ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2019年06月08日(土) ささやかな親孝行なのか

爽やかな晴天。吹き抜ける風のなんと心地よいこと。

薄っすらと夜が明け始めた頃。窓を開け広げて風に吹かれていた。



今日は保育園に新一年生たちが招待されていた。

ふたりとも大喜びで元気に登園する。

特にめいちゃんはお姉ちゃんが一緒と嬉しそう。



午後は予定を一日早めて母のもとを訪ねる。

母にひ孫の顔を見せてあげたかった。

めいちゃんはひいばあちゃんを知らなくて

でもあやちゃんはちゃんと覚えていてくれた。

母は興奮したように大喜びをしてくれて

満面の笑顔を見せてくれ私もとても嬉しかった。


ひ孫の顔も見せてあげられないほどの親不孝をずっと重ねて来た。

「お母さんごめんね」と心の中で詫び続ける。


少しずつほんとうに少しずつだけれど出来る事をと思う。

救われているのは母ではなくて私なのだと思った。


やせ細ったしわくちゃの手であやちゃんと握手。

「やわらかい手やねえ、やさしい手やねえ」と母がつぶやく。






2019年06月07日(金) 独りぼっちの母

降ったりやんだりの雨だったけれど

降り出したらバケツをひっくり返したような大雨。

風も強く雷様まで大暴れをしてすっかり嵐のよう。


そんな悪天候も午後には少しずつ回復していく。

仕事を少し早目に終わらせてもらって母のアパートへ。

夏物の肌着などを揃えて施設へ届けてあげたかった。


日捲りの暦が3月26日。もうそんなに月日が流れていたのか。

部屋は救急搬送された時のままで複雑な思いが込み上げてくる。

アパートを引き払う準備もしなければいけないけれど

何から手をつければ良いのか、途方に暮れる程の荒れよう。

義父はまだ急ぐなと言う。家賃を払い続けるのも考えようだけれど

とりあえずはしばらくそのままにしておくしかないのかもしれない。


母のところには日曜日に行く事にしてそのまま帰宅した。

雨がやんで明るくなった空。「ただいま」とあやちゃんの声。


私はこんなにも家族に恵まれているけれど

母はどうしようもなく孤独なのかもしれないとふと思った。



2019年06月06日(木) また来るね。また来てね。

二十四節気の「芒種」あまり馴染のない言葉だけれど

梅雨入りを前に穀物の種を蒔く頃なのだそうだ。

旧暦だともっと身近に感じる季節なのだろう。

昔は農家の人達がとても忙しかったことだろう。



最高気温が31℃、とても蒸し暑い一日だった。

今日は母が施設に入居するため午後から付き添う。

施設と言っても同じ病院内の事で3階から2階に移るだけ。

母には何の戸惑いもなくスムーズに事が運んでほっとする。

それはとても卑怯な事なのかもしれないけれど

このまま母には説明しない方が良いだろうと結論に達した。


リハビリを頑張って歩けるようになったら家に帰れる。

そう信じている母が憐れにも思える。でももう決めた事。

いつかは母も気づくことだろう。その時はその時の事だ。


ほぼ3ヵ月ぶりの母との再会だったけれど

母があまりにもあっけらかんとしているのが救いだった。

おかげで私も笑顔で接することが出来る。「また来るね」って

「また来てね」って。そうまた笑顔で会いに行きましょう。












2019年06月05日(水) 水曜日は「健康の日」

明け方まで雷雨。激しい雨音がなぜか心地よく感じる。

夜が明けると青空が見え始めてなんだか夢を見ていたような気分。



一大決心と言うほど大げさな事ではないけれど

もう諦めかけていた体操を今日から復活することに。

このまま仕事に追われてばかりの日々ではいけないと

自分なりに決心をし水曜日は「健康の日」と名づける。


一年半ぶりの体操教室だった。わくわくと心が躍る。

先生もお仲間さん達も大歓迎をしてくれてとても嬉しかった。


10Kも太ってしまった重い身体に体操はきつかったけれど

出来る事から少しずつ頑張ってみる。ふうふう言いながら

それでも2時間はあっという間のことだった。


来週もきっとと約束をしてお仲間さん達と別れた。

なんとしてもこれだけは続けようと心に誓う。


午後は程よいつかれを楽しみながらお昼寝をしていた。

急ぎの仕事があれば職場へ駆けつけるつもりだったけれど

幸い呼び出しの電話もなくゆっくりと休むことが出来る。


「いい日」でした。ほんとうにありがたいこと。





2019年06月04日(火) おんちゃんとおばちゃん

梅雨入りを思わすような雨が降ったりやんだり。

空におまかせしようとのほほんと過ごすばかり。



仕事は今日も閑古鳥さん。

また忙しい日もあるだろうとあまり気にしない。

いつもより早めに終わらせてもらって

じいちゃんと銀行へ行っていた。


住宅ローンの更新の手続きを終える。

あと2年と少しで完済になる予定。

家計が苦しい時もいっぱいあったけれど

これまで不都合もかけずよく支払って来たと思う。


係の銀行員さんともすっかり顔なじみになって

今日も手続きをしながら最初は名字で呼んでくれていたのを

終いには「おんちゃん」「おばちゃん」と呼ばれて愉快なり。

地元の銀行らしい親しみを感じずにいられなかった。




夕方になり家族みなそろって夕食。

最近すごい食欲のあやちゃんが今夜もたくさん食べてくれて

その後すぐに寝入ってしまってお風呂になっても目を覚まさず。

徒歩で通学するだけでも体力を使っているのだろう。

毎日ほんとうに頑張っているのだと思う。えらいえらい。













2019年06月03日(月) 永遠の命などない

夜明け前まで雨が降っていた。ぽとんぽとんとまるで命の音。

昨夜のつかれがあったのか少し気だるい朝だった。



さあ月曜日と気負う事もなく山里の職場へ向かう。

雨あがりに道ばたの民家の紫陽花がとても鮮やか。

お遍路さんも何人か見かける。気持ち良さそうに歩いていた。


仕事はそれなりに。同僚は出張修理で出掛けていたので

独りきり。来客もなく閑古鳥さんの鳴き声が聴こえてきそう。


幼馴染の友のお父様が亡くなりお葬式もあった。

義父にお香典を頼み参列はしなかったけれど

子供の頃からとても可愛がってもらっていたので

しんみりとしながら思い出をたどるばかり。


秋には友の三回忌だった。親よりも先に逝ってと

嘆いていたお父様の悲痛な顔が忘れられない。

お母様は施設に入居されているとのこと

娘を亡くし夫を亡くしどんなにか辛いことだろうか。


永遠の命などない。私だってどんなに願っていても

遅かれ早かれお迎えがやってくる。


明日のことがわからないからこそ今日を精一杯に生きる。



2019年06月02日(日) それはそれはにぎやかに

今日は「先祖まつり」のお当番でちょっと忙しかった。

宴会の後片付けがやっと終わってほっとしているところ。

いつもならもうとっくに寝ている時間だけれど

ささやかなことでもやはり書き残しておきたくて。


親族がみな集まりご先祖様の供養をしながら

それはそれはにぎやかに宴会を。


ご先祖様のおかげでみんなが繋がっているのだと思う。

本家さんも分家さんもみんなとても仲良し。


笑顔いっぱいの楽しい夜でした。

ありがとうございました。


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