ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2020年05月13日(水) なんとしても守ってあげたい

最高気温は26℃。いかにも初夏らしい一日となる。

今日も爽やかな風が吹きとても心地よく感じる。


外回りの仕事がありちらっと近くの公園へ寄ってみた。

池には睡蓮の花が咲き始めゆうらゆうらと風に揺れ

まるで池を泳ぐお魚のように見えて可愛らしいこと。

つかのま座ったベンチで風に吹かれながらふふっと微笑んでいた。



仕事を終えて帰宅。今日はあやちゃんのピアノ教室が再開。

教室はすぐ近所なのだけれど県道を横断しなければならず

じいちゃんが横断歩道の手前まで送って行ってくれた。


学校に続きピアノ教室となんだか一気にいろんな事が再開。

手放しでは喜べないし決してコロナが終息したわけでもない。

ついつい油断をしそうになっては「まだまだ」と気を引き締める。

季節柄コロナがおとなしくなっているだけなのだと思う。

夏が過ぎ秋から冬になればまた猛威を振るい始めるのではないか。

一刻も早いワクチン開発をしなければまた大変な事になるのでは。


そんな不安もあるけれど今はこの平穏無事をありがたく受けとめている。

どんな日であっても与えられた一日。乗り越えていかなければ。



めいちゃんが保育園から帰って来て近所のお友達と外遊び。

ピアノ教室から帰ったあやちゃんもふたいとこのまあちゃんも

家の前の路地はそれはそれはにぎやかなはしゃぎ声が聴こえていた。

伸び伸びと自由なそんな子供たちを久しぶりに見た気がする。


なんとしても守ってあげたい。笑顔いっぱいの子供たち。



2020年05月12日(火) ああなんて平和なのだろうと思った

今日もほぼ真夏日に近かったけれど爽やかな風に助けられる。

風は薫り緑だろうか花々の色だろうかそれとも空の青だろうか。

目には見えないはずの風が見えたような気がしたのだった。



あやちゃん今朝も元気に登校。後姿を見送りながら手を合わす。

おそるおそる。それでもかつての日常が確かにそこにある。

どうか何事もなくこのまま安全に学校生活を送れますように。


めいちゃんはぎりぎりまで朝ごはんを食べていたけれど

「おばあちゃんといく」と言ってくれて大急ぎで準備を始める。

ポニーテールが可愛い。我が孫ながら惚れ惚れとする後ろ姿。



新緑の山道を通り抜け職場へ。今日もぼちぼちと仕事だった。

幸いなことに職場はコロナの影響もなくいつもと変わらない。

それがどれほど恵まれていることかとなんだか申し訳ないような。

苦境に立たされている経営者の多さに心を痛めているこの頃。

もしも影響を受けざるを得ない職場ならとっくに倒産していただろう。

自転車操業なのでペダルをこぎ続けなくてはいけないけれど

それを苦に思ったことはない。パンク修理だってちゃんと出来る。



今日は食材を買い求めなくてはいけなくて郊外のスーパーへ。

空いていてほっとする。とりあえず肉類など3日分ほど買って帰宅。

メニューはストックしてある食材で考えるのがもう日課になった。

娘がスマホで検索して思いがけない新メニューが出来る日もある。

コロナと向き合いながらの暮しにもすっかり慣れてきたようだ。



夕食後、娘夫婦と孫たちが夕散歩に出掛けて土手の道に

夕陽を背にそのシルエットがほのぼのとした絵のように映る。

ああなんて平和なのだろうと思った。穏やかな夕暮れ時のこと。





2020年05月11日(月) 久しぶりのランドセルがまぶしい

爽やかな朝もつかの間、日中は真夏日となり戸惑うほどの暑さ。

沖縄は梅雨入りとのこと。もうそんな季節になってしまったのか。

ゆっくりと身体を慣らしていかなければ老体に堪えそうだ。



あやちゃんの学校が再開。どんなにかこの日を待ちわびていたことか。

いつもよりずっと早起きをしてとても楽しみにしていた。

久しぶりのランドセルがまぶしい。笑顔で送り出した朝のこと。


まだまだ不安がいっぱいでおそるおそるの日々になるけれど

どうか安全にと祈りつつ見守っていきたいと思うばかり。

綱渡りのような日々を乗り越えて逞しく育ってほしいものだ。


今日も県内の感染者無し。ほっとしながらも気を引き締める。

決して油断をしてはいけない。用心の上に用心を重ねようと。



買物をしない日だったので新緑の山道をたのしみながら帰宅。

対向車もない。人っこひとりにも出会わず狸の姿さえない道。

毎日この道を帰れたら良いなと思った。とてもとても安全なのだ。



帰宅してパソコンとにらめっこ。例のSNSのためのダウンロード。

職場ではあっという間に出来たのに光回線ではないので少し手間取る。

なんとかプラウザの移行が整いほっと一安心だった。


「6月1日からも会えますね」と言ってくれたひとがいる。

それがとてもとても嬉しかった。私は消えなくても良いのだと。



2020年05月10日(日) 我が家にはふたりの母

雨が降ったりやんだり。まるで梅雨時のように蒸し暑かった。

穀物や植物には恵みの雨になったことだろう。

我が家のアマリリスも明日には咲いているかもしれない。


「母の日」亡くなった義母や入院中の母を想う。

なにひとつカタチには出来ないけれどせめて感謝の気持ちだけはと。

生んでくれたこと育ててくれたこと母のおかげで今の私がある。

そう思うと思春期の痛みも貴重な試練を与えてくれたのだと

恨みもせずに母の人生を認め受け入れているじぶんがあった。



昼下がり娘が母の日だからと圧力鍋を買って来てくれた。

「豚の角煮を作ってね」とまるでこどものような顔をして

プレゼントなんてまったく期待などしていなかったので

それはとても思いがけず嬉しかった。「高かったでしょ」と言うと

「ニトリだから」と。「じゃあお値段以上ね」と笑い合った午後。


娘には孫たちから花束のプレゼント。お小遣いで買ってくれたそう。

私だけが母の日なんて申し訳ないと思っていたのでほっとする。


我が家にはふたりの母。なんだか感慨深く思わずにいられない。

「ありがとう」でいっぱいになる笑顔の一日だった。



2020年05月09日(土) ついに追い詰められたのかと思った

曇り日。夕方からぽつんぽつんと雫のような雨。

蛙の鳴き声が聴こえている。きっと雨が嬉しいのだろう。



夜明け前のこと。いつものように歌を詠み詩を書こうと

開いた某SNSにプラウザの移行を促すメッセージが表示されていた。

今のままでは6月1日にページの閉鎖とありひどく困惑する。

まるで私から書くことを奪おうとする手段のように思えて悲しい。

ついに追い詰められたのかと嘆きそうになりながらのヘルプ要請。

そうしたら親身になってくれるお仲間さんがたくさんいてくれて

ほんとうにありがたいこと。新しいプラウザへの移行を勧めてくれる。


もうそうするしかないとダウンロードのページを開いたものの

不安でならずどうしても押すことが出来なかった。

いったいどこまで小心者なのかとなんとも情けない気持ちになる。


気を落ち着かせてしばし考える。まだ今月いっぱいの猶予がある。

月曜日になり職場のPCも同じ状態ならばサポートに相談しよう。

善は急げと言うけれど慎重に事を進めるのも良いのかもしれないと。



この日記のサービスもいつ終了するのかわからない。

もう18年目。ほんとうに長いこと思う存分に書かせてもらった。

書く場所を与えられていることにただただ感謝するばかり。



2020年05月08日(金) 月は欠けても散りはしない

午前四時。月明りに誘われるように窓を開けると

それはきれいな満月が見えた。

「フラワームーン」とは誰が名づけたのだろう。空に咲く月。

歌人でも詩人でもないくせに歌を詠み詩を書く。

老いぼれて落ちぶれてそれでもなお生き永らえているのだった。



少し肌寒さを感じた朝。曇り空のまま午後になりやっと陽射しが。

洗濯物のことを考えていた。きっと喜んでいるに違いないと。

帰宅したらあやちゃんが踏み台に上がって洗濯物を入れてくれていた。

「よいしょよいしょ」と声がする。「ありがとうね」と嬉しい。


来週の月曜日から学校再開が決まったようだ。

まるで長いトンネルの出口に立っているような気分なのだろう。

そこには明らかに昨日までとは違うあやちゃんがいた。

そんなあやちゃんにどうして不安などと言えるだろうか。

安全な学校生活を送れるように見守ってあげなくてはと思う。

きっときっとだいじょうぶ。そう信じて背中を押してあげたい。


今日で連続9日の県内感染者無しのニュース。

自粛緩和のおかげで営業を始めた飲食店等もあるようだ。

それはまるでコロナへの挑戦のように感じてならない。

決して救われたのではないからこそ闘っていくのだろうと。

おそるおそるではあっても今は前に進まなければいけない時。


恐怖心や危機感が少しずつ薄れているように感じるこの頃。

また大変なことになるのではと不安がればきりがなく

ただただ立ち向かって行くしかないとつよく思うばかり。


月は欠けても散りはしない。枯れもしない花のような月。



2020年05月07日(木) 不自由さを学びながら

風薫る五月。まさに今日はそんな一日だった。

爽やかな風にいつまでも吹かれていたい気持ち。

そうして鳥のように空を飛べたらどんなにいいだろうか。



GWがやっと終わりまた日常が始まる。

よほど仕事が好きなのだろう嬉しくてならない。

生きがいと言うほどのことではないのだけれど

それだけ遣り甲斐のある仕事を与えられているのだと思う。

感謝しなければならない。する仕事のあるのはほんとうにありがたい。



めいちゃんも久しぶりの保育園。なんと20日ぶりの登園だった。

早起きをして上機嫌でそれはそれは嬉しそうにしていた。

あやちゃんと一緒だったとは言えよく我慢をしたと思う。

どんなにかお友達と遊びたかったことだろう。


あやちゃんももう少しの辛抱だと思う。

県の自粛緩和もあってか県内では再開した学校もあるようだ。

不安は確かにあるけれど子供にとって何が最善かとも考える。

何よりもストレスがつのりそろそろ限界なのではないだろうか。

昨日のあやちゃんの様子がとても気になってならなかった。


本来こどもは伸び伸びと自由にそれがいちばんなのだろう。

学校が再開されてもしばらくはそれも制限されるだろうけれど

そんな不自由さを学びながらこどもは成長していくのだと思う。

そう思えば休校も精神的に大きな学びなのではないのだろうか。



あやちゃんが笑った。晩ごはんをいっぱい食べてくれた。


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