ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2020年05月11日(月) 久しぶりのランドセルがまぶしい

爽やかな朝もつかの間、日中は真夏日となり戸惑うほどの暑さ。

沖縄は梅雨入りとのこと。もうそんな季節になってしまったのか。

ゆっくりと身体を慣らしていかなければ老体に堪えそうだ。



あやちゃんの学校が再開。どんなにかこの日を待ちわびていたことか。

いつもよりずっと早起きをしてとても楽しみにしていた。

久しぶりのランドセルがまぶしい。笑顔で送り出した朝のこと。


まだまだ不安がいっぱいでおそるおそるの日々になるけれど

どうか安全にと祈りつつ見守っていきたいと思うばかり。

綱渡りのような日々を乗り越えて逞しく育ってほしいものだ。


今日も県内の感染者無し。ほっとしながらも気を引き締める。

決して油断をしてはいけない。用心の上に用心を重ねようと。



買物をしない日だったので新緑の山道をたのしみながら帰宅。

対向車もない。人っこひとりにも出会わず狸の姿さえない道。

毎日この道を帰れたら良いなと思った。とてもとても安全なのだ。



帰宅してパソコンとにらめっこ。例のSNSのためのダウンロード。

職場ではあっという間に出来たのに光回線ではないので少し手間取る。

なんとかプラウザの移行が整いほっと一安心だった。


「6月1日からも会えますね」と言ってくれたひとがいる。

それがとてもとても嬉しかった。私は消えなくても良いのだと。



2020年05月10日(日) 我が家にはふたりの母

雨が降ったりやんだり。まるで梅雨時のように蒸し暑かった。

穀物や植物には恵みの雨になったことだろう。

我が家のアマリリスも明日には咲いているかもしれない。


「母の日」亡くなった義母や入院中の母を想う。

なにひとつカタチには出来ないけれどせめて感謝の気持ちだけはと。

生んでくれたこと育ててくれたこと母のおかげで今の私がある。

そう思うと思春期の痛みも貴重な試練を与えてくれたのだと

恨みもせずに母の人生を認め受け入れているじぶんがあった。



昼下がり娘が母の日だからと圧力鍋を買って来てくれた。

「豚の角煮を作ってね」とまるでこどものような顔をして

プレゼントなんてまったく期待などしていなかったので

それはとても思いがけず嬉しかった。「高かったでしょ」と言うと

「ニトリだから」と。「じゃあお値段以上ね」と笑い合った午後。


娘には孫たちから花束のプレゼント。お小遣いで買ってくれたそう。

私だけが母の日なんて申し訳ないと思っていたのでほっとする。


我が家にはふたりの母。なんだか感慨深く思わずにいられない。

「ありがとう」でいっぱいになる笑顔の一日だった。



2020年05月09日(土) ついに追い詰められたのかと思った

曇り日。夕方からぽつんぽつんと雫のような雨。

蛙の鳴き声が聴こえている。きっと雨が嬉しいのだろう。



夜明け前のこと。いつものように歌を詠み詩を書こうと

開いた某SNSにプラウザの移行を促すメッセージが表示されていた。

今のままでは6月1日にページの閉鎖とありひどく困惑する。

まるで私から書くことを奪おうとする手段のように思えて悲しい。

ついに追い詰められたのかと嘆きそうになりながらのヘルプ要請。

そうしたら親身になってくれるお仲間さんがたくさんいてくれて

ほんとうにありがたいこと。新しいプラウザへの移行を勧めてくれる。


もうそうするしかないとダウンロードのページを開いたものの

不安でならずどうしても押すことが出来なかった。

いったいどこまで小心者なのかとなんとも情けない気持ちになる。


気を落ち着かせてしばし考える。まだ今月いっぱいの猶予がある。

月曜日になり職場のPCも同じ状態ならばサポートに相談しよう。

善は急げと言うけれど慎重に事を進めるのも良いのかもしれないと。



この日記のサービスもいつ終了するのかわからない。

もう18年目。ほんとうに長いこと思う存分に書かせてもらった。

書く場所を与えられていることにただただ感謝するばかり。



2020年05月08日(金) 月は欠けても散りはしない

午前四時。月明りに誘われるように窓を開けると

それはきれいな満月が見えた。

「フラワームーン」とは誰が名づけたのだろう。空に咲く月。

歌人でも詩人でもないくせに歌を詠み詩を書く。

老いぼれて落ちぶれてそれでもなお生き永らえているのだった。



少し肌寒さを感じた朝。曇り空のまま午後になりやっと陽射しが。

洗濯物のことを考えていた。きっと喜んでいるに違いないと。

帰宅したらあやちゃんが踏み台に上がって洗濯物を入れてくれていた。

「よいしょよいしょ」と声がする。「ありがとうね」と嬉しい。


来週の月曜日から学校再開が決まったようだ。

まるで長いトンネルの出口に立っているような気分なのだろう。

そこには明らかに昨日までとは違うあやちゃんがいた。

そんなあやちゃんにどうして不安などと言えるだろうか。

安全な学校生活を送れるように見守ってあげなくてはと思う。

きっときっとだいじょうぶ。そう信じて背中を押してあげたい。


今日で連続9日の県内感染者無しのニュース。

自粛緩和のおかげで営業を始めた飲食店等もあるようだ。

それはまるでコロナへの挑戦のように感じてならない。

決して救われたのではないからこそ闘っていくのだろうと。

おそるおそるではあっても今は前に進まなければいけない時。


恐怖心や危機感が少しずつ薄れているように感じるこの頃。

また大変なことになるのではと不安がればきりがなく

ただただ立ち向かって行くしかないとつよく思うばかり。


月は欠けても散りはしない。枯れもしない花のような月。



2020年05月07日(木) 不自由さを学びながら

風薫る五月。まさに今日はそんな一日だった。

爽やかな風にいつまでも吹かれていたい気持ち。

そうして鳥のように空を飛べたらどんなにいいだろうか。



GWがやっと終わりまた日常が始まる。

よほど仕事が好きなのだろう嬉しくてならない。

生きがいと言うほどのことではないのだけれど

それだけ遣り甲斐のある仕事を与えられているのだと思う。

感謝しなければならない。する仕事のあるのはほんとうにありがたい。



めいちゃんも久しぶりの保育園。なんと20日ぶりの登園だった。

早起きをして上機嫌でそれはそれは嬉しそうにしていた。

あやちゃんと一緒だったとは言えよく我慢をしたと思う。

どんなにかお友達と遊びたかったことだろう。


あやちゃんももう少しの辛抱だと思う。

県の自粛緩和もあってか県内では再開した学校もあるようだ。

不安は確かにあるけれど子供にとって何が最善かとも考える。

何よりもストレスがつのりそろそろ限界なのではないだろうか。

昨日のあやちゃんの様子がとても気になってならなかった。


本来こどもは伸び伸びと自由にそれがいちばんなのだろう。

学校が再開されてもしばらくはそれも制限されるだろうけれど

そんな不自由さを学びながらこどもは成長していくのだと思う。

そう思えば休校も精神的に大きな学びなのではないのだろうか。



あやちゃんが笑った。晩ごはんをいっぱい食べてくれた。



2020年05月06日(水) 空は空の気分のままで

曇り日。青空は見えなかったけれど薄日が射し蒸し暑くなる。

空は空の気分のままでぼんやりとしているのも良いもの。

伝えたいことがうまく伝わらないそんなこころを空に映す。



川仕事がお休み出来たのでのんびりの一日だった。

朝の気忙しさがないだけでずいぶんとゆとりを感じる。

仏壇にお線香もあげられない日が続いていたので

今朝はゆっくりと手を合わせ久しぶりの般若心経。



孫たちをじいちゃんに託して5日ぶりの買い出しに。

車で5分ほどのスーパーは思ったよりも空いていてほっとする。

メモを片手に必要なものを買い揃えマイバックには入りきらない。

段ボール箱に入れて駐車場を往復しただけでどっと疲れる。

でもそれで毎日の買い物が避けられるならと苦には思わず。

いくら自粛の緩和がされても決して油断をするつもりはない。



午後、めいちゃんが「ひま、たいくつ」を連呼するので

近くの海辺までドライブに行くことにしたけれど

あやちゃんが嫌がりふてくされたようにご機嫌が悪い。

無理やり連れて行ったけれど笑顔すら見せなかった。


誰もいない海。めいちゃんと綺麗な貝殻をたくさん拾った。

お母さんが帰って来たら見せるのだと言ってそれは嬉しそうに。

あやちゃんはまったく無関心でさっさと車に乗ってしまった。


少しでも気分転換になればと思ったのだけれど

無理強いがいけなかったのだろう。そっとしておいてあげれば良かった。



そんなあやちゃんも夕方にはやっと笑顔になり

お母さんとハンバーグ作りに奮闘していた。

私は手出しをせずそんなふたりを微笑ましくながめていた。

美味しいハンバーグが出来て良かった。めでたしめでたし。



2020年05月05日(火) 大切な家族を守りたい

「立夏」すっかり初夏らしくなり半袖で過ごす。

まだ炬燵も暖房器具もそのままで扇風機を出したくなるほど。


早朝からの川仕事も思いがけない暑さが身に堪えた。

朝のうちは涼しいだろうと水分を持って行ってなかったので

喉がからからに乾きもう少しで熱中症になるところだった。

撤収作業は収穫よりも肉体労働でくたくたに疲れて帰宅する。

「明日はやすもうか」とじいちゃん。もちろん私もうなずく。


娘が仕事だったので孫たちと過ごす「こどもの日」

あやちゃんが朝ごはんを食べておらず「食べたくない」と。

りんご病の名残だろうか腕や手にかすかに発疹が見られた。

お昼にやっとみかんの缶詰を食べてくれてほっと安堵する。

一日中のタブレット。それもどうして叱れようかとおもう。



午後、高知県知事の記者会見があり自粛の緩和をするとのこと。

感染者が出ていない日が続いているとは言え不安がつのる。

ほんとうにそれで良いのかと疑心暗鬼になってしまいそうだ。

我が家はそれには従えない。大切な家族を守ることに徹したい。



娘むこの伊勢海老漁のおかげで今夜もご馳走。

お刺身はぷりぷりとしていてとても美味しかった。

買い物に行かなくてもこうして夕食を食べられるありがたさ。

ちょっとした自給自足をたのしんでいる我が家だった。


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