| 2020年07月20日(月) |
きっと笑顔でいてほしい |
梅雨明けを思わすような猛暑日。風もなくうだるような暑さだった。
雨が降れば豪雨。晴れれば熱中症と人はどれほど耐えれば良いのだろう。
平穏無事であることがなんだか奇跡のように思えてならない。
あやちゃん参観日の振替で今日は学校がお休み。
どうしたわけか朝からすこぶる機嫌が悪い。
それも私にだけでつんつんと当たり散らす。
反抗期なのかもしれないけれど「ウザイ」のだそう。
そっか・・と少しかなしい。苦笑いするしかない朝のこと。
出勤前に近くの地場産市場へ寄ったら偶然にも息子夫婦に会った。
お嫁さんには先日会ったばかりだけれど息子に会うのは久しぶり。
元気そうな様子にほっと安堵する。マスク越しに笑顔を交わし合う。
寝耳に水だったのは来月から職場が代わるのだそう。
同じ系列だけれど他の老人ホームに異動になったのだそうだ。
特に不祥事があったわけでもなく心配ないよと息子は言うけれど
心配性の母には左遷なのかもしれないと嫌な予感が頭をよぎる。
介護の現場はとても過酷だと聞く。息子はもう慣れてはいるけれど
職場が変わればまた苦労も増えることだろうと気遣わずにいられない。
じいちゃんいわく「栄転かもしれないだろう」と。
「あいつのことだから心配ないさ」とまで言ってくれる。
私はどうしていつも悪いほうにばかり考え込んでしまうのだろう。
いつまでも母にとっては「こども」なのだけれど
もう40歳を過ぎた立派な「おとな」なのだった。
社会の理不尽な渦に巻き込まれることもないのだと信じてあげたい。
今度はいつ会えるのだろう。その時にもきっと笑顔でいてほしい。
| 2020年07月19日(日) |
ほうら肩の力をすうっと抜いて |
早朝の曇り空が一変し夏空がひろがる。そうして初蝉の声。
まるで梅雨明けを思わすような暑い一日だった。
朝の涼しいうちにお大師堂へ。日捲りの暦を今日にする。
川の水はまだ少し濁っていたけれどさらさらと水音が心地よい。
お堂の中は凛とした空気に満たされていてとても清々しい。
こころもからだもすくっとし生まれ変わったような気持になる。
たどたどしい般若心経も唱えれば救われたようになるのが不思議。
買物から帰宅したらじいちゃんが「ちょっとドライブ」と誘ってくれる。
先日開通したばかりの宿毛中村道路の延長区間を走りたいのだそう。
どんな道なのか私も気になっていたので「行こう」と意気投合する。
往復一時間ほどの短いドライブだったけれどけっこう楽しかった。
早めに昼食を済ませ午後はひたすら寝て過ごす。
孫たちのふたいとこのまあちゃんが遊びに来ていたようで
その甲高い声に「うるさい!」と怒鳴ってしまったようだ。
記憶にございません。まあちゃんほんとうにごめんなさい。
途中で一度目を覚ましたものの4時間もの昼寝は尋常ではなかった。
なんという恐るべき睡魔だろう。まるで寝るために生きているよう。
夕飯は何も作らなかった。娘たちがお昼にバーベキューをしたそうで
その残りのお肉で済ます。めいちゃんとじいちゃんは卵かけご飯。
あやちゃんはお昼に食べ過ぎて何も食べたくないと言う。
娘夫婦はインスタントラーメン。それぞれに食べたい物を食べる。
めいちゃんが今夜も食器洗い。「めいのぶんだけ」と言ってその通り
他の食器には見向きもせずに後は娘が洗ってくれて助かる。
私は気が抜けたようにだらだら。今日はほんとうに怠惰な一日だった。
けれどもそんな怠惰が明日の気力につながるような気がする。
休める時には安みましょう。ほうら肩の力をすうっと抜いて。
| 2020年07月18日(土) |
こつこつと頑張るタイプ |
薄雲におおわれていたけれどおおむね晴れ。
にわか雨もなく柔らかな陽射しが降り注いでいた。
蒸し暑さはあったけれど青空はやはり嬉しいものだ。
残り仕事があり今日も山里の職場へ。
先月からずっと土曜日出勤の日が続いている。
幸い体調を崩すこともなく元気なのが何よりだった。
今まで職場は休みではないのを私ひとり休ませてもらっていた。
孫守を理由にそうさせてもらっていたけれどもうその必要はなさそう。
それだけ手が掛からなくなった。孫たちは日に日に成長している。
今日はあやちゃんの参観日で水泳記録会があったのだそう。
娘が休みを取っていてめいちゃんも一緒に行っていたようだ。
水泳が決して苦手ではないはずのあやちゃんが
ミニプールを最後まで泳ぎ切れないと聞いていたので心配していた。
他のお友達はみんな出来るのにあやちゃんだけ出来ないのだと。
プレッシャーをかけてもいけないとそっと応援する気持ち。
その願いが通じたのか今日は初めて最後まで泳ぎ切れたのだそう。
先生や同級生や保護者の大拍手。どんなにか嬉しかったことだろう。
「やれば出来る」それは大きな自信につながったのだと思う。
えらかったねあやちゃん。おばあちゃんもその姿を見たかったよ。
当のあやちゃんはのほほんとしていて特にどうってことない様子。
めいちゃんとは正反対の性格でそれが長所でもあるのだと思う。
人と競おうとしない。抜き出ようともしない。悔しがらない。
そんなところが好きだなと思う。そして努力は惜しまないのだ。
こつこつと頑張るタイプ。おばあちゃんもそんな人になりたい。
| 2020年07月17日(金) |
いつか読み返す日のために |
幾日ぶりの青空だったのだろう。雲が多かったけれど概ね晴れ。
爽やかな風が吹き梅雨の晴れ間にしてはずいぶんと過ごしやすかった。
巣立った子燕達だろうか電線に何羽もとまっていて可愛らしい。
飛ぶ練習をしているのだろうか。餌も自分で探せるようになったのか。
見つめ合えばきょとんと首をかしげる姿もまた愛しいものだ。
じいちゃんの手術から昨日で一年が経ちあれこれと思い出す。
去年の今頃はと一口では言い表せないほどの大変な出来事だった。
それでもその頃の日々を日記に書き残しておいて良かったのだと思う。
読み返せば胸が熱くなりついつい涙ぐんでしまうのだった。
幸い後遺症もなく元気にしている。それが奇跡のように思える。
山里でお客さんから猪肉をいただき今夜のごちそうにする。
母の日に娘が贈ってくれた圧力鍋を初めて使ったのだけれど
説明書をよく読まずに煮てしまってあわや大惨事になるところだった。
火傷こそしなかったけれど煮汁が飛び散りすごい有様になってしまう。
それもすぐに笑い話になり猪肉は柔らかくてとても美味しかった。
使い慣れたら重宝することだろう。さて次回は何を作りましょうか。
めいちゃんが今夜も食器を洗ってくれる。
先日のような口出しはせずにそっと見守っていたら
水量も程よくとてもきれいに洗い流していて感心するばかり。
「まだまだあるよ」と汚れた食器を流し台に運んで行くと
「めいのぶんだけあらうの」と言いつつ手を止めずにいてくれる。
後から見てびっくり殆どの食器を洗い終えてくれていた。
「やるねえ、使えるねえ」と娘と顔を見合わせ微笑んでいた。
泣き虫でかん虫のめいちゃんだけれど日に日に成長している。
出来るかな出来たよ。それが大きな自信につながっているのだと思う。
めいちゃんありがとうね。おばあちゃんはとても助かりました。
| 2020年07月16日(木) |
なんの罰なのかなにが罪なのか |
曇りのち雨。蒸し暑さはなくずいぶんと涼しく感じる。
雨雲におおわれている空を想う。彼女と呼んでいいのか
きっと欝々と嘆き苦しんでいるのではないかと気づかう。
ほんとうは青いのだ。明るくて朗らかなひとなのだろう。
ぽっかりと浮かぶ白い雲が好きだった
風と一緒に追いかけっこをしたりして
くすくすっと笑ったり抱きしめてみたり
真っ青であればあるほど雲を恋しがる
そうそれほどまでに寂しがり屋だった
風がどんなに宥めても切なそうな顔をして
わたしは独りぼっちだからとぽつんと呟く
ある日とうとう邪悪な雨雲に囚われてしまい
微笑むことも叶わない憐れな姿になった
風がほらねとまるで後ろ指を指すように
それでも歯を食いしばって耐えていたのだ
なんの罰なのかなにが罪なのかわからない
ただ青く白い雲に会いたがっていただけなのに
どうか彼女をゆるしてあげてください
どうか涙をうけとめてあげてください
曇り時々雨。それは濡れても気にならないような小粒の雨だった。
どうやら大雨のピークは過ぎたようで梅雨明けが近いのかもしれない。
けれども豪雨の爪痕があまりにも大きくて手放しでは喜べない。
今度は猛暑がやってくるだろう。復旧作業もどんなにか辛い事だろう。
それでも青空を見あげればきっと希望が湧いてくると信じたいものだ。
仕事中にお客さんから電話があり帰りに寄るようにと。
畑の夏野菜をたくさん収穫したので持って帰るようにと言ってくれる。
なんとありがたいこと。仕事を終えるなりお宅におじゃまする。
段ボール箱にリュウキュウと茄子、大きな南瓜も入っていた。
とても食べきれない量でまた職場に戻りみんなで分ける。
ちょうど常連のお客さんが来ていてお裾分けしたのだけれど
義父の分が足らなくなってしまって私の分をと思ったのだけれど
「俺はいいからみんなで食べろ」と言って聞かない。
気のせいかもしれないけれどなんだか義父がいじけているように見えた。
母がいなくなってから義父は料理に目覚めており自炊を頑張っている。
茄子を炒めたかったのではないか。南瓜を煮たかったのではないか。
あれこれと思いつつ「またもらって来るから」と帰路についた。
母は仕事をしながらも義父の食事の支度だけは怠らなかった。
いつもお昼に夕食の分も作っておき明くる日になると
「全部食べてくれていた」ととても嬉しそうな顔をしていた。
長い別居生活。母も義父と一緒に夕食を食べたかったことだろう。
義父のためだけに作る夕食はとても切なかったのではないだろうか。
おかあさん今夜の夕食は何でしたか?
美味しかったですか?おなかいっぱいになりましたか?
もう何も心配することはないからぐっすりと眠ってくださいね。
| 2020年07月14日(火) |
空を信じてあげなくてはいけない |
雨のち曇り。午後ほんのつかの間だったけれど小さな青空が見える。
雲をかきわけるようにそれはまるで希望のように見えた。
空を信じてあげなくてはいけない。空もきっと辛いのだろう。
朝の峠路を越えると山里の民家が見え始め
雨に打たれているのは化石のような紫陽花
その傍らで百日紅の濃い桃色が微笑んでいた
紫陽花はみじめな気持ちになっただろうか
もううつくしくはないと涙雨を流しただろうか
いやそうではないとわたしはおもうのだった
この世にはなんとうけとめなければいけないことが
あるのだろうこれでもかこれでもかと雨に打たれる
それでも生きているとほっと空を仰ぐ時がくる
土にしがみつくように生きなければいけない
またきっと紫陽花の季節がやってくるのだから
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