ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2015年11月09日(月) あしたは晴れますように

どんよりとした曇り空。少し蒸し暑さを感じるような気温。


自宅療養をと言って聞かせていた母がやはり出勤して来る。

しっかりとお化粧をしていて思っていたよりも元気そうに見えた。

会うのがこわいなどと思っていたことを心の中で詫びる。

少なからず緊張感はあるけれどやはり懐かしいほどの母の姿。

しばらくは様子を見乍ら決して無理をさせないように見守りたいと思う。




今朝は珍しくお遍路さんの姿をひとりも見かけなかった。

こんな日もあるのだなともう諦めかけていたけれど

帰り道の県道で立て続けに8人のお遍路さんを見つけて嬉しかった。

そのなかの1人はなぜか道端に立ち止まっていて不安そうな様子。

気になったのですぐにクルマを停めて声をかけてみた。

今夜泊まる予定の遍路宿の場所がわからなくなってしまったのだそうだ。

「清水川荘」もうすでに通り過ぎている場所だった。

宿のご主人が迎えに来てくれるのを待っているところだったらしい。

良かった、きっとすぐに来てくれるだろう。ほっとしてお別れする。

気になった時は声をかける、これからもそう心がけようと心に誓う。



帰宅してお大師堂へ。今日は誰も居なくてひっそりと静かだった。

バイク旅の青年も予定通り今朝旅立ったようだった。

きっと良き思い出となったことだろう。それが何よりも嬉しいこと。



夕暮れてまたまた孫三昧をしながらみんなでわいわいと夕食。

「ピンクのおさかながたべたい」と綾菜のリクエストで鮭のムニエル。

芽奈も食べたがり骨に気を付けながら少しずつ食べさせる。

みんなみんな美味しい顔、ばあちゃんはすごい嬉しかったよ。







2015年11月08日(日) めぐりあってふれあって

雨のち晴れ。立冬とは思えないほどの暖かさとなる。

雨の中、四万十大橋を渡るお遍路さんが4人。

横殴りの雨の中、どんなにか難儀な事だろうと気遣う。


お昼前には雨があがって久しぶりの青空が見えた。

お大師堂の例の青年が気になり様子を見に行っていた。

そうしたらちょうど荷造りを整え靴を履いているところだった。

半日ではそれほどの距離は歩けないだろうと察する。

「行けるところまで行ってどこででも寝ます」と笑って言う。

その笑顔になんだかとても励まされた。なんとかなるものなのだ。


青年を見送ってからもう一人一緒に泊まっていた青年と少し語らう。

お遍路さんではないのだけれど愛犬と一緒にバイクで旅をしているとのこと。

藤沢ナンバーのバイク、ずいぶんと遠い所から来てくれたのだった。

大橋のたもとの東屋で犬と野宿をしていたところ声をかけてもらって

昨夜はお大師堂で泊まることになったのだそうだ。

その声をかけてくれた人のお宅でお風呂にも入れたととても喜んでいた。

「高知の人ってみんなすごい親切なんですね」って言われてすごく嬉しかった。

「みんなおせっかいながよ」って笑って応えるおばちゃんもそのひとり。


明日の朝は旅立つと言う青年と別れの言葉を交わして家に帰った。

めぐりあってふれあって、縁と言うものはほんとに素晴らしいなと思った。


おかげで今日も清々しく穏やかな一日を過ごさせてもらった。

ありがとさんの焼酎も美味し、まったりまったりとこれを記す。





2015年11月07日(土) 飴とムチ

雨が降ったりやんだり。冷たい雨でなくてよかった。


昨日母が退院したのだけれどまだ本調子ではなく

しばらくは自宅療養をするように言って聞かせる。

入院している間に10キロも痩せてしまったようだ。

どんなにかやつれていることだろう、とても気になっている。

会いたいような会うのがこわいようなちょっと複雑な気持ち。

薄情な娘は母の留守中の仕事をひたすら頑張ることしか出来ない。




今日のお遍路さんは7人。トンネルの中だったり帰り道だったり。

そうしてお大師堂で先日再会したばかりの青年にまた会うことが出来た。

お供え物のミカンやお菓子がやはりほとんど無くなっていた。

托鉢をしながらの日々だけれどおそらく所持金が底をついているのだろう。

なんとも憐れでならない。また母の気持ち、姉の気持ちになってしまう。

帰宅して大急ぎでおにぎりを持って行ってあげようと思ったのだけれど

今日に限ってご飯が少なくておにぎりが作れなかった。

コンビニへ走りお弁当とパンを買い求めまたお大師堂へ向かう。

ほんとはすごくおせっかいなことなのかもしれないけれど

一日だけでもおなかいっぱい食べさせてあげたかった。


連泊を希望する青年にすこし苦言も言ってしまう。

まるで「飴とムチ」のようなことを平気でしてしまうおばさんだった。

お参り仲間さん達の苦情も耳にしていてある程度のわきまえも必要かと。

青年は快くうなずいてくれたけれど、やはりとても心苦しいことだった。


若い時の苦労は買ってでもしろとよく言うけれど

今の苦労がいつかきっと報われる時が来るだろうと信じてやまない。


さらりさらり、今日も穏やかなまま大河は流れていた。



2015年11月06日(金) 良心市

どんよりと曇り空。気温は高めで過ごしやすい一日。

立冬も近くなり木々も少しずつ色づき始める。

毎年楽しみにしていた山里の大きな銀杏の木が

なぜか夏の間に切り倒されてしまってとても寂しい。



今日のお遍路さんは3人とこれもまた寂しかった。

朝の国道で2人、山里で1人見かけただけだった。

今日は声もかけられずただただ旅の無事を祈るのみ。



帰宅して綾菜をお迎えに行った帰り道、道端の良心市でミカンを買う。

甘くて評判の良いミカンを二袋買って綾菜がとても喜んでいた。

昨日は小銭がなくて買えなかったのだ。「おかねないの?」と

心配していた綾菜が「あやちゃんのちょきんでかってあげる」と言って

それから「おばあちゃんごめんね」ってあやまるので

「どうしてあやまるの?」って聞いたら

「あやちゃんがいっつもおかしをかうけんおかねないがやね」って。

なんとも微笑ましい会話であった。だいじょうぶよあやちゃん。

今日はちゃんと小銭を用意していて良心市の箱の中に入れた。

「ここはおみせなが?どうしておみせのひとがおらんが?」と綾菜。

「ここは良心市言うてね、箱の中にお金を入れて買うがよ」と教える。

「りょうしんいち、りょうしんいち」新しい言葉を覚えて得意げな綾菜。


甘い甘いおミカンを美味しそうに食べる綾菜と芽奈の姿が嬉しい。

今日もこんなに穏やかな一日をこころからありがとさん。



2015年11月05日(木) 雨が歌っている

雨が歌っている。朝からずっとずっと歌いつづけている。



今日の遍路道は7人のお遍路さん。

朝の国道のながいながいトンネル(伊豆田トンネル)の中で3人。

山道へ入りお遍路さんの休憩所(成山地区)で1人。

昼間は仕事で農協へ行く途中に1人、声をかけることが出来た。

そうして次は事務所の窓から1人、鈴の音がおしえてくれる。

帰り道の県道で1人、両手に重そうな荷物を抱えて辛そうに見えた。

雨合羽ではなく傘をさしていたのでよけいに歩きづらかったのだろう。

またまたおせっかいかなと思いつつ声をかけずにいられなかった。

そうしたら喜んで車に乗ってくれて嬉しかった。

国道まで10分ほどだったけれどいろんな話をする。

ずっと寝袋のみの野宿だそうでとても大変そうだった。

山里の地場産店で野菜をたくさん買ったのだそうだ。

大根とか小松菜とか、野菜が大好きなのだと嬉しそうに話してくれる。

もっともっと話したかったけれど、あっという間に国道に出てしまった。

別れ際にお札をいただく。千葉からのお遍路さんで64歳と記されていた。


ああ「いい日」だったなあととても清々しい気持ちで家路を急いだ。

今日は忙しくて残業だったけれど、そのおかげで出会えたお遍路さん。

もし出会わなければひたすら急く思いでなんのゆとりもなかっただろう。


コインランドリー、買い物、綾菜のお迎えと忙しいはずだったけれど

保育園に電話して延長保育をお願いする。急がなくてもだいじょうぶ。


お大師堂には行けなかったけれど、明日があるさと思うことに。

「ゆとり」って大切なことだなと思いつつ今夜もまったりとこれを記す。



2015年11月04日(水) ほろ酔って

今日の遍路道は4人のお遍路さん。

朝の山道で見かけた2人はご夫婦のようだった。

寄り添って歩く姿はとても微笑ましい。


帰り道の県道で2人、どちらもまだ若い青年。

最後に見かけた青年はとても足が痛そうに歩いていた。

クルマを停めて声をかけるとやはり「辛いです」と。

国道までクルマのお接待を申し出たけれど

「もう少しだから頑張ってみます」と笑顔で応える。

おせっかいだなとわかっていても声をかけずにいられなかった。

「がんばれがんばれ」エールを送りつつ追い越して行く帰り道のこと。





今夜は娘婿の誕生日で家族みんなでお祝いをする。

早いもので同居を始めてから二度目の誕生日となった。

家族みんなの笑顔が何よりも嬉しくてばあちゃんもワインでほろ酔う。


今日も穏やかな一日をありがとさん。手を合わせてぐっすり眠ろう。









2015年11月03日(火) 行楽日和に

朝はぐんと冷え込んだけれど日中はとても暖かくなる。

絶好の行楽日和となって家族で山里の「どぶろく祭り」へ。

振る舞い酒をごちそうになったじいちゃん。

その時テレビカメラが近づいて来てインタビューも。

その様子が夕方のローカルニュースで流れて大歓声の我が家。

芽奈も一緒に映してもらってとても良い記念になった。


いつもはひっそりと静かな山里も今日ばかりは大賑わいだった。

会場でお遍路さんの姿も見かける。きっと思いがけなかったことだろう。




今朝の事、早目にお大師堂にお参りに行って嬉しい再会があった。

一昨日見かけた常連のお遍路さんが連泊していたようだった。

うちの息子と同い年、名前は私の弟と同じというのも奇遇。

風来坊だとかニートだとか陰口を言う人もいるけれど

まだ若いのに職業遍路の道を選んだのにはよほどの訳があるのだと察す。

母の気持ちになってみる。姉の気持ちにもなってみる。

出来る限りの事をしてあげたいといつも思うのだった。

またの再会を約束して別れて10分ほどしてから

土手の道を颯爽と歩いていく姿を窓から見ていた。

なんだかとてもせつない。目頭が熱くなるような遍路姿だった。


みんなみんなそれぞれの人生がある。どうしてそれを否定できようか。


午後、お供え物のお菓子を補充にもう一度お大師堂へ。

お賽銭箱に赤いお札にくるまれた小銭がまるで「こころ」みたいに落ちていた。


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