天気予報の晴れマ−クが嬉しい。 ここ数日は爽やかな秋晴れの日が続いている。
日中はまだ残暑が厳しいけれど 朝晩の涼しさにはやはり秋の気配を感じるこの頃。
娘たち一家との同居もそろそろ二週間になろうとしている。 にぎやかさ忙しさにも少しずつ慣れてきたように思う。 娘の出産も近くなり今夜かもしれない明日かもしれないと 心構えをしながら毎日をどきどきしながら過ごしている。
昨日は娘と綾菜と一緒にお大師堂にお参りに行っていた。 お賽銭を入れることを覚えた綾菜。ちいさな手をあわせてそれは可愛い。 「おだいちしゃん」どうかどうかみんなを見守っていて下さい。
今夜はカレ−。辛口と甘口とお鍋を分けて作る。 綾菜の食欲はすごい。「おいし−」と言ってくれてすごく嬉しい。 夫と二人きりの時はいつもレトルトで済ませていたから 久しぶりに作ったカレ−は格別に美味しかった。
食後はいつもじいちゃんとお散歩に行くのが日課になっている。 走り回ってハアハア言いながら楽しそうに帰って来る綾菜を見るのが好きだ。
お風呂はいつもばあちゃんと。浴槽に玩具をたくさん浮かべて遊ぶ。 「カメしゃんするよ」と言って四つん這いになって遊ぶのも楽しい。
午後八時、「おかあしゃんは?」やっと母親を思い出して二階の部屋へ。 最近のお気に入りは「トム&ジェリ−」のDVDを見ること。
隣の部屋から綾菜の声がする。ばあちゃんはほっとしながら焼酎タイム。
娘たち一家との同居が始まり6日目の夜。
ただただにぎやかさを楽しんでいる。
忙しいと言ってしまえばそれも楽しみになっている。
山のような洗濯物、今日は晴れていたのですごく嬉しかった。
ちっちゃくて可愛い服を干すのはほこほことしあわせ。
ばあちゃんはがんばって毎日洗濯をしている。
孫の声を聞きながら日記らしきものを書いている。
「ばあちゃんなにしよるの?」
綾菜が何度も部屋にやって来ては不思議そうな顔。
「おやしゅみなしゃい」天使の声はまるで夢のなかの出来事のようだ。
八月も残り少なくなってからやっと夏空がかえってきた。 残暑の厳しいいちにち、蝉たちがいっしょうけんめいに鳴いている。
気忙しさはずっと続いていて落ち着かない日々が続いている。 仕事帰りに母の病院へ、前回の事もあり慣れているはずなのだけれど 正直言って今日はちょっとしんどいなと思った。 もしかしたら不機嫌な顔をしていたかもしれないなと後から悔やんだ。
母が明日退院するかもと言う。すっかりその気になっているけれど 母に内緒で看護師さんに聞いてみたらまだもう少し先だと言うこと。 母にはそのことを告げずに帰って来た。きっとがっかりすることだろう。
けれどもそれだけ元気になったということ。 気の早い母だなと思うとなんとも微笑ましい出来事でもあった。
帰宅すると娘たちの荷物が少し増えている。 産休に入った娘と父親とが今日も頑張ったらしい。 いよいよ明後日の夜から同居が始まる。 いったいどんな暮らしが始まることだろう。
おそらくこうして日記を綴ることも思うように出来なくなると思う。 けれども12年間書き続けてきたウェブ日記を閉じるつもりはない。
過去の日記を読み返しながらそれはとてもとても愛しい日々であった。
長年おつきあいくださった皆様に感謝しながら またきっと帰って来ますとゆびきりげんまんをしたいなと思う。
明日はあしたの風が吹く。私のいちばん好きな言葉です。
相変わらず不安定なお天気が続いている。 午後少しだけ青空が見えたけれどなんとも蒸し暑い一日だった。
母の経過も良く昨日から一般病室に移る。 忘れていた入れ歯を届け、趣味のクロスワ−ドも届けた。 土日は面会に来られないことを伝えると寂しそうにしていたけれど 順調に回復している様子で、病院にお任せするしかなかった。
娘たちのお引っ越しが近づき、今日は一部の荷物を運んだりしていた。 明日すべての荷物を運ぶ予定だったけれど 大きな荷物は業者さんに頼むことになり28日に延期となる。 それまでに少しでも運べるだけ運んでおくことになった。
母のこと、娘たちのこととなんだか頭の中が混乱してしまって ふっとこころの余裕をなくしそうになってしまう。 いつものふんわりとしたこころはどこに行ってしまったのだろう。
お大師堂でとても過酷な境遇のお遍路さんと出会った。 30分ほど語り合う。なんとしても生きなければなどと。 自分がすごく無責任なことを話しているような気がした。 それでもお遍路さんは真剣な目をして頷いてくれたのだった。
「明日はきっとあるから」その言葉にどんなにか励まされたことだろう。 どんな境遇であっても希望をなくさず前を向いて突き進んでいくこと。 決して明るくはない前途を「修業」だと言ってまた歩き始めるのだった。
自分がどれほど恵まれているかを思い知るような一期一会であった。
午前二時、枕元の携帯電話がけたたましく鳴り響き 母が救急車で病院に運ばれたことを知る。
夫と二人で真夜中の国道を走り抜け隣町の県立病院へ駆けつけた。 良かった、意識はあるけれど「うっ血性の心不全」だと言うこと。 手当てが遅れたら命に関わる状態だったと聞き身体が震えた。
午前五時、酸素マスクをつけたまま集中治療室へ入る。 うわごとのように仕事の話をしようとしている母。 こんな時にどうして?と思う。それほどまでに仕事が 母の日常を支配していたのかと思うとやり切れなかった。
様態が少し落ち着いてきたこともあり後は病院にまかせて帰宅する。 ざわざわと胸がさわぐ。幸い命は取り留めたものの「死」が頭をよぎった。
これも試練なのだろうか。神様は何を試そうとしているのだろうか。
日中はどうしても職場を守らねばならず落ち着かないまま仕事。 午後二時で仕事を終えすぐに病院へ駆けつける。
今朝よりもずいぶんと顔色が良い。どんなにかほっとしたことか。
「入れ歯を忘れた」開口一番がそれで思わず笑ってしまう。
一時はどうなることやらと肝を冷やしたけれど 経過さえ良ければ二週間ほどで退院できるのだそうだ。
明日のことはあした。あれこれと思い悩むのはよそうと思う。
なにごともなるようになりまする。それが母の口癖だった。
今日は娘が生まれた日。
もう33年も経ったなんてなんだか信じられない。
その娘が母になり、またもうすぐ二人目の赤ちゃんが生まれる。
「ここにねかかとがあるの」お腹を触ったら確かにそれがあった。
あの時と同じだなあって思った。
娘がおなかにいた時もおへその横あたりにかかとがあって
いつも触っては生まれて来る命を愛しく感じたことだった。
ほうずき色の夕陽が差し込む産院で産声をあげた娘。
生まれてすぐには泣いてくれなくてどんなにかはらはらしたことか。
「お願い泣いて!」大きな声で叫んだことをおぼえている。
夏に生まれた子はおひさまのにおいがする。
その子はおひさまのように明るくてひまわりのような笑顔で育ってくれた。
私はこれからもずっとずっと母でいる。
娘がずっとずっと私のこどもであるように。
あっという間にお盆も終わってしまった。
送り火は少しせつないけれど
また来年も帰って来てくださいねと手を合わす。
お盆のあいだもずっと不安定なお天気が続いていたけれど
今日は久しぶりの青空になってとても嬉しかった。
夕暮れ時の茜色の空につくつくぼうしの声がひびく。
つくづくほしいとなにを欲しがっているのだろうか。
娘たちのお引っ越しが近づき、なんだか気忙しい。
来週の日曜日に殆どの荷物を運び込むことになった。
あれこれと考えている。そうなってみないとわからないことばかり。
いったいどんな暮らしが始まるのだろう。
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