もくもくと入道雲の空。やっと梅雨が明けたようだ。
今日も猛暑日となりなんと我が町が日本一の暑さだったそう。
これからは暑さとの闘いになるけれど負けてなどいられない。
おもいっきり夏を楽しみたいと思う。まるで子供の頃のように。
そうそう10円でアイスキャンデーが二本も買えたのだ。
それが子供心にどんなにか嬉しかったことだろう。
あれは夏休みだったか母の財布からこっそり硬貨を失敬したことがある。
とても悪い事をしたのだと自覚しながらもわくわくと嬉しくてならない。
まっしぐらに駄菓子屋さんに走り二本のアイスを手にしていた。
そうしたらおじさんが「駄目だよ」って苦笑いをしていて
握りしめていた硬貨が穴の開いていない5円玉だったことを知った。
それはそれは大ショックで目から火が出るように恥ずかしかった。
やっと自分がとてもいけないことをしたことに気づく。
母には言えない。ずっと秘密にしたままもう60年近く経ってしまった。
今なら打ち明けられる気がする。遠い日の夏の思い出として母に。
あやちゃんがちょうどその当時の私の年頃なのだろう。
今日も汗びっしょりになってふうふうと学校から帰って来る。
明日が終了式とのこと。コロナの影響で今年の夏休みは短いようだ。
夕飯前に二階から下りて来たのを娘がふざけて抱っこしていた。
「これは重いよ米俵みたい」ときゃあきゃあと楽しそう。
私も無性に抱っこしたくなって「おばあちゃんも」と言ったら
「きもい」と言われてさっさと逃げられてしまった。
めいちゃんが生まれてからあやちゃんを抱っこしたことがない。
甘えたい時もあっただろうにいつのまにかすっかり大きくなったこと。
短い夏休みだけれど楽しもうね。アイスもいっぱい食べようね。
| 2020年07月29日(水) |
世の中はコロナばかり |
すっかり梅雨明けを思わすような晴天。
早朝から蝉の声が聴こえぐんぐんと気温が高くなる。
江川崎では猛暑となり日本一の暑さだったようだ。
北上した梅雨前線は山形最上川の氾濫を招きまた水害となる。
被災された方も多い事だろうに報道が少な過ぎるのではないだろうか。
世の中はコロナばかり。今日は全国で千人を超えたのだそうだ。
不安はつのる一方でなんの改善策もない現実に途惑うばかりである。
義妹が来月のお盆に親族みな集まり宴会をしようと言って来たそう。
じいちゃんからその話を聞くなり「とんでもない」と反論する。
「おまえもそれほど神経質にならなくても」と一喝されたけれど
たとえ親族であっても集まるのはとても危険に思えてならない。
甥っ子が長距離運転手をしていて定期的に東京へ行っている。
そのことを持ち出せば甥っ子を差別することに繋がるのだろう。
甥っ子にとっては命がけの仕事なのだ。分かってあげなくては。
けれども万が一のことがあり得ないとどうして言い切れようか。
大切な家族を守りたい一心で用心に用心を重ねている日々。
平穏無事に終えられる一日がほんとうにありがたくてならない。
| 2020年07月28日(火) |
込み上げてくるせつなさを |
時おりにわか雨が降りながらもおおむね晴れ。
週間天気予報にはやっとおひさまマークが見える。
早ければ明日あたり梅雨明けになるのかもしれない。
しかし北上した梅雨前線は東北地方に大雨をもたらしたよう。
空に罪はないけれど今年の梅雨はなんと過酷だったのだろう。
今朝もめいちゃんと保育園へ。小麦色の肌にポニーテール。
昨日は頭が痛くてプールを休んでいたことを知る。
夏風邪かなと心配したけれど今日はもう大丈夫のようだった。
プールを楽しみにしている様子にほっとして職場に向かう朝のこと。
仕事は特に忙しくもなく小休止状態だった。
かと言って閑古鳥が鳴いているわけでもなくそれなりに。
もう月末の資金繰りも整っていてあたふたとすることもなかった。
そんな余裕にどれほど救われていることだろうか。
ふと母と一緒に仕事をしていた頃を思い出す。
いつも会社は火の車だった。取引先に不都合をかけたくない私と
「ないものはない」と言って理不尽を通そうとする母。
何度ぶつかり合ったことだろう。あの悲しさは何だったのだろう。
母さん。私はしっかりと会社を守っていますよ。
今は胸を張ってそう言える。母もきっと喜んでくれることだろう。
会おうと思えばそれがやっと叶うようになったけれど
連休の間にもそれをしようとしなかった私がいる。
薄情な娘だと母は思っているのかもしれないけれど
込み上げてくるせつなさを「距離」と名づけようとしている。
毎晩のように母の夢を見る。きっと今夜も会いに来てくれるだろう。
| 2020年07月27日(月) |
きっと乗り越えたのだろう |
夜明け前には激しく降っていた雨も日中は降ったりやんだり。
時おり陽射しもありほっとしているとまた降り出したりする。
そんな忙しさに空もつかれてしまったのではないだろうか。
4連休がやっと終わり日常が返ってくる。
私は仕事がしたくてわくわくしていたのだけれど
朝のSNSでは「憂鬱だ」とか「仕事行きたくない」とか
それほど自分の仕事に誇りを感じていない人が多いのだろう。
ストレス社会ではそれも当然のことなのかもしれないけれど
そんなに仕事が嫌ならさっさと辞めてしまえと言いたくなった。
そう思いつつ自分にも思い当たるふしが少なからずある。
辞めたいと思ったことが何度あったことだろうと思い出す。
たぶんそれは大きな試練だったのだろうと今はそう思える。
きっと乗り越えたのだろう。だから今は仕事が好きでならない。
する仕事があるのはありがたいことと心からそう思えるようになった。
夕食はチキンカツ。あやちゃんは豚カツが食べたかったようだけれど
よほど美味しかったのか喜んで食べてくれて嬉しかった。
付け合わせの千切りキャベツやトマトが嫌いなので
胡瓜を花形に切ってお皿に並べたらそれが気に入ったようだ。
「もっときゅうり」と言ってほぼ一本の胡瓜を平らげる。
野菜嫌いでもほんのひと工夫で食べてくれるのだなと学んだばあちゃん。
家族6人みんなで食べる夕食はやっぱり楽しくて美味しいね。
| 2020年07月26日(日) |
「あした」のことをかんがえている |
曇り空から雷雨になりそして晴れたりと忙しい空。
梅雨の末期だとのこと。空も耐えていることだろう。
さきほど孫たちがやっと帰って来てくれた。
感動的な再会とはいかずあやちゃんはつんつんとそっけない。
めいちゃんは泣くのをよほど我慢していたのだろう
お風呂の入浴剤を私が先に入れてしまったのに機嫌を損ね
いままさに泣いているところ。わんわんとまるで子犬のよう。
そんなふたりがとても愛しい。これでこそ我が家だと微笑んでいる。
やっと日常がかえってきてくれるのか。
せっかく頂いた4連休も正直言って少し苦痛に思えていた。
する仕事のあることがどれほどありがたいことだろうか。
おまけに孫たちがいないとなんとなく気分が落ち込んでいけない。
悪い事ばかり考え込んでしまうのはほんとうに悪い癖だと思う。
それだけ孫たちに癒され救われている日々だったのだろう。
どれほど死が身近であっても長生きをしようと今はつよく思える。
めいちゃんの泣き声が聴こえなくなった。
空はまだ明るくて燕の鳴き声が夕空にこだましている。
私は「あした」のことをかんがえている。
なんだか生まれ変わっているような気がしてならない。
| 2020年07月25日(土) |
だいじょうぶ生きている |
真夜中に雷雨があったらしいが眠っていてまったく気づかず。
目覚める直前には耳元であやちゃんの呼ぶ声がはっきりと聴こえ
「はい」と大きな声をあげて飛び起きてしまった。
幻聴なのか単に寝ぼけていたのか分からず不思議でならない朝のこと。
朝と言っても午前4時の事。まだ外は暗く強い風が吹き荒れていた。
窓を開けて風に吹かれているとなんだか心細くて不安でならない。
どこか遠いところに追いやられてしまいそうになりながら
だいじょうぶ生きていると何度も自分に言い聞かせていた。
今日も日中はじいちゃんとふたりきり。
録画してあった映画「桜田門外ノ変」をじっくりと見入る。
原作は吉村昭で私の好きな作家であった。
それを読んだのはずいぶんと昔のように思うけれど
忠実に原作を再現しているように感じる。
いや原作はもちろんの事にしても歴史上の確かな事実なのだった。
明治維新を見る事もなくたくさんの尊い命が無残にも奪われてしまった。
夕飯は「鰹のひっつけ寿司」を。いつもは私が作るのだけれど
今日は最初から娘に作らせてみることにする。
「なんで?はは死ぬの?」とそれがなぜか冗談には聴こえない。
これも終活になるだろうと覚悟のようなものを感じながら教える。
美味しいお寿司が出来上がって食べる頃には笑い話になっていたけれど
私の脳裏には「今夜死ぬわけにはいかない」とそればかり。
明日は孫たちが帰って来るのだもの。どうして会わずに死ねようか。
歳を重ねるという事はきっとこういうこと。
永遠のいのちなどどこにもない。あるのはいつも今と言う一瞬。
明日はいつも奇跡のようにやってくるものなのだ。
朝から雨が降りやまず。幸い小雨だけれど大雨の地域もあったよう。
明日も降り続くようで天気予報では「滝のような雨」だと言う。
コロナに豪雨が追い打ちをかける。人はどれほど耐えれば良いのだろう。
笑顔で孫たちを見送る朝。内心は心配でならずそして少し寂しい。
孫たちをぎゅっと抱きしめるひまもなくあっけなく出掛けて行った。
「ちゃんとおとまりできるもん」めいちゃんはちょっと得意顔。
そうして成長していくのだなと思う。それは頼もしい姿だった。
娘は仕事に。娘婿は素潜り漁に出掛けじいちゃんとふたりきり。
テレビの録画番組を片っぱし見ながら一日がとても長く感じる。
私は職場が恋しい。もうお休みなんて要らないとさえ思う。
あと二日の辛抱だ。月曜日になるのが待ち遠しくてならない。
ふと退職したら毎日こんな日が続くのかなと思った。
「世の中で一番さびしい事はする仕事のないこと」と福澤心訓にある。
今の自分にはとても耐えられそうにないことだった。
「なんと静かね」と呟きながら娘夫婦と4人で夕食。
娘婿が酔っぱらって饒舌になっていたのが唯一の救いだった。
素潜り漁でアワビを獲ったのがよほど嬉しかったのだろう。
普段はとても無口なのに今夜はしゃべりまくり愉快でならなかった。
孫たちの様子はまったくわからず。娘はあえて電話をしようとしない。
せっかくの親離れが台無しになるから「駄目!」と言って。
いつもならお風呂上がりの孫たちがはしゃいでいる頃。
なんとなくしんみりとしながらこれを記す。
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