| 2020年08月06日(木) |
私の生きがいのようなもの |
少しずつ日暮れが早くなっているようだ。
夕蝉の声が微かに聴こえ暑かった一日の幕を閉じようとしている。
8日目の蝉かもしれない。そう思うとせつなさが込み上げてくる。
命の限りに生きただろうか。もう思い残すことはないのだろうか。
最近ずっと過去の日記を読み返していて
今日は8年前の8月の日記を読んだ。
そこには生後3ヵ月のあやちゃんがいてなんと懐かしいこと。
泣き止まないのを抱っこしてあやし続けたり
ミルクを飲ませたり添い寝をしたり
初孫にべったりだった私が少し滑稽にも思える。
書き残すことに何の意味があるのだろうと思いつつも
こうして歳月が流れるととても貴重な記録に思えてくる。
書いていて良かったのだ。誰のためでもない私自身のために。
そうしていつかは家族のためにもなるのだろうと思う。
夕飯はオムライス。もう大人用のスプーンで食べているあやちゃんを
すっかり大きくなったのだなと感慨深くながめていた。
時には生意気なことを言って私を困らせる時もあるけれど
それも成長のあかし。愛しさになんの変わりがあろうはずがない。
これからもささやかな日常の事を書き続けていこう。
生きている限りなんだかそれが私の生きがいなのかもしれない。
| 2020年08月05日(水) |
きみに出会えてほんとうに良かった |
夏らしい暑さをたのしむ。不思議なことに少しも苦にならない。
それほど私は夏が好きだったらしい。たぶんあの夏の日から。
思い出が記憶になる。そうして冥途の土産にもなり得る。
自動車保険の更新手続きのため業務提携先のY君とお客様のお宅へ。
頼りがいのある好青年でいつもほんとうに助けてもらっている。
お客様は外国人。今日が初対面のY君は少し緊張している様子。
片言の日本語と片言の英語でなんとも楽しいやり取りだった。
私の苗字とY君の苗字が同じなので「シンセキ?」と尋ねられたり
私がちょっとふざけて「マイサン」と言うと「ソックリネ」と笑い合う。
笑顔で仕事が出来ることが今日ほど嬉しく思ったことはなかった。
そうしてY君がさすがプロだなと感心したのは
場を和ます明るさとお客様の信頼を決して裏切らない誠実さだった。
それは誰にも真似が出来ないだろう。Y君だから出来る事だと思った。
すごいなY君。そんなきみに出会えてほんとうに良かった。
笑顔のままで仕事を終えて帰宅する。
きっとこのまま微笑みながら眠ることだろう。
今日はとてもとてもいい日でした。
| 2020年08月04日(火) |
日常のことがとんとんとん |
今日も猛暑日にはならず。晴れているはずなのだけれど
空には白いもやのようなものがかかり暑さを和らげていたようだ。
夜明け前にきれいな月を見た。今夜が満月とのこと。
雲間から見えたり隠れたりするのをどきどきしながら見ていた。
明るくなったり暗くなったり。ふと我が身に重ねて月をおもう。
煌々と輝く月であるはずがない。そう貶めることは容易いけれど
だからと言って嘆いてどうする。それではいのちが可哀想ではないか。
夏休み中のあやちゃんに娘がお弁当を作っていた朝。
学童の「竹の子学級」にはなるべく来ないようにと言われているらしい。
学校のプールも今年は閉鎖。すっかり引きこもりの夏休みになった。
じいちゃんとお留守番の昼食にも限界があって
やはりお弁当を作っておいたほうがじいちゃんも助かるようだ。
それもじいちゃんと一緒には食べないのだそう。
二階で独りで食べているようでそれがお気に入りのよう。
それも成長のひとコマだろうと微笑ましく思う。
めいちゃんは元気に保育園へ通っている。
夕方になり「おなかがすいた」と猫まんまをお茶碗二杯も食べる。
娘と夕食の支度をしながらおかずが間に合わなくて慌ててしまう。
普段は食が細くて少ししか食べないのに今日はどうしたことでしょう。
夕散歩から帰りお風呂。あやちゃんが最後に入りお風呂掃除を。
最初は3日坊主かなと思っていたけれどもう4日になった。
えらいなと感心する。何よりもとてもありがたく助かっている。
日常のことがとんとんとん。これはいい感じだなと嬉しく思う。
平穏無事で笑顔で一日を終えられることがいちばんだった。
さあ今夜もぐっすりと眠りましょうか。
そう口にするだけでひとは眠れるものなのです。
| 2020年08月03日(月) |
ほのぼのとありがたいこと |
最高気温が34℃だったそう。猛暑日の一歩手前だけれど
わずかの気温差でずいぶんと過ごしやすく感じる。
山里の田んぼは一面の黄金色。もうすぐ稲刈りが始まるようだ。
農家の人達は稲刈りの事を「秋」と言う。
「そろそろ秋やな」なんて聞くとなんだか嬉しくなってしまう。
言葉には不思議な力があるものだなと最近つくづく思う。
そうして同時に「負」のイメージが強い言葉に嫌悪感を感じる。
近づきたくないし避けようとする。まるで身を守るようにしながら
遠ざかる。一度嫌だなと感じると回復するのにとても時間がかかる。
お願いですから言葉を大切に自分の為になるように発して下さい。
めいちゃんがお風呂でUFOを歌っていて愉快なこと。
私が二十歳の頃の歌だからもう40年以上も昔の歌なのか。
踊ろうと思えば踊れる。それもまた愉快なことに思える。
今度一緒に踊ってみようか。めいちゃんの方が上手かな。
今夜もほのぼのとありがたいこと。
微笑みながらぐっすりと眠りましょう。
| 2020年08月02日(日) |
ほのぼのと微笑みながら |
さほど蒸し暑くもなく爽やかな晴天。空には今日もうろこ雲。
猛暑日にもならなかったようで過ごしやすい夏らしさだった。
夕食後、娘夫婦と孫たちが夕散歩に出掛けて行って
土手で遊んでいる姿が窓から見えている。
ほのぼのと微笑みながらこれを記し始めたところ。
以前は私もよく夕散歩に行ったものだけれど
なんと出不精になってしまったことだろうか。
夕風の涼しさ。暮れていく茜色の空がなんだか懐かしい。
午前中は海苔網を重ねる作業に精を出す。
昨日洗ったばかりの網がもうと思うほどずいぶんと捗る。
あと少しになっていたけれど後はじいちゃんが重ねるとのこと。
明日からの仕事が出来たと喜んでいるのかぼやいているのか。
一人でも二日もあれば片づくだろう。無理せずどうかぼちぼちと。
外はもう薄暗くなっていていつの間にか娘たちも帰って来ている。
お風呂に入っているようでめいちゃんの声かなあやちゃんかな。
またほのぼのと微笑みながらそろそろこれを記し終えようか。
今夜のイッテQは四万十川の筏下りだそうで楽しみにしている。
お布団敷いてごろごろしながら見ようかなと思っている。
今夜もきっとぐっすり眠れることでしょう。
| 2020年08月01日(土) |
あっけらかんとしていよう |
猛暑が少し和らぎ空にはうろこ雲。ふと初秋を思わすような葉月。
7日にはもう立秋。なんだか今年の夏はあっけなく終わりそうな気がする。
今日はやっと海苔網を洗う作業。早朝より頑張って
午前中にすべての網を洗い終えることが出来た。
なんと心地よく汗を流したことだろう。
程よい疲れを感じながらも清々しい達成感があった。
洗った網は夕方までにすっかり乾き一気に準備が整う。
明日はその海苔網を5枚ずつ重ねる作業を予定している。
今年も昨年並みに規模を縮小することに決める。
私が二足の草鞋を履くのにも限界があった。
そのことをじいちゃんが思い遣ってくれたのが嬉しい。
歳を重ねるごとに無理の効かない身体になってしまった。
9月になれば漁場の準備。それも大変な肉体労働となる。
その時はその時の事とあまり思い煩わすにいたいものだ。
案ずるより産むが易し。やれば出来ないことはないのだろう。
不安がったりついつい考え込んでしまうのが私の悪い癖なのだ。
なるようになるとあっけらかんとしていよう。
明日のことはまたあした。とにかくぐっすりと眠ろうと思う。
| 2020年07月31日(金) |
取り越し苦労はいくらでも |
連日の猛暑日が続いており今日は隣町の黒潮町が日本一の暑さとなる。
自慢するようなことでもないけれど日本一と言うのがなんだか誇らしい。
そんなふうに暑さをたのしんでいる。明日も猛暑になれば良いなと。
ただ熱中症の危険がある。昨日は山里で救急搬送された人が3人も。
幸い命に別状はなかったようだけれどまさに命に関わる暑さだった。
それを思うとなんと不謹慎なことを書いてしまったのだろうか。
午後、けい君の担任の先生から電話がある。
今日は終了式で下校時間がいつもより早かったのだそう。
学校から遠い一年生は保護者のお迎えが義務づけられていた。
それも学校にではなく通学路までと決められていて
けい君が無事に帰っただろうかと心配して電話してくれたのだった。
息子ともお嫁さんとも連絡がつかず私も心配になってしまう。
仕事を終えるなり通学路に向かって車を走らせていた。
猛暑の最中ずっと待っていたら倒れてしまうのではと気づかう。
でもけい君の姿はどこにも見つからず無事に帰っているらしい。
それを確かめようと息子のマンションへ行ってみたけれど
誰もいなかった。いたのは飼い猫のレオンだけだった。
ちょっと心配し過ぎたかなと帰宅する。買物にでも行ったのだろうと。
後で息子から電話があり取り越し苦労だったことがわかりほっとする。
明日からは夏休み。しばらくは登下校の心配もなくなったのだ。
ふと取り越し苦労はいくらでもと思う自分がいた。
孫たちのためならば惜しまない。たとえ火の中にでも飛び込んでいける。
なんだかそれが生きる支えのように思えた一日だった。
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