ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2020年01月07日(火) 菜の花を入れた七草

まるで春先のような優しい雨。

音もなく降る雨は霧のようでもあった。



仕事を少し早めに終わらせてもらって母を訪ねる。

今日も退屈そうにベッドに横たわっていた。

先日はじいちゃんが一緒だったのでたくさん話したけれど

今日の母は話すのも億劫な様子を見せていた。


冷蔵庫が空っぽなので買い物に行きたいと言うのを

食料品を買っても無駄になるからと言って聞かす。

そうしたらとても不機嫌になって「もういい」と言い放つ。

三度の食事はちゃんと用意してもらっているのだから

特に足りないものはないはずなのだけれど

どうやら空っぽの冷蔵庫を見ると不安になるようだった。

たとえ無駄になっても買い物に連れて行ってあげるべきだったのか。


なんだか後ろめたいような複雑な思いで帰路についた。

母の願いをすべて受け入れるつもりはない。

時にはこころを鬼にする時もあるのだと自分に言い聞かす。




今夜は七草。我が家はお粥ではなく毎年雑炊にしている。

スーパーの七草セットは買わず七種類の野菜で作る。

大根や人参などを刻んでいたら娘が「ひとつふたつ」と数える。

七つにひとつ足りなくて最後に葱を入れて卵でとじれば出来上がり。


めいちゃんは美味しいと言ってくれて二杯も食べてくれたけれど

あやちゃんは変な野菜が入っていると言って食べてくれない。

菜花を入れたのがいけなかったのかな。ちょっと残念だった。


疲れた胃を労わりこの一年の無病息災を祈る。

私の胃もすっかり元気になってくれたようだ。



2020年01月06日(月) 胃痛はどこへ行ったやら

朝は寒の入りらしい寒さ。日中は今日も暖かくなる。

一年で最も寒い時期とは思えない気候である。



仕事始め。しくしくと痛む胃をなだめつつ職場に向かう。

これくらいのことでへこたれるわけにはいかない。


仕事は順調にすべり出し朝から活気に満ちていた。

それがとても嬉しくなって胃の痛みも忘れる。

お客様は神様だと思う。ほんとうにありがたいこと。



仕事を終えて帰宅したら娘が先に帰って来ていた。

それなのに洗濯物はそのままだったのでちょっとがっくり。

まあたまにはこんな時もあるさと自分で取り入れる。

娘も疲れていたのだろう。帰宅するなり寝入っていたそうだ。


今夜は棚卸があるそうで夕方からまた職場に向かう娘。

孫たちと4人で夕食。ポテトサラダを喜んでくれて嬉しい。


食後の後片付けを終えてふたりをお風呂に誘ったら

ふたりだけで入りたいとのこと。だいじょうぶかな。

あまりに長風呂なので何度か様子を見に行ったら

ふたりで遊びながら楽しそうな入浴シーンだった。


両親が居ないことをちゃんと心得ている。

ふたりとも成長したなあとおばあちゃんは感心していた。

こうしてだんだんと手が掛からなくなるのかな。

それもなんだか寂しいようなでも嬉しいことだよね。


隣室で仲良く遊んでいる孫たちの声を聴きながらこれを記す。

胃痛はどこへ行ったやら。いつもの焼酎がとても美味しい。



2020年01月05日(日) 明日のことをかんがえながら

ほっこりと穏やかな晴天。窓辺で日向ぼっこをする。

きらきらと眩しい空を見あげながら明日のことをかんがえていた。



年末年始のお休みも最終日。あっという間の6日間だった。

早く日常に戻りたい気持ちも確かにあるけれど

このままずっと家にいてのんびり過ごしたい気持ちもある。

今年も退職は無理だろう。する仕事があるのはありがたいこと。

そう言い聞かせながらすくっと前を向こうとしている。




買い物に行っていた娘たちが卓球セットを買って来て

食卓を卓球台代わりにして遊びとても楽しかった。

卓球なんて何十年ぶりだろう。スマッシュもしてみたり。

まだ上手く球を打てないあやちゃんもいっしょうけんめい。

しばらくは我が家のブームになりそうで楽しみなこと。



夕飯はお好み焼き。ついつい食べ過ぎてしまって胃が重い。

それでもいつもの焼酎はやめられなくて我ながらあきれる。


まだ7時過ぎだけれど早めに床につこうと思う。

笑顔で穏やかな一日でした。ありがとうございます。



2020年01月04日(土) とにかく賭けてみました

早いもので明けてもう四日。日々はとんとんと過ぎるばかり。

今日もよく晴れて日中はとても暖かくなる。



めいちゃん一週間ぶりの保育園。

まだ冬休みのあやちゃんが居ても「めいはほいくえん」と

元気に笑顔で登園して行く。「あけましておめでとう」も言えた。


娘夫婦が仕事だったのであやちゃんとサニーマートへ。

店内にある美容院でふたりそろって髪を切ってもらう。

あやちゃんは髪を伸ばしているので梳くだけだったけれど

もっさりと重そうだった髪がとても軽やかになっていた。

「おかあさん気がつくかな」あやちゃんは気がつかないほうに

私は気づくほうにふたりで賭けて愉快に笑い合う。


娘が帰って来ても気づかないのでしめしめとあやちゃん。

そうしたら晩ご飯の時にじいちゃんが娘にヒントを与えてしまう。

やっと娘が気づいてしまい「まけた〜」と残念がるあやちゃん。

子供に賭け事はいけないのだけれど勝つ自信があったようだ。

おばあちゃんが勝ったけれどお小遣いをあげることにする。

お年玉を貯金しておいて何か買いたい物があるのだそうだ。


春にはもう二年生になるのか。これも成長のひとコマに思える。

もう幼児ではないのだとつくづく思った出来事だった。


あやちゃんと一緒にお風呂に入るのはほんとうに久しぶり。

あまりに恥ずかしそうにするので私も照れくさかった。

なんだかドキドキする。それはあやちゃんも同じだったよう。


愉快で楽しい一日がそうして暮れていく。

今日も「いい日」でした。ありがとうございます。





2020年01月03日(金) 母はいつも誰かを待っている

今朝も冷え込んでいたけれど日中はとても暖かくなる。


昨夜は母の夢ばかり。一度目覚めてからもまた夢を見る。

昨日帰り道に寄る予定だったのを疎かにしてしまったせいだろう。

きっと待っているだろう。寂しいのだろうと母を想う朝のこと。


今日こそはと思いじいちゃんに相談すると

一緒に行ってくれるとのことほっと嬉しかった。


昨日娘にお守りを買わずに帰って来ていて

欲しかったのにと残念がっていたので

母を訪ねる前に延光寺にお参りに行っていた。

四国霊場39番札所で身近なお寺だった。

以前は独りでよくお参りに来ていて思い出深いお寺でもある。

お参りを済ませ娘にお守りを買い名残惜しくお寺を去る。



母は退屈そうにベッドに横たわっていた。

じいちゃんが一緒に行ってくれてほんとうに良かった。

思いがけなかったのか母はとても喜んでくれて

堰を切ったようにおしゃべりの花が咲く。

ふたりの話を聞いているだけで私も嬉しくてならない。

おしゃべりが一段落したところで「痛みはどう?」と訊くと

「何のこと?」と母。とぼけているのではなくて

もうすっかり腰の痛みが完治している様子だった。

あれほど痛がっていたのが嘘のよう。

トイレも介助なしで行けるようになっていておどろく。

新たな転倒などがなければもう大丈夫だろう。

安心な場所に落ち着いてくれてほんとうに良かったとおもう。


そうそう長居も出来ず「また来るね」と言って別れた。

話し相手が欲しいだろう。友達も欲しいだろうと思う。

ホールでは数名のお年寄りが談笑していたけれど

母は断固として部屋から出ようとはしない。

まるで孤独を楽しんでいるかのようなそれもせつなかった。


友達なんていらないって絶対にうそ。

母はいつも誰かを待っている。声をかけて欲しいのだ。



2020年01月02日(木) まるで人生のような道

あけてふつか。冷え込みの厳しい朝となる。

きりりっとした寒さが心地よい。

夜明け前の星空にふと我が身をゆだねていた。

なんとちっぽけなことだろう。

それでもしっかりと生きているのだった。



じいちゃんが初参りに連れて行ってくれるとのこと。

今まで行ったことのないお寺に行きたくて

愛媛の四国霊場40番札所の観自在寺まで。


とても落ち着いた雰囲気の静かなお寺だった。

お遍路さんの姿も見られ朝の挨拶を交わす。

福岡からのご夫婦、お経を唱える声が爽やかにこだましていた。


とても親切なお寺の方に息子の厄年の事を相談すると

2月に「星まつり」があるとのこと。

申し込んでおけばお札を郵送してくれるのだそうで

ほっと救われるような思いで手続きを済ませる。

親として出来ることがあってほんとうに良かったと思う。



お寺を後にして宇和島市に向かった。

宇和島城に行ってみようかと意気投合するふたり。

じいちゃんは初めてだったけれど

私は子供の頃に何度か来た記憶があった。

50年以上も昔のことだけれど懐かしさが込み上げてくる。

父と母と弟と家族4人の「かたち」がまだ確かにあった頃。


長い坂道きつい石段。なんだか人生のような道を登る。

やっとお城が見えて「やったね」とふたりで微笑み合った。


とても「いい日」でした。ありがとうございます。









2020年01月01日(水) あたらしき年の始めに

あたらしき年の始めに開きたる扉の向こうに光る星たち


午前4時過ぎにそんな歌を詠む。

無事に新年を迎えられてどんなに安堵したことだろう。

どんなに老いぼれても新鮮でありたい。

生きていることを誇りに思いたいものだ。




お昼には息子夫婦とけい君が久しぶりに来てくれて

家族みなそろってささやかに新年会をする。

しばらく音沙汰のないのは元気な証拠と思っていた通り

お嫁さんの顔色も良く息子もとても朗らかだった。

夜勤明けだと言うのに今夜も夜勤だと言うこと。

それでも愚痴ひとつこぼさずとても頼もしく思える。

早いもので今年は42歳の大厄それも笑い飛ばしていた。

親心をよそにあまりにもあっけらかんとしている。

心配し過ぎてもいけないのだろう。きっとだいじょうぶ。



家族がみな元気に新年を迎えられほんとうに良かった。

穏やかな日々が続くことをひたすら願っている。


歩いてみないとわからない。とにかく前を向こう。


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