昨日の冷たい雨がうそのように今日は春らしいぽかぽか日和となる。 土手の緑もいっそう鮮やかになり、その緑の中に凛と立つ野あざみ。 好きだなと思う。どんなに棘があってもほんとうはとても優しい花。
今日も早朝からの川仕事を終え、作業場で手を動かしていると いきなり停電になってしまって海苔を機械で洗えなくなってしまった。 テンパールが落ちたのかなと思っていたらどうやらそうではなくて すぐ近くの交差点の信号も消えていて大変なことになっていた。 地区の送電線に何かトラブルがあったらしく復旧に一時間ほどかかる。 やっと作業を再開した時には「電気さまさま」だなと夫と呟いていた。 いつも当たり前のように電気のお世話になっているけれど 思いがけない停電でそのありがたさをつくづく感じたことだった。
予定よりずいぶんと遅くなってしまったけれど、大急ぎで昼食を済ませて 休む間もなく山里の職場へと向かう。どうしても外せない仕事があった。 なんだか気が急いてしまってざわざわと落ち着かない気分だったのだけれど 山里はもう田植えの季節。植えられたばかりの小さな苗がちろちろと風になびく。 そんな風景を見ていると一気にこころが和み、すごく穏やかな気持ちになった。
ゆったりとのどかに時が流れている。急ぐことなど何もないのだなって思った。
帰宅も遅くなってしまったけれど、日課のお大師堂まいり。 お遍路さんの荷物が置いてあったけれど、買い物にでも行ったのかな。 会うことは叶わなかったけれど、せめて水の補給をと思った。 ありがたいことにすぐ近くに防災センターが出来たばかりで そこの水道をいつでも使って良いよと地区長さんが言ってくれたのだ。
ペットボトル二本に水を入れてせっせと運ぶ。 お遍路さんがラーメンを作るかも。コーヒーも飲むかななんて考えるも楽しい。 大きな荷物のかたわらにキャンプで使うような小さなコンロが置いてあったのだ。 自炊するお遍路さんはけっこう多くて、白菜を背負って来ていたお遍路さんもいたっけ。
「ゆっくりとお休みください」荷物にそっと手を合わせて帰る。
忙しい一日だったけれど、ほっこりほっこりしているじぶんが好きだ。
いとこからまたタラの芽をいただいた。 私も夫も大好物なので飛び上るほど嬉しい。
実はこの春はもう三度目、そのたびにウハウハと興奮している。 春の味覚をこんなにたくさん味わえるなんてほんとにありがたいこと。
今夜は夫が「揚げ方も上手いんだよな」ってほめてくれた。 日清の天ぷら粉で揚げただけなのだけれど、ほめられたらとても嬉しい。
お皿に最後に一つだけ残る。夫に食べさせてあげようとぐっと我慢。 そうしたら夫が「お前にやるよ!」って言ってくれた。なんとラッキー!
「いいの?」ほんとは嬉しい癖に遠慮しながらそっと箸を伸ばすわたくし。
「食べたいんだろ?顔に書いてあるぞ!」夫と顔を見合わせ大笑いになった。
なんだか最後の一つって不思議と幸せな味がするものだなって思った。
タラの芽も今年はそろそろ食べ納めかな。 もうじゅうぶんにご馳走になったから欲張ってはいけないなと思う。
夫とふたり笑いあったこと。タラの芽の美味しさよりもその笑顔が「ごちそう」
桜がすっかり葉桜になった頃、藤の花が咲き始める。 自然はそうしてバトンタッチをしながら人の心を和ませてくれるのだ。
最高気温が25℃を超え思いがけないほどの夏日となった。 暖かさを通り越して暑さを感じる、汗ばむほどの陽気だった。
早朝からの川仕事もラストスパート、海苔の命も今月いっぱいだろうか。 あと少しもう少しと精を出す毎日。最後の最後まで頑張りたいと思う。 忙しい日々が続いているけれど少しも苦にならなかった。 むしろ恵まれていることをありがたく思う。天に感謝するばかり。
今夜は姑さんのお世話に行っていてついさっき帰ってきたところ。 「介護」というほどのことではないのだなとつくづく思ったりする。 ほんとうの介護はこんなものではないとわかっているつもりだったけれど 時々すごく気が重くなってしまって憂鬱な気分になってしまうのだった。
そんな気持ちが顔に出る。笑顔で接することが出来なくなるのではないか。 少なからずプレッシャーを感じては「いけない、いけない」と自分に言い聞かす。
そのたびに「みんなで助け合おうね」と言ったのが自分だと言うことを思い出す。 いつも義妹にばかりに負担をかけていることを決して忘れてはいけなかった。
「ありがとうね」いつもそう言ってくれる姑に私は何をしてあげたのか。
きっと足らないことがいっぱいあってそれに気づかずにいるのではないか。
ぐるぐるぐるといろんなことを考える。 もっと気楽に受け止められたらどんなに良いだろうか。
日中はぽかぽか日和、おひさまが友達になってくれて嬉しかった。 にっこりと微笑めば空からたくさんの天使たちが舞いおりてくる。
夫の友人が魚釣りに行っていたと言って新鮮な鯵を持ってきてくれた。 大きな鯵を三匹、これはお刺身だなと久しぶりに腕をふるう。 身がぷりぷりとしていて脂ものっていてとても美味しそう。 たくさん出来たので娘のところにも届けてあげた。
ピンポーン、玄関のチャイムを鳴らすと綾菜が出迎えてくれる。 すぐに帰るつもりだったけれど綾菜の顔を見るとそうはいかない。 綾菜もすっかり遊びに来てくれたのだと思い込んでいるようだった。
5分が10分になりとうとう「ばあちゃんは帰るけんね」って言った。 そうしたらたちまち顔をしわくちゃにして泣き出してしまうのだった。 お母さんは晩御飯の支度で遊んでくれないの。 綾菜は一人で「おかあさんといっしょ」を見ていたんだよ。 おばあちゃんが来てくれてすごく嬉しかったのにどうして帰るの?
なんともせつなくてしょうがない。後ろ髪を引かれるように帰って来た。 愛しい愛しい綾菜ちゃん、どうかおりこうさんでいてねと願いつつ。
保育園も先日入園式があって、ひよこ組だった綾菜もきりん組に進級した。 ほんとにあっという間の一年だったように思う。 すくすくと元気に成長してくれたことがなんだか夢のように嬉しくてならない。
また一緒にいっぱい遊ぼうね。ゆびきりげんまんだよ綾菜。
今年も玄関先の古巣にツバメが帰って来てくれたのだけれど それは去年のツバメとは違うのですよとラジオで言っていた。
けれども私は毎年「お帰りなさい」って声をかけ続けている。 我が家から巣立っていったツバメたち。そう信じずにはいられなかった。
不思議そうに首をかしげているのはきっとあの子ね。 去年のことお兄ちゃんやお姉ちゃんたちの後をおいかけるように巣立っていった子。
ちゃんと飛べるかなって見守っていたけれど無事に青空に羽ばたいたあの子。
ボクはここで生まれたんだってきっときっと覚えていてくれたんだと思う。
今朝は電線にとまっていてきょとんとした目をしながら「おはよう」って言った。 そのしぐさが可愛くてたまらない。くりくりとした瞳に朝の寒さも和らいでいく。
なにかいいことがありそう。そう思える朝は希望で胸がいっぱいになる。
もう四月だというのに思いがけない寒の戻り そんな寒さも今日が峠らしく明日からはまたぽかぽか日和になりそうだ。
桜の花もすっかり散ってしまったけれど、葉桜もまたうつくしいもの。 わずかに残った花を抱きしめるように鮮やかな緑が優しく目に映る。
土手にはしろつめ草の花。子供のように四葉のクローバーをさがしてみたい。 花で冠を作ってお姫様ごっことか、ふっと少女だった頃を思い出したりする。
ここ数日なんだかばたばたとしていて日記も書けずにいた。 姑さんの介護だったり、孫と娘が遊びに来てくれたり それはそれで充実している夜なのだけれど 「書く」という行為からどんどん遠ざかってしまうのが少し心苦しい。 それもたぶんちっぽけなプライド。私はいったい何にこだわっているのか。
出来ていたことが出来なくなる。それは言い換えれば「出来ることだけでじゅうぶん」
そう思いなおしてこれからの日々をまた愛しみながら過ごしていきたいと思う。
今日は川仕事が予定外で早目に終えることが出来た。 たくさんの海苔を天日干しにしていたところ突然の時雨れに見舞われてしまう。 川から大急ぎで帰って来る。猛スピードの川船、強風で水が飛び散って来る。
「やれやれ」そんなハプニングも笑いにかえて今日は早じまいになった。 おかげでぽっかりと空いた午後をふたりでお昼寝をしてのんびりと過ごす。
明日は海苔の二回目の出荷日。なんだか娘を嫁に出すような気分だった。
どうか順調に、そればかりを祈り続けていたけれど 何事もなるようになるのだなってつくづく思ったりするのだった。
一生懸命に頑張ってそれが報われれば嬉しいけれど それが決して当たり前の事ではないのだといつも思っている。
じゅうぶんだとおもうきもち。それが感謝の気持ちとなって心が癒されるものだ。
| 2014年04月02日(水) |
どんな日もあるのだから |
朝から雨がぽつぽつと。気温も低めで花冷えの一日となる。 桜の花がとうとう散り始めてしまった。はらはらとさびしい。 そうして季節は前へ前へと進んでいくのだろう。 やがて若葉の季節がやってくる。目に沁みるような緑の季節。
今日も川仕事の予定だったけれど 昨夜から夫の体調が悪く、安静がいちばんとお休みすることにした。 持病の不整脈の発作が起きており、薬を飲んでもすぐには治まらなかった。 毎日すごく頑張っていたからどっと疲れが出てきたのだろう。 たまにはゆっくりと休養しなければ身体が持たない年になってしまった。
私も一緒にお休みをしたかったのだけれど 山里の職場が気になってたまらなくて急きょ駆けつけていた。 母がとても喜んでくれて、ああ来て良かったなあってすごく思った。 山積みの仕事をせっせと片づける。それが少しも苦にならなかった。
出来ることを出来る日に、精一杯の自分でいられるのはとても心地よいこと。
帰宅すると夫の体調もずいぶんと良くなっていてほっと胸を撫で下ろす。 「調子が良いから飲もうかな」なんていつものビールも美味しそうに飲んでいた。
そんないつも通りのこと、当たり前のようなことがとても愛しく感じる。
夕方のニュースでチリの大地震を知った。明日の朝、日本にも津波が来るかも。 息子からメールが来て「明日の朝は川へ行くなよ」と言ってくれる。 それがとても嬉しかった。気遣ってくれて心配してくれて何よりありがたい。
朝になってみなければわからないけれど、津波が来ないことをせつに願っている。
どんな日もあるものだな。今日はつくづくとそう思った。 ずっとずっと平穏無事の日が続くなんてそれは決してありえないこと。
だからこそ毎日が愛しい。だからこそ日々に感謝しながら生きていきたいものだ。
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