ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2015年12月05日(土) 北風もひとやすみ

吹き荒れていた北風が静かになって穏やかによく晴れる。

早朝より川仕事。綾菜を保育園に送り届けてから大急ぎで行く。

海苔網を漁場に張る作業だけれど、今年はじいちゃんが大奮闘。

私の足を気遣ってくれてもう殆どの網を一人で張り終えてくれている。

あと少しで終わるので私も少しは手伝いたくて今日は頑張ってみた。


まだ少し足が痛むけれどやってやれないことはない。

リハビリだと思って少しずつ慣らして行こうと思っている。


海苔の生育は今のところ順調である。どうかどうかと祈りつつの作業だった。




お昼前、綾菜を迎えに行って「おへんろさんおらんね」って二人でさがす。

コンビニのベンチにもその姿はなかった。大橋のあたりにも見つからない。

やはりこの時期は極端に少ないのだろうと思う。昨日も見つけられなかった。



昼下がりぽかぽかと暖かい。まったりとまどろみながらお昼寝をする。

なんだかふにゃふにゃと崩れ落ちてしまいそうな感じが心地よい。


晩御飯はみんなで鍋を囲む。綾菜も芽奈もたくさん食べてくれて嬉しかった。


今日も穏やかな一日をありがとさん。焼酎美味しほろ酔ってこれを記す。



2015年12月04日(金) 私が生まれた日

強い北風が吹き荒れてなんとも寒い一日だった。

もう46年も昔の朝のことをふっと思い出す。

あの日もとても寒かったこと。そして途方に暮れていたこと。

もう忘れようと思いつつ今年も思い出してしまう自分が嫌い。



今朝は元気に保育園に向かった綾菜が

「おばあちゃん、あやちゃんのちょきんでケーキをこうちゃるけん」って。

その一言で昔の事を思い出していた自分がとても恥ずかしく思えた。


いまがある。ちゃんとある。それがどれほどありがたいことだろう。

お父ちゃんありがとう。お母ちゃんありがとう。

ふたりのおかげでさずかった命もここまで辿り着くことが出来た。

どうかどうか許される限り長生きをさせて下さいと祈った日。


寒い一日だったけれどこころにはほっこりとおひさまの光。

生きているってほんとに嬉しいことだなってあらためて思った日。



2015年12月03日(木) いただいた日

雨はあがり晴れたけれどものすごく風の強い一日だった。


いつものように綾菜と保育園に向かおうとしていたけれど

突然クルマの中で綾菜が嘔吐してしてしまって大変なことに。

数日前から風邪気味で咳がひどかったので急きょ病院へ連れて行くことに。

仕事の事も気になりつつ今日はお休みをさせてもらっていた。


病院で咳止めの薬を処方してもらって一日中家の中で元気に遊ぶ。

熱もないのでちびっ子パワーをもてあましていたような感じだった。


「おばあちゃんとお大師さんへ行こうか」と誘っても嫌だと言う。

仕方なく今日は諦める。そしてお遍路さんの姿も見つけられない一日だった。



どんな日もあってよしといつも思う。

今日もそうして「いただいた日」と感謝しながら過ごしていた。

明日はあしたの風が吹くだろう。どうか穏やかな風でありますように。


今夜もまったりと焼酎を飲みつつこれを記す。

隣室から孫たちのはしゃぎ声、それはまるで今日のご褒美のようだ。







2015年12月02日(水) 微笑みながら

今日も12月とは思えないほどの暖かさ。

夕方から雨が降り始めて今夜も雨の歌を聴いている。



今朝もお遍路さんの姿が見つけられない。

もうあきらめかけて山道から峠を越えて山里に差し掛かったところ

前方を歩くお遍路さんの後姿を発見。

思わず「おお!」と歓声をあげてしまった。

ゆっくりとその後姿に近づきクルマを停めて声をかけた。

なんと清々しい笑顔、身体中から精気がみなぎっているように見えた。

そうして関西弁がとても耳に心地よくひびく。

60歳代かなと見えるとても凛々しい男性だった。


うん、今日はいい感じ。とてもとても爽やかな朝だった。



仕事は少し忙しかったけれど母の様子も見ながらぼちぼちと頑張る。

しっかりしているかなと思えば時々おかしな言動もあったり。

体調は日に日に快復しているようでそれにはひたすら安堵だった。

とにかく無理をさせないこと。これからも見守っていきたい。



今日は娘が遅番だったので久しぶりに綾菜のお迎えに行く。

満面の笑顔で保育室から飛び出してくる姿はとても嬉しかった。

そうしてひっきりなしによくしゃべる。そんな会話がとても楽しい。


今日も穏やかな一日をありがとさん。

いつもいつもどんなに感謝してもしきれないほどのありがたさ。


今夜もまったりと焼酎を飲みつつ微笑みながらこれを記す。



2015年12月01日(火) 日向ぼっこ

今日も穏やかな小春日和。職場でつかの間の日向ぼっこ。

早いものでもう師走。走りたくはないけれど

なんだか背中を押されているように時が経つ。



今日もお遍路さんを1人も見つけられずさびしい。

やはりそんな季節なのだろうかと思う。

なんだか「おへんろさ〜ん」と叫びたい気持ちになった。


帰宅してお大師堂へ。今日は花枝を新しくした。

そうしてお札入れの中にそっと納め札が入っているのを見つける。

昨夜泊まっていたお遍路さんが残してくれていたのだ。

岐阜の住所と名前、68歳と記されてあった。

会えなかったのは残念だけれど、お札を残してくれていたのが嬉しい。

日が暮れて辿り着くお遍路さんもいるのだなと思う。

電気ストーブやお水の準備を怠ってはいけないと肝に命じる。



今日も穏やかな夕暮れ。家族そろっての夕食の楽しいこと。

パスタのサラダを作っていたのだけれど綾菜も芽奈もたくさん食べてくれた。

孫たちの笑顔を見ていると一日の疲れも忘れてほっこりと癒される。


今日もありがとさん。なんだか毎日が「いただきもの」のようだ。

お風呂上がりにまったりと焼酎を飲みつつこれを記す。





2015年11月30日(月) おひさまにっこり微笑んで

朝は寒かったけれど日中はぽかぽか日和。

微笑んでいるおひさまに微笑みを返す。


とうとう11月も最後の日、あっという間の日々だった。

仕事の事、母の事、あれこれとこころは忙しいけれど

何事もなるようになるのだなと思えば気も楽になる。



今日はどうしたことかお遍路さんを1人も見つけられなかった。

どんな日もあるけれどさすがに寂しい気分であった。

朝の山道ではカーブを曲がるたびに期待している自分。

よっし、次のカーブだと思っていてもその姿はなかった。



帰宅してお大師堂へ。月末なのでお賽銭を回収して地区長さんに届ける。

わずかな金額だけれどお参り仲間さん達の気持ちがこめられた大切なお金。

回収の役を任されてほんとに良かったと思う。責任感はあるけれど

なんだかお大師さんのお使いをしているようで嬉しかった。



午後四時過ぎ、娘と孫たちが帰って来る。一気に花が咲いたような我が家。

たとえば「ひまわり」遅咲きのひまわりは今日のおひさまのよう。



ほっこりほっこり今日も暮れてほんのりと茜色の空も見えた。

ありがとさん。みんなみんな笑顔でいるよって夕空に感謝する。



今夜も孫たちのはしゃぎ声を聴きながらほっこりとこれを記す。

はい、もちろん焼酎は二杯目でもうじゅうぶんのごちそうさま。



2015年11月29日(日) ふわふわとまどろむ

曇り日、夕方から雨がぽつぽつ降り始める。

肌寒いけれどやわらかで優しい雨だった。



娘が仕事だったので一日中孫三昧かなと思っていたのだけれど

娘婿殿が実家に綾菜を迎えに行くのに芽奈も連れて行ってくれた。

おかげで午前中はゆっくり買い物に行ったりのんびりと出来る。


街中でお遍路さんを見かけた。どうしてこんなところにと思う。

高齢に見える女性のお遍路さんでとてもゆっくりとした足取り。

もしかしたら番外の「石見寺」に向かっていたのかもしれない。

高齢のお遍路さんを見かけるたびに「えらいなぁ」と感動を覚える。



午後は芽奈と一緒に過ごす。眠くなって機嫌が悪いのを

じいちゃんがひざに抱いて寝かしつけてくれて大助かりだった。

私も少しうたた寝。ふわふわとまどろむ穏やかな午後のこと。


夕食は今夜もにぎやか。昨夜は綾菜がいなくて寂しかったけれど

「あや、あや」と芽奈の嬉しそうな声もしてみんなが笑顔だった。


今日も穏やかな一日をありがとさん。静かな雨音に耳を澄ましながら

今夜もまったりと焼酎を飲みつつこれを記す。


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