| 2020年01月14日(火) |
梅の花を見つけた日に |
曇りのち雨。最高気温が10℃に満たず冷たい一日。
そんな冬らしさのなか梅の花が咲いているのを見つけた朝の道。
ずっと暖かい日が続いていたので春を知らせてくれたのだろう。
寒い朝だったけれどほっこりと微笑まずにいられなかった。
火曜日からの仕事。来客も多く忙しい一日だった。
車検の予約も沢山入っており同僚の負担も大きい。
かと言ってもう一人整備士を雇う余裕もない現実。
すっかり経営側になってしまった自分に何が出来るのか
最近よくそんなことを考えることが多くなった。
仕事を終えて帰宅するなり炬燵に潜り込む。
暖かさに包まれているとまるで天国のよう。
ひと眠りしてから夕飯の支度に取りかかる。
今夜は牛丼。孫たちも喜んで食べてくれて嬉しかった。
あやちゃんはお代わりをして炊飯器を空っぽにしてくれる。
どんなに疲れていても家族の笑顔に救われている。
まさに家族に乾杯だった。今夜の焼酎もとても美味しい。
| 2020年01月13日(月) |
きっときっと叶えてみせよう |
穏やかな晴天。雲ひとつない青空のなんと清々しいこと。
成人の日で祝日。成人式は昨日行われたようだった。
月曜日がお休みというのは良いもので開放感に満ちる。
娘もお休みだったので孫たちの心配もなく
じいちゃんが「どこかへ行くか」と言ってくれた朝。
けれどもお寺はもう勘弁してくれと言う。
でもお寺以外に行きたいところが思いつかなかった。
結局じいちゃんは車で待っていてくれることになって
ナビを頼りに東に向かう。36番札所の「青龍寺」と
私が間違えて入力してしまったおかげであたふた。
青龍寺は昨年の元旦にお参りに行っていたお寺だった。
35番札所の「清滝寺」に行きたかったのになんてことを。
青龍寺の近くまで来てやっと間違いに気づく。
ふたりで笑い合って今度はちゃんと清滝寺へ向かった。
小高い山の上。車一台がやっと通れるような細い坂道。
対向車が来なくて幸いだった。「ゆっくりお参りして来いよ」
じいちゃんがそう言ってくれてとても嬉しかった。
こじんまりとした古いお寺だったけれど心がとても落ち着く。
本堂の右側には小さな滝があって清らかな水が流れていた。
お遍路さんの真似事。般若心経を小さな声で唱える。
いつかきっと本物のお遍路さんになって再び訪れよう。
そう心に誓った。きっときっと叶えてみせよう。
| 2020年01月12日(日) |
自己満足で終わらせてはいけない |
眠っているあいだに雨が訪れていたようだ。
ぽつんぽっとんと雨が歌う夜明け前のこと。
身をまかせるように胸の扉をそっとひらく。
落ちていく場所がまだ私にも残されていた。
曇り日。時おり陽射しもあったけれど肌寒い一日。
友人と待ち合わせをして久しぶりにランチに行く。
ほぼ一年ぶり。月日の経つのがほんとうに早く感じる。
彼女はいつもまぶしい。きらきらと輝いて見える。
行動力があっていろんな体験が新鮮に心にひびく。
私たちは似ているようで似てはいなかった。
けれども不思議と気が合う。たぶん魅かれあっている。
互いに心地よい刺激を感じながら認め合うことが出来る。
今年はエッセイ本を出版してみたいと言うこと。
是非にと勧めた。「かたち」にして残して欲しいのだ。
自己満足で終わらせてはいけない。自分を信じて貫いて欲しい。
そう彼女に伝えながら我が身にも言い聞かせていた。
失われつつある感性にしがみつこうとしている私にだった。
私もこのまま老いぼれるわけにはいかない。
年相応の感性と言うものがもしあるのならば
とことん自分を信じてあげようとこころに誓う。
彼女に会ってとても有意義な一日を過ごさせてもらった。
今度はいつ会えるだろう。その時には彼女の本を手にしたい。
六十を越えて終わりではない
六十を越えてからが始まりだ。
そんな言葉を思い出す。わたしもすくっと前を向こう。
| 2020年01月11日(土) |
がんばらんといかんよ |
曇り日。午後から少し薄日が差して暖かくなる。
もう菜の花が咲き始めているらしい。
それから遅咲きのコスモスもまだ咲いているのだそう。
あやちゃんがお休みなのでめいちゃんも保育園をお休み。
私も三連休をいただいたので孫たちとのんびり過ごす。
朝のうちにめいちゃんと一緒に買い物に行っていた。
「プッチンプリン」がお気に入り。さっそくカゴへ。
帰宅してからじいちゃんとサイクルハウスを組み立てる。
めいちゃんも手伝ってくれて良い自転車置き場が出来た。
午後、孫たちを義妹に託していとこのご主人のお見舞いに。
12月に会った時にはとても元気そうだったのに
食道がんでもうあちこちに転移しているとのこと。
とても言葉にならずなんとも辛いお見舞いになってしまった。
わずかひと月足らずでひどく痩せ細っており
病魔が容赦なく襲ってきていることを感じる。
いまは決して不治の病ではなくなっているけれど
高齢でもあり辛い治療に耐えられるだろうかと心配だった。
「がんばらんといかんよ」そう声をかけるのが精一杯。
明日は我が身だな。じいちゃんと語り合う帰り道。
ふたり健康にはじゅうぶん気をつけているつもりだけれど
明日のことさえわからないのが現実なのだった。
みんなみんな生きたくてたまらないのだ。
| 2020年01月10日(金) |
失うのが怖くてたまらない |
今日も穏やかな晴天。このまま春になるのかと思うほど。
冬枯れた景色の中に名残の山茶花を見つけた朝の道。
ずっと思い出すこともなかった結婚記念日。
もう41年目になるのか。ずいぶんと歳月が流れたものだ。
じいちゃんもすっかり忘れていて「おお、そうか」と。
「あと9年で金婚式やな」と言ってくれて嬉しかった。
9年後のお互いの歳を数える。ふたりともきっと元気で迎えたい。
思い起こせば山あり谷ありの歳月だった。
もう一緒に暮らせないと思うほど追い詰められた時もある。
でもどうして子供たちを残して家を出られようか。
母のような人生だけは送りたくはないと強く思っていた。
歳を重ねるごとにまあるく穏やかになっていく。
若き日の葛藤も今思えば懐かしい。
やっと本物の夫婦になれたように思うこの頃だった。
家族に恵まれ今はこうして幸せに暮らしている。
あまりにも幸せ過ぎて失うのが怖くてたまらないほど。
「おまえは俺より一日でも長生きしろよ」
なんとしても私が先に逝くわけにはいかないのだ。
けれどもそれはなんとせつないことだろう。
失いたくはないのにふたりは老いていくばかり。
どこまでだろう。ずっとずっと手を取り合っていたいのに。
| 2020年01月09日(木) |
足るを知れば救われるだろうに |
穏やかな晴天。陽射しを浴びているとふんにゃりとする。
張り切ることは何もないのだと肩の力を抜いてゆるりと過ごす。
劣等感のかたまり。そんな言葉を某SNSでつぶやいた朝。
そのくせプライドが高いのだ。自分の身の丈を知らなずぎる。
足るを知れば救われるだろうに欲ばかりに走るわたしだった。
仕事を終えて帰宅したら娘が洗濯物をたたんでくれていた。
台所もきれいに片づけてくれている。なんと助かることか。
娘がラフな格好をしていたので仕事が休みだったことを知った。
いつもなら朝ちゃんと言ってくれるのにまたまた「夢に餅」
思いがけないほうがずっと嬉しいものだった。
ふたりで肩を並べて夕食の支度。娘がエビフライを揚げてくれる。
私は大根を煮たりほうれん草のお白和えを作ったり。
そんな光景を見ながら一番風呂に入ったじいちゃんが待っている。
ささやかな日常のこと。平凡で何でもないようなこと。
それなのに目を留めてくれるひとがいてくれてありがたいこと。
書かずにはいられないこんな私をどうか見守っていて下さいね。
| 2020年01月08日(水) |
さあ頑張ってハンバーグを作ろう |
明け方まで雨。日中は晴れたけれど強風が吹き荒れる。
天気予報では全国的に「春の嵐」だと言うこと。
あやちゃんの冬休みも終わって今日から新学期。
ちゃんと起きられるかなと心配していたけれど
6時過ぎにはもう起きて登校する準備をしていた。
同じく早起きを頑張っためいちゃんと保育園へ向かう朝。
仕事はぼちぼちの忙しさ。無理をせず今日もそろりそろり。
来週の車検予約もすでに入っていて同僚はとても忙しい。
労う気持ちを常に大切にしなければとつくづくとおもう。
帰宅するとすぐにあやちゃんも帰って来た。
久しぶりの学校で疲れたのだろう私と一緒にコタツムリ。
おしゃべりの声が聞こえなくなったと思ったら寝入っていた。
口では生意気なことも言うけれど寝顔はとてもあどけない。
さあ頑張ってハンバーグを作ろう。
今日は娘が遅くなる日だったので一人で奮闘してみることに。
涙を流しながら玉ねぎを刻んでいたら玄関でめいちゃんの声。
予定よりもずっと早く娘が帰って来てくれたのだった。
思わず「夢に餅」と声が出る。肩の力がすうっと抜ける。
娘のおかげで美味しいハンバーグが出来た。
寝入っていたあやちゃんも起こしてみんなでごちそうさま。
今日も「いい日」でした。ありがとうございます。
|