| 2014年02月09日(日) |
幸せひとつまたひとつ |
各地から大雪のニュースが流れているけれど 今日の四万十は穏やかな晴天となりほんとに恵まれているのだと思う。 毎年何度かは積雪があるのだけれど今年はまだ一度もなかった。 暖冬とはとても言えないけれど、このまま春になってくれないものだろうか。
今日も川仕事はお休み。夫が地元の中学校の体育館の落成式に出席していた。 「お餅投げ」があるということで娘と綾菜と一緒に出掛ける。 それがものすごい人が集まっていてびっくりしたのか綾菜が泣き出してしまう。 困ったね、諦めようかと思っていたら、背広姿のジージが駆けつけて来てくれた。
ジージと綾菜は見学、私と娘は大はしゃぎできゃあきゃあ言いながらお餅を拾った。 「お餅投げ」なんてほんとに久しぶりのことでとても楽しいひと時であった。 もう少し大きくなったら綾菜もその楽しさがわかるようになることだろう。 アンパンマンのバックに紅白のお餅を入れてあげる。「まんま?」と首をかしげていた。
実はつい先日のこと、娘が第二子を懐妊していることがわかったばかり。 予定日はまだはっきりとわかっていないけれど9月頃になりそうだった。 綾菜がお姉ちゃんになるなんてまだ実感がわかないけれど これからだんだん娘のおなかが大きくなってそれが現実になっていくのだなと思う。
母親に甘えたいさかりの綾菜にとっては大きな試練になるのかもしれない。 弟かな、妹かな、綾菜はきっと優しいお姉ちゃんになってくれるだろうと信じている。
今月末には息子のところにも男の赤ちゃんが生まれる予定なので まさに孫ラッシュの一年になりそうだった。
ジージもバーバも元気でいなくてはね。いっぱい長生きしなくてはね。
今日も相変わらずの寒さ。みぞれのような冷たい雨がずっと降り続いている。 雨でも休まないよと言っていた川仕事も、夫と相談のうえお休みになった。 山里の職場も気になり、急きょ出勤することにする。
連絡もせずに行ったものだから、母がとても喜んでくれた。 仕事も忙しく張り合いがあって来て良かったなとつくづく思う。
今度はいつになるのだろう。母と約束が出来ないのが心苦しい。 せめて半日だけでも助けてあげられたらどんなに良いだろうか。
仕事を終えてその足でお大師堂に向かった。 昨日のお遍路さんのことも気になっていたけれど 今朝の冷たい雨の中を旅立って行ったようだった。 その代わりに顔なじみのお遍路さんが到着していて再会を喜び合う。 川仕事に行っていたら会えなかったことだろう。 これも縁あってこそ、会えない人には会えない。会える人には会える。
帰宅すると札幌に住む友人からゆうパックが届いていた。 毎年雪まつりの季節になると絵葉書を届けてくれていたのだけれど 今年はゆうパックだったのでおまけつきかなとわくわくしながら開ける。 なんと可愛い雪だるまのぬいぐるみとチョコレートが入っていた。 箱の宛名をよく見ると「綾菜」の名前も添えられてあってすごく嬉しかった。
明日は綾菜が来てくれたらいいな。きっときっと喜んでくれそうだった。
これも縁あってこそのこと。私はとても恵まれているのだとつくづく思っている。
夕方からみぞれのような雨が降り始めた。 しんしんと底冷えするような寒さである。
歳のせいかお風呂に入るのがとても怖い。 ヒートショックで亡くなる人が多いと聞いてからだった。 脱衣所をヒーターで温めてから入るようにしているのだけれど 肩までお湯につかると心臓がぱくぱくして気が遠くなる。 寒い夜のお風呂がいちばんの楽しみだったと言うのに なんとも情けないことになってしまったものだ。
無事に入浴を終えるとほんとうにほっとする。 はだかんぼうで死ぬのだけはなんとしても避けたいと思う。
こんなに生きていると言うのにいつも死と隣り合わせ。 歳をとるということはこういうことなのだろうか。
「そんな人に限って長生きするもんだぞ」いつも夫に笑われる。 もっともっとあっけらかんと生きていられたらどんなに良いだろうか。
今日も午前中にお大師堂にお参りに行って、それから川仕事だった。 作業場で作業をしているとお大師堂仲間のいとこがやって来て お大師堂に若いお遍路さんが来ているよとおしえてくれる。 会ってみたいなと思ったのだけれど、そのまま行けず終いになってしまった。 明日も冷たい雨の予報。もしかしたら会えるのかもしれない。
大橋を渡るお遍路さんの姿もほとんど見かけることのないこの頃。 暖かくなったら春遍路さんも多くなるだろう。春よ来いはやく来い。
寒い冬のおかげで春の喜びを感じることが出来る。
ご近所の寒桜のつぼみが日に日にふくらんでいる。
今朝のこと庭の掃き掃除をしていておや?と思った。 節分の夜にたくさん撒いた豆が一粒も見当たらなかったのだ。 きっと小鳥たちが喜んで食べてくれたのだろう。 その姿を思い浮かべながらなんとも微笑ましく思ったりした。
川仕事の潮待ちをしているあいだにお大師堂へお参りに行って来た。 日捲りの暦を千切って一日が始まる。とても清々しい朝であった。 無事に朝を迎えられたことに感謝。そうして一日の平穏無事を祈る。
綾菜は元気に保育園に行ったかしら。山里の母も笑顔でいてくれるかしら。 手を合わすとみんなの顔が目に浮かんできてちょっぴりせつなくなる。
帰り道、河川敷に散乱するゴミを拾いながら帰った。 今の時期はウナギの稚魚である「しらす漁」の最盛期でもあって 毎年のことだけれど漁に来た人達がゴミを捨てて行くのであった。 マナーの悪さはとどまることがなく、どうしようも出来ない現状。
かといって腹も立たず、黙々とゴミを拾うのもまた私の楽しみでもあった。 しらす漁が終わればまた綺麗な河川敷が戻って来ることだろう。
午前11時、早目の昼食を食べ終え「いざ出陣!」と川仕事に向かう。 今日は昨日ほど風が強くなくてずいぶんと暖かく感じた。 明日からお天気は下り坂のようだけれど、雨でも休まないからなと夫。 私もうなずく。どんなに悪天候でもとにかく頑張らなくてはいけない。
収穫は二時間足らずで終わるのだけれど、作業小屋での仕事がまた二時間。 それも少しも苦にはならず今日も達成感でいっぱいになった一日だった。
夜になると、ああ今日も生きていたんだなってつくづく思う。
生きているから幸せなんだなって。ほっこりほっこりこころがあたたかい。
| 2014年02月04日(火) |
春は名のみの風の寒さや |
今朝はそれほど寒さを感じなかったのだけれど やはり予報通りでだんだんと冷たい北風が吹き荒れるようになった。 立春の今日、まさに「春は名のみの風の寒さや」であった。
大安吉日と言うこともあって今日から海苔漁を始める。 毎年のことだけれど身体のどこかのスイッチを押したような気分。 そうして気合を入れて頑張ろうとちょっぴり勇み足になってしまうのだった。
けれども今年は海苔の生育がいまいちでやはり不安も襲ってくる。 例年並みの収穫がなかったらたちまちどん底に突き落とされるのではないか。 心配性の私の背中を「とんとん」と叩くような夫の笑顔に励まされていた。
よっこらしょ、どっこいしょ。久しぶりの肉体労働は身体に堪えるけれど 一日の仕事を終えると清々しい達成感が待っている。 どんな年もあったけれど今までずっと頑張ってきたのだもの。 こつこつと努力していればきっとその成果があるのだと信じたかった。
目に沁みるような緑の海苔。愛しいものだなと思いつつ手を動かしていた。
これも天の恵み、ありがたさが込み上げて来てふっと胸が熱くなる。
「お父さん、明日も頑張ろうね!」
夫の背中はいつも頼もしい。その背中のおかげで今の私があるのだなと思った。
今日も20℃を超す暖かさ。梅のつぼみも一気に花開く。 つかのまの春だとわかっていてもやはりほっとするもの。 明日はまた寒波がやってくるという。名ばかりの立春になりそうだ。
山里の職場での仕事も今日で一区切り。 明日からしばらくのあいだ家業の川仕事に専念することになった。 気がかりなことがたくさんあるけれど、身はひとつの現実である。 時々は顔を見せてねと母。自分も出来るだけそうしたいと思っている。 にっちもさっちもいかない時もあるかもしれないけれど きっとなんとかなるだろう。そう信じて頑張っていきたいものだ。
帰宅してすぐに近くのダイハツへ新車を引き取りに行く。 嬉しいはずなのにどうしたことか昨夜から不安でならなかった。 いつからだろう車の運転がとても苦手になってしまっていて 新しい車をちゃんと乗りこなせるだろうかと心配になってしまったのだった。 緊張すると持病の発作が起こるのではないかとそればかり考えていた。
とにかくリラックスしなければ。どうってことないさと気楽にならなければ。 胸の鼓動がおさまらないまま新車とのご対面となってしまった。
いろんな説明を聞きながら運転席に座ってみる。 その感触は手放した今日子ちゃんとよく似ていた。 げんきんなもので「大丈夫かもしれない」と思い始める。
それはある意味自己暗示をかけるようなもので、すぐに大丈夫モードになった。 ガソリンスタンドに寄って満タンにする。そうして買い物をして家に帰る。
車庫入れもばっちりで「うんうん」と自分の頭を撫でているような気分。 ミライースだから「イースちゃん」って呼ぼうかな。今日から私の愛車。
「鬼はそと福はうち」イースちゃんのまわりにいっぱい豆をまく。
最高気温が20℃を超え2月とは思えない暖かさになった。 すっかり春のような陽気に誘われて散歩に出てみたけれど ほんの少し歩いただけで汗が流れ始めてなんだかしんどくてならない。 たくさん歩くつもりだったのだけれど早々に家路を急いでしまった。
お大師堂の川辺でたんぽぽの花が咲いているのを見つけた。 毎年同じ場所に咲いてくれるので楽しみにしていたところだった。 座り込んで話しかける。「ありがとうね」って声をかける。
たんぽぽはただ微笑むばかり。ふんわりと優しいとびっきりの笑顔。
夕食後、今度こそたくさん歩こうとたそがれウォーキングに出掛ける。 ほうずき色に染まる空にレモン色の三日月が浮かぶように輝いていた。 なんともか細くてずっと見ていないと消えてしまうような心細さを感じる。
「ここにいるよ」見守っているような気持ちになって空を仰ぎつつ歩く。
ふっと不安になる。いったい何が私を襲ってきているのだろう。 こんなにも生きているというのに何が足りないというのだろうか。
三日月に手を伸ばしても届くはずはないのだけれど
ちぐはぐなこころの穴を埋め尽くすようにその光が届くありがたさ。
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