ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2020年10月19日(月) 訃報

午後7時。じいちゃんのいとこが急逝しました。



2020年10月18日(日) 命日と誕生日

曇りのち晴れ。陽射しがとてもありがたく感じる。

朝の最低気温が日毎に更新されていて初冬並みの寒さだった。

目覚めるなり靴下を履きベストを羽織り電気ストーブで暖をとる。

少しずつ寒さに慣れなければいけない。苦手な冬であってはならない。



お舅さん義父の命日で午後からお墓参りに。

もう38年もの歳月が流れてしまったのかと感慨深い。

娘が歩き始めたばかりの頃だった。

「おう、歩けるようになったか」と義父の笑顔が懐かしく目に浮かぶ。


おじいちゃん子だった3歳の息子がお棺にすがって泣きじゃくった。

あの悲しい秋の日を息子は今でも微かに憶えているそうだ。



孫が増え今ではひ孫も出来て今日はまた新しい命が生まれる。

まあちゃんに弟が生まれてお姉ちゃんになったのだ。

「ひいじいちゃんにおしえてあげる」と言って一緒にお墓参りに。

それはなんとも微笑ましい光景でふと目頭が熱くなる。

命日が誕生日になるなんてなんだか奇跡のようなこと。



先ほど娘たちが帰宅しいつもの賑やかさが返って来た我が家。

テレビからは「サザエさん」の歌が流れ平和そのものである。

いつもと変わらないことが愛しくてならない夜のこと。










2020年10月17日(土) 明日はきっと晴れるだろう

ぐんと肌寒く雨の一日。朝よりも日中の方が寒さを感じる。

何か羽織る物をと押入れから取り出したのは

姑さんの形見分けにいただいていた毛糸のベストだった。

それがなんとあたたかいこと。懐かしいぬくもりを着て過ごす。



昨夜から娘たちが泊りがけで出掛けており

静まり返った我が家の寂しさもひとしお。

「ふたりきりもたまにはいいじゃないか」と言いつつ

やはり孫たちの声が聴こえないとしんみりと寂しいものだ。


夕食の支度もそこそこに鯵の干物を焼いて食べる。

あと冷凍餃子。スーパーで買ったポテトサラダ。

毎日の目まぐるしい忙しさに比べるとずいぶんと楽。

手抜きが出来るうちにと笑い合うのも愉快であった。



夕方のコンビニでお遍路さんに会って少しだけ会話。

今夜は大橋のたもとで野宿をすると言うので

お大師堂へ泊るようすすめたけれど駄目だった。

コンビニの近くが良くテントを張るから大丈夫と。

おせっかいだったなかと少ししゅんとしていたら

「気遣ってくれてありがとうございます」と笑顔で

なんだか救われたようにほっとして嬉しかった。

やはり声をかけることは大切なことなのだなと思える。


幸い雨も小降りで今夜のうちにやみそうな気配。

明日はきっと晴れるだろう。お遍路さんの旅の無事を祈っている。



2020年10月16日(金) Okay, that's good. It's all right now.

曇り日。少しの肌寒さも秋の深まりかと感慨深く思える。

北国からは初霜の便り。全国的にこの秋一番の冷え込みだったそう。


夜明け前、いつものように心細く短歌と詩を綴るSNS。

その拙いものを英訳してくださる方がいてとても驚いている。

たとえば

Okay, that's good.

It's all right now.

私の詩では

よしよしそうかそうか

もう大丈夫なのだから


これが奇跡でなくてなんだろうと感謝と感動で胸が熱くなるのだった。

これほどの励みがあるのだろうか。これほどの救いがあるだろうか。

今まで日の目など見たことがない老いぼれの私にもかすかに光が射す。

なんとしても生き永らえてこの世に残す「こころ」を記したいものだ。


明日も書けるのだろうか。自信はまったくない。

その自信のなさを言葉にすることはきっと出来るだろう。











2020年10月15日(木) 微笑みながら涙ぐむ

爽やかな秋晴れ。気温は夏日だったけれどずいぶんと過ごしやすい。

明日からお天気は下り坂で一気に気温が下がるとのこと。

北海道の山に初冠雪。北国はもう冬支度になることだろう。



仕事を定時で終わらせてもらって母の施設がある病院へ。

9月分の支払いを済ませケアマネさんにも会うことが出来た。

母とは度々電話で話しているのであえて面会は希望せず。

先日の電話で可愛がっていたぬいぐるみが盗まれたと嘆いていたのを

ケアマネさんも気遣ってくれて施設内にあった犬のぬいぐるみを

母の為にと枕元に置いてくれているそうだ。ありがたいこと。

それがよほど嬉しかったのか笑顔で過ごしていると聞きほっとする。

同時に母の寂しさを痛いほどに感じてせつなさが込み上げてきた。

ぬいぐるみをまるで我が子のように抱きしめて眠っていることだろう。



いつもより早めに帰宅出来たのでけい君のお迎えに行く。

今朝は学校へ行きたくないと泣いていたそうで気になっていた。

「道徳」の授業で先生から厳しく指導されているとのこと。

他の子は感想文が書けるのにけい君だけ書けないのだそう。

人一倍感受性の強い子なのだ。どうしてそれを分かってくれないのか。

参観日の日に息子が直談判したそうだけれど未だ改善は見られず

まだ一年生だと言うのになんとも可哀想でならなかった。

「今日は道徳があるからいや」と泣く子の事をどうか知ってほしい。


「けい君今日も楽しかった?」と訊くと「うん、楽しかった」と。

算数の授業がいちばん好きなのだそう。笑顔でそう話してくれる。

マンションの駐車場からまだ大きなランドセルを背負って走る。

「おかあさんいる?」「いるよ、まっているよ」

「おかあさんただいま〜」「けい君おかえり〜」

ハグをするふたりに微笑みながらふと涙ぐみそうな午後4時のこと。



2020年10月14日(水) 幸せのかたち

連日の夏日も今日が峠のよう。ゆっくりと寒気が南下してくるのだそう。

あちらこちらに満開の秋桜。私は白い秋桜がとても好きでならない。

青空によく映える。純白であることはまるで希望のようなこと。



朝の山道でパトカーとすれ違う。その後消防のレスキュー車。

救急車と続きまたパトカーが2台も行く。それはただならぬこと。

いったい何事だろうと首をかしげながら職場に着くと

義父が血相を変えて出掛けようとしているところだった。


私が谷へ転落したのかもしれないと思ったのだそうだ。

「おお、無事か!」と安堵した様子で駆けつけて来てくれる。

心配してくれたのがとても嬉しかった。「私は大丈夫よ」


お昼前に情報が入り県道から奥の工事現場で転落事故があったそう。

運転手は幸い軽症とのこと。大事に至らなくてほんとうに良かった。

ふと明日は我が身かと思う。運転には細心の注意をしなければ。

義父に心配をかけないよう明日も安全運転で出勤しよう。



仕事を終えて帰宅。娘が一足先に帰っていてほっとする。

このところほぼ毎日洗濯物をたたんでくれているのだ。

それがどれほど助かっていることか娘には感謝しかない。


夕食後、めいちゃんがまた食器を洗ってくれた。

小さな手を泡だらけにしながら一生懸命のお手伝い。

その姿のなんと微笑ましいこと。ありがとうねめいちゃん。


「幸せのかたち」それは目には見えないけれどこんなにも感じるもの。

感謝の気持ちさえあれば誰だって幸せになれるのだと思う。


私はなんて恵まれていることでしょうか。



2020年10月13日(火) めだかのおかあさん

最高気温がまさかの29℃。夏の名残と言うべきなのだろうか。

天気予報では週末にかけてぐんと気温が下がるのだそう。

寒暖の差は老体に厳しいけれど負けるわけにはいかない。

そう言いつつ弱音を吐きそうになる。負けても良いのだろうか。

「自分をゆるす」それはとても大切な事に思えてならない。




めいちゃんが玄関先でめだかを飼っていて

どうやら赤ちゃんが生まれたよう。

水草に卵のようなものがくっ付いていて娘が別の水槽に移していた。

それが今日見たら生まれたばかりのような小さな赤ちゃん。

めいちゃんより先に娘が感動して大騒ぎになった夕暮れ時のこと。


娘が「めいちゃんおかあさんになったのよ」と言う。

きょとんと不思議そうな顔をしているめいちゃんに

ちゃんとお世話をして育てたのはめいちゃんなのだから

この赤ちゃんのお母さんはめいちゃんなのだとおしえていた。


そんなやり取りを台所で聞きながら微笑ましくてならない。

娘がなんだか自分の娘ではないような不思議な気持ちにもなった。


めだかの赤ちゃんのお母さんのお母さんそのお母さんが私なのだ。

めだかのおかあさんになったのがよほど嬉しかったのだろう。

ハイテンションになっためいちゃんが食器を洗ってくれた夜。


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