雨と風が強くまた春の嵐のような一日。
早朝、病院にいる義妹から電話があり
姑さんの様態が少し落ち着いてきたとのこと。
やはり昨夜が峠だったのか。
頑張り屋さんの姑が無事に峠を越えたのか。
とにかく良かったと皆で胸を撫で下ろす。
今夜もう一晩付き添って様子を見るという義妹に代わって
夕方から病院へ行っていって先ほど帰ってきたところ。
娘とはいえ義妹ばかりに負担をかけるわけにはいかない。
長男の嫁なのだからと自分に言い聞かすばかり。
義妹に後を任せて家路を急ぎながらとても複雑な気持ちになった。
嫁いだ時からずっと厳しかった姑のことばかりを思い出す。
辛かったこと悲しかったことばかりに押し流されてしまう。
そんな自分が歯がゆくてならない。そしてとても情けない。
今夜は甥っ子が彼女さんと一緒にお見舞いに来てくれて
「おばあよ、目を開けれや、嫁さん連れて来たぞ」って
そうしたら姑さんの顔が一瞬微笑んだように見えた。
一生懸命に目を開けようとしている。口を動かそうとしている。
ちゃんと聞こえている。かすかでも意識があるのだとわかる。
重い空気の病室に希望の光が差し込んだような一瞬だった。
桜はもうすっかり散ってしまったと思っていた今日。
思いがけずに見つけた「ぼたん桜」
雨に打たれながらも微笑んでいるように見えた。
| 2018年04月05日(木) |
ざわざわとこころがさわぐ |
久しぶりに雨が降った。やわらかで優しい雨。
木々の新芽も嬉しそうに手を伸ばす。今日は「清明」
川仕事に行き川船から下りるなり義妹から電話。
入院中の姑さんの様態が急変したとのこと。
大急ぎで引き返し病院へ駆けつけていた。
ずっと覚悟はしていたけれど
このところ様態が落ち着いていて安心していたところ。
今朝はいつものように看護師さんに「おはよう」の声も。
そのあと急に呼吸困難に陥り意識が薄れてしまったようだ。
枕もとで声をかけることしか出来ないもどかしさ。
「がんばれ、がんばれ」と聞えているのか少し反応がある。
でももう目を開けることも出来ず憐れでならない。
今夜が峠かもしれないと。それはお医者様にもわからないらしい。
義妹が付き添うことになり先ほど病院から帰って来たところ。
ざわざわとこころがさわぐ。とにかく今日のことをここに記す。
朝から暖かく今日も初夏の陽気となる。
そよ吹く風のなんとありがたいことだろう。
今日は保育園の入園式、孫たちは新しいクラスになる。
めいちゃんは赤組さん。あやちゃんは年長の青組さん。
終わるなり家庭訪問があって娘は大わらわだったよう。
ふたりとも人事異動で新しく来た保育士さんが担任になった。
すぐに慣れて楽しい毎日を過ごしてくれることだろう。
川仕事の後の作業を早めに切り上げてのんびりの午後だった。
甲子園の決勝戦を観たり、夕散歩にも行けて良かった。
余暇があるということはとてもありがたいことだなと思う。
娘と孫たちとお大師堂へ。日捲りの暦が一日のままだった。
Sさんどうしたのかな。体調でも悪いのかしらと気になる。
手水鉢の水も濁って少なくなっていて川の水を汲んできたり
娘と孫たちは石段とあたりの掃き掃除をしてくれる。
綺麗になってほっとする。お大師さんにご無沙汰を詫びながら。
これからもささやかに自分に出来る事をしていきたいと思う。
「あかめ道」を駆け上がる孫たち。「待って待って」と追いかける。
その坂をのぼるととてもきれいな夕陽が見える場所。
朝から暖かく日中はすっかり初夏の陽気となる。
半袖で保育園に行く孫たち。
桜の花もまだ少し残っていて春なのか夏なのか。
川仕事も今日から麦わら帽子を。
薄っすらと心地よく汗を流した。
山里の職場のこと、母のことも気がかりだけれど
今日は川仕事だけに専念することに。
午後は干しあがった海苔の箱詰め作業。
二週間後の出荷。それなりに目標を決めている。
なんとしても目標達成をしたいと思いながらも
やれるだけのことをやってみようと思ったり。
どんな結果になろうと精一杯でありたいものだ。
3時には作業を終えられたので少しだけお散歩。
なぜかお大師堂に行く気にならず。ごめんなさいのきもち。
少し歩いただけで足がとても怠くなる。無理はしたくない。
ご近所さんの芝桜がとても綺麗に咲いていて思わず歓声を。
以前は紫陽花を植えていた場所で毎年楽しみにしていたのだけれど
去年だったか根っこごと掘り起こされて無残に捨てられていた。
その時「どうしてこんなことを」と哀しく思っていたのが嘘のよう。
紫陽花の季節を待たずに素晴らしく綺麗な芝桜を見せてもらった。
写真を撮らせてもらったら自分の影も。
かなりふっくらとしているのもご愛嬌かな。
今日も「いい日」でした。ありがとうございます。
| 2018年04月02日(月) |
こころがまあるくなる |
おひさまと春風がとても優しく感じた一日。
こころがまあるくなる。夜明け前に仰いだ月のように。
川仕事を終えて山里の職場へ。
久しぶりに母に会った。
顔を見るなりなんだか涙が出そうになる。
なんとやつれていることか。
目は落ちくぼんでいてげっそりと痩せていた。
掛ける言葉も見つからずやっと「おかえりなさい」と。
にっこりと微笑む母に今まで感じたことがないような
愛しさが込み上げて来て胸が熱くなる。
笑顔には笑顔が返って来る。優しさには優しさが返って来る。
今日ほどそれを実感した日はなかったように思う。
今日のこのきもちを忘れてはいけない。
とてもとても遅くなってしまったけれど
親孝行がしたい。母の娘であり続けたいと思う。
暑からず寒からず今日もちょうどいい感じの春。
三月はあっという間に去り、今日から四月になった。
少しお休みしていた川仕事を再開。
もう次回の出荷日が決まっていて「休むわけにはいかんな」と。
わずかの収穫量でもこつこつと少しずつ貯金をするように。
大潮ですごい勢いで潮が引いていく。さすがに春の潮。
そんな潮に追われるように今日も精一杯の収穫だった。
作業場まで帰り天日干しの作業をしながら
「あと10年かな」とじいちゃんとこの先のことを語り合う。
欲張りかもしれないけれど、希望を持ち続けていたいものだ。
夕食は日曜日の定番「鉄板焼き」みんなでわいわいと楽しい。
めいちゃんが「きょうはおばあちゃんとおふろはいりたい」と。
「じゃあ、あやもはいる」と三人でそれは賑やかなお風呂。
泡ビオレでふたりのからだをなでなでして洗いながら
思わずぎゅっと抱きしめたくなるほど愛しさが込み上げてくる。
ふたりともおおきくなったなあ。ぷりんぷりんのお尻が可愛い。
今日もこんなに「いい日」をありがとうございます。
ささやかな日々です。それがどれほど幸せなことでしょう。
とうとう弥生三月もお終いの日。
日々てくてくと歩いて来たつもりだけれど
気づけば駆け足で走り抜けたような三月だった。
そんなに急いでどこに行くと自分に言い聞かす。
山里に向かう朝の山道。今朝もたくさんのお遍路さん。
またひとり、またひとりと数えていると10人も。
声を掛けたいと思っていてもタイミングを逃してしまう。
会釈を繰り返しながら後ろ髪を引かれるように追い越して行く。
仕事を始めるなり弟から電話があり、母の退院の知らせ。
予定よりも長引き今回は20日ほど。
通算すると一年の三分の一を病院で過ごしていることになる。
そう思うと母がとても憐れに思えてならなかった。
このまま親不孝な娘でいるわけにはいかない。
私はとても大切なことを見失っていたのだと思う。
仕事の合間に庭に出て春の陽射しを浴びていたら
母が以前から「可愛い」と言っていた野すみれがたくさん咲いていた。
あちらこちらに咲いていたのを母が寄せ集めて植えていたのだった。
ああ真っ先に見せてあげたいとこころからそう思う。
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