心配していた台風も土佐沖を通過してくれたおかげでとても助かる。 お昼過ぎにはもう薄日が差し始めて雨戸をあけてほっと空を仰いだ。
母の病院へは行けなかったけれど、病院から電話があって 経過が良いので明日にでも退院しても良いと連絡がある。 「そんなに早く」と一瞬思ったけれど、母も帰りたがっているようだ。 大きな病院はベット待ちをしている患者さんも多いらしい。 自宅療養に切り替えせざる得ないのも納得のいく話であった。
でも母のことだからきっと安静になどしていないことだろう。 「大丈夫、だいじょうぶ」と言って一気に日常を取り戻すような気がする。
そんなことを考えているとあまりにも早い退院にとまどっている自分がいた。
せめて今月いっぱいはと思っている。決して母に無理をさせないようにしたいものだ。
76歳。老後のスローライフをさせてあげられたらどんなに良いだろうか。 いったいいつまで母は働き続けるのだろう。もしかしたら死ぬまで。 そんなことを考えているとすごくすごくやるせない気持ちが込み上げてくる。
でもそれが母の人生なのだよと言われたら何も口をはさめない気がした。 娘の私に出来ることを精一杯してあげてこれからも親孝行が出来たらなと思う。
台風一過の青空、母も病室の窓から明るい空をほっと眺めたことだろう。
明日は迎えに行くね。待っていてね!とびっきりの笑顔で迎えに行くから。
大きな台風が不気味に近づいていてとても怖ろしい。 どうか直撃を免れますように、そればかりを祈っている。
午前中に母の二度目の手術があり病院へ駆けつける。 昨日主治医の先生から説明があり、とてもリスクの大きい手術だと聞いていた。 けれどもその手術をしないと命に関わると言うのだからやるっきゃない。 不安がる母をなだめてすべてお医者様にまかせることになっていた。 いちかばちがそんな心境。きっとうまくいくと信じながら。
そんな願いが通じたのか思ったよりも早く無事に手術が終わる。 手術前には泣きそうになっていた母もケロっとした顔をしていた。 安堵の気持ちが込み上げてくる。もうこれで大丈夫だと確信する。
経過さえ良ければ週末にはもう退院出来るのだそうだ。 出来ればもう少し休ませてあげたいけれどそういうわけにはいかないようだ。 今まで通りの日常生活が送れるのだろうかと少し心配なところもあるけれど。
「もう大丈夫だから早く帰りなさい」母に追い立てられるように帰宅する。 昨日は行けなかったお大師堂にお礼参りに行った。 そうしたら顔なじみのお遍路さんが来ていて一気に笑顔の再会となる。
以前にも記したことがあったけれど、お接待の強要のこと。 それがまったく気にならなくなっている自分に気がついたのだった。
お醤油とお砂糖を頼まれる。ちょっと待っていてねと大急ぎで取りに帰る。 今日は蒸し暑いからビールも良いかなと「おまけ」と言って届けることが出来た。 そうしたらなんと思いがけないことに、お礼だと言って可愛い絵葉書を頂いたのだった。 それはパンダのお遍路さんのイラストで、なんとも可愛くて思わず歓声をあげるほど。
ほっこりほっこり笑顔でいっぱいになって帰宅する。
なんてありがたい一日だったことだろう。
だからこそ生きていられる。ふっとそう思った一日でもあった。
お大師堂に浜木綿の花が咲く。まるで白装束のお遍路さんのように。
昨日は地区の老人クラブの皆さんがお大師堂周辺の草刈りをしてくれて 生い茂っていた夏草も散髪をしたかのようにさっぱりと綺麗になった。
川面を見つめているような浜木綿の花。とても凛としていて存在感がある。
午前中に母の病院へ。昨日は行けなくて気になっていたけれど やっと点滴の針が外れてずいぶんと楽になったようだった。 トイレにも行けるようになり、少しずつ歩くリハビリを始めたらしい。 昨日は売店にも行って昆布の佃煮や梅干を買って来たと言うこと。 病院の食事に不満ばかり言っていたけれど、ご飯も美味しくなったと喜んでいた。
明後日には次の手術を控えている。ひと山越えてまたひと山。 頑張り屋さんの母だもの、きっと乗り越えてくれることだろう。
病院にいるあいだに息子から電話があった。 日曜日に仕事が休めるのはめったになくて圭人を連れて遊びに来てくれると言う。 「それは楽しみね、早く帰りなさい」と母が言ってくれて喜び勇んで帰宅する。
久しぶりに会う圭人。ずいぶんと大きくなっていてびっくりした。 もうすぐ生後5ヶ月になる。足が丈夫で立たせるともう踏ん張っていた。 ひいおばあちゃんにも会いに行って姑も大喜びしていた。 寝たきりの姑の笑顔を久しぶりに見たような気がする。
昨日は綾菜、今日は圭人と私も夫も孫三昧をさせてもらってほんとにありがたい。
元気に長生きをしなければ、孫たちとふれあうたびに「勇気」がわいてくるこの頃である。
雨が降ります雨が降る。遊びにいきたし傘はなく。
しんみりとした雨を涙雨とは呼びたくないなとつくづく思った。
6月30日の深夜、夫の伯母がやすらかに息をひきとる。 96歳の大往生であった。まさに天寿を全うした最期となった。
日記に記しておかなければと思いつつもう三日目。 なんだか気分がざわざわと落ち着かず何も綴れずにいたのだった。
今日は告別式、無事に終わってほっとしている。 哀しみも寂しさもなくただただ伯母の死を静かに受け止めている。
お棺のなかの伯母はにっこりと微笑んでいてなんとも救われる思いだった。 こんなふうに逝けたらどんなに良いだろうかとしみじみと思う。
すぐ近所に住んでいたので夫も私もとても可愛がってもらった。 老人ホームから病院へ入院したと聞きお見舞いに行った時も 「よう来てくれたねえ」とすごく喜んでくれて涙を流していた伯母であった。
私にとってはお大師堂の大先輩、お大師堂の「ぬし」と言っても良いほど。 地元では「生き仏さん」と呼ばれるほど信仰心の厚い伯母でもあった。 元気なころにはお四国参りにも行きもう50回も巡っていたらしい。 お遍路姿の伯母が目に浮かぶようだ。とても凛とした姿がまぶしい。
今頃はもうお大師さんに会えていることだろう。 そう思うと不謹慎にも祝福してあげたい気持ちが込み上げてくる。
微笑みながら会いたいひとに会いにいく。そんな旅立ちであった。
ねむの木の花が満開になり見るたびにほっこりとしている。 孔雀が羽根をひろげたような花。薄桃色のちいさな孔雀だ。
あらあらと言う間に六月も最後の日。 仕事の忙しさもあってちょっぴり心の余裕をなくしてしまっている気がする。 あれもこれもと気ばかり急いてしまっている。ちゃんとしなくちゃ。 それが少なからずストレスになっているのかもしれない。 元気なつもりでもふっと体調が崩れる時がたびたびあるようになった。
頑張り過ぎないこと。「てきとう」という言葉は好きではないけれど ちょっぴり好きになってみるのも良いのかもしれないなとふっと思う。 もう若くはない。年相応の「頑張り」というものがきっとあるのだろう。
そんなことを思いつつも、「こぴっとやるし!」 NHKの朝ドラ「花子とアン」を毎朝見ているのだけれど 「こぴっと」という山梨の方言がとても気に入っている。
だから出掛ける時にはいつも夫に「こぴっとがんばってくるよ」と言っている。 そうして「ごきげんよう、さようなら」と言い合って笑顔で出勤するのだった。
そんな朝がとても好きだった。ずっとずっと元気でいられるような朝。
仕事を終えると母の病院へ寄るのもすっかり日課になってしまって あまりゆっくりとそばにいてあげられないのだけれど 毎日待っていてくれる母の顔を見るとほっとしている自分がいた。 仕事の話はなるべくしないようにと心がけているけれど 母はやはり気になって仕方ないのだろう。結局話してしまうことになる。
「大丈夫よ、わたしにまかせておきなさい」それは決して強がりではない。
術後の経過はいまいち。今日は傷口に内出血が見られて処置を受けた。 固定バンドを外した嬉しさに腕を動かし過ぎたのだろうと言うこと。 またまた固定バンドでがっちりと押さえつけられてしまった。
「やれやれ」ため息をつく母を「しんぼう、しんぼう」と励まして帰る。
なにごとも順調とは限らないもの。ひとつひとつ乗り越えていかなければ。
そうしてこぴっと元気になるの。今日よりも明日のことを考えていよう。
小粒の雨が降ったりやんだり。しずくのような雨音が耳に心地よい。
山里の職場にお中元のクール宅急便が届く。 お得意先のお客さんからで中には美味しそうなワッフルが入っていた。 日持ちのしないものでとにかく早目に食べてしまわないといけないようだ。 ほぼ半分の10個ほどを分けてもらってすごくラッキーな気分だった。
帰り道、母の病院へ寄る。 昨日の手術は無事に終わってとてもほっとしている。 ぐったりとした様子で手術室から出てきた母は開口一番に 「早く帰りなさい」と私に言った。晩御飯の支度があるでしょって。
そんな母の心遣いが身に沁みた。母らしいなってほろりと涙が出そうだった。
昨夜から絶対安静の状態が続いているけれど、にっこりと微笑む母。 左腕を動かしてはいけないらしくがっちりと固定されているのが可哀想だった。
「ねえワッフル食べる?」母の目がきらきらと輝く。 食事制限は無いみたいなので食べさせても良いかなと母に差し出す。 「美味しいねえ」なんだか子供みたいにワッフルを食べる母が嬉しかった。
それから今度は「コーヒーが飲みたい」それはお医者様に訊いてみないと。 入院してからずっと水分補給が制限されていたのだった。 血液の状態に変化が現れるのだろうか、水分を摂り過ぎてはいけないようだった。
おそるおそる詰所の看護師さんに相談に行ってみた。 そうしたらすぐに主治医の先生に連絡してくれて「コーヒーおっけい!」
母は大喜びで冷たいブラックコーヒーを飲むことが出来た。 それはそれは美味しそうに、「なんかビールみたい」って私を笑わす。
「また明日ね」上機嫌の母でいてくれてほんとに嬉しかった。
やまももの実が紅く色づき始めた。もうそんな季節。
紅いといえばカンナの花も。梅雨時の「紅色」は不思議と元気な色。
少し多忙だった仕事を終えて今日も母の病院へ。 高知市内に住んでいる弟一家が来てくれていてちょうど一緒になった。 遠いところをはるばると、母もとても嬉しそうにしていた。
弟が「死に目に遭えなかったらいけないからな」なんて言って母を笑わす。 一歩間違えばそんなこともあり得たのだから、笑い話になってほんとうに良かった。
明後日はペースメーカーを入れる手術。 その後の経過を見ながら千切れかけている血管の手術をすることになった。 気丈な母もやはり心細いのか、ふっと弱音を吐く時もある。 そんな時には「だいじょうぶよ」って笑顔で励ましてあげたいと思う。
きっときっとなにごともうまくいく。うまくいかないはずはない。
心配性の私も今度ばかりは強気になっている。 おろおろしている場合ではないのだ。みんなで母を支えてあげなければ。
帰宅して日課のお大師堂参り、今日も「ありがとうございました」と手を合わす。
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