二十四節気の「大寒」もっとも寒さが厳しい頃と言われているけれど 今日の四万十はまるで春のように暖かい陽気となった。
寒暖の差も身に堪えるものだけれど、暖かいとやはりほっとする。 それも寒さあってのことと冷たい風にも感謝しなければいけない。
帰宅するとポストに友からの便りがあった。 今年に入ってからもう二度目の便りを嬉しく思う。 悩み事と言うほどのことではないのだけれど 前回ちょっと私が嘆いてしまったことを気にかけてくれたようだ。 よけいな心配をかけてしまったようでなんだか心苦しかった。 どんなに些細なことでももう嘆くのはよそうと心に誓う。
けれどもありのままの自分と向き合っていると 決して楽天家でもなく、あっけらかんと生きていくのも難しく思える。 「そのままでいいよ」いつも自分に言い聞かせている毎日であった。
だからもしかしたらまた嘆くかもしれない。 友には聞こえないようにひっそりとどこかで。
暖かな陽射しに誘われるように今日もたくさん歩いた。 動いているんだなってすごく感じる。その瞬間がとても心地よい。
私はわたしの道を行く。その道は間違っているよって声が聞こえても
私はわたしの道を信じたいと思う。それが自分に与えられている道だから。
昨夜は時雨れていたので今朝は雪かなと思っていたのだけれど そこに雪はなくただただしんしんと冷たい夜明け前の空気が漂っていた。
寒い寒いと言ってもこの冬はまだ氷点下にもならず積雪もなかった。 暖冬とは言えないかもしれないけれどありがたいことだと思う。
昨日は孫三昧をさせてもらったけれど今日はぽっかりと空いた休日。 午前中に買物に出掛けただけで、後は茶の間の炬燵で猫のように過ごす。 のんびり出来るのも今のうちさと夫。来月になれば川仕事が忙しくなる。
まだ始まってもいないことをあれこれと心細く考え込むのが私の悪い癖。 決して順調とは限らないと思うとついつい悪い事ばかり考えてしまうのだった。
その点、夫はいつもあっけらかんとしていてとても頼もしく感じる。 何事も始めてみなければ。後は天にまかせれば良いのだよと言っているよう。
そんな夫のおかげでこれまでいろんなことを乗り越えてこれたのだと思う。 どんなに手を合わせても足らないような気がする。ありがたき伴侶である。
「おい、3時からビフォーアフターがあるぞ」 炬燵でうたた寝をしていたら足でちょちょいと私を起こしてくれた。
おかげで散歩に行ける。お大師堂にお参りに行って今日も大橋のたもとまで。 空を見上げればトンビがゆったりと大らかに空を旋回していた。
まるで夫のようだなって思った。光あふれる空がよく似合う。
「ただいまぁ、間に合ったよ」夫と二人でビフォーアフターを見入る。
仕事帰りに買物に寄ったら入口の花屋さんに桜草の花がたくさん並んでいた。 わぁと思わず歓声をあげる。白とピンクの二鉢を買って笑顔でいっぱいになった。
まるですっかり春の気分。ほんわかとあたたかい気持ちになれて幸せだった。
助手席に春をのせて家路につく。「ただいま」の声も心なしかはずんでいた。
あんずの犬小屋も処分してしまって、いっそう寂しくなった庭に たくさんの花を植えてみるのもいいなって思った。
冬のやわらかな陽射しがふりそそぐ土手の道を今日も歩く。 てくてくと歩けば歩くほどこころも晴れやかになるものだった。 見渡す限り雀色だった土手にも蓬の緑があちらこちらに見えるようになった。 そういえばそんな草の匂いをかぐのが好きだったなってまたあんずを思い出す。
お大師堂でお参りを済ませ、今度は川沿いの河川敷を歩いて帰る。 あまりの心地よさに真っ直ぐ家に帰るのがもったいないような気がして 大橋のたもとの休憩所まで行ってみた。ほんとうに久しぶりのこと。
なんとものどかな風景。川の流れも空の青さも目に沁みるようだった。
ここに暮らしてもう35年目の春が来ようとしている。
過ぎ去った歳月が走馬灯のように浮かんでは胸にいつまでも明かりを灯している。
| 2014年01月15日(水) |
風も空も水のにおいも |
朝の寒さにも慣れてきたのかさほど辛さを感じなくなった。 寝巻の上にちゃんちゃんこを羽織って目覚めのコーヒーを飲むのが日課である。 夜明けがほんの少し早くなって春は遠からずと思えるこの頃であった。
今年初の粗大ゴミの収集日、とうとうあんずの犬小屋ともお別れをする。 家の中よりも犬小屋がお気に入りだったあんずの残り香がかすかに漂う。 木製の犬小屋はかなり朽ち果てていて16年間の歳月そのままだった。
さよならあんず。父さんも母さんもずっとあんずのことを忘れたりしないよ。
午前中は姑さんのリハビリに付き添い、今日も頑張る姿を見られた。 リハビリ室も笑顔でいっぱいになる。ほのぼのと心温まるひと時だった。 私も仕事との板挟みで葛藤することもあったけれど これで良かったのだなと今日はつくづく思ったことだった。 また来週のお楽しみ。また笑顔の花をたくさん咲かせたいと思う。
午後、風は冷たかったけれどおひさまの笑顔が嬉しくなってたくさん歩く。 土手から見渡す四万十川はきらきらとまぶしいほどに輝いていた。 深呼吸をいっぱいする。風も空も水のにおいもぜんぶ吸い込むように。
お大師堂でお参りを済ませてお供えしてあったおせんべいをいただく。 それはかっぱえびせんの味がした。やめられないとまらない美味しさ。
ごちそうさまでした。お大師さんもにっこりと微笑んでいるようだ。
るんるんらんらん。スキップするように土手の道をまた歩く。
風も空も水のにおいもごちそうさまでした。
曇り日、気温はさほど低くないと言うのになんとも肌寒い一日だった。 おひさまのありがたさをつくづく感じる。やわらかで優しい冬の陽射し。
三連休を頂いたあとの仕事、またまたトラブル発生で気が重くなる。 そんなことがあるたびになんとかまるくおさめられないものかと まわりに気を遣ったり自分なりの努力をしてみるのだけれど 一度荒れ始めるとなかなか手におえなくてふっと逃げ出したくなってしまう。
けれどもそれが自分に与えられていること。 何事も試練だとありがたく受け止めなければいけないのだと思う。
まあどんな日もあるさ。母のようにあっけらかんとしていたいものだった。
仕事を終えて娘と合流し、綾菜を保育園にお迎えに行く。 思った通り私の顔を見るなり不機嫌になってしまう綾菜。 いつもと違うな、今日は病院だなとすぐに察知しているようだった。 耳鼻科の駐車場に入るなりもう大泣きになってしまってパニック状態である。 娘と二人がかりでどんなになだめても火が付いたように泣き叫んでいた。
「もしもしするんだよ、痛くないんだよ」
診察室に入るなり両手を振って「バイバイ」と泣き叫び始める。 先生も笑ってる。看護師さんも笑ってる。綾菜だけは涙がぽろぽろ。
「うん、もう大丈夫だね」先生の声もよく聞き取れないほど。
でもほんとうに良かった。ほぼひと月かかったけれどやっと完治したようだ。
いっぱい泣いたけど頑張ったんだよ。えらかったねってほめてあげる。
アパートまで送り届けると、なぜか中に入りたがらない。 私に手を差し伸べて抱っこをせがむ。その仕草には涙が出そうだった。
後ろ髪を引かれるように帰路につく。その足でお大師堂に向かった。
守ってくれてありがとうございます。手を合わせば綾菜の顔ばかりが浮かんだ。
朝の寒さも日中は和らぎおひさまのありがたさをつくづく感じる。 どこかに出掛けてみたい気持ちもあったけれど 買物さえも行かずに茶の間でトドのようにごろごろとするばかり。
炬燵でテレビっ子。それもまたよしとする。 「徳さんのお遍路さん」「開運なんでも鑑定団」午後は「ビフォーアフター」 夕方になれば大相撲の初場所も始まりテレビ尽くしの一日となった。
ほとんど動くということのない怠惰な一日だったと言うのに お腹が空く。「胃だけは動いているからな」夫の一言に笑ってしまった。
食欲がない、なんていう日はまったくなかった。 ダイエット中だと意気込んでいても三食しっかりと食べてしまう。 特に休みの日は食べ過ぎてしまって元も子もないありさまであった。
万歩計も停滞気味になってしまって、今日もお大師堂まで往復するのみ。 けれどもどんなにわずかであっても進んでいるのだからと思うことにした。 「お遍路万歩計」はもうすぐ二年目、やっと二巡目の「青龍寺」に辿り着く。
思うようにはいかなくてこんな怠け者でいいのかしらと思う時もあるけれど 焦らず無理せずずっとマイペースの自分でいるのも良いのかもしれない。
ゆったりゆったりと時が流れている。急がなくてはいけない理由は何一つない。
朝の冷え込みも二日も続けば慣れてきて苦にならなくなった。 早朝5時には早起きの夫が暖房をつけてくれる。 おかげでスムーズに布団から抜け出せてありがたいことだった。
あんずがいた頃には夜明け前の散歩が日課だった夫。 雨の日も雪の日も16年間もそれを続けてきた。 「なんだか気が抜けたようだよ」と今朝もつぶやいていた。
午前中は買い物に行ったりしているうちにあっという間。 早目に昼食を食べ終えてから綾菜を保育園にお迎えに行く。 私が迎えに行くとイコール病院と思い込んでいるらしく 先生にしがみついて離れたがらない綾菜もいじらしいものだった。
「じいちゃんがブーブで待っているよ」やっとにっこりとして私に抱かれる。 それからというもの私には見向きもせずにずっとジージのそばから離れない。
お昼寝もジージに抱かれたままやっと眠ってくれた。 何度も大嫌いな病院へ連れて行く私をちょっと嫌いになったのかもしれない。
それでもおやつの時間になるとやっぱりばあちゃんだねと思うようだった。 アンパンマンのパンを美味しそうに頬ばる。美味しいねえの顔が嬉しい。 おやつを食べ終わるとまたまたジージにべったりでなんとも微笑ましい姿。
夕方、娘が迎えに来たけれどまだ帰りたくないとだだをこねる。 「じいちゃんも一緒に帰ろうかな」やっと帰る気になってくれた。
いつもはお見送りの私も今日は出番がなかった。 とにかくじいちゃんでなくてはならない。 慣れない手つきでチャイルドシートと奮闘する夫もちょっと愉快だった。
「どうやらお前よりも俺のほうが好きみたいだぞ」
夫は悦に入っている。きっとすごくすごく嬉しいのが伝わって来て私も嬉しかった。
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