| 2019年06月12日(水) |
出来る事を出来る日に |
夜が明けると雲ひとつない青空がひろがっていた。
少しひんやりと涼しくなんとも爽やかな朝のこと。
雀たちがいっせいに歌い出しほっこりとこころが和む。
今日は仕事を休んで体操教室へ。
昨日のうちに急ぎの仕事を済ませていたので
気になることもなく心置きなく楽しむことが出来た。
出来る事を出来る日にと思う。今しか出来ないこと。
仕事も大切だけれど健康はもっと大切なのではないだろうか。
今日も2時間の体操はあっという間。
わずか2時間でもとてもリフレッシュ出来る。
身体がいきいきとしてくるのはほんとうに心地よい。
昨年、あと10年は頑張って欲しいと義父に言われた。
と言う事はあと9年なのか。私は72歳になってしまう。
母がリタイアしたいま義父の片腕となって会社を経営しなくては。
途中で逃げ出すことなど出来ない。最後までと覚悟をしている。
それからの老後を思うと不安な事もいっぱいあるけれど
旅行にも行けるだろうか。お遍路にも行けるだろうか。
畑仕事もしてみたいなとあれこれ夢のように考えている。
先日介護施設に入居した母の入居書類に書かれていた母の願いに
死んでもいいからひとりで自由に暮らしたい。
ずっと仕事ばかりしていたから元気になったらどこかに遊びに行きたい。
そう書かれていたのを思い出す。
胸がしめつけられるようなせつない言葉だった。
夜明け前と夕暮れ時になるとホトトギスの声が聴こえる。
なんだか幕をおろした舞台裏の役者さんのようだ。
喝采を浴びるわけでもなくカーテンコールもない。
ふとそんな生き方も良いのではないかと思う。
夕食後、娘と孫たちがまた川海老を捕りに行っていた。
昨日も行っていてよほど面白いのか明日も行くと。
はしゃいでいる孫たちの笑顔を見ていると
夕食後の食器洗いも少しも苦にならなかった。
都会の子供たちには経験できないこと。
四万十川のほとりで自然に恵まれながら成長している。
それってほんとうに素晴らしいことだとおもう。
夕風に心地よく吹かれながらこれを記していると
ふとじぶんはなにものなのだと思ったりもして
身の程を知れば知るほど「観念」のようなものが頭をよぎる。
ちっぽけでいい。それでいいと認めてあげなくてどうする。
薄曇り時おりやわらかな陽射しが降り注ぐ。
爽やかな風が吹き過ごしやすい一日だった。
早朝5時にあやちゃんが起きていてびっくり。
昨夜宿題をするのを忘れていたのだそうだ。
ちゃんと目を覚ましていてえらいなとおもう。
仕事はぼちぼちの忙しさ。
少し活気が出て来たようで嬉しくおもう。
近くの神社の紫陽花が綺麗とおしえてくれた人がいて
そわそわと落ち着かずお昼休みに行って来た。
参道に紫陽花がいっぱいで思わず歓声をあげる。
この神社の紫陽花は毎年楽しみにしていて
先日来た時にはまだ色づいていなかったのだ。
雨のおかげだろうか一斉に色づいたのかもしれない。
つかの間の散策だったけれどとてもこころが和む。
季節の花を愛でるきもちをずっと大切にしよう。
| 2019年06月09日(日) |
ほっこりの夕暮れ時のこと |
目覚めたら思いがけずに雨が降っていた。
ぽつんぽつんとささやくようにそれはやさしいにわか雨。
曇り時々晴れの予報だったけれど曇り空のまま。
気温も上がらず涼しくて過ごしやすい一日となる。
午後、お散歩がてらお大師堂まで。
やはり足がすぐに痛くなり休み休みだった。
少し歩いては空をみあげて深呼吸をする。
川辺の姫女苑の花がゆらゆらりと可愛らしいこと。
ゆっくりとお参りをしてから花枝を新しくしたり
お線香の補充もして今日も自分に出来ることを。
やっぱり女手が欲しいと言っていたSさんの言葉を思い出す。
娘と孫たちは川海老を捕りに行っていたようだ。
小さな海老だけれど子供でも簡単に網で掬えるのだそう。
ぴちぴちと跳ねていたのを玉ねぎとかき揚げにしていただく。
娘が孫たちに海老さんの命をありがたく頂くようにと教えていた。
玉ねぎが苦手なあやちゃんも美味しそうに食べてくれて良かった。
お腹がいっぱいになって眠くなってしまっためいちゃん
自分で毛布を出して来てテーブルの下に寝床を作る。
ちびまるこちゃんを見ながらそのまま寝入ってしまった。
なんとも可愛らしい寝顔だこと。ほっこりの夕暮れ時のこと。
| 2019年06月08日(土) |
ささやかな親孝行なのか |
爽やかな晴天。吹き抜ける風のなんと心地よいこと。
薄っすらと夜が明け始めた頃。窓を開け広げて風に吹かれていた。
今日は保育園に新一年生たちが招待されていた。
ふたりとも大喜びで元気に登園する。
特にめいちゃんはお姉ちゃんが一緒と嬉しそう。
午後は予定を一日早めて母のもとを訪ねる。
母にひ孫の顔を見せてあげたかった。
めいちゃんはひいばあちゃんを知らなくて
でもあやちゃんはちゃんと覚えていてくれた。
母は興奮したように大喜びをしてくれて
満面の笑顔を見せてくれ私もとても嬉しかった。
ひ孫の顔も見せてあげられないほどの親不孝をずっと重ねて来た。
「お母さんごめんね」と心の中で詫び続ける。
少しずつほんとうに少しずつだけれど出来る事をと思う。
救われているのは母ではなくて私なのだと思った。
やせ細ったしわくちゃの手であやちゃんと握手。
「やわらかい手やねえ、やさしい手やねえ」と母がつぶやく。
降ったりやんだりの雨だったけれど
降り出したらバケツをひっくり返したような大雨。
風も強く雷様まで大暴れをしてすっかり嵐のよう。
そんな悪天候も午後には少しずつ回復していく。
仕事を少し早目に終わらせてもらって母のアパートへ。
夏物の肌着などを揃えて施設へ届けてあげたかった。
日捲りの暦が3月26日。もうそんなに月日が流れていたのか。
部屋は救急搬送された時のままで複雑な思いが込み上げてくる。
アパートを引き払う準備もしなければいけないけれど
何から手をつければ良いのか、途方に暮れる程の荒れよう。
義父はまだ急ぐなと言う。家賃を払い続けるのも考えようだけれど
とりあえずはしばらくそのままにしておくしかないのかもしれない。
母のところには日曜日に行く事にしてそのまま帰宅した。
雨がやんで明るくなった空。「ただいま」とあやちゃんの声。
私はこんなにも家族に恵まれているけれど
母はどうしようもなく孤独なのかもしれないとふと思った。
| 2019年06月06日(木) |
また来るね。また来てね。 |
二十四節気の「芒種」あまり馴染のない言葉だけれど
梅雨入りを前に穀物の種を蒔く頃なのだそうだ。
旧暦だともっと身近に感じる季節なのだろう。
昔は農家の人達がとても忙しかったことだろう。
最高気温が31℃、とても蒸し暑い一日だった。
今日は母が施設に入居するため午後から付き添う。
施設と言っても同じ病院内の事で3階から2階に移るだけ。
母には何の戸惑いもなくスムーズに事が運んでほっとする。
それはとても卑怯な事なのかもしれないけれど
このまま母には説明しない方が良いだろうと結論に達した。
リハビリを頑張って歩けるようになったら家に帰れる。
そう信じている母が憐れにも思える。でももう決めた事。
いつかは母も気づくことだろう。その時はその時の事だ。
ほぼ3ヵ月ぶりの母との再会だったけれど
母があまりにもあっけらかんとしているのが救いだった。
おかげで私も笑顔で接することが出来る。「また来るね」って
「また来てね」って。そうまた笑顔で会いに行きましょう。
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