なんとも肌寒い雨となる。昨日との温度差が10℃もあった。
子供はすごいなと思うのは半袖でもまったく平気なこと。
また風邪をひくのではと心配し過ぎるのは老婆心か。
綾菜をお迎えに行った時もどしゃ降りの雨。
お気に入りの長靴と赤い傘で雨を楽しんでいた。
そして「おだいしさんのとこへいくよ」と言う。
さすがに連れて行くのは無理で「きょうはおだいしさんおやすみ」
おじいちゃんも出掛けていて、娘も今日は遅番。
一人で夕飯の支度をしながら綾菜の遊び相手もする。
ラーメンが食べたいと言い出して慌てて作ったり。
ふたりきりだとすごく甘えん坊になってそれもまた可愛い。
金曜日は仕事の疲れもあってくたくたなのだけれど
ほのぼのとした時間がそんな疲れを癒してくれるのだった。
テレビの天気予報を見ていた綾菜が「あしたははれやって」と教えてくれる。
そんな一言がほんとうに嬉しくてたまらなかった。
明日は晴れ。なんかとても良いことがありそうな気がするね。
どしゃぶりの雨になる。とうとう梅雨入りの報せ。
夕方には雨がやみほんのりと夕焼け空が見えた。
ほっと空を仰ぐ。明日は晴れてくれそうだ。
雨のせいにしてお大師堂へ行くのをあきらめる。
どんな日もあってよしと自分を宥めながら。
けれどもふっと不安になったりもする。
なにかとても悪い事が起こりそうな気がしたり。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。きっと見守ってくれているだろう。
そんな不安をよそに穏やかなまま今日も暮れて行く。
孫たちの笑い声、そのおかげでどんなにか癒されていることだろう。
ぐっすりと眠ればまた穏やかな朝がきっとやってくる。
夕方から雨が本降りになる。雨音が耳に心地よい夜だ。
六月は雨の季節。そんな雨を楽しめるようなこころでありたい。
今日もぼちぼちの仕事。母の話し相手にもなってみたり
お昼休みと言うものがないのでお腹が空いた時にお弁当を食べる。
それがいつも早い。今日も11時には食べていた。それも5分で。
買物を済ませて帰宅する前にお大師堂へ行くのが日課になった。
昨日のように綾菜が行きたいと言った時はもう一度行くようにしている。
今日は娘がお休みだったので綾菜を迎えに行ってくれた。
助かるけれどちょっぴりさびしい。気が抜けたようなさびしさ。
夕暮れて晩御飯時はまるで戦場のような我が家であった。
綾菜がスープを床にわざとこぼす。娘がそれを叱る声。
芽奈も一緒に食べたいのだろう、泣き始めたらもう止まらない。
それそれわっしょい。戦場と言うよりお祭り広場なのかもしれない。
忙しいけれどそれが楽しい。今日もみんなが元気で穏やかに暮れていった。
六月が始まる。朝から強い陽射し、今日も真夏日となった。
保育園に綾菜をお迎えに行ったら
「おだいしさんのところへいきたい」と言ってくれる。
ほんとに久しぶり、ちゃんと覚えていてくれたのが嬉しい。
「なむだいしへんじょうこんごう」忘れずにちゃんと唱える。
小さな手のひらを合わせる姿はとてもとても微笑ましい。
また明日ねと約束はしない。だって彼女は気分屋さんだから。
お大師堂から帰ると妹の芽奈も帰って来ていて抱っこしてみたり
「めいちゃ〜ん」と言って頬ずりしたりする。すごい仲良しの姉妹。
今夜もふたり仲良くおりこうさんでねんねしてね。
曇り日。たくさんの洗濯物を干して空の機嫌をうかがう。
結局洗濯物は生乾きのままでコインランドリーへ乾燥に。
百円玉ひとつでほっかほっかに乾くありがたさ。
特に予定もなくだらだらの日曜日だったけれど
午前中は娘たちと買い物に行ったりして半日が終わる。
昼下がりにお大師堂へ。今日はお賽銭の回収日でもあった。
百円玉もちらほら、今月分をまとめて地区長さんのところに届ける。
午後はまるでトドのようになってひたすらごろごろ寝てばかり。
その気になればすることはあるのかもしれないけれどすっかり怠け者。
それも良いのかもしれない。怠け者ばんざいの気持ちになってみる。
夜になり孫たちのお風呂騒動がやっと終わった頃、古い友人から着信あり。
元気に仕事を頑張っているものと思っていたけれど解雇になったとのこと。
精一杯の励ましの言葉、「やる気さえあればきっと大丈夫」
それで良かったのだろうか。どんなにか気落ちしていることだろうに。
「会いたいね」と友が言う。「会いに行くね」と約束して電話を切った。
忘れそうになっても決して忘れてはいけないことがある。
いろんなことを疎かにしている最近の自分にそっと喝を入れた出来事だった。
晴れのち雨。とても蒸し暑い一日。
お昼下がり、息子が圭人を連れて遊びに来てくれる。
綾菜の提案でみんなでシャボン玉を作って遊んだ。
圭人には生まれて初めてのシャボン玉だったようでとても喜ぶ。
ふわりふわりとまるで夢のように風にとんでいく。
それはすぐにこわれて消えてしまうけれど
おおきいのちいさいのといくつも生まれていくのだった。
ばあちゃんもふっと童心にかえり微笑ましいひと時を過ごす。
そうして心のシャッターを押した。いつまでも残しておきたい光景。
孫三昧のありがたい一日もそうして暮れていく。
シャボン玉はたしかに儚い夢のようなものだけれど
なんどでもなんどでも生まれることのできる夢なのかもしれない。
雨が近いせいか少し蒸し暑い一日だった。
職場の近くの田んぼでは稲がずいぶんと育ってきた。
見渡す限り一面の緑は見ているだけで清々しくなる。
金曜日の仕事を終えて帰宅。ほっと肩の荷が下りるようだ。
土曜日はいつも休ませてもらっている。母や同僚には申し訳ないけれど。
今日も母と話していて私も還暦が近くなり普通なら定年退職。
けれども母がまだ現役で頑張っているのだからそれはないねと笑い合った。
まるで難破船のような職場、いつかきっと穏やかな海に辿り着けるのだろうか。
午後四時、今日も綾菜をお迎えに行く。
「まだ帰りたくない」と駄々をこねる。泣きながら家に帰ったことだった。
今日はチョコも要らない。とにかく保育園に戻りたいと言って泣きじゃくる。
それも成長のあかしだろうか。保育園が大好きになってくれたのだから。
五時前、娘と芽奈が帰って来る。芽奈の笑顔にはほんとに癒される。
じいちゃんがすぐに抱っこする。芽奈はすっかりおじいちゃんっ子。
綾菜のご機嫌もやっと良くなって家族みんなで楽しい夕食となる。
食後、二階の窓から茜色の空を眺めていた。
夕陽が落ちていく。数年前まではそれがとてもせつなかったけれど
私はどんなふうに変わってしまったのだろうとふと思ったりした。
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