昨日よりも気温が高くなりうだるような暑さとなる。
孫たちはとても元気。今朝もプールバックを抱えて
ウサギのように跳びはねながら保育園の門をくぐって行く。
仕事中に母から電話があった。
術後の経過が良好で退院の許可が下りたとのこと。
とりあえず週末は病院にいて月曜日に退院することに。
弟がクルマで送ってくれるそうでとても安心。
「孝行息子だよ」と母は嬉しそうに笑っていた。
仕事の手を休めて少し外に出てみる。
灼熱というのか強い陽射しが身体を突き抜けるようで心地良い。
職場の裏には田園風景が広がっていて
一面の稲穂が薄っすらと色づき始めていた。
つよい生命力を感じて胸に熱いものが込み上げてくる。
断水の続いている被災地。この暑さがどれほど堪えたことだろう。
複雑な思いはつのるばかりだけれど
それぞれに与えられた一日が今日も暮れて行った。
最高気温が35℃近くなりほぼ猛暑日となる。
やはり心地良い暑さに感じてしまう。
夏が好きになって良かった。
山里の職場に向かいながら国道脇にクルマを停めて
今朝も河口付近の写真を撮ってみた。
しばらく続けてみようかなと思う。
同じ場所なのに空も川も違って見えるのが嬉しい。
何よりもとても清々しい気持ちになれる。
仕事の合間にちょっと抜け出してオクラを貰いに行っていた。
規格外のオクラは殆どを廃棄処分にするのだそうで
農家さんも辛いだろう。オクラも可哀想でならない。
いつでも取りにおいでと毎年声をかけてくれる農家さん。
今年もありがたくいただいている。新鮮なオクラの美味しいこと。
暑い中、オクラの収穫はほんとうに大変だと思う。
手伝いもせずにいつもいただくばかりで申し訳ないけれど
今日は広島の被災地にタオルを送った。
真夏日になる。燃えているような太陽。
それがなぜかとても心地よく感じる。
孫たちはプールバックを宝物みたいに抱えて保育園へ。
「おばあちゃんいってらっしゃい」の声が嬉しい。
仕事帰りに取引先のバイクショップへ届け物を。
店主さんはお店の横の家庭菜園にいた。
カゴにあふれんばかりの真っ赤なミニトマト。
「まだまだあるからぜんぶあげる」ってありがたいこと。
太陽の恵みだ。ほんのりとあたたかくてとても甘かった。
ささやかなこと。日常には笑顔になれる事がたくさんあって
それがどれほど愛しい事かとつくづくと思うこの頃。
あたりまえだったこと。普通に暮らすことが困難になって
不自由な暮らしを強いられそれでも一生懸命に生きようとしている。
そんな人たちがたくさんいることを忘れてはいけない。
梅雨が明けてぽっかりと夏が来た。
今朝の四万十川はあの濁流が嘘のように静かだった。
山里では今日も狐さんのお嫁入り。
まだまだ不安定な空だなと思っていたけれど
梅雨があける。ほっと目の前が明るくなったような。
リセットしてもリセットしても辛い報道が押し寄せてくる。
こうして書く場所をあたえられているというのに
「希望」を見出すような言葉が見つからない。
私はまだまだ人として未熟者なのだろうとつくづくと思う。
痛みを受け止めて抱きしめてあげることもできないのか。
ほんとうに情けない。何年人間やってるんだと自分に怒りを覚える。
45年以上も言葉の世界に携わってきたささやかな誇り。
いま書かなくてどうすると自分の胸を叩き続けている。
どうしようもなく平和だった一日。
いつものようにがとても心苦しくてこんな夜もあってよしか。
今日は狐のお嫁入り。狸さんもお嫁に行きたいのだそう。
泣いたり笑ったりの空に虹が希望の橋みたいにアーチを描く。
山里の職場は平和だった。いつもと変わらない週明け。
宿毛市内の取引先も無事だった。ほっと胸を撫で下ろす。
仕事どころではなかった人たちも多い事だろう。
けれども仕事が出来る人は目の前の事に精を出す。
とにかくそれが「生きる」ことだろうと思った。
帰宅してひと休みしていたら娘と孫たちが帰って来る。
今日はプール遊びが出来たそうで満面の笑顔。
あどけない孫たちの笑顔が宝物のように思える。
平穏無事をかみしめながら今日も暮れて行った。
複雑な思いを書き記すのはもうよそうと思う。
ありがとうございました。
家族みんなが笑顔でいられてほんとうによかった。
夜明け前より激しい雷雨。どすんと大きな音がして目覚めた。
その後エリアメールがひっきりなしに鳴り響き
高知県に大雨特別警報が出されたことを知る。
ざわざわと落ち着かない朝になってしまったけれど
午前9時にはもう雨も小降りになりいつもと変わらない日曜日になった。
隣町の宿毛市では浸水の被害が、そして各地の甚大な被害。
とても他人事ではなく心を痛めるばかり。
かと言って何も出来ず心苦しさがつのるばかりだった。
じいちゃんとふたりNHKの報道を見ながら一日を過ごす。
午後には曇り空。薄っすらと陽も差し始めて空が明るくなる。
もう峠を越えたのだと思う。もう大丈夫なのだと思う。
久しぶりに夕陽を見た。灰色の雲を精一杯に染めて微笑んでいた。
ふと微笑んでも良いのではないかと思った。
どんなに心苦しくてもどんなに心を痛めていても
ひとにはそれぞれに与えられた一日があるのだと思う。
いまほんとうに必要なのは涙ではなくて希望なのではないか。
お風呂上がりの孫たちの髪を乾かす。
愛しくてならなくて頭を撫でるようにして乾かす。
我が家は平和だった。どうしようもないほどに平和な夜に。
| 2018年07月06日(金) |
てるてるぼうずてるぼうず |
雨がほんとうに大変なことになってしまった。
我が家はどうしてこうも平和なのだろう。
感謝しても良いのか。笑顔でいても良いのか。
とても複雑な気持ちでこれを記している。
みなそれぞれに与えられた一日があると記したばかりだけれど
これではあまりにも不公平ではないかと思える。
帰り道のラジオからパーソナリティーの笑い声が聴こえた。
地元のローカル局で一瞬抗議の電話をしようかと思ったほど。
避難先で聴いている人もいるだろうに「いま笑うのか」と。
何が良くて何が悪いのかわからなくなって戸惑う。
平穏だった一日が今日ほど心苦しかったことはない。
今朝の保育園で。めいちゃんたちの作ったてるてるぼうず。
どうかどうかお空が微笑んでくれますように。
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