| 2021年03月01日(月) |
ありがたや。ありがたや。 |
弥生三月らしく暖かい朝。そんな暖かさが雨を連れて来る。
少しぐらい濡れても平気と傘を開くこともなく過ごす。
国道沿いの白木蓮の花が満開になっていた朝。
交通量が多く車を停められないのが残念でならない。
それはまるで雨を受けとめるように健気に咲いていた。
純白であることを誇りにおもう。とても尊く感じたのだった。
仕事は怒涛の忙しさ。なんと充実した一日だったことか。
お弁当を掻き込んでいたら来客があり慌てて蓋をしたり
再び食べ始めたら電話が鳴りもぐもぐしながら対応をする。
これは愉快なことになったと我ながら可笑しくてならない。
2時間の残業になりくたくたになって帰宅。
もう「花子とアン」も終わっていて大急ぎで洗濯物をたたむ。
衣類乾燥機の「幹太くん」はほんとうに優れ物でとても助かっている。
ふっかふかに乾いた洗濯物をたたむ時はほっこりと幸せを感じる。
「おばあちゃん晩ごはんはなあに?」「牛丼よ」と応えると
「やったあ!」とあやちゃんが喜んでくれて作り甲斐がある。
娘が遅くなる日だったのでお惣菜のポテトサラダも買って来ていた。
じいちゃんはさっさと一番風呂に入り鯛のお刺身でビール。
もう少し待てないのと言ったら「もう我慢できない」とこれも愉快。
夕食後の食器洗いをしていたらあやちゃんが肩を叩いてくれた。
「50回」と言ってその数えるのがなんと早いこと
けれどもとても気持ち良かった。身体がすっかり楽になる。
ありがたやありがたや。ほんにおばあは幸せであるぞ。
お風呂から出たらめいちゃんがサロンパスを貼ってくれる。
小さな手のぬくもりをそのままになんと優しいことだろう。
おかげでこころは少しも疲れてはいなかった。
寝酒の焼酎がとても美味しい。まったりとほろ酔ってこれを記す。
窓の外は静かに春の雨が降っている。
| 2021年02月28日(日) |
春になれば何かが変わる |
曇り日。陽射しはなくてもずいぶんと暖かくなる。
2月もとうとう晦日となりこころはすっかり春の気分だった。
明日まで待てず家中のカレンダーを3月にしてしまう。
2月は「逃げる」3月は「去る」というけれど
一日一日を大切にしながら過ごしていきたいものだ。
今朝は昨夜確かに書いた日記が反映されておらずあたふた。
ひどく焦ってしまって四苦八苦してしまった。
もしやとページの再読み込みを試してみたらやっと反映される。
去ったり戻ったりしたものだからもしかしたら戒めかもしれず
自分勝手な行動をしたことを深く反省させられる出来事であった。
今夜は大丈夫だろうか。とにかくこうして書かせて頂いている。
一週間ぶりに川仕事の予定だったけれど
海苔の生育が芳しくなくしばらく様子を見ることになった。
今年も不漁の兆しだろうか。どうか順調にと祈るばかりである。
ここ数年ずっとのことで決して嘆くことはするまいと思う。
時期が来ればきっと育ってくれるだろう。まだ諦めるのは早い。
おかげで頂いた休日。家事もろくにせずごろごろと寝てばかり。
午後3時前になり「そろそろ起きないか」とじいちゃんの声。
気がつけば今日はお大師堂にも行かずに怠けていたのだった。
今からでも遅くないと思いつつ結局そのまま日が暮れてしまった。
「出来ること」「出来ないこと」そのはざまで少しもがいている。
また出来る日もあるだろうと楽観的に考えられるようになりたい。
明日からはと少し意気込んでみる。春になれば何かが変わる
そんな気がしてならない夜のことだった。
| 2021年02月27日(土) |
どうかここにいさせて下さい |
やはりここは懐かしい場所。まるでこころの故郷のようだ。
「帰りたい」とつよくおもった朝のことだった。
お別れの言葉を書き残し潔く去って行きながら
ずっとずっと後ろ髪を引かれていたのだと思う。
それほどまでに18年もの日々はかけがえのないものだったのだろう。
帰って来ました。どうかここにいさせて下さい。お願いします。
この場所がある限り根を張るようにここで生きていきたいのです。
今日は孫たちの発表会があった。午前中はめいちゃん
午後からはあやちゃんととても感動した一日だった。
特にめいちゃんは保育園最後の発表会でもあり
ずいぶんと成長した姿に思わず涙があふれてしまう。
甘えん坊で泣き虫のめいちゃんがとても逞しく見えた。
写真は撮れなかったけれど心のアルバムにずっと残ることだろう。
めいちゃんもあやちゃんもほんとうによく頑張ったと思う。
ふたりともありがとう。おばあちゃんはとても幸せです。
※言葉足らずになってしまいましたがほぼ2ヵ月のあいだ
移行先のブログへ足を運んで下さりありがとうございました。
おかげで慣れない場所で日記を綴ることが出来ました。
また突然の変更でほんとうに申し訳なく思っています。
ここで春を迎えたいです。どうかこれからもよろしくお願いします。
2021年1月3日から2月26日までの「ゆらゆら日記」
| 2021年01月09日(土) |
18年間ありがとうございました |
新年からの不具合が復旧していてとてもほっとしているのですが
悩んだあげくあたらしい場所での日記を書き続けることに決めました。
ここはいつまでも懐かしい場所。
18年間の日々はほんとうに宝物のように思っています。
管理人さま、そして読んで下さっていた皆さま
ほんとうにありがとうございました。
どうかこの場所が末永く在り続けてくれることを祈っています。
一歩踏み出すような気持であたらしくなれたらと思っています。
「卒業」と名づけるのも良いのかもしれません。
再度になりますがあたらしい場所をお知らせしておきます。
ずっとずっとの「ゆらゆら日記」です。
ゆらゆら日記
| 2020年12月31日(木) |
あたらしき朝に(2021年1月1日〜3日)お知らせがあります |
1月3日: お知らせがあります。
不具合の復旧が未定であり復旧しない可能性もありそうです。
このままここで日記を書き続けることがとても困難となりましたので
仮住まいとして新しくブログスペースをお借りすることになりました。
いつも読んで下さっている皆さまにはご不便をおかけしますが
どうか今後ともよろしくお願い致します。
ささやかな日常におつきあい願えたら幸いです。
本日からの新しい日記はこちらです。ゆらゆら日記
※日記の全文を表示するにはクリックが必要です。
2021年1月1日の日記
始まりはいつも今日のことでした一歩踏み出すあたらしき朝
昨夜の雪が薄っすらと残る元旦の朝。
新鮮と感じられるのはとてもありがたいことだとおもう。
一歩踏み出してみようとささやかな勇気のようなものを感じる。
SNSでは「おめでとう」の声が飛び交う。
それにどうしても馴染めずとうとう辟易としてしまった。
新年を迎えたことがおめでたいことだとは思えない。
先日の「素敵な一日」と同じく心ない言葉に思えてならなかった。
全国で留まることのない感染者の数。
多ければ多いほど医療従事者の負担も大きい。
コロナには年末年始などないのだ。どうかそれをわかってほしい。
「おめでとう」ではなく「おつかれさま」と言ってあげてほしい。
じいちゃんが「正月じゃないか」と笑い飛ばしてくれる。
家族がみな楽しみにしていてお昼にはささやかにごちそうを囲む。
息子が午後から仕事があり来られないと言うので
蟹やお寿司をマンションへ届けた。けい君にお年玉も。
にこにこの笑顔になんだか救われたような気がする。
先の見えない不安はどうしようもないけれど
勇気と希望を持って立ち向かっていかなければとつよくおもう。
どうか今年も平穏無事の日々が続きますように。
大切な家族をきっときっと守ってみせましょう。
※「エンピツ」の日記サイトに不具合が発生しているようで
2021年の日記の更新が出来なくなっているようです。
しばらく様子を見ながら題名に日付を入れて更新します。
2021年 1月2日
あけてふつか。冬晴れの穏やかな一日となる。
例年なら初詣にどこかのお寺にと向かうのだけれど
今年はすっかり諦めてしまってステイホームをつらぬく。
自粛する気持ちが大きい。お正月は三ヶ日とも思えず
いつもの週末のような気持で過ごすばかりだった。
元旦から仕事に励んでいる人も多いことだろう。
私も早く仕事がしたい。日常に返りたいとつくづく思う。
けい君が一緒に遊ぶ友達もいなくて寂しそう。
昨日約束をしていたので今日はマンションへ迎えに行く。
我が家に来るのは一年ぶりの事でとても喜んでいた。
あやちゃんもめいちゃんも大歓迎で仲良く一緒に遊ぶ。
一人っ子のけい君がふと不憫にも思えた。
弟か妹がいればと今更どうしようもできないことだけれど。
午後3時を過ぎ西日の暖かさに誘われるように皆でお大師堂へ。
娘と孫たちを追いかけるように私も久しぶりに歩いてみた。
お大師堂に着くなりあやちゃんが「なつかしいにおいがする」と。
まだ2歳だった頃から毎日お参りに来ていたのを思い出してくれたのか。
「おだいちしゃん」と言っていた。「なむだいちこんじょう」って。
私も懐かしく思い出す。ほんとうにあっという間に流れた歳月。
この子たちをどうかどうかお守りください。
大切な家族をどうかどうかお守りください。
ただただ祈る午後のこと。
| 2020年12月30日(水) |
またきっとあたらしくなる |
夕方から雪が降り始めた。今夜のうちに積もるかもしれない。
なんだか胸騒ぎがして落ち着かない夜になった。
不安はどこからやってくるのだろう。自分の胸に手を当てている。
おしえてほしい。わたしはどんなカタチをしているのですか。
年の瀬の波を漂っている。押し寄せてくるのは何ですか。
どうかゆるやかにわたしを押し流してください。
辿り着く場所がきっとあるでしょう。心やすらかでありたい。
そんな願いを込めて浮かんでいる。ここがわたしの居場所。
またきっとあたらしくなる。すくっと前を向けるだろう。
嬉しくて泣く日があっても悲しくて泣く日はないのだとおもう。
そんなふうに生かされている。命あってこその日々なのだ。
雪が降っています。こんこんと降っています。
※今年最後の日記になりました。
この一年の日々におつきあい下さりほんとうにありがとうございました。
自分のためにと言いつつもやはり読んで下さる皆さまのおかげです。
来年には19年目になりますが命ある限り書き続けたいと思っています。
ささやかな日々の事ですがどうかそっと見守って下されば幸いです。
コロナ禍の大変な世の中ですが、どうかどうか平穏無事に
新年を迎えられますようにお祈りしています。
| 2020年12月29日(火) |
ほっと肩の荷をおろす |
晴れ時々くもり。おひさまが見えたり隠れたり
曇っても寒さは感じず今日もずいぶんと暖かな一日だった。
とうとう今年もあと二日。年の瀬が波のように押し寄せて来る。
コロナ一色の大変な一年だったけれど
家族皆が身を寄せ合うようにして暮らした日々が愛しい。
「守りたい」一心だったように思う。
平穏無事であることがどれほどありがたいことだろうか。
順調に仕事が片づき無事に仕事納めが出来る。
義父や同僚のおかげである。ただただ感謝するばかり。
私もやれるだけのことはやったのだと思う。
難破船のような会社も何処かの島に辿り着いたような
安堵は安らぎに似てほっと肩の荷をおろした。
真っ先に母に報告すると「まあ良かった」と喜んでくれる。
昨日も心配して電話をくれたのだった。
もう退いたとは言え母も会社の一員なのだなと思う。
未だに仕事の事を決して忘れてなどいない。
帰宅してじいちゃんの顔を見るなり涙が出そうになる。
「よう頑張ったな」と言ってくれてとても嬉しかった。
昨日の事、あやちゃんが不思議そうな顔をして言ったのだそう。
「おばあちゃんは毎日お仕事に行っているのにどうして
おじいちゃんはお仕事に行かないの?」と。
痛いところを突かれたじいちゃんは「参った参った」と苦笑い。
答えに困り昨年の頭の手術の話をしたのだそうだ。
そうしたらあやちゃんが「そっか・・やっぱりね」と頷いたそう。
じいちゃんがお留守番をしてくれるおかげで私は仕事に行ける。
どんなに疲れて帰って来ても顔を見ただけでほっとするのだった。
「ただいまあ」と声をかけると「おう!」と言ってくれる。
じいちゃんこの一年ほんとうにありがとう。
年末年始は仲良く一緒に過ごしましょうね。
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