晴れのち曇り。久しぶりの青空が嬉しかった。
朝のうちにお大師堂へ。水を運んだり花枝を新しくしたり。
休日だからこそ出来ること、ゆっくりとお参りをして帰る。
父の日。仏壇の花枝も新しくして手を合わす。
遺影だけの小さな仏壇、それが私に出来る精一杯の供養だった。
我が家にはじいちゃんと婿殿、二人の父親がいてくれる。
綾菜の保育園では父の日のことを話さないのだと娘から聞いた。
母の日も同じく、それだけ片親の子供が多いのだそうだ。
今夜は奮発してお肉にしよう。勇んで買い物に行ったものの
牛肉の高いこと、すっかり諦めてしまってひき肉を買って帰る。
ハンバーグだって立派なご馳走。じいちゃんも婿殿も喜んで食べてくれた。
いつもは一本のビールも今夜は二本。ささやかな父の日であった。
夕食後、お風呂から出ると「ばあちゃんよ〜」とじいちゃんが呼ぶ。
芽奈が眠くなっていた。抱っこしてゆうらゆうら、すぐに寝てくれる。
そうして今日も穏やかに暮れて行く。みんな笑顔それがなによりのしあわせ。
| 2015年06月20日(土) |
人生は長いようで短い |
曇り日、蒸し暑くもなく過ごしやすい一日だった。
姑さんの妹にあたる叔母の三回忌。
いとこたちがみんな集まりにぎやかにおこなう。
昨年の一周忌には姑さんも参加できたのだけれど
今年はもう無理だった。なんともせつないけれど。
いとこたちと集えば話は孫のことばかり
みんな白髪のじいちゃんばあちゃんであった。
歳月が流れて世代交代していく。そういうふうになっている。
そうしてやがては自分のお葬式も、法事もと考える。
まだまだ先のことでしょって笑えない年になった。
人生は長いようで短い。最近つくづくそう思うようになった。
帰宅すればふたりの孫にかこまれてなんだか夢をみているみたい。
ずっとずっとこんな穏やかな日が続けばどんなに良いだろうか。
今夜も芽奈とお風呂。ばあちゃんの楽しみがまたひとつ増えた。
霧のような雨。午後になりやっと降りやむ。
山里の職場は開店休業だった。同僚がお休みしていて
母もまだ病院から帰って来れなかったのだ。
そんな母とメールのやりとり、それがけっこう楽しい。
「ひまわりおばさん」のことを思い出した。
なんだかくすぐったいような懐かしさ。
帰宅して綾菜をお迎えに行って帰ってから
雨あがりの土手を一時間ほど散歩する。
保育園であったことなどいろいろ話してくれて嬉しい。
雨ばかりの日が続いているから久しぶりのお散歩だった。
そうして今日も平穏に暮れて行く。
毎日が「いただいている日」決してあたりまえではない日々。
「ありがとうございました」今夜も手を合わせて眠ろう。
朝から断続的に雨が降り続いている。風も強く小さな嵐のよう。
今夜は娘が保育園の保護者会があってさっき出掛けて行った。
芽奈と一緒にお風呂に入る。ふにゃふにゃして可愛い。
私と入ることはめったにないので緊張したのかしがみついていた。
「毎日一緒に入れば?」と娘。「それも良いかも」と即こたえる。
お風呂上がりにミルクを飲ませるとすぐに眠ってくれた。
一時間は寝てくれるかなとじいちゃんに頼んでこっそり焼酎タイム。
いつもならくつろいでいる時間だけれど今夜はそうはいかない。
「ばあちゃんよ〜」ってじいちゃんがすぐに呼ぶの。
今のうち今のうち。たまにはこんな夜もあってよしかなと思う。
窓の外はまだ明るい。ぴちぴちちゃぷちゃぷ、それにしてもよく降る雨。
| 2015年06月17日(水) |
ねむの木の花が咲いたよ |
曇り日。夕方からまた雨が降り始めた。
山里にねむの木の花が咲き始めて心を和ませる。
まるで天使が木の枝で眠っているようでとても好きな花。
午前10時になっても母が出勤してこないので心配になり電話する。
「どうしたの?」となんとあっけらかんとした声。
一泊の予定の検査入院が長引いているのだそうだ。
それならそうと連絡してくれたら良いのにと思うだけで何も言えず。
もう入院は慣れっこになっているのだ。元気そうな声に安心する。
来客があり少し遅くなって帰宅。玄関に胡瓜の山を発見。
従姉妹が持って来てくれたそうだ。ありがたいことである。
姑さんが元気な頃は畑仕事を頑張っていたから野菜に不自由しなかった。
従姉妹がいつも気遣ってくれて季節の野菜を届けてくれるのだった。
さっそく浅漬けにする。明日の朝ごはんがとても楽しみ。
夕暮れて雨音を聴きながら孫たちとふれあうひと時。
「あしたもあめやって」綾菜の声ににっこりと微笑んでいた。
ぽつりぽつりと雨が降る。静かで優しい雨。
還暦が近くなったせいかまた同窓会の報せが届く。
青春時代を過ごした県東部の海辺の町だった。
「絶対に来てね」と当時の親友が言うのだけれど
「行けない」と言ったらどんなにか残念がるだろうか。
聞けばつい最近亡くなった同級生もいるということ
会える時に会っておかなければいつ最後になるやら。
すごくすごく複雑な気分になってしまって考え込むばかり。
懐かしい友たちの顔が目に浮かぶ。
それは最後に会った日のそのままの姿であった。
歳月は流れてしまったけれど、あの時のままで
それでよいのではないかとふと思ったりしている。
私は「行かない」行けないのではなくて「行かない」
薄情なのかもしれないけれど、いや私はきっと儚いひとなのだ。
今朝は晴れていたけれど夕方からまた雨が降り始めた。
静かな雨だ。こんな雨音を聴きながら眠るのが好き。
母がまた高知市内の病院へ。検査入院で一泊で帰る予定。
心臓がぼろぼろになっているのだろうか・・・。
ゆっくりと楽をさせてあげたらどんなに良いだろうかと思う。
お昼に母から電話、仕事の事ばかり話しているのだもの。
帰宅してお大師堂でいろんなことを考えながら手を合わす。
何事もまあるくおさまっているようでどこかに傷があるような日々。
その傷の手当てもままならないままただただ流れていく日々だった。
けれどもそれが「人生」って言うものかしらと考えたりした。
言い換えれば傷のない人生なんてありえないのだもの。
転んでも泣き続けていてはいけない。
傷口はかさぶたになりやがて「ああ、あの時の傷」って思い出にさえなる。
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