ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2014年06月21日(土) お年頃のおばあちゃん

二十四節気の「夏至」あいにくの雨となり太陽はかくれんぼ。


午前中にかかりつけの病院へ。
土曜日のせいか待合室は患者さんであふれかえっていた。
二時間も待つ。もううんざりしてしまってひどく疲れる。

いざ診察となると伝えたいことの半分も話せなかった。
納得いくまで先生に相談しようと意気込んでいたのだけれど
手短に済ませなければと気ばかり急いてしまっていたようだ。

結論から言うと、薬の副作用にあまり神経質にならないこと。
車の運転も、アルコールだって今まで通りで心配ないと言われた。
決して一生飲み続けなければいけない薬ではないらしい。
気長に様子を見ながら少しずつ減らしていけば良いのだそうだ。

ただ一気に服用をやめてしまったら「柱」が折れるようなものだと言う。
それはすでに先日から経験済みだったので、素直にうなずくしかなかった。

「不安神経症」自分ではそう決めつけている病名も確かめられずにいた。
それも更年期障害のひとつでそんなお年頃なのだなとあっさりと受け止めてみる。

何事も「否定」すれば辛く苦しくなるばかりである。
さらりさらりと受け止めることが出来ればもっと気楽に生きられる気がする。

とにかく元気でいられるのがいちばん。そう思ってこれからも頑張っていきたい。



帰宅して午後からはたっぷりとお昼寝をしていた。
いつもなら綾菜と過ごしている土曜日も今日はお役御免になっていた。
娘もお婿さんも仕事が休みなので、桂浜の水族館に行ってくるよって。

お魚いっぱい見たかな。アシカさんやイルカさんにも会えたかな。
綾菜の事を考えているだけでこころがほのぼのとなってすごく癒されるのだった。



2014年06月20日(金) まな板の上のお魚

空はとても穏やかに微笑んでいるというのに
こころの中はざわざわと嵐の前触れのような風が吹く。

これはいったいどうしたことか、自分でもよくわからなくて戸惑う。
何かを不安がっているのだとしたらそれは何だというのだろう?


仕事を終えて母の病院へ向かう。
母はたいくつそうにテレビを見ていた。
私が来るのを待ちかねていたようでにっこりと微笑む。

主治医の先生から昨日のカテーテル検査の結果を聞く。
それは決して順調ではなかった。
けれども少しずつ治療していけばきっと良くなると言う。
今はその言葉を信じてすべてお任せするしかないのだなと思った。

まるで「まな板の上のお魚ね」母には笑いながらそう告げておく。

決して弱気にならないこと、そうして焦らないことが肝心だと思う。


「なんかうんちが出そう」急いで看護師さんに来てもらって大騒ぎ。
まだ歩いてトイレには行けないのでポータブルトイレを準備してもらった。

「三日ぶりだからすごいよ」うんうん、匂いもすごいよ〜と大笑い。

「綾菜ちゃんみたいね」そうそう、ちゃんとうんちが出て良かったね!


もっと一緒にいてあげたかったな、後ろ髪を引かれるように病院を後にした。



2014年06月18日(水) 紫陽花色の雨

梅雨空に紫陽花の絵が描いてあったらいいなってふっと思う。
色とりどりのクレヨンを手にした天使たちがあつまってくるような。

そうして紫陽花色の雨がふる。泣き虫の天使はだあれ?



昨日からちょっと大変なことがあってばたばたと走り回っていた。
山里の母が体調を悪くして病院へ行ったのだけれど
その帰り道に追突事故を起こしてしまったのだった。

たいした事故ではなかったのだけれど、事故処理のあと母の体調が急変する。
もともと心臓に持病を抱えているため心配になりまた病院に連れて行った。
とりあえずの応急処置、その後救急車で県立の総合病院へ搬送されてしまった。

命には別状がないけれど一歩間違えればとても危険な状態だと知らされる。
酸素マスクをつけて集中治療室に入った母は別人のような顔をしていた。

でも意識はちゃんとある。例のごとく気丈ぶりを発揮している母に安堵。
どんな時にも決して弱音をはかない母にはほんとうに頭がさがる思いである。


昨夜のうちに様態も落ち着き、今日はもう一般病棟へ移れるようになった。
昨日の朝から何も食べていないものだから「おなかが空いた」としきりに言う。
看護師さんも笑って「今夜はおなかいっぱい食べましょう」って言ってくれた。

一週間ほど様子をみてから手術をすることになった。
そうすれば今よりもずっとずっと元気になるのだそうだ。

ずっとずっと頑張り屋さんだった母、やっとながいお休みをさせてあげられる。
仕事のことは私にまかせて何の心配もせずにゆっくりと休ませてあげたい。

そうしていっぱい長生きをするの。ゆびきりげんまんしようね母さん。




2014年06月16日(月) だいじょうぶ!

ここ数日の梅雨の晴れ間もそろそろひとやすみ。
明日は雨になるという。雨もまたよしと夕暮れていく空を眺めている。


昨日から少し体調悪し、やはり薬を休んでしまったせいだろうか。
どんなに気力で乗り切ろうと思っていてもどうしようも出来なかった。
悔しいような情けないような。しかたなくまた服用を始めてしまった。
副作用を気にしながらの服用はストレスになってなんとも辛い。
けれども薬のおかげで元気でいられるのならと自分をなだめている。



昨日は「父の日」で娘たち一家がそろって遊びに来てくれた。
綾菜と一緒にお風呂に入る。体調の不安など言っている場合ではない。
いつも通りの元気なおばあちゃんでいたかった。大丈夫よって胸をはって。

ずっとずっと元気でいたい。たとえ薬漬けの毎日になったとしても
それが現実なのだと受け止めてさらりさらりと流れて行きたいと思っている。


今週末には通院日なので、今の自分の気持ちをしっかりと伝えてきたい。
そうして納得いくまで話し合って今後の治療について相談して来ようと思う。

だいじょうぶ、こんなことぐらいで自分を見失ったりしない。

気を強く持って立ち向かっていこう!



2014年06月12日(木) きっかけ

久しぶりの青空。少し蒸し暑かったけれど梅雨空よりずっと嬉しい。


今朝、目覚めるなり左耳がずきずきと痛くてとまどう。
昨夜は何ともなかったのにいったいどうしたことだろう。

仕事に行く気にもならなくてとにかく耳鼻科に直行する。
そうしたらまさかの中耳炎になっていてびっくりしてしまった。

寝ているあいだに鼻水が耳に入ってしまったのだろうと言うこと。
風邪の自覚症状はまったくなくなんだかキツネにつままれたような気分だった。

お薬を処方してもらうのに今服用中の薬の情報が必要とのこと。
うっかりしていて持って行っていなかったので、慌てて家に取りに帰る。
それを見たお医者様が目を丸くしてびっくりしたので私も一緒にびっくり。

とにかく副作用の強いお薬ばかりだったようで、「どうしてこんなに?」と。
もう何年も飲み続けている薬がそんなに悪いものだとは思いもしなかった。

抗生物質は出せないので鼻炎のお薬だけ出してもらってそそくさと帰宅する。
近いうちに内科へ相談に行くようにすすめられた。出来れば服用をやめたほうが良いらしい。

その足で内科へ行こうかと思ったけれど、なんだか気疲れしてしまっていた。
カルチャーショックというのだろうか、頭がパニックになってしまった。

夫にも相談して今夜から一部の薬の服用をやめてみることにした。
数日そうしてみて何も異変がなければ内科へ相談に行ってみようと思う。

思えばもう10年近く薬漬けの生活を続けていたのだなときづく。
薬に頼らなくても気の持ちようで改善できた症状もあるような気がするのだ。

そんな意味でも今日の耳鼻科はとても良いきっかけになったと思う。
耳の痛みも午後にはやわらぎ今はすっかり楽になってこれを綴っている。

明日はあしたの風まかせでなにごともなるようになりますよ。



2014年06月11日(水) 静かな夕暮れ

昨日から降り続いていた雨がやっとやむ。
夕焼け空とはいかないけれど、とても静かな夕暮れ時となった。


水曜日、姑さんのリハビリ通院の日であったけれど
夫の弟嫁が付き添ってくれることなりずいぶんと助かる。
長男の嫁だからとすごく葛藤していた日々が嘘のようだった。
まだ少し後ろめたい気持ちはあるけれどしばらくは甘えるのも良いだろう。
何よりも段取りをしてくれた夫に感謝している。
「仕事を休んでおまえが行け!」とは決して言わなかったのだから。

かと言って何もかも放棄するわけにはいかない。
出来ることを出来る日に、これからも心がけていきたいと思っている。

先の見えない「介護」姑と同居している義妹はどんなにか大変なことだろう。
そんな義妹をいたわる気持ち、いつも気遣う気持ちを忘れてはいけない。



日課のお大師堂まいり、一昨日出会った若きお遍路さんがノートに書き残してくれていた。
「何度も何度も途中でもう家に帰ろうと思った」
けれどもそのたびに出会った人たちの優しさを思い出したのだそうだ。
「あきらめずに最後まで歩き通します」最後にそう書かれてあって感動する。

もの静かな青年で私は少ししか話すことが出来なかったけれど
お大師堂で川のせせらぎを聴きながらゆっくりと休んでくれたことだろう。

旅の無事と結願を心から祈りながらそっとノートを閉じた。



2014年06月10日(火) いくつになっても「こども」

いかにも梅雨らしく雨の朝になった。
ぴちぴちちゃぷちゃぷ雨音を聴きながら一日を過ごす。


今日は息子の誕生日。早いものでもう35歳になった。
去年の今頃にはまだ独身だったのに今ではもう一家のあるじ。
たった一年のことなのにずいぶんと歳月が流れたような気がする。

けれども子供はいくつになっても「こども」だった。
生まれた時のこと、幼いころのこと、いつまでたっても鮮やかに思い出す。
無我夢中だった子育て、息子のおかげで私は母親になれたのだなとおもう。

「おにいちゃん」と呼んだり「しんちゃん」と呼んだり
息子は大きくなるにしたがって私のことを「おかあ」と呼ぶようになった。

仕事のことで悩んでいた頃にはよくいろんな話を打ち分けてくれたっけ。
父親には話さないことでも私にはよく話してくれたのがとても不思議だった。

それからご飯を美味しそうにがつがつと食べる姿、今となってはとても懐かしい。

「おかあ飯!」そう言って帰って来てくれることもなくなってしまったけれど
いろんなおかずを作るたびに、これは息子の好物だったなってよく思うことがある。


さびしさは微塵もない。離れていてもいてくれるだけで嬉しい息子であった。

父親になった息子も親の気持ちがわかるようになるだろう。
そうして親として成長していく姿をこれからも見守っていきたいと思う。

しんちゃん、生まれてきてくれてほんとにありがとう!

母はメールも何も出来ずにただただきみに手を合わせています。


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