ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2018年09月19日(水) やればできたと秋の空

日中は今日も真夏日。でも空がなんとなく秋。

暑さ寒さも彼岸まで。明日はもう彼岸の入りなのか。



早朝より川仕事、夜明け前からふたふたと不安でならず

昨夜めいちゃんに励まされたことも忘れてしまって

ついつい弱音を吐いてしまったらじいちゃんが

「やってみんとわからんやろ」って言ってくれた。

ほんとにその通り、何もしないうちから怖気づく私の悪い癖。


おかげで順調に川仕事を終えて山里の職場へと向かっていた。

やればできる。この気持ちをこれからも大切にしよう。

不安がってばかりいたら何も出来なくなってしまうもの。


今夜も娘が遅くなり一人で夕食の仕度をがんばってみる。

私も疲れているけれど娘はもっと疲れているだろうと。

「ああお腹空いた〜」と帰って来る娘は高校生の頃のよう。


甘えん坊のめいちゃんが「おかあさんだっこ」と困らせていたけれど

あやちゃんはお姉ちゃんらしくもぐもぐと焼きそばを食べてくれる。


日暮れが日に日に早くなり今日はお散歩に行けなくて残念。

めいちゃんの野菊はてんこ盛りの水中花になっていて微笑ましいこと。




写真は川仕事を終えてから見上げた空。秋らしくなったな。





2018年09月18日(火) あしたもだいじょうぶ

朝の涼しさもつかの間。今日も真夏日となり厳しい残暑。


三連休明けのなんと気だるいことだろう。

ついつい憂鬱になってしまいそうなのを「いけない、いけない」と。

早朝のお寺の鐘を聴きながら、とても清々しいこころになって

気持ちよく流れていけそうな気がしてくる。うん、この調子。


あやちゃんと元気に保育園へ行く。荷物がいっぱいよっこらしょ。

お昼寝のお布団は今年いっぱいのよう。もう一年生になる準備だ。



仕事で宿毛市まで。少し早かったけれどそのまま帰路につく。

さほど忙しくもなかったのに帰宅するなり夕方まで寝入っていた。

娘が遅くなるので孫たちも延長保育をお願いしていて助かる。

娘がいないと夕食を作る気力がない。まったく困ったものだ。

すっかり手抜きの夕食だったけれど誰も文句を言わずありがたいこと。


夕食後、もう薄暗くなっていたけれど娘夫婦と孫たちが夕散歩へ。

めいちゃんがまた野菊の花を摘んできてくれる。

「おばあちゃんあしたもね」ってその一言がとても嬉しかった。


あした、おばあちゃんは早朝から川仕事に行かなくてはいけなくて

終わり次第に山里の職場に走るのがとても不安だった。

体力に自信がなくてすっかり弱気になっていたのだった。


あしたがあるってこんなに嬉しいことだったなんて。

めいちゃんの一言で救われたような気がする。


だいじょうぶ。おばあちゃんはあしたも元気ね。



2018年09月17日(月) あくしゅしよう。タッチしよう。

夏の忘れ物はいったい何だったのだろう。

今日も厳しい残暑となる。



敬老の日、娘がお休みだったので母の病院へ一緒に行ってくれる。

母にひ孫の顔を見せてあげたかった。どんなに喜ぶことかと。

ほぼ2年ぶりではなかっただろうか、親不孝な娘である。

ほんの10分足らずの面会で母も心残りだったろうけれど

孫たちはひいばあちゃんのことをまったく憶えておらず

あやちゃんはすぐに帰りたがり、めいちゃんはとまどうばかり。

「あくしゅしよう、タッチしよう」と母が言ってくれたけれど

結局なにも出来ず、なんともあわれでならなかった。

娘が助け舟を出してくれて「おばあちゃん頑張って」と声を。

母の目に涙が浮かんでいたようだった。もっとそばにいてあげられたら。


帰り道、娘が子供たちに「おばあちゃんのお母さんよ」と。

「ふ〜ん」とあやちゃん。やはり不思議でならないのだろう。

このままではいけない。もっともっと会わせてあげなければと思う。


少し複雑な思いが込み上げてきたけれどそれなりに

「敬老の日」が出来たのかなと自分を宥めている。


ひいばあちゃんがいなかったらおばあちゃんは生まれてこなかった。

おばあちゃんがいなかったらお母さんも生まれてこなかった。

お母さんが生まれて来なかったらあやちゃんもめいちゃんも。


母あってこその「いま」なのだとあらためて母を想う。



2018年09月16日(日) どうしても捨てられないもの

真夏日となり厳しい残暑。

彼岸の入りも近くなり夏が必死になってふり向いていたのだろう。



今日も思い立ち断捨離にはげむ。

今度は嫁入り道具の洋服箪笥を処分することに決める。

代わりに組み立て式のクローゼットをネット注文した。

それならば大地震が来て倒れても怪我を避けられる気がする。


中の衣類を全部出していたら、息子が成人式に着たスーツがあった。

一気に母の気持ちになる。あの日の晴れ晴れしい姿が目に浮かぶ。

お盆に会ったきり音沙汰がないけれど、それは元気な証拠か。


息子のスーツを抱きしめるようにしながら目頭が熱くなる。

捨てられない。これはどうしても捨てられない。



日暮れがずいぶんと早くなって夕陽も見ずに暗くなる。

つかの間の夕散歩に行っていためいちゃんが手にいっぱいの野菊を。

土手で転んだそうで膝を擦りむいて血が流れているというのに

泣きもせずはあはあ言いながら「おばあちゃん、はいおはな」って。

めいちゃんいつもありがとう。おばあちゃんすごく嬉しい。






2018年09月15日(土) すっきりときもちよく捨てる

久しぶりの青空。一気に夏がふり向いたような暑さとなる。


朝から本の断捨離にはげむ。

とにかく本棚を空っぽにしなくてはと。

状態の良い単行本などは段ボールに詰め込んで

買取業者が集荷に来てくれるのを待つことに。

古い文庫本は近くのサニーマートの資源ごみボックスへ運ぶ。

ふうふうと汗びっしょりなりやっと本棚が空っぽになった。

近いうちに粗大ごみに出そう。じいちゃんに手伝ってもらおう。


どうしても捨てられない宝物のような本が50冊程残る。

友人の詩集などもありどうして捨てる事が出来ようか。

リサイクルショップへ行って小さな整理棚を買ってくる。

本を並べてみたらとてもいい感じに収まって嬉しい。


すっきりと気持ちいい。処分した本にはもう未練はない。


少しずつだけれど身辺整理が出来ているような。

まだまだ捨てなければいけないものがたくさんあるように思う。


秋が深まって来たらまた何かを捨てよう。

思い出を捨てるのではない。

思い出にしがみつこうとする自分を捨てるのだ。



2018年09月14日(金) おたんじょうびおめでとう

どんよりの曇り空。雨は降らずにいてくれてほっと日が暮れる。


めいちゃん4歳の誕生日。朝からハイテンションで

今朝はあやちゃんと一緒に保育園に行ってくれる。

保育士さんが胸にお花のブローチを付けてくれてご機嫌だった。


もう4歳かと感慨深く思う。お風呂に入れた事、ミルクを飲ませた事。

娘たちと同居を始めてから生まれた子なのでいつも一緒だった。

生後2か月でRSウィルスに感染し入院したこともあったっけ。

いろんなことを思い出す。甘えん坊でおてんばで元気な女の子。

これからもすくすくと成長して欲しい。笑顔いっぱいのめいちゃん。

おたんじょうびおめでとう。おばあちゃんもすごく嬉しい。





2018年09月13日(木) 手紙が届いた日

真夜中に大雨洪水警報が出たようでエリアメールが三回も。

じいちゃんとふたりすっかり寝不足の朝を迎える。


夜が明けてからも雨は降り続き、冠水で国道が一部通行止めになったり。

降り過ぎる雨の怖ろしいこと。あらためて思い知らされた一日。


あやちゃんを保育園に送り届けてから山里の職場へ。

さいわいいつもの山道はなんともなくて無事に職場へ着く。

午後から宿毛市へ行く予定はさすがに取りやめて

なんだか順調にはかどらない仕事に少し苛々してしまって反省。



雨のせいにして早目に帰宅。先日からの本の断捨離の続きを。

やはりどうしても捨てられない本がある。宝物みたいな本が。


娘と孫たちが帰って来て「おばあちゃんおてがみきてるよ」って。

先日北海道の友に送った絵葉書が無事に届いていたようだ。

よかったと胸を撫で下ろす。読みながら目頭が熱くなった。

遠く離れていても心と心が伝わったような気がしてとても嬉しかった。





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