ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2015年07月30日(木) 川風に吹かれながら

最高気温が37℃となり猛烈な暑さとなった。

山里の遍路道を歩くお遍路さん、どんなにか辛い事だろう。

炎天下の中を颯爽と歩く姿にはほんとうに頭がさがる。


午前10時、思った通り母が出勤してきた。

ふらふらとおぼつかない。まだまだ病人である。

何がいったい母をそこまで動かしているのだろうかと思う。

例のごとくで心配すれば機嫌が悪くなるのも困ったものだ。

はらはらと見守りながら仕事を終えて帰路に着く。

「暑いけん気を付けてね」と母。「お母さんもね」と私。

なんだかくすぐったいような気持ちになって微笑みながら帰る。



帰宅してお大師堂へ。川風のなんと心地よいこと。

お参りを済ませて塩味のおせんべいをいただく。

さらさらと流れる川面に暑さも忘れてしばし佇んでいた。


これでいいのかもしれないなってばくぜんとおもう。

もしかしたら何もかもが順調に流れているのかもしれない。



2015年07月29日(水) 猛暑日に

この夏いちばんの暑さだったらしい。

35℃を超える猛暑日、くらくらとするほどの暑さだった。


そんな暑さのなか母が退院する。

自分の車で家に帰ると言って聞かない。

看護師さん達も心配してくれているのに

「だいじょうぶ」の一点張りでなんと強情なこと。

駐車場で母と別れる。はらはらしながら見送ったことだった。

仕事は大丈夫だからせめて今週いっぱい安静にと伝えた。

けれども母の事だから明日はケロッとして出勤してくるかも。

それはそれで仕方がないか、どんなに言っても聞かない母だから。

しばらくはそんな母の様子を見ながら過ごすことになりそうだ。


家に帰ると孫たちのおかげで今日も微笑んでいられる。

ありがたいことだなとつくづく思う。

今夜は熱帯夜になりそうだけどぐっすりと眠りたい。

明日はあしたの風が吹く。どんな暑さでもどんとこいと思う。



2015年07月28日(火) 困った母

母がお医者様に我が儘を言ったらしく

まだ今日も点滴をしていると言うのに

明日退院の許可がおりたとのこと。

母はとても喜んでいるけれど

私は納得がいかなくて喜べなかった。

「まだ早すぎるでしょ」声を荒げてしまってごめん。

「どうしても帰りたい」と母が言ったらしい。

自宅療養なんて絶対に無理なのにな。

困った母。けれどもどうすることも出来ないもどかしさ。


まあなるようになるだろうか。複雑な気持ちの夜である。



2015年07月27日(月) 夕焼け空に

ほぼ猛暑日の暑い一日。けれどもそんな暑さが心地よい。

いつからだろう夏が好きになったのは。

懐かしい思い出がある。今となっては冥途の土産のようなこと。



忙しい月曜日だった。ばたばたと走り回る。

母からも電話があって仕事の事をあれこれ。

「わかっているのに」とちょっと声を荒げてしまった。

母に仕事の事を忘れさせるのはなかなか無理なようだ。



定時に仕事を終えて母の病院へ。

綾菜は今日から延長保育に切り替えてもらったので

少し時間の余裕が出来て母を見舞うことが出来る。

まだ退院のめどは立たないけれど毎日来てあげたいなと思う。

昨日買った肌着、今日の新聞、ブラックコーヒーを差し入れ。



帰宅したらじいちゃんが居なかった。洗濯物は取り入れてくれている。

昨日洗った海苔網を干していたのでよく乾いてトラックに積み込んでいたらしい。

汗だくになってふらふらしながら帰って来る。

手伝ってあげられなくてごめんなさいと口には出せなかったけれど。



午後六時、家族がみな揃いわいわいとにぎやかに夕食。

芽奈が「まんま、まんま」と言えるようになって微笑ましい。

食欲旺盛でもぐもぐとよく食べてくれて嬉しかった。


午後七時の夕焼け空。なんて穏やかな夕暮れなのだろう。

そんな夕焼け空にゆびきりげんまん。あしたもきっと「いい日」





2015年07月26日(日) 心地良い汗

曇り時々晴れ。蒸し暑かったけれど午後からにわか雨が降り少し涼しくなった。


早朝より海苔網を洗う作業。150枚ほどの網を洗う。

麦わら帽子を被って汗だくになりながら二人で頑張る。

なんと心地よい汗。久しぶりの肉体労働だった。

そうして来期の海苔養殖の準備が始まる。

漁場の撤収作業をしたのがついこの前のように思うのだけれど

9月になればもう漁場の準備が始まるのだった。

どうか順調にと願うばかり。前を向いてこつこつと頑張るしかない。



母には伝えてあったけれど今日は病院へ行けなかった。

明日は仕事があるけれど少しでも行ってあげたいと思っている。

また肌着を買った。きっと喜んでくれることだろう。


お大師堂にも行けなくて「おだいしさんおやすみ」

きっときっと見守ってくれていると信じて眠りたいと思う。

生きている限り「あした」はやって来る。

あしたがあるさと歌うように思えるありがたさ。



2015年07月25日(土) ひまわり咲いて

朝のうちはにわか雨が降ったけれど午後は夏空が広がる。

蝉の声も聞こえるようになった。庭のひまわりも咲く。


今夜は市民祭で提灯台が街を練り歩くのだけれど

娘たちが出掛けて行ってしんと静かな夜になった。

提灯台か、もう何年も見に行ったことがないなと思いつつ

ちびちびと焼酎グラスを傾けているところ。


朝のうちに母の病院へ。新しい肌着を買って行ってあげたらとても喜ぶ。

話し相手が欲しかったのだろう、ゆっくりして行ってと言われたけれど

綾菜を保育園にお迎えに行かねばならず早々と退散してしまった。

24時間の点滴、下痢もまだ続いておりまだまだ先は見えない。



午後は綾菜と過ごす。お昼寝もちゃんとしてくれて助かった。

保育園でプール遊びをしていたので疲れていたのだろうか、

いびきのような寝息をたててそれがとても微笑ましく聞こえる。


母のことはあるけれど今日も平穏無事に暮れて行った。

何事もなるようになるさと思ったり、こころにもひまわりの花が咲く。





2015年07月24日(金) 梅雨が明けた日

やっとやっと夏空。待ちかねていたように梅雨明けの知らせ。

心地よいほどの暑さだった。これでこそ夏だと思った。



午前中に仕事を片付けて母の病院へ向かう。

その前に母のアパートに寄って身の回りの物など荷物する。

独り暮らしを始めてずいぶんと経ったけれど

こじんまりとした母のお城のような部屋だった。

祖父母の仏壇に手を合わす。どうか守ってあげてください。

おばあちゃんの遺影を見るとなんだか胸が熱くなった。


病院へ着くなりナースステーションで入院の手続きなどをする。

それからやっと病状の説明があっのだけれど

今回は持病の心臓ではなく腎盂炎に罹っているらしい。

下痢もひどくそれはまだ原因がわからないとのこと。

過労もかなりありそうでとにかくしばらくの安静が必要なようだ。


こんなかたちでしか母をゆっくり休ませてあげられないのかと思った。

けれどもやっと母を休ませてあげられる良い機会なのかもしれない。


そうして病室へ。母は点滴をしていたけれど一気に笑顔になった。

入院にはもう慣れている母だけれど昨夜は心細かったことだろう。

持って来た荷物を広げると「お金持ちになったみたいな」と

訳のわからないことを言って私を笑わせてくれる。


そうそう長居も出来ず「また明日ね」と約束をして帰って来た。

「ゆっくり休んでね」って言えなかったけれど

母には伝わっているかもしれない。ぐっすり眠ってねお母さん。


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