| 2020年09月14日(月) |
ずっとずっと大好きだよ |
ひんやりと肌寒い朝。
夜明け前の窓辺できりりっとした風に吹かれる。
秋の深まりを感じながらふと
自分は何処に向かっているのだろうとおもう。
それはきっと行ってみないとわからないところ。
老いたこの身にも未来というものがあるのだろう。
めいちゃん6歳の誕生日。
家族みなでささやかにお祝いをする。
娘たちと同居を始めてから生まれた子なので
私も育児の片腕を任されて随分と奮闘したものだった。
ミルクを飲ませたりおむつを替えたり泣けば抱っこしたり
懐かしく思い出しながらもう6年と歳月の流れを感じる。
来春にはもう一年生。ほんとうに早いものだとおもう。
明るく素直で優しい子に育ってくれた。
時々かん虫を起こすけれどそれも愛嬌だとおもう。
誰に似たのか負けず嫌いの性格もまた頼もしいものだ。
めいちゃん生まれてきてくれてありがとう。
大好きだよ。ずっとずっと大好きだよめいちゃん。
曇りのち晴れて爽やかな秋空となる。
うろこ雲がまるで魚の群れのように空を泳ぐ。
空を見あげているとなんとちっぽけな自分なのだろう。
それでも生きている。そうおしえてくれるのも空だった。
昨日出掛けていたので今日はステイホーム。
特にすることもなくのんびりと怠惰に過ごす。
海苔の漁場の様子を見に行っていたじいちゃんが
お仲間さん達がもう杭を打つ作業を始めていると言う。
早朝からその気になっていたら出遅れることもなかったけれど
今日はもう諦めることにした。心の準備も出来ていない。
身体の準備もだった。肉体労働に耐えられる自信もなかった。
とうとう来る時が来たか。やるっきゃないのだと少し喝を入れる。
午後4時過ぎ、娘たちが庭でバーベキューを始める。
まったくの予定外でお肉も足らず急いで近くのお店へ買いに走る。
とうとうそのまま庭で夕飯となり思いがけずに楽しかった。
夕風に吹かれながら家族の笑顔。こんなに幸せなことはない。
「またやろうね」と娘が言ってくれてとても嬉しかった。
曇り日。朝方少し雨が降ったけれどすぐにやんでくれる。
夏の名残の蒸し暑さ。声をかぎりに鳴くツクツクボウシ。
「つくづく欲しい」と聴こえるその声に
いったい何を欲しがっているのかと自分の心にも問う。
まだまだ足るを知らなすぎる。それがどれほど愚かなことか。
職場は休みではなかったけれど私だけお休みをいただく。
娘が仕事だったので孫たちと過ごすつもりでいたけれど
娘婿が休みだったので思いがけない休日になった。
じいちゃんとぶらりと出掛ける。今日は東へ向かう。
隣町の黒潮町で友人の所属する写真クラブの写真展があったので
じいちゃんを駐車場で待たせて少しだけ目の保養を。
友人の写真は一際目につく。どれも素晴らしい写真ばかりだった。
沖縄、隠岐の島、岐阜、その行動力には驚くばかり。
コロナ禍で旅もままならない時だからおそらくそれ以前の旅だろう。
それにしても凄いことだった。友人がまるで雲の上の人のよう。
そうしていただく刺激をたいせつに育んでいきたいと強くおもう。
車はそれからまた東へ。四万十町窪川の「椿食堂」でラーメンを。
国道沿いの小さな食堂だけれどラーメンがとても美味しいのだ。
一度食べたら忘れられない味。すっかりリピーターになっている。
冬が近くなると「おでん」も始まるのでまた行きたいなとおもう。
今日はとてもいい日でした。ありがとうございました。
| 2020年09月11日(金) |
サンキューありがとう |
雨が降ったりやんだり。時おり激しい雨となる。
四万十川上流地域ではかなりの雨量だったらしく
下流には濁流が流れ増水しておりおどろく。
山間を蛇行しながらもひとつの大河なのだとあらためて知る。
明日も明後日も雨とのこと。水害に繋がらなければ良いのだけれど。
今朝は体調も良くなっていてそれなりに仕事。
奥様が外国人のご夫婦がタイヤ交換に来てくれて
おしゃべりをするのがとても楽しかった。
以前はご主人の通訳がなければ会話が出来なかったのだけれど
今ではたいていの日本語が通じるようになっている。
片言の日本語と私の拙い英単語でちゃんと会話が出来るのが嬉しい。
お勘定の時には「ペイするよ」「サンキューありがとう」とか。
何を言っているのか分からない時にはとにかくにこにこ笑顔だった。
おかげで楽しく仕事。ああなんていい日なのだろうと思った。
夕飯は「海老マヨ」せっかく娘が腕をふるってくれたのに
あやちゃんが一口も食べようとしなくて困らせる。
海老は大好きなのにどうしてかと問うと「海老マヨはきらい」と。
そんなあやちゃんの我儘を娘は決して叱らなかった。
娘が叱らないのにどうして私が叱れようか。
「じゃあ今度は海老フライにしようね」と言うとにこっと微笑む。
甘えたくても甘えられないそれがあやちゃんの「甘え」だと思う。
いつもいつも我慢していることを知っているから尚更のこと。
お姉ちゃんになってもう6年目の秋が来た。
夜明け前までぽつぽつと雨。滴ほどの雨だれの音を聴く。
体調がいまひとつでなんとなく心細い。
どこかに突き落とされそうな不安があった。
しっかりしなくてはと思いながらいつものように歌を詠む。
いまもそうだけれど書くことは生きることなのだ。
もはやもう私の生きがいになっているのだろう。
それなりに仕事。それもお昼までが限界だったようで
お昼に頓服の薬を飲むと一気に睡魔がおそってくる。
一時間ほど車の中で寝てそのまま早退させてもらった。
義父や同僚に心配をかけてしまってなんとも申し訳ない。
薬が効いたのか夕方にはずいぶんと楽になっていた。
娘と肩を並べて夕食の支度。それが楽しいと思える。
めいちゃんの食欲も出て来て何よりも嬉しい。
お風呂で昨夜洗えなかった髪も洗うことが出来た。
さっぱりと気持ち良くなって今こうしてこれを記している。
書けるのが嬉しい。ああ書けたなとほっとする。
不調が峠だとしたらもう越えたのだろう。
いまはなだらかな野原にいて空を仰いでいる時のようだ。
曇り日。山里ではにわか雨が降る。
ずいぶんと涼しくなり気温も26℃ほど。
田んぼの畦にもう彼岸花が咲き始めていた。
その花を見るとなぜか亡き祖母を思い出す。
めいちゃんやっと保育園へ。
「おばあちゃんといく」と言ってくれて嬉しかった。
お昼寝のお布団を自分で持つと言って聞かず
「よいしょよいしょ」と声を出しながら門をくぐる。
仲良しのお友達がすぐに駆けつけて来てくれて満面の笑顔。
まだお腹が本調子ではないけれど元気になってほんとうに良かった。
仕事を定時で終わらせてもらって髪を切りに行く。
ほんの2センチの憂鬱も切ってしまえばなんとも心地よい。
夕方から少し体調悪し。久しぶりのことで戸惑うばかり。
血圧も正常で原因が分からず。夏の疲れが出て来たのかもしれない。
自律神経がどうにかなってしまったのだろうかとも思う。
思う存分には書けなかったけれど少しでも書けて良かった。
どんな日もあってよし。こんな日もありました。
明日はあしたの風が吹きますね。
ずいぶんと涼しさを感じた朝。夜が明けたばかりの空には
茜色に染まった雲がぽっかりと浮かんでいた。
日中は真夏日になったけれどさほど暑さを感じず
むしろ夏の後姿を愛しむように空を仰いでいた。
めいちゃん今日から保育園の予定だったけれど
今朝も腹痛を訴え下痢。無理やり登園さす訳にもいかず
もう一日様子を見る事にして休ますことにする。
やはり信頼している小児科医に診てもらいたくて
私が仕事を休み連れて行くことになった。
総合病院の小児科は火曜日と木曜日だけしか診察がない。
今日を逃すわけにはいかないと意を決する。
やはり先日の小児科とは大違いでとても丁寧な診察だった。
念のために便の検査もしてくれるとのことで
肛門に綿棒を突っ込み便を採取してくれる。
検査結果は一週間後とのこと。きっと大丈夫でしょうと言ってくれる。
顔色を見ただけでわかるのだそうだ。にこにこ笑顔のめいちゃん。
午後はふたりでテレビっ子。録画の「風立ちぬ」を見てから
「おおかみこどもの雨と雪」を見ているうちにお昼寝。
なんともあどけない寝顔は平和そのものだった。
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