空は晴れておおきな入道雲がもこもこと夏の名残を連れて来る。
そんな空から雨がぽつぽつ。今日は「狐のお嫁入り」
無学な私にはその言葉の意味がよくわからないけれど
昔からの伝承で「天気雨」のことをそう言うのだった。
晴れているのに雨が降るのを怪異な現象としてとらえたのか
それを狐と結びつける理由がきっとあるのだろうと思う。
チコちゃんなら知っているかもしれない。チコちゃんおしえて。
あやちゃん今日から新学期。たくさんの荷物を持って学校へ。
昨日は高知市内の小学生がコロナに感染したニュースが流れ
はらはらと心配でならないけれど笑顔で送り出した朝のこと。
どうかどうか安全な学校生活であってほしいとひたすら願う。
めいちゃんは久しぶりに「おばあちゃんといく」と言ってくれる。
7時40分には家を出てぴょんぴょんと兎のように登園する。
プールが終わって今日は「おたのしみ会」があるのだそう。
楽しみなことがあると朝からテンションの高いめいちゃんだった。
仕事が少し忙しくどっと疲れて帰宅。
おそるおそる乾燥機を覗いたら娘がすでにたたみ終えてくれていた。
今日はお休みだったとのこと。まったく知らなかったけれど
思いがけないことがあるとよけいに嬉しいものだなと思う。
明日で同居から6年が経つ。なんとありがたい日々だったのだろう。
夕飯は牛丼。あやちゃんがおかわりをして二杯も食べてくれる。
炊飯器のご飯が空っぽになるなんてめったにないこと。
みんなの美味しい顔が見られてこんなに幸せなことはない。
今日も「いい日」でした。ありがとうございます。
不安定なお天気は台風8号の影響のよう。
今日も晴れたり突然雨が降り出したり。
気温はさほど高くないのにとても蒸し暑い一日だった。
義父の飼っているメダカの水鉢にホテイアオイの花が咲く。
「おとうさん咲いたよ」とおしえてあげたかったけれど
早朝から出掛けたらしくポストには新聞が入ったままだった。
昨日の辛さがかすかに残る朝。義父の笑顔に会いたかったのだ。
そうして穏やかな一日を過ごせたらどんなに良いだろうかと。
お昼に帰って来る。やっと笑顔の義父に会える。
そこには昨日の嵐が嘘のように穏やかな義父がいた。
定時で仕事を終わらせてもらって早めの帰宅。
玄関のドアを開けたらじいちゃんが飛び出して来た。
誰が来たのだろうと驚かせてしまったようだ。
そう言えばずっと残業続きだったことにやっと気づく。
あやちゃんのピアノ教室の日でじいちゃんが送って行く。
お迎えにも行ってくれてそれは二人だけの約束だったよう。
夏休みの間にふたりはずいぶんと仲良しになっていた。
明日からはもう新学期。あやちゃんとじいちゃんの夏が終わる。
めいちゃんは今日が最後のプールだったそうで
頑張ったご褒美に水中写真付きの「忍者認定証」をもらって帰る。
晩ご飯の時に「めいちゃんすごいね」とみんなで褒めていたら
「そうよ、めいはすごいもん」と得意顔のめいちゃんだった。
そうして我が家の夏がゆっくりと終わろうとしている。
晴れてはいたけれど時おりにわか雨がざあっと降る。
それはつかの間でも激しく強く途惑うほどに
まるで夏を押しやるかのような雨だった。
稲刈りが思うように捗らなくて機嫌の悪い義父。
苛立っているのがわかりおそるおそる声をかければ
怒鳴り声が返って来たりしてなんとも辛い一日だった。
昔からそういう時がよくあったことを思い出す。
「また始まったよ」と母はあっけらかんとしていたっけ。
私にはそれが出来ない。精神的にひどく落ち込んでしまって
逃げるように帰路につきながら涙があふれてくるばかり。
今はやっと冷静になって義父の心境を思い遣ることが出来る。
当たり散らす相手がもう私しかいなくなってしまったのだ。
言い換えればそれだけ身近な存在になれたのだと思う。
血は繋がっていなくても娘として認めてくれたのだろうと。
だから深く受けとめて傷つくことはないのだ。
そう思うとなんだか義父が憐れでならなくなった。
「家族がいない」それがどれほど孤独で寂しいことだろうと。
ながい歳月を乗り越えてやっと親子になれた日なのかもしれない。
私にはふたりも父がいる。なんと恵まれた人生なのだろう。
処暑に入ったせいか猛暑日にはならず
午後には曇り空になり微かにヒグラシの声が聴こえる。
帰り道には思いがけず土砂降りの雨に遭う。
ほんの一処だけの雨だったようで市街地の道路は乾いていた。
いまは午後7時。もうすぐ日が暮れようとしている。
空を仰げば少しふっくらとした三日月が見えている。
夕散歩から帰っためいちゃんが美味しそうに葡萄を食べている。
お向かいの奥様から頂いたのだそう。めいちゃんは葡萄が大好き。
あれこれと今日の出来事はもういいかなと
書き始めたら長くなってしまいそうだからやめておこう。
特記事項無しもたまには良いのではないだろうか。
18年もの間この日記を書き続けて来たけれど
読み返すことが多くなったこの頃になって感慨深いものがある。
やはり誰のためでもない自分のための日々の記録だったのだと思う。
けれども誰一人読んでくれる人がいなかったら
はたして書き続けられただろうか。
それは出来なかったとはっきりと言える。
私は書かせていただいているのだとただただ感謝しかなかった。
午後7時35分。そっとペンを置くようにPCをシャットダウンする。
二十四節気の「処暑」夏の後姿が見える頃。
朝風にふと秋の気配を感じたけれど日中はまだまだ厳しい残暑。
ゆっくりと夏が退いていくのだろう。それは少しせつなくて
むかし「しりぞくのかきみは」と詩を書いたことを今も忘れられない。
ずっとステイホームを貫いて来たけれど
今日はぶらりと気の向くままにドライブへ行ってみる。
西へ行くのか東へ行くのかも決めていなかったけれど
じいちゃんの提案で四万十川をさかのぼり江川崎まで
道の駅「よって西土佐」で田舎寿司などを買い車中で昼食。
十和方面に向かいながら木陰をさがし車を停めたのだけれど
なんとそこは墓地の前であった。「まあいいか」と笑い合う。
食べ終わると「どうもおじゃましました」と言ってそれも愉快。
江川崎は私の生まれ故郷でありいつ来ても懐かしい土地。
昔の面影を探すように散策をしてみたかったけれど
あまりの暑さに諦めてしまった。子供の頃の通学路
古びた小さな橋だけはちゃんと見ることが出来て良かった。
道の駅「とうわ」はほぼ満車状態ですごい人だった。
密に飛び込む勇気もなく「すごいね」と言いつつ通り過ぎる。
誰もがもう自粛の限界なのだろうと思わずにいられない。
そう言う私たちも出掛けて来てしまったのだもの。
十和から四万十町窪川経由で家路についたのだけれど
私は助手席で睡魔におそわれずっと眠ってばかりだった。
家に帰り着いても眠くて夕方までずっと寝ていた。
柏島へ海水浴に行っていた娘たちが帰って来て
「夕飯はいらない」と言う。これ幸いとすっかり怠ける。
秋刀魚を焼いて胡瓜の酢の物でじいちゃんとふたりきりの夕食。
孫たちも海水浴で疲れたのだろうかはしゃぎ声も聴こえない。
静かな夜にまるで宿題のようにこれを記す。
いっぱい寝たのにまた眠くなってしまった。
最高気温が32℃。一気に猛暑が和らぐ。
午後から雨の予報だったけれど未だに降らずにいる。
薄っすらと茜色の空を仰ぎながらこれを記し始めた。
朝の国道で見覚えのある後ろ姿。
その歩き遍路さんはすっかり顔なじみのMさんであった。
交通量の多い国道でのことで停車が出来なかったけれど
少しスピードを落としたらMさんが気がついてくれて手を振ってくれた。
私も窓から手を振る。ほっこりと笑顔になり清々しい朝のこと。
仕事を終えて帰り道。今日は朝来た山道をゆっくりと帰る。
そうしたら山里の道でまたMさんに会えたのだった。
車を停めて道端でつかの間だったけれど語り合うことが出来た。
健脚のMさんにもこの夏の猛暑はひどく堪えたらしい。
それでもひたすら歩き続ける終わりのない旅であった。
帰る場所がないわけではない。帰らないと決めているのには
深い事情があるものと察する。触れてはいけない痛みを感じる。
聞けばまだ昼食も食べていないとのこと。もしやと思って
ほんの気持ちだけれどお布施をもらっていただく。
Mさんの手を取り包み込むようにして渡すことが出来た。
お布施は決して「あげる」のではなく「もらっていただく」もの。
欲深い人間だからこそその欲を手放すことだと学んだことがある。
涙ぐむMさんに私も胸が熱くなった。情けは人の為ならず。
今日は二回も会えたのだものきっとこれも縁だろうと思った。
その時、傍らの雀色の田んぼに大きな白鷺が飛び立つのが見えた。
「ああ鳥になりたいな」とMさんがふっとつぶやく。
| 2020年08月21日(金) |
アイタクナッタラアイニイク |
最高気温が35℃ほど。少しずつ猛暑が和らいでいるようだ。
明日は久しぶりに雨の予報。夏が一気に退くのかもしれない。
山里では稲刈りの第二段、麦わら帽子を被った義父が
慌ただしく準備をして勇ましく出掛けて行く。
昼食も食べる暇がないとのこと。せめて菓子パンでもと思ったけれど
間に合わなかった。早めに買って来ておいたら良かったものを。
事務所に来客があり母の事を語り合う。
孫たちがお世話になっている小児科のお医者様。
同じ病院内に母の施設があるので昨日面会に行ってくれたそう。
母の様子が尋常ではないと。認知症が進んでいるようだと。
そうして家族の面会が殆どないのではと少し責める口調だった。
弁解するつもりではないけれど先日美容院へ連れて行ったこと
母はとてもしっかりとしていて会話もちゃんと通じたこと。
決してほったらかしにしているのではないことを伝えたかった。
本来ならもっと足しげく会いに行ってあげるべきなのだろう。
けれども今の私にはとてもそんな余裕がなかった。
責められるのは辛いものだ。これ以上の親不孝はないのだろう。
けれども母はきっと分かってくれていると信じたい。
義務として無理に母に会いに行くつもりはない。
会いたくなったら会いに行く。恋しくなったらきっと会いに行く。
ふと母と生き別れていた少女時代の事を思い出していた。
あの頃の私はもう一生母には会えないだろうと思っていたのだ。
母の植えた百日紅の花がゆらりゆらりと風に揺れる午後のこと。
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