ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年04月19日(月) ちーちーぱっぱ

ひんやりと肌寒い朝。ちゃんちゃんこを羽織り暖房をつける。

もう晩春なのだろうけれどまるで春先のようでもあった。


こころのなかにも冬と春がいて互いの息づかいを感じる。

どちらを選ぶこともせず息を「生き」として受け止めるばかり。



7時15分。「いってきます」と元気に孫たちが登校する。

毎朝窓を開けて見送るのがすっかり日課になった。

お隣のブロック塀の陰からふたりが手を振ってくれるのだ。

あやちゃんの顔は見えるけれどめいちゃんは小さくて見えない。

それでも小さな手のひらに愛しさが込み上げて来る朝のこと。





お客さんが筍と干し椎茸をたくさん届けてくれた午後。

筍はちゃんと灰汁抜きをしてくれていてとても助かる。

干し椎茸は袋にいっぱいあって同僚とはんぶんこする。

山里ならではの恵み。ほんとうにありがたいことだった。


お客さんはとても話好きで「ちーちーぱっぱ」と言うあだ名。

みんなから「ちーちゃん」と呼ばれているのでそれもうなずける。

話はけっこう興味深く面白いのだけれどとにかく長いのだった。


今日もすっかり長くなり帰宅時間に帰れなくなった私を

同僚が助け船を出してくれた。「もう集金に行かないと」と言って

私は忘れていたふりをして急いで席を立ったのだった。

「ちーちゃんごめんね。また話そうね」とやっと言える。

それから急いでタイムカードを押し家路についたのだった。


けれども私はなんとなくちーちゃんのことが好きだった。

仕事が暇で時間さえ気にならなければいつまでも話していたい。

ちーちゃんは決して愚痴を言わない。他人の悪口も言わないのだ。

根っからの楽天家なのだろうと思う。陽気でとても明るい人だった。

そうして私の話しも「うんうん」と頷きながらよく聞いてくれる。


もしかしたら私も話し相手がほしいのかもしれない。

自分ではよくわからないけれどなんとなくそんな気がしている。

だとしたら私も「ちーちーぱっぱ」なのだろう。



2021年04月18日(日) 般若心経

まるで冬の名残りのような西風が吹き荒れる。

土手にはあざみの花が咲き川辺には野ばらが咲き乱れ

こんなにも確かな春なのにと思わずにいられなかった。



朝のうちにあやちゃんと一緒にお大師堂へ。

まだ朝ご飯を食べていたのに「待って」と言ってくれる。

二人きりでお参りに行くなんて何年ぶりだろうか。

幼い頃のことを話しながらまるでタイムスリップしたようだった。


二人して般若心経を唱える。あやちゃんは出鱈目ではなかった。

私の後を追うようにそれはたどたどしいけれど最後まで唱える。

信仰心などと大それたことではないのだけれど

子供の頃からお経に親しむのはとても良いことに思えたのだった。


お供えのおせんべいをふたつ頂く。ひとつはめいちゃんにと。

優しいお姉ちゃんに育ってくれたことが嬉しくてならない。




10時には川仕事へ。海苔の生育は最悪と言って良いほど芳しくなく

漁場に行ってみないと収穫できるかどうかわからなかった。

準備はして行ったものの海苔の様子を見るなり「これは駄目だ」と。

例年なら最後の追い込みに励んでいる頃で残念でならない。

けれども二人とも嘆くことはしなかった。あえて笑い合うほど。

無いものは仕方ない。どんなに嘆いても何も変わらないのだ。


今年の収穫量は昨年の3分の1にも満たない。

過去の最盛期に比べても10分の1程に落ち込んでいる。

これでは家計を支える収入も絶たれることになってしまう。

それでもなんとしても乗り越えて行かなければいけない。


きっと試されているのだろう。それならば試して頂こう。

そんな強気がまだ私に残されているのがまるで奇跡のようだった。








2021年04月17日(土) 運の良い日

西の空がほんのりと茜色。ずいぶんと日が長くなったこと。

朝からずっと雨だったのが午後4時頃やっと降りやむ。

明日は若葉が目に沁みることだろう。山もきっと笑うことだろう。

私も陽射しを浴びてすくっと前を向いていられるとおもう。



今週の仕事を順調に終えてやっと母の病院へ行くことが出来た。

母はおどけた顔をして「まあどちら様でしょう?」と言う。

忙しくて来られなかったことを詫びるとすぐに頷いてくれた。


面会時間が15分と限られているためゆっくりとはいかないところ

母がぷぷっとおならをして「うんこが出そう」と言い出す。

ベット脇のポータブルトイレに座らそうとしたけれど

随分と足腰が弱っており私の介助ではうまくいかない。

仕方なくナースコールをして看護師さんのお世話になった。

それが思うように出てくれなくてしばらく唸り続ける。

母の腰をさすりながら「もう少しよがんばれ」と声をかけていた。


良かった。やっと出た。よしよし運がついてきたねと笑い合う。

なんとか私の介助でベットに戻れたもののオムツが出来なくて

また看護師さんのお世話になった。忙しいのになんとも申し訳ない。

それから2分もしないうちに「また出そうになった」と言う。

これだけは止めるわけにもいかずまた同じことを繰り返すばかり。

2回目はどっさりと出る。「くさいくさい」と笑う母。

それから「そうれそれそれお祭りだ」と歌い始めたのだった。

それには看護師さんも笑い転げて私も思わず吹き出してしまう。


そんなこんなで制限時間はとっくに過ぎてしまっていた。

帰り際に退院が近いこと「迎えに来るね」「帰ろうね」と告げる。

何処に帰るのかと母は訊かなかった。それがとても救われたのだった。


今日はとても「運の良い日ね」そうそう「運がつきまくりよ」

母とのやりとりがとても楽しくてならなかったけれど

病室を出てエレベーターに乗ったらなんだか涙が出そうになった。



2021年04月16日(金) もったいない

午後から雨が降ったりやんだり。春らしい暖かな雨だった。

「穀雨」も近くなりどうか恵みの雨であってほしいものだ。


満開のつつじが雨に打たれていた。なんとも健気な姿。

桜のように散れない花は身をしぼませながらやがて枯れる。

椿のように落ちることも出来ず精一杯に今を生きているのだった。





今週は一度も母を見舞えず金曜日になってしまった。

退院が近くなったことを知らせてあげたいけれど

まだその先の見通しが立たず何と言ってあげれば良いのか。

せめて顔を見るだけでも。明日は面会に行ってみようと思っている。


今日は自分の通院。先月からお薬が変わったので診察があった。

幸い午後は空いていて少しの待ち時間で名前を呼ばれる。

血圧が一向に下がらない事を伝えたのだけれど

医師が測ると正常値でびっくりとおどろく。

思わず「そんなはずはない」と声をあげていた。

家の血圧計が古すぎて誤作動をしている可能性もあるとのこと。

5年が限度なのだそう。我が家のはかれこれ20年にもなる。

とにかく「もったいない」が先に立つ。新しいのを買うべきだろうか。


それからなるべく塩分を控えるようにとも言われた。

お味噌汁が一番いけないのだそう。それにはいささかがっくりする。

お味噌は身体に良いとばかり思っていたので戸惑うばかり。

毎朝欠かせないお味噌汁をどうして敵だと思えようか。


今夜も高い血圧。神経質なものだから三回も測ったけれど変わらず。

仕方なく古い血圧計のせいにしてのほほんとこれを記している。


程よく酔いもまわってきた。今夜も一曲聴いて眠ることにしよう。

ぐっすりと眠ってまた明日もきっと元気な私でいましょう。



2021年04月15日(木) 一喜一憂しながら

風もなく穏やかな晴天。真っ青な空を飛び交うつばめ。

春の陽射しをいっぱいに浴びて景色はきらきらと輝く。



同僚がやっと復活してくれて職場に活気が戻る。

あらためてその存在に感謝せずにはいられなかった。

かといってまだ無理は禁物。労わる気持ちを忘れてはいけない。



母の病院から電話があり退院の許可が下りたとのこと。

けれどもすぐに施設に戻ることは困難なのだそうだ。

明日にでもと勝手に思い込んでいたので少し困惑する。

母には帰る家がないのだ。どうかどうか母を受け入れて欲しい。

ケアマネさんに訊いたら早くて来週、再来週になるかもしれないと。

母が憐れでならない。私の気持ちまでも路頭に迷うのだった。

とにかく焦らずにいてその時を待つしかないようだ。



帰宅途中のスーパー内の美容院で鬱陶しかった髪を切る。

チェーン店なので春の異動があったのか初めての美容師さんだった。

穏やかに話しかけてくれてなんとも心が和む。

そうして髪もさっぱりすればすっかり気分一新となる。

「きっかけ」は待つのではなく自分で作っていくものなのだろう。

変わらなければ変えればいい。何事も自分次第なのだ。



午後4時半、「ただいまあ」と元気に孫たちが帰って来る。

ふたりともすぐに宿題をして感心なこと。

あやちゃんのプリントを見てびっくりした。

もうこんな難しい漢字を習っているのかと。

まだ算数もあるよと。3年生になって宿題が一気に増えたようだ。


めいちゃんはプリントをコピーしてまあちゃんと一緒にしていた。

まあちゃんはまだ幼稚園だけれどもう英語を習っているそう。

一年生の宿題なのにすらすら。めいちゃんも負けてはいられない。


ここ数日夕方になると機嫌が悪く泣いてばかりいためいちゃんが

今日はとても機嫌が良く晩ご飯もちゃんと食べてくれて嬉しかった。


みんなみんな頑張っているのだと思う。

私も一喜一憂しながらも日々の事を精一杯に頑張りたいと思った。




2021年04月14日(水) やってみたら出来た

雨あがりの晴天。気温はあまり上がらず風の強い一日。

早いもので4月も中旬になりあらあらという間。

2月は逃げ3月は去り4月はなんと表現すれば良いのか。

日々は駆け足で流れていくばかりだった。

大切なことを疎かにしてはいないかと心に問いかける。



早朝に同僚から電話がありまた発作が起きたとのこと。

とにかく安静にと今日も自宅待機をしてもらうことに。

二日続けての開店休業はとても痛手だけれど仕方ないこと。

頼みの義父も農業の方が忙しく無理を言えない事情があった。


そんな日に限って来客が多く対応に追われる。

訳を話し丁重にお詫びすると「また明日来るけん」と言ってくれて

どんなに救われたことだろう。お客様には本当に感謝しかない。


一人だけ私が見よう見真似でバックミラーを交換した。

お客様が「なかなかやるじゃんか」と褒めてくれて嬉しい。

「出来ることを」といつも思う。ちゃんと出来て本当に良かった。


明日は同僚の体調がどうか落ち着きますように。

今夜はひたすら祈りながら眠ることにしよう。






2021年04月13日(火) あしたはきっと青空

雨の一日。夕方になりやっと降りやむ。

この雨で遅咲きのぼたん桜も散ってしまって

とうとう桜の季節も終わりを告げる。

そうして新緑の季節がもう始まっているようだ。

雨に潤う柿の葉のなんと艶やかなことだろう。



今日は職場で大変なことがあった。

同僚が体調不良を訴え倒れるほどではなかったけれど

念のために掛かりつけの病院に行かせたところ

そこからそのまま県立病院へ救急搬送されたのだった。


高齢のお母さんと二人暮らし。近くに頼れる身内もなく

もう仕事どころではなくなり私が病院へ駆けつけて行った。


不整脈の発作だったようで幸い命に別状はなかったけれど

そのまま無理をさせていたら取り返しのつかない事になっていた。

同僚だけが頼りの職場。それが重荷になっていたのかもしれない。

今更ながら日頃の苦労をねぎらうきっかけにもなった。


応急処置で発作は治まり入院もせずに済み何よりだった。

「今日は休業にしようね」と自宅で安静にするように伝える。


勤続40年が近い。同僚も60歳が近くなっていた。

私が勤め始めた頃はまだ20代の若者だったのだ。

不況の波に煽られながら去って行った同僚も多いのに

彼は最後まで辞めずにいてくれてとうとう私と二人きりになった。


母の事実上の引退。社長の義父も80歳が近くなった。

難破船のような会社は今も波に揉まれながらも海を漂っている。

何処かの島に辿り着くのだろうか。それさえも定かではない。


もしもこの先、最後の日を迎える日が来ても

私は彼と一緒に見届けたいと心からそう思うのだった。


明日はあしたの風が吹く。きっと青空に違いない。




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