがあるらしい。
土手のチガヤの穂が風にあおられまるで白波のように見える。
それはとてもしなやかで決して倒れることはなかった。
朝のうちにお大師堂へ。誰かが小菊をたくさん活けてくれていた。
今は菊の季節ではなくどこかで買い求めたものなのだろう。
お参りに来てくれて花を供えてくれたその気持ちがとても嬉しい。
お堂の周辺の草刈りをしてくれたのはSさんだろう。
Sさんらしくたくさん咲いていたしろつめ草の花は根こそぎ。
浜木綿は根だけを残してくれていた。紫陽花は無事でほっとする。
以前に「この花は好かん」と浜木綿を嫌っていたことを思い出す。
けれどもいつも気にかけてくれ綺麗にしてくれてありがたいこと。
お昼前から川仕事へ。今日は漁協の出役で海苔の原藻を採る作業。
昨日連絡があり急きょの事だったけれど海苔の胞子が出始めたらしい。
魚の産卵と似ていて胞子が出始めると海苔の寿命が近くなる。
採取した海苔がそのまま種となり来年の養殖の大切な命に育つのだった。
お仲間さん達と協力し合って網に微かに残った海苔を精一杯に採取する。
良い年もあれば悪い年もあり今年は最悪だったけれど
自然の恵みを頂けたことに感謝する気持ちを忘れてはいけない。
ありがとうございました。大切ないのちを頂きました。
夏も近づく八十八夜。ついつい口ずさみながら始まる五月。
今朝は思いがけない雷雨となったけれどそれもつかの間。
すぐに青空が広がりまるで季節はずれの春一番のような強い風が吹く。
朝のうちに母の病院へ。
連休明けにコロナワクチンの接種をするとのこと。
同意書や問診票などを記入し手続きを済ます。
副反応の不安も無きにしも非ずだけれど
すでに接種を終えた人に異常のある人はいないとのこと。
母も希望しているらしく病院にお任せすることにしたのだった。
遅かれ早かれ私たち夫婦も接種をしなければいけないだろう。
午後。生まれて初めてパソコンで「オンライン対談」を視聴する。
先日めいさんがメールで知らせてくれてとても楽しみにしていたのだった。
詩人のめいさん(白井明大)と俳人の宮本佳世乃さんの対談。
宮本さんの事は今まで知らずにいたけれどとても笑顔の素敵な人だった。
現代俳句というのだろうかとても素直な句が印象的で好きだなと思う。
二人の対談は興味深くなによりもとても楽しかった。
私にとってはなんだか冥途の土産を頂いたような貴重なひと時となる。
詩人、俳人、歌人も。無名の私には永遠に届かない世界なのだろう。
あまりにも遠い距離に「雲の上のひと」という言葉が浮かんでくる。
だからいつだって空を仰いでいたいとおもう。
| 2021年04月30日(金) |
花を咲かせる土になれ |
朝の霧もつかの間。日中はよく晴れて25℃の夏日となる。
そよ吹く風のなんと心地よいこと。おかけで過ごしやすい一日だった。
ツツジの花が盛りを過ぎた頃バトンタッチをするようにサツキの花が。
まだ蕾だけれどすぐに花開くことだろう。明日はもう皐月なのだ。
今日は孫たちの遠足。リュックにお弁当やお菓子を入れて
それはそれは嬉しそうに出掛けて行く。
下田の海の見える公園まで一年生も歩いて行くと言うのでおどろく。
「だから遠足なんだよ」とあやちゃんが言うので思わず微笑んでいた。
遠くても皆で頑張って歩く。とても良い経験になったことだろう。
仕事を少し早めに終らせてもらって母の入院費を支払いに行く。
なんだかやっと一息つけるような安堵感があった。
なんとなく気苦労の多かった四月だったけれどそれなりに
自分に出来ることを精一杯にやり遂げたのではないだろうか。
ふと母を残して私がくたばるわけにはいかないと思った。
まだまだこれから少しでも親孝行をさせてもらいたいものだ。
花は散り花は枯れるけれど咲いてくれる花もある。
「花よりも花を咲かせる土になれ」私のとても好きな言葉。
| 2021年04月29日(木) |
なるようになるなんとかなる |
雨のち曇り。静かで優しい雨でなによりに思う。
夕方少しだけ夕陽が見える。明日はおひさまに会えそう。
「昭和の日」で祝日。世間ではGWの初日だとか。
人々がなるべく動かないでいて欲しいと願わずにいられない。
じいちゃんと川の様子を見に行っていたけれど
収穫はもちろんのこと漁場の撤収作業も出来そうになかった。
手も足も出ないとはこんな有様を言うのだろうか。
私は無性に働きたくてならずそれが叶わない事に苛立ちを覚える。
気分が塞ぎそうになるのを「どうどう」と宥めてばかりだった。
あっけらかんとしているじいちゃんにどれほど救われただろうか。
思うようにならないことをなんとかしようと思わないことだ。
川の流れに身を任すようにさらりと生きていかなければならない。
思い悩むことは何もあるまいと思いつつも
ついつい色んなことを考え込んでしまう悪い癖。
自慢するような事ではないけれど私は決して楽天家ではなかった。
もっと気楽に生きていけたらどんなにか救われることだろうか。
「なるようになる」「なんとかなる」呪文のように唱えている。
そうそうその調子。少しずつだけれどいい感じになってきた。
明日の風は春風だろうか。そよそよと心地よく風に吹かれよう。
朝方どしゃ降りの雨が降ったけれど日中は小雨。
穀物をしっとりと潤す恵みの雨になったことだろう。
9時には母の病院へ。
10時半までに転院先の病院へ戻らなくてはいけなくて
なんとも気忙しい退院となった。
車椅子の母と荷物の多さに一人ではどうしようもなく
ナースセンターに相談に行き看護師さんの手を借りることに。
おかげで無事に母を助手席に座らせることが出来たのだった。
9時40分、時計とにらめっこしながら高速道路を走り抜ける。
なんとしても母を美容院へ連れて行ってあげたかった。
10時の予約に少し遅れたけれど顔なじみの美容師さんの手際よいこと。
見苦しいほどぼさぼさ頭だった母が可愛らしいおばあちゃんになる。
母のなんと嬉しそうな顔。私も思わず涙ぐみそうになった。
10時半を少し過ぎていたけれど病院で大歓迎を受ける。
口々に「お帰りなさい」の声。これほどの感激があるだろうか。
母にはちゃんと帰る場所があったのだ。なんとありがたいこと。
別れ際に母と握手をする。やわらかくてとてもあたたかな手だった。
またしばらくは会えなくなる。それはコロナ禍のどうしようもないこと。
午後J先生から母の病状についての説明があった。
胆石だと聞かされていたけれど結局そうではなかったらしい。
入院期間中は経過を診るだけで何の治療も無かったのだそうだ。
これからの入院も同じで経過さえ良ければ施設へ移れるとのこと。
ただ先日のような大きな発作がいつ起こるやら分からず
それは今夜かもしれないし明日かもしれないと言う。
「覚悟をしておいて下さいね」と言われたのだった。
これまで母が起こした奇跡を思い起こすと
なんだか母が不死身のように思えてならない。
今日は冬物の衣類を持ち帰ったけれど
夏が過ぎ秋が深まった頃にはまた母に届けてあげようと思っている。
朝の肌寒さもあと少しだろうか。4月も残り少なくなった。
5月の声を聞くともう初夏と言っても良いのだろう。
「八十八夜」「立夏」と季節が変わろうとしている。
山里の職場に向かう朝の道。
国道から県道の山道に差し掛かった処で
まだ20歳代だと思われる若いお遍路さんに会った。
金剛杖と右手にはごみが入っていると思われるビニール袋。
咄嗟に車を停めて「ごみを預かりましょうか」と声をかける。
コロナ禍の中コンビニのごみ箱が撤去されてからほぼ一年になる。
食料を調達することの多いお遍路さんにはなんと不便な事だろう。
ずっと気になっていたので咄嗟に声が出たのだと思う。
お遍路さんは快く袋を手渡してくれて両手を合わせてくれた。
その手首に水晶玉のような数珠がありはっと胸が熱くなる。
なんとなくだけれど家族が持たせてくれたのではないだろうか。
そう思うと私も一気に母親のような気持になってしまった。
「延光寺さんまでは何時間位かかりますか?」と問われ
車だと一時間程の距離なのだけれど歩くのはとてつもなく遠かった。
峠路を越えるだけでも辛い道のりになることだろう。
「少しでも車で送りましょうか」と伝えると
「大丈夫です。歩けます」と頼もしい笑顔を見せてくれたのだった。
後ろ髪を引かれるようにしながら私は峠道に向かう。
バックミラーに映った青年はしっかりと両手を合わせてくれていた。
ほろりと涙が出そうになる。これも一期一会なのだろうか。
仕事を終えて帰り道。国道に出るまでずっとその姿を探したけれど
その青年お遍路さんの姿はどこにも見つからなかった。
山里でひとやすみしているのかもしれないと思ったり
若者の足だものとっくに延光寺に着いているかもと思ったり
挙句には明日の雨が心配になったりもしたのだった。
どうかどうか無事に結願出来ますように。
祈ることしか出来ない夜になってしまった。
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