| 2020年01月15日(水) |
今夜も焼酎が美味しい |
いかにも冬らしい晴天。風は冷たかったけれど
たっぷりの陽射しにほっこりと助けられていた。
ここ数日朝寝坊のめいちゃん。
私が出掛ける時間にはまだお布団でぐずぐずしている。
「おばあちゃんは行くよ」と声をかけると
「うるさい、はやくいけば」と言ったりして困ったちゃん。
言葉遣いは悪いけれどふざけているのがわかるので叱れない。
山里は平野部よりも気温が低く今朝は2℃と冷え込んでいた。
昨日から事務所のエアコンの調子が悪くて温風が出ない。
同僚が石油ストーブを引っ張り出してくれてありがたいこと。
仕事を始める前にコーヒーを飲みながらふたりで暖をとる。
そうしてぼちぼちと仕事。郵便局へ行ったり役場に行ったり。
同僚は一日車検が入っていて一生懸命に作業をしていた。
少し残業になり帰宅すると娘が先に帰って来ていてほっとする。
洗濯物をたたんでくれているのがとてもありがたかった。
これ幸いとまた炬燵に潜り込みじいちゃんと大相撲を見ていた。
夕飯を終えてひと休みしているうちに娘が食器を洗ってくれる。
おかげですぐにお風呂に入ることが出来た。
湯船に浸かって声を出しながら100数える。
つい最近までお風呂イコール死だったのが嘘のように思える。
あの言葉に出来ない緊張感はどこに行ったのだろうか。
とにかく入浴をたのしめるようになってほんとうに良かった。
今夜も焼酎が美味しくほろ酔いつつこれを記す。
孫たちがふたりきりでお風呂に入っている声がこだましている我が家。
| 2020年01月14日(火) |
梅の花を見つけた日に |
曇りのち雨。最高気温が10℃に満たず冷たい一日。
そんな冬らしさのなか梅の花が咲いているのを見つけた朝の道。
ずっと暖かい日が続いていたので春を知らせてくれたのだろう。
寒い朝だったけれどほっこりと微笑まずにいられなかった。
火曜日からの仕事。来客も多く忙しい一日だった。
車検の予約も沢山入っており同僚の負担も大きい。
かと言ってもう一人整備士を雇う余裕もない現実。
すっかり経営側になってしまった自分に何が出来るのか
最近よくそんなことを考えることが多くなった。
仕事を終えて帰宅するなり炬燵に潜り込む。
暖かさに包まれているとまるで天国のよう。
ひと眠りしてから夕飯の支度に取りかかる。
今夜は牛丼。孫たちも喜んで食べてくれて嬉しかった。
あやちゃんはお代わりをして炊飯器を空っぽにしてくれる。
どんなに疲れていても家族の笑顔に救われている。
まさに家族に乾杯だった。今夜の焼酎もとても美味しい。
| 2020年01月13日(月) |
きっときっと叶えてみせよう |
穏やかな晴天。雲ひとつない青空のなんと清々しいこと。
成人の日で祝日。成人式は昨日行われたようだった。
月曜日がお休みというのは良いもので開放感に満ちる。
娘もお休みだったので孫たちの心配もなく
じいちゃんが「どこかへ行くか」と言ってくれた朝。
けれどもお寺はもう勘弁してくれと言う。
でもお寺以外に行きたいところが思いつかなかった。
結局じいちゃんは車で待っていてくれることになって
ナビを頼りに東に向かう。36番札所の「青龍寺」と
私が間違えて入力してしまったおかげであたふた。
青龍寺は昨年の元旦にお参りに行っていたお寺だった。
35番札所の「清滝寺」に行きたかったのになんてことを。
青龍寺の近くまで来てやっと間違いに気づく。
ふたりで笑い合って今度はちゃんと清滝寺へ向かった。
小高い山の上。車一台がやっと通れるような細い坂道。
対向車が来なくて幸いだった。「ゆっくりお参りして来いよ」
じいちゃんがそう言ってくれてとても嬉しかった。
こじんまりとした古いお寺だったけれど心がとても落ち着く。
本堂の右側には小さな滝があって清らかな水が流れていた。
お遍路さんの真似事。般若心経を小さな声で唱える。
いつかきっと本物のお遍路さんになって再び訪れよう。
そう心に誓った。きっときっと叶えてみせよう。
| 2020年01月12日(日) |
自己満足で終わらせてはいけない |
眠っているあいだに雨が訪れていたようだ。
ぽつんぽっとんと雨が歌う夜明け前のこと。
身をまかせるように胸の扉をそっとひらく。
落ちていく場所がまだ私にも残されていた。
曇り日。時おり陽射しもあったけれど肌寒い一日。
友人と待ち合わせをして久しぶりにランチに行く。
ほぼ一年ぶり。月日の経つのがほんとうに早く感じる。
彼女はいつもまぶしい。きらきらと輝いて見える。
行動力があっていろんな体験が新鮮に心にひびく。
私たちは似ているようで似てはいなかった。
けれども不思議と気が合う。たぶん魅かれあっている。
互いに心地よい刺激を感じながら認め合うことが出来る。
今年はエッセイ本を出版してみたいと言うこと。
是非にと勧めた。「かたち」にして残して欲しいのだ。
自己満足で終わらせてはいけない。自分を信じて貫いて欲しい。
そう彼女に伝えながら我が身にも言い聞かせていた。
失われつつある感性にしがみつこうとしている私にだった。
私もこのまま老いぼれるわけにはいかない。
年相応の感性と言うものがもしあるのならば
とことん自分を信じてあげようとこころに誓う。
彼女に会ってとても有意義な一日を過ごさせてもらった。
今度はいつ会えるだろう。その時には彼女の本を手にしたい。
六十を越えて終わりではない
六十を越えてからが始まりだ。
そんな言葉を思い出す。わたしもすくっと前を向こう。
| 2020年01月11日(土) |
がんばらんといかんよ |
曇り日。午後から少し薄日が差して暖かくなる。
もう菜の花が咲き始めているらしい。
それから遅咲きのコスモスもまだ咲いているのだそう。
あやちゃんがお休みなのでめいちゃんも保育園をお休み。
私も三連休をいただいたので孫たちとのんびり過ごす。
朝のうちにめいちゃんと一緒に買い物に行っていた。
「プッチンプリン」がお気に入り。さっそくカゴへ。
帰宅してからじいちゃんとサイクルハウスを組み立てる。
めいちゃんも手伝ってくれて良い自転車置き場が出来た。
午後、孫たちを義妹に託していとこのご主人のお見舞いに。
12月に会った時にはとても元気そうだったのに
食道がんでもうあちこちに転移しているとのこと。
とても言葉にならずなんとも辛いお見舞いになってしまった。
わずかひと月足らずでひどく痩せ細っており
病魔が容赦なく襲ってきていることを感じる。
いまは決して不治の病ではなくなっているけれど
高齢でもあり辛い治療に耐えられるだろうかと心配だった。
「がんばらんといかんよ」そう声をかけるのが精一杯。
明日は我が身だな。じいちゃんと語り合う帰り道。
ふたり健康にはじゅうぶん気をつけているつもりだけれど
明日のことさえわからないのが現実なのだった。
みんなみんな生きたくてたまらないのだ。
| 2020年01月10日(金) |
失うのが怖くてたまらない |
今日も穏やかな晴天。このまま春になるのかと思うほど。
冬枯れた景色の中に名残の山茶花を見つけた朝の道。
ずっと思い出すこともなかった結婚記念日。
もう41年目になるのか。ずいぶんと歳月が流れたものだ。
じいちゃんもすっかり忘れていて「おお、そうか」と。
「あと9年で金婚式やな」と言ってくれて嬉しかった。
9年後のお互いの歳を数える。ふたりともきっと元気で迎えたい。
思い起こせば山あり谷ありの歳月だった。
もう一緒に暮らせないと思うほど追い詰められた時もある。
でもどうして子供たちを残して家を出られようか。
母のような人生だけは送りたくはないと強く思っていた。
歳を重ねるごとにまあるく穏やかになっていく。
若き日の葛藤も今思えば懐かしい。
やっと本物の夫婦になれたように思うこの頃だった。
家族に恵まれ今はこうして幸せに暮らしている。
あまりにも幸せ過ぎて失うのが怖くてたまらないほど。
「おまえは俺より一日でも長生きしろよ」
なんとしても私が先に逝くわけにはいかないのだ。
けれどもそれはなんとせつないことだろう。
失いたくはないのにふたりは老いていくばかり。
どこまでだろう。ずっとずっと手を取り合っていたいのに。
| 2020年01月09日(木) |
足るを知れば救われるだろうに |
穏やかな晴天。陽射しを浴びているとふんにゃりとする。
張り切ることは何もないのだと肩の力を抜いてゆるりと過ごす。
劣等感のかたまり。そんな言葉を某SNSでつぶやいた朝。
そのくせプライドが高いのだ。自分の身の丈を知らなずぎる。
足るを知れば救われるだろうに欲ばかりに走るわたしだった。
仕事を終えて帰宅したら娘が洗濯物をたたんでくれていた。
台所もきれいに片づけてくれている。なんと助かることか。
娘がラフな格好をしていたので仕事が休みだったことを知った。
いつもなら朝ちゃんと言ってくれるのにまたまた「夢に餅」
思いがけないほうがずっと嬉しいものだった。
ふたりで肩を並べて夕食の支度。娘がエビフライを揚げてくれる。
私は大根を煮たりほうれん草のお白和えを作ったり。
そんな光景を見ながら一番風呂に入ったじいちゃんが待っている。
ささやかな日常のこと。平凡で何でもないようなこと。
それなのに目を留めてくれるひとがいてくれてありがたいこと。
書かずにはいられないこんな私をどうか見守っていて下さいね。
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