ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2020年08月31日(月) おひさまが眠くなる頃に

葉月も晦日。猛暑日となり精一杯の夏の後姿を見る。

そっと扉を閉めるような気持ち。明日はまた新しい扉を開く。


日暮れがずいぶんと早くなりあたりが薄暗くなると一斉に

秋の虫たちが歌い始める。いまその声を聴きながらこれを記し始めた。


夕食後の散歩もつかの間になり少し物足らない様子のめいちゃん。

やがては行けなくなってしまうだろう。可哀想だけれど仕方ない。

我慢しようね。秋になるとおひさまも眠くなってしまうんだ。



あやちゃんもめいちゃんも運動会の練習が始まったよう。

でも今年はコロナのおかげで例年通りとはいかないようだ。

無事に開催されても観客制限がありそうとのこと

まだはっきりと決まってはいないけれど覚悟しておかなければ。

めいちゃんは保育園最後の運動会なので観られないのはとても残念。


今日は県内の感染者無しのニュースが流れほっとしたけれど

明日の事は分からずまだまだ油断の出来ない日々が続くだろう。

秋から冬になれば一気に増えるのではないかと不安がつのる。


それでも日々のことを精一杯にと思う。

毎日がいただいている日なのだと感謝しながら過ごしたいものだ。


今日も平穏無事な一日をありがとうございました。



2020年08月30日(日) つくつくぼうし

今日も厳しい残暑。元気過ぎるほどのおひさま。

つくつくぼうしがしきりに鳴いて夏を惜しむ。

日が暮れるのを待っていたかのように秋の虫たちの合唱。

ささやかな秋の気配を感じながらこれを記し始めたところ。



朝の涼しいうちにとお大師堂へお参りに行っていたけれど

川風はぴたっと静まり汗びっしょりになってしまった。

日捲りの暦は金曜日のままでふと寂しさをおぼえる。

この暑さではお参り仲間さんの足も遠のいているのだろう。

しばらく会っていないSさんは元気にしているだろうか。


花枝を新しく活け替え自分に出来ることをする。

お供えのお菓子を持参してなかったのは不覚だった。

詫びる気持ちと一緒に般若心経を唱える。

流れる汗とともに流す灰汁もあるのだろうとふと思う。

さらりさらりと水の音。川は清くゆったりと流れるばかり。



じいちゃんは漁協の出役で川仕事に行っていたので

なんとなく気になってしまって土手から様子を見に行っていた。

案の定いささか無理をしている様子ではらはらと見守る。

若いお仲間さんに交っての作業は身体に堪えるものだ。

そうして今年も海苔の漁場の準備がもう始まってしまった。

私も少し気を引き締めなくてはならない。覚悟の時が来たのだ。


ゆっくりと休めるのも今の内と午後はひたすら寝てばかり。

目の前にそびえる山があるのなら野原で寝転ぶのも必要な時間。





2020年08月29日(土) 「生きたい」と「死にたい」

猛暑日にこそならなかったけれど厳しい残暑。

夏も潔く去るわけにはいかずあがいているのだろう。

「処暑」と名づけられたからと言ってすぐには退けない。

何度も振り向きながら名残惜しく立ち止まる場所がある。



とても縁の深かったひとの命日。もう8年の歳月が流れた。

最後に会った日は自死する3日前の事だった。

思い詰めた様子もなく笑顔だったことを忘れられずにいる。

何も気づいてあげられなかったことを悔やんだこともあったけれど

今は不思議とその死を素直に受けとめている自分がいる。


「生きたい」と「死にたい」はもしかしたら似ているのかもしれない。

少なくとも人間として生まれた以上それは身近な欲なのだろう。

どちらの欲が正しいかなどと判断するほど私は偉くなどない。


修業僧だった彼は死んでから正式な僧侶になったのだそうだ。

四国霊場を何巡も歩き通したそれが最後の結果となった。



私は「生きたい」欲と日々闘い続けている。

死んでたまるかと思いつつ命を抱きしめ続けている。

歳を重ねるごとに身近になった死を遠ざけたくてたまらない。


けれどもある日突然それが襲って来るかもしれないのだった。

逃げることが不可能ならばどうやってそれを受けとめようか。


もう書くことも出来なくなる。ぷっつりとすべてが終わる。

それでも私は残るのだろうか。せめて生きた証を残しておきたい。







2020年08月28日(金) だからこそ今が愛しい

8月も残り少なくなり精一杯の夏空。

入道雲のかたちが動物の姿に見える。

犬かなと思ったら兎になったり楽しい空。

やがて秋空になるだろう空を惜しむように仰ぐ。



娘たちと同居を始めて今日で6年。

日記を読み返しながら懐かしく思い出す。

娘は臨月の大きなお腹を抱えてのお引越しだった。

あやちゃんは2歳。まだ紙おむつをしていた頃。

初孫に会いたくてたまらなかった日々に

まさか一緒に暮らせるようになるなんて夢のようだった。


一気ににぎやかになり家事も大忙しになったけれど

少しも苦にはならなかったあの頃。

やがてめいちゃんが生まれ我が家は6人家族になった。


同居を決心してくれた娘夫婦にはほんとうに感謝している。

出来ることならばこのままずっと一緒に暮らしたい。

けれどもそう口にすることも出来ず時々不安になってしまう。

ある日突然「出て行く」と。それも覚悟しておかなかれば。

そう考えただけで辛くてならない。嘘であってほしいと。


だからこそ今が愛しい。こんなに幸せなことはないと思う。


お風呂上がりの孫たちのはしゃぎ声。いつもと同じなのに

今夜はなんだか涙が出そうなくらいに嬉しくてならない。





2020年08月27日(木) チコちゃんおしえて

空は晴れておおきな入道雲がもこもこと夏の名残を連れて来る。

そんな空から雨がぽつぽつ。今日は「狐のお嫁入り」


無学な私にはその言葉の意味がよくわからないけれど

昔からの伝承で「天気雨」のことをそう言うのだった。

晴れているのに雨が降るのを怪異な現象としてとらえたのか

それを狐と結びつける理由がきっとあるのだろうと思う。

チコちゃんなら知っているかもしれない。チコちゃんおしえて。



あやちゃん今日から新学期。たくさんの荷物を持って学校へ。

昨日は高知市内の小学生がコロナに感染したニュースが流れ

はらはらと心配でならないけれど笑顔で送り出した朝のこと。

どうかどうか安全な学校生活であってほしいとひたすら願う。


めいちゃんは久しぶりに「おばあちゃんといく」と言ってくれる。

7時40分には家を出てぴょんぴょんと兎のように登園する。

プールが終わって今日は「おたのしみ会」があるのだそう。

楽しみなことがあると朝からテンションの高いめいちゃんだった。



仕事が少し忙しくどっと疲れて帰宅。

おそるおそる乾燥機を覗いたら娘がすでにたたみ終えてくれていた。

今日はお休みだったとのこと。まったく知らなかったけれど

思いがけないことがあるとよけいに嬉しいものだなと思う。

明日で同居から6年が経つ。なんとありがたい日々だったのだろう。


夕飯は牛丼。あやちゃんがおかわりをして二杯も食べてくれる。

炊飯器のご飯が空っぽになるなんてめったにないこと。

みんなの美味しい顔が見られてこんなに幸せなことはない。


今日も「いい日」でした。ありがとうございます。







2020年08月26日(水) 夏の終わりに

不安定なお天気は台風8号の影響のよう。

今日も晴れたり突然雨が降り出したり。

気温はさほど高くないのにとても蒸し暑い一日だった。


義父の飼っているメダカの水鉢にホテイアオイの花が咲く。

「おとうさん咲いたよ」とおしえてあげたかったけれど

早朝から出掛けたらしくポストには新聞が入ったままだった。


昨日の辛さがかすかに残る朝。義父の笑顔に会いたかったのだ。

そうして穏やかな一日を過ごせたらどんなに良いだろうかと。


お昼に帰って来る。やっと笑顔の義父に会える。

そこには昨日の嵐が嘘のように穏やかな義父がいた。




定時で仕事を終わらせてもらって早めの帰宅。

玄関のドアを開けたらじいちゃんが飛び出して来た。

誰が来たのだろうと驚かせてしまったようだ。

そう言えばずっと残業続きだったことにやっと気づく。


あやちゃんのピアノ教室の日でじいちゃんが送って行く。

お迎えにも行ってくれてそれは二人だけの約束だったよう。

夏休みの間にふたりはずいぶんと仲良しになっていた。

明日からはもう新学期。あやちゃんとじいちゃんの夏が終わる。


めいちゃんは今日が最後のプールだったそうで

頑張ったご褒美に水中写真付きの「忍者認定証」をもらって帰る。

晩ご飯の時に「めいちゃんすごいね」とみんなで褒めていたら

「そうよ、めいはすごいもん」と得意顔のめいちゃんだった。


そうして我が家の夏がゆっくりと終わろうとしている。




2020年08月25日(火) 親子になれた日

晴れてはいたけれど時おりにわか雨がざあっと降る。

それはつかの間でも激しく強く途惑うほどに

まるで夏を押しやるかのような雨だった。



稲刈りが思うように捗らなくて機嫌の悪い義父。

苛立っているのがわかりおそるおそる声をかければ

怒鳴り声が返って来たりしてなんとも辛い一日だった。


昔からそういう時がよくあったことを思い出す。

「また始まったよ」と母はあっけらかんとしていたっけ。

私にはそれが出来ない。精神的にひどく落ち込んでしまって

逃げるように帰路につきながら涙があふれてくるばかり。



今はやっと冷静になって義父の心境を思い遣ることが出来る。

当たり散らす相手がもう私しかいなくなってしまったのだ。

言い換えればそれだけ身近な存在になれたのだと思う。

血は繋がっていなくても娘として認めてくれたのだろうと。

だから深く受けとめて傷つくことはないのだ。


そう思うとなんだか義父が憐れでならなくなった。

「家族がいない」それがどれほど孤独で寂しいことだろうと。

ながい歳月を乗り越えてやっと親子になれた日なのかもしれない。


私にはふたりも父がいる。なんと恵まれた人生なのだろう。





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