相変わらずの梅雨空が続いている。 薄日が差し始めたと思ったらにわか雨がぽつぽつと降ったり。
午前中は娘のアパートに遊びに行く。 綾菜も退屈しているらしく遊び相手が欲しかったようだ。 たくさんの洗濯物が乾きそうになくて 娘がコインランドリーに行くと言うので一緒に行っていた。 実は私は初めてのことだったのだけどなんと便利なことだろう。 梅雨時の主婦にとってはこんなに助かることはないとびっくりしてしまった。
洗濯物が乾くまですぐ近くの児童公園で遊ぶことに。 大きな滑り台、その階段を一人でぐんぐんと上って行く綾菜におどろく。 「もういっかい」と言いながら何度も楽しそうに滑っていた。
ふと思ったことは「危ないよ」って止めるよりも 何でも挑戦させてあげるのが子供の成長につながるのだなと言うこと。 女の子だけれど男の子のようにたくましく育って欲しいなあって思った。
30分で洗濯物はふかふかに乾いてお日様よりすごいなってびっくり。 アパートに帰って娘と一緒にたたんだ。綾菜のパジャマがすごく可愛い。
お婿さんが休日出勤だったのでお昼ご飯も一緒に食べる。 チャーハンをぽろぽろこぼしながらも綾菜もお腹いっぱいになったようだ。
もっともっと遊んでいたかったけれど、お昼寝の時間になり「バイバイ」をした。 手を振って見送ってくれる綾菜にはいつも後ろ髪をひかれるような思いになる。
今度は次の土曜日ね。毎週保育園にお迎えに行けるのがとても楽しみでならない。
昨日も今日も孫三昧をさせてもらった。ばあちゃんはなんて幸せなのだろう。
曇り日、時おり薄っすらと陽が差してくれてありがたいこと。 仕事をしながら洗濯物のことを考えていた。「乾け、乾け」と。
午前中、工場の掃除をしていた母が野鼠の巣を発見して大騒ぎになる。 古い工場だからそんなこともあって、どうやらつがいの野鼠のようだった。 赤ちゃんが生まれていたらどうしよう。はらはらしながら母と巣を覗く。
よかった、赤ちゃんはいない。でも二匹のネズミはじっとその場を動かない。 私も母もネズミは苦手だったけれど、なんとも愛くるしい目をしていた。 退治するのも可哀想になってしまって、そっとそのまま置いておくことになった。
社長が「可愛いから飼おうか」なんて言ってみんなを笑わせたりする。 同僚が「毎日餌をやろうか」なんて言ってまたまた大笑いになった。
時には緊迫していて居心地の悪い職場も今日は笑顔でいっぱいになる。
ずっとずっとこんな日が続けば良いなって思った。
「ほのぼの」ってきっとこんなこと。
こころがふんわりとまあるくなってみんながしあわせなきもちになること。
ねずみちゃんたちまた月曜日に会えるかな。ずっとここにいていいんだよ。
空は相変わらずどんよりとしているけれど 降り続いていた雨がやっとやんでくれてとてもほっとしている。
昨日は大雨洪水警報が出てどしゃぶりの雨が怖いほどだった。 昨夜は午後9時を過ぎてから土砂災害の警報が出て消防団が召集となる。 いつもは早寝の夫が飛び起きてすっかり使命感に燃えていたのだけれど はらはらと心配でならず「若い人達に任せておけば」と言うと叱られてしまった。 俺が行かないで誰が行く!という様相で大雨の中を出掛けて行く夫を見送る。
自分だけ寝ているわけにもいかずテレビの大雨情報を見ながらうとうとしていた。 午前二時前だったろうかやっと夫が帰宅したけれど、またすぐに電話が鳴り響く。 今度は市内を流れる中筋川が氾濫しているという知らせであった。 土嚢を積み上げなければいけないとまたまた使命感に燃える夫を見送る。
消防団に入ってかれこれ30年近くなったけれど、夫の使命感にはほんとに頭が下がる。 勇ましく出掛けるたびに夫の体調が気がかりでならず、はらはらとするばかりであった。
午前6時前、夫が無事に帰宅する。徹夜の割に元気でほっと胸を撫で下ろした。 開口一番に「腹が減ったぞ!」大急ぎで朝食の準備をしたのは言うまでもない。
午前7時過ぎ、母から電話がありとにかく雨がやむまで自宅待機を命じられる。 それはとてもありがたくおかげでゆっくりと休むことが出来た。
夫を静かに寝かせてあげたくて私は娘のアパートに行くことにする。 昨日から孫の綾菜が熱を出していて保育園に行けずにいたのだった。
「雨、はやくやんだらいいね」綾菜と遊びながら窓の外ばかり見ていた。
そんな雨もお昼前にはやっとやんでくれてとてもとてもほっとしたのだった。
「ピーピ!」綾菜がおしえてくれたのは二羽のとんびだった。 アパートのすぐ近くの電線にとまって「ピーヒョロリ」と鳴いている。
ピーピも雨がやんだから嬉しいのだね。綾菜とずっととんびを見ていた。
とんびの鳴き声がこだまするように響く空。雨あがりの空がこんなに嬉しいことはない。
とうとう梅雨入り、どんよりとした空模様となる。 雨が降り続くと憂鬱な日もあるだろうけれど いつもこころに太陽をと笑顔で過ごしていきたいものだ。
午後から集団検診があったため仕事を休ませてもらった。 コレストロールや血糖値などを調べてくれるので毎年受診している。 尿検査や血液検査は機会がある時でないとなかなか出来ないものである。
誰しもそうかもしれないけれど、年を重ねるごとに自分の健康が気になる。 不安を拭い去るためにも検診はすすんで受診しておきたいものだ。 今日は各種がん検診の申し込みもあったので迷わず申し込みをしてきた。
ずっと健康で長生きがしたい、それは私にとってささやかな「欲」でもある。
日課のお大師堂まいり、今日は涼しくて絶好の散歩日和だった。 湿気を含んだ南風も心地よいもので、ほんのりと潮の香りがする。 お大師堂のアマリリス、紫陽花の花もすっかり色づきこころが和む。 そうしてたくさんの沢蟹たちがざわざわと戯れていてそれも楽しかった。
手を合わすといつも家族の顔が目に浮かぶ。 自分のことなどどうでも良い事のように思えるのが不思議だった。
今日に感謝をして明日の平穏無事を祈る。
明日のことを考えていられるのはほんとうに幸せなことだとおもう。
すっかり真夏のような暑さのなか5月もとうとう最後の日。 午前中に美容院へ行って髪を切ってもらいすっきりとリフレッシュする。 なんともいい気持ち。これで蒸し暑い夏も元気に乗り越えられそうだった。
土曜日のお楽しみは孫の綾菜に会えること。 お昼に保育園にお迎えに行って夕方まで一緒に過ごす。 今日は晩御飯も食べてお風呂にも入ってから帰って行った。
トイレ騒動もあったりでばたばたと忙しいけれど 何度もトイレに通っては自分で「えらいね」って言ったりする。 言葉がずいぶんと達者になってすっかりおしゃまな女の子になった。 ウンチが間に合わなくてパンツにしてしまったら「くさいね」だった。 でもちゃんと「うんち」って言えるようになったからすごくえらいと思う。
お風呂は今日から行水スタイルにしてみた。 あまりの暑さにとても湯船には浸かっていられないばあちゃん。 大きめのタライにお湯を出しっぱなしにして遊ばせたらとても喜ぶ。 シャンプーとリンスもした。洗髪も嫌がらずとてもおりこうさんで助かる。
また来週のお楽しみね。迎えに来た娘と綾菜が帰って行く。 車の中から「じいちゃーん!」と大きな声で叫んだりして夫の顔もほころぶ。 ばあちゃんにはチュウをしてくれた。やわらかなくちびるがとても愛しい。
こんなに幸せでいいのかしらといつもいつもおもう。
小さな天使が羽根をひろげて飛んでいってしまいそうでこわい。
でも天使だから飛んできてくれるのかしら。そのたびにぎゅっと抱きしめたいな。
各地で真夏日を記録した今日。四万十も暑い一日となった。 山里ではホトトギスがしきりに鳴いていてあたりにこだまする。 「てっぺんかけたか」高い木のてっぺんにいるのだろうか。 声は聞こえど姿は見えずただただ愉快な鳴き声がこだまするばかり。
あらあらと言う間に木曜日、毎日が駆け足のように過ぎて行く。 なんとも充実した毎日を送られてほんとうにありがたいことだった。 つい先日までざわざわとしていた気持ちもすっかり落ち着いて来て なんだかひとやま越えたような清々しさがとても心地よい。
些細な心配事もふっきれてもうどんなことでも受け止められるような気がする。 ちっぽけなこころをふぅっとふくらましてみればそれはたやすいことに思える。
どんな日もあってよし。そう思って前を向いて歩いていきたいものだ。
日課のお大師堂参り、またまた顔なじみのお遍路さんと再会する。 前回は確か三月の中旬だったと記憶している。 これまで何度も出会っていると言うのにずっと名前を知らなくて 「笑顔のお遍路さん」と名付けて勝手にそう呼んでいたのだった。
今日はやっと名前を教えてもらった。でもそれは本名ではない。 いわばお遍路さんのニックネームのようなものでそれもまた良いものだなと思う。
出身地や本名を明かさないお遍路さんも多い。 そうして終わりなき旅をし続けているお遍路さんがいることを忘れてはいけない。
今日もとびっきりの笑顔。やっぱり「笑顔のお遍路さん」だって思った。
雨あがりの爽やかな朝。小雀たちがちゅんちゅんとそれはにぎやか。
「行って来ま〜す」夫に声をかけて山里の職場に向かう。 いつもの長いトンネル、いつもの峠道がなんだかとても新鮮に感じる。
母が「とても楽になったよ」と言ってくれる。 それが嬉しくてならなくてついついハッスルしてしまうのだった。 自分を必要としてくれるひとがいてくれるのはほんとうにありがたいこと。 毎日がささやかな親孝行だと思って仕事に精を出したいと思う。
「ただいま〜」自分の帰りを待ってくれているひとがいてくれるのもありがたい。 「おう!」の一言。たまには「お帰りぃ!」って言ってみれば良いのに。 なんてこころのなかでくすくす笑いながらその日の疲れが癒されていく。
お大師堂には顔なじみのお遍路さんが到着していた。 ただただ笑顔、それが自分に出来る精一杯のお接待だと思う。 以前には少し複雑な気持ちになったこともあったけれど 自分はいったい何にこだわっていたのだろうと今日は思った。 もしも少なからず偏見を持っていたのなら謝りたい気持ちでいっぱいになった。
帰る家がない。待っていてくれる家族もいない。 それがどんなに孤独で辛いことだろうとあらためて思ったことだった。
お大師堂の紫陽花もほんのりと色づいてきた。
ゆったりと流れる大河はきょうもさらさらと歌いつづけている。
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