ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2014年02月20日(木) 天からの声

曇りのち晴れ、やっとおひさまに会えて嬉しい。

菜の花がぽつりぽつりと咲き始めた。

チンゲン菜の菜の花だけど緑の服に黄色い帽子がとても可愛い。


川仕事を終えるなり孫の圭人に会いに行く。
明日はもう退院でしばらくはお嫁さんの実家に帰ってしまうのだ。
そうそう押しかけるわけにもいかなくなるななんて思ったり
今度はいつ会えるのかしらと思うとちょっぴり寂しかった。

今日は初めて抱っこをする。その愛しい重みを忘れずにいたいなと思った。
同じ孫でも綾菜の時とは何かが違っている。おばあちゃんのささやかな遠慮。
厚かましい姑だとお嫁さんに思われそうで、それがとても気になってしかたない。

どこまでが良くてどこからがいけないのか、などと考えることが多くなった。


病院でちょうど定期検診に来ていた娘と偶然会えて嬉しかった。
赤ちゃんは順調で、まだ豆粒ぐらい小さいのに手をしきりに動かしているとのこと。
「元気にびちくりよるよ」って娘。びちくるとは方言で暴れまわるという意味。

今度はもしかしたら男の子かもしれない。とにかく元気いっぱいの赤ちゃん。


秋には三人目の孫が生まれる。なんだかすごく不思議で信じられないような気持ち。

「長生きをしなさいよ」って天からの声が聞こえてくるようなこの頃だった。



2014年02月19日(水) 愛しき日々

二十四節気の「雨水」ほんの少し春が近づいた気がするのだけれど
大雪で孤立した町の様子などをニュースで見ているとなんとも気の毒でならない。

自分がどれほど恵まれているのか思い知る。
あたりまえのように暮らしている日々が決してあたりまえではないのだと。


四万十は曇り日。雲の上にはおひさまが微笑んでいることだろう。
川仕事を終えてひとやすみしてから日課のお大師堂参りに行く。
てくてくと歩けばこころも一緒についてくる。
ああ気持ち良いなって思えば疲れた足もちょっぴり軽くなる。

楽しみにしていたご近所の寒桜がほっこりほっこりと咲いていた。
足をとめてしばし愛でる。いち早く春を知らせてくれてありがたいこと。

お大師堂で手を合わせながら、今日も平穏無事に感謝する。
綾菜はそろそろ保育園から帰ってくる頃だななんて思ったり
圭人は今日もすやすやと眠っているかななんて寝顔を思い浮かべる。

今すぐ綾菜に会いたいな。圭人に会いたいな。欲張りなおばあちゃん。


とんとんとんとまるで何かの機械が動いているように日々が流れていく。
故障しないかな壊れてしまわないかなってふっと不安になることがよくある。

どんなに手を合わせてもどんなに祈っても「ある日突然」はあるのだと思う。

そう思うと毎日がほんとうにありがたくて愛しい日々なのだなと思うのだった。



2014年02月17日(月) もしくじけそうになったら

「春に三日の日和なし」と言うけれど、もう春だということなのだろうか。
お天気はまた下り坂で夕方からぽつぽつと雨が降り始めている。
優しい雨音に耳をかたむけながら今日の平穏無事をかみしめているところ。


川仕事の疲れもあってここ数日夕食後のウォーキングをお休みしている。
「昼間の仕事でじゅうぶんじゃないか」夫がそう言ってくれてほっとしたり。
日課だからと頑張りすぎないのも良いかなと少し自分を甘やかしている。
出来ることを出来る日に、何事もぼちぼちがいちばんなのかなと思う。

青さ海苔の収穫は相変わらずで、今年は不作と言っても過言ではないだろう。
きっと今までが恵まれすぎていたのだろうと思う。天からの多大な恵みを
あたりまえのように思っていたのかもしれない。どんな時もあるのだと
受け止めながら毎日とにかくこつこつと出来る限りのことを頑張っている。

不安の数をかぞえていたらきりがない。「なんとかなるさ」が口癖になった。
そうそう、綾菜が大好きなアンパンマンの歌にもあるではないか

「もしくじけそうになったら、良いことだけ良いことだけ思い出せ」

綾菜と圭人、二人の孫に恵まれて幸せいっぱいのおばあちゃんだった。



2014年02月16日(日) 野すみれ咲いて

寒さも和らぎ日中はまるで春のような暖かさになった。
庭のかたすみに野すみれの花が咲いているのを見つけてほっと嬉しく思う。
コンクリートで固められた庭だと言うのに、その隙間からそれは咲く。
野に咲くすみれ、かつて土手から種が風に吹かれて根付いたものだと思う。
雑草だと始末してしまわずにずっと見守っていてほんとうに良かった。


昨日の早朝のこと、息子からメールがありお嫁さんの陣痛が始まったとのこと。
とるものもとりあえずすぐに病院へ駆けつけたけれど初産は時間がかかるものだった。
お嫁さんのご両親と息子に後を頼み一度は帰宅したもののなんとも落ち着かない。

川仕事どころではなく自宅待機をしながら息子からの連絡を待っていた。
お昼過ぎになって分娩室に入ったと知らせが来る。また大急ぎで駆けつけた。

けれどもちょうど同じ時間に産気づいた妊婦さんがもうひとりいて
お嫁さんはまた病室に帰されてしまっていた。陣痛がすごく今にも産まれそう。
大丈夫かしら、このまま病室で産まれてしまうのではないかとはらはらするばかり。
陣痛の痛みもピークに達し、うめき声をあげほんとうに辛そうだった。

病棟に産声がひびく。生まれたね、やっと分娩室に行けるよと思ったのだけれど
助産師さんが来てくれてもうしばらく待っていてねと言うからみんなでパニックになった。

大丈夫だと思っていてもこんなに緊張したことはかつてなかったと思うほど。
特に初孫のお嫁さんのご両親はどんなにか不安だったことだろう。

午後4時過ぎまで待ってやっと分娩室に入ることが出来た。
そうして午後5時30分、辛い陣痛を乗り越えて元気な産声があたりにひびく。

3020g元気な男の子が誕生した。なんとも感動的な一瞬であった。


病院からの帰り道、夜空にはぽっかりと満月が浮かびきらきらと輝いていた。
お月様からさずかった命なのかもしれないねと夫ふたりで微笑みあう。

どうかすくすくと元気に育ってくれますように。月の光に手を合わせながら祈った。



2014年02月14日(金) ふれあえばふれあうほどに

またまた各地から雪のニュースが流れてくる。
四国も山間部では雪になっているようだけれど
幸いなことに四万十は冷たい雨のみにとどまっていた。

そんな雨も午後には降りやみ、ほっと空を仰ぐ。
ご近所の寒桜のつぼみが薄紅色にふくらんで明日にでも咲きそうだった。


川仕事の疲れがそろそろ出て来たのか、午後は炬燵でうたた寝ばかり。
一度寝転んでしまうとなかなか起き上がることが出来なくなった。
寒さのせいにもしてしまって日課のお大師堂参りも休もうかなと思う。
けれどもそんな日に限って何か悪い事が起こるのではと不安になってしまう。

よっこらしょ。やっと炬燵から抜け出せた時はもう4時を過ぎていた。
お大師堂に着くと自転車が停められてあってそれがお遍路さんのものだとわかる。
どんな出会いが待っているのだろう。わくわくしながら扉をノックした。

そうしたら私のことを待っていてくれたらしく思いがけずに嬉しかった。
先にお参りに来ていた従兄弟が「もうひとりおばさんが来るよ」って。
そうです。そのおばさんが私ですと笑顔で語り合うことが出来た。

その青年自転車遍路さんはなんと遠く北海道から来たとのこと。
それにはほんとうにびっくりした。自転車で四国まで辿り着いたなんて。
とてもすんなりとは辿り着けない距離だと思う。どんなに大変だったことか。

けれどもお遍路さんはすごくあっけらかんとした顔をしてその楽しさを語ってくれた。
お四国もお寺だけではなくあちこちに寄り道をしては観光を楽しんできたとのこと。
37番札所のある町ではとある民家にお世話になって五日も泊まらせてもらったとか。

いろんな出会い、たくさんの縁にめぐまれて四万十に辿り着いたのだなと思う。
私は何のお接待も出来なかったけれど、ただただ笑顔がお接待だと思うことにした。

すべての出会いが一期一会である。その日、その時でなければ叶わなかった出会い。

ふれあえばふれあうほどひとのあたたかさを感じる。

笑顔にはかならず笑顔がかえってくる。それはとてもありがたいことだった。



2014年02月11日(火) こころはもうすっかり春

いかにも冬らしいきりりっとした寒い朝。
氷点下ほどではなかったけれどクルマのフロントガラスが凍っていた。

早朝から川仕事、川船も真っ白になっていたけれど今日も出撃である。
水の中は思ったよりもずっと暖かい。朝陽が差し始めるとほこほことしてくる。

作業中に娘から電話があって綾菜を連れて遊びに来てくれるとのこと。
それを聞いただけで嬉しくなって動かす手も勢いを増すほどであった。

川から戻り作業場で仕事をしていると娘たちがもう来てくれた。
ひだまりのなかを綾菜が駆け回る。ちょこちょことまるでひよこのように。
それがなんとも微笑ましくてふっと胸に熱いものが込み上げてきた。
幸せだなって思う。笑顔の花がたくさん咲いて心はもうすっかり春だった。

作業を終えみんなで帰宅。ありあわせのお昼ご飯でもとても美味しかった。
綾菜の食べている姿を見ているだけで心も満腹になるのだった。

午後はみんなでお昼寝。一番先に綾菜が眠ってその寝息が子守唄のよう。
みんなでとろんとろんとする。とても平和なひと時であった。

幸せをかみしめるたびにその幸せがこわくなるときがある。
ある日突然大きな落とし穴に突き落とされそうな不安が襲ってくる。

けれども毎日感謝しながら手を合わせているとそれが救いとなってくる。

あたえられた日々をそうして全うすること。それ以外に何があるのだろう。


おやつの時間になるとアンパンマンのお菓子を綾菜がみんなに分けてくれる。

「どうぞ」って言いながらみんなの口にお菓子を入れてくれたのだ。

「おいしいねー」って言うんと「おいちいねー」天使の声がこだましていた。





2014年02月10日(月) ほっこりと手を合わす

昨日の晴天がうそのように今日はまた冷たい雨になる。
一雨ごとに春が近づいているのかもしれない。
そう思うと冷たい雨も春の使者のように思えてくる。


早朝から川仕事、夜明けを待ちかねるようにして出掛けた。
雨合羽を着ると寒さも気にならず夫とふたりで今日も精を出す。
やはり海苔の生育は芳しくなく今年はあまり期待が出来ない。
けれども少ない収穫でもこつこつと努力するほかないだろう。
なんだか不安と希望がごちゃまぜになっているようなこの頃だった。

午前中に作業を終え、早目に昼食を済ませて山里の職場に向かった。
母からヘルプメールが届いていた。頼ってくれてありがたいことだと思う。
一つきりの身体で思うようにいかないこともあるかもしれないけれど
これからも出来る限り助けてあげたいと思う。それが親孝行だと思う。

幸いなことに今年はまだ身体の不調がなかった。
「動ける」ということはほんとうにありがたいことだと思う。

出来ることを出来る日に。元気がいちばん、健康がいちばんだった。


冷たい雨は降りやまず、帰宅の車でそのままお大師堂にお参りに行く。
日捲りの暦は昨日のまま、やっと月曜日ですねと暦に語り掛ける。

ろうそくの灯り、お線香のまっすぐなけむり。私のつたない般若心経。

今日も平穏無事をありがとうございました。ほっこりほっこりと手を合わす。


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