ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年12月27日(金) 「いのち」そのもののように

今日もみぞれのような雨が降ったりやんだり。
もしかしたら明日は雪になってしまうかもしれない。

ひゅるひゅると唸るような風の音を聞いている。
なんとなくざわざわと心が震えているような気がしてならない。


今日は仕事納め。やれるだけのことを片づけて帰って来た。
毎年いただいている年末の寸志はとてももらえるような状態ではなく
気の毒がる母に「だいじょうぶだよ」と笑顔で応える。

「足るを知るは最上の富」もうじゅうぶんだと思えるようになった。

この一年のパート収入でどれほど助かったことか。
どんなに会社が大変な時でもそれを頂いていた自分がとても心苦しく思える。

来年もみんなで力を合わせてこの不況を乗り越えていきたいものだ。
「なんとかなるよ」いつも母が言ってくれる言葉がとても励みになる。



帰宅して防寒着に毛糸の帽子、今日こそは歩こうとお大師堂に向かう。
雨はちょうどやんでいたけれど川風のなんと冷たいことだろう。
川面には白波が立ってまるでたくさんの水鳥が浮かんでいるように見えた。

そんな冬の四万十川が私はとても好きだった。
荒々しさのなかにほっとするような優しさがある。
「いのち」そのもののような力強さも感じられるのだった。

生きているって素晴らしいことだな。そんな川を見るたびに心が熱くなる。



2013年12月26日(木) 干し柿

冷たい雨の一日。冬枯れたあたりの風景も雨に震えているように見えた。
山茶花の花がもう散り始める。落ちた花びらはただただ雨に打たれるばかり。


多忙な仕事も大詰めとなり、今日もばたばたと走りまわる。
私は明日で仕事納めをさせてもらうのだけれど
母は大晦日まで仕事をするのだと言ってきかない。
ゆっくりと休ませてあげたいなといつも思うばかりで
親孝行はほんの少し。それでも微笑んでいる母に頭が下がる。


仕事を終えてスーパーに寄ったらもうお正月ムードになっていた。
そろそろ準備をしなければと思うのだけれどいつもギリギリ。
昆布巻き用の鯖が安かったので買って大晦日まで冷凍しておくことにした。
今年は大晦日も綾菜のお守りなのでちゃんと昆布巻きが出来るかしら。
娘の大好物で毎年楽しみにしてくれているのでなんとしても作らなければ。


帰宅してすぐにお大師堂に向かう。今日はお菓子をお供えしよう。
お大師堂に着くと誰かが干し柿をお供えしてくれていて
「食べて下さい」とメモ書きが添えられてあった。

干し柿ってすごく懐かしい。子供の頃に大好きだったのを思い出す。
お大師さんと向かい合ってついつい手が出てしまったのは言うまでもない。
甘くてとろりんとしていてとても美味しい干し柿だった。

「ごちそうさまでした」手を合わすとお大師さんも微笑んでいるよう。

平穏な一日に感謝しながら今日も暮れていく。

明日のことは誰にもわからないから明日が来てくれるのかなってふっと思った。



2013年12月25日(水) 出来ることを出来る日に

クリスマスの朝といえば子供の頃を思い出す。
目を覚ませば枕元にプレゼントが置いてあって大喜びしたこと。
もう大昔のことなのにどうしてこんなに鮮やかに覚えているのかしら。
父がいて母がいて弟がいて。そうしてサンタさんが来てくれた懐かしい我が家。


水曜日、今日は姑さんのリハビリの日だったけれど
付き添いを姪っ子に頼んでなんとか山里の職場に行く事が出来た。
仕事がどんなに大変であっても姑さんの事を疎かにしてはいけない。
そう思う自分とほっと肩の荷を下ろしている自分がいて少し複雑な気分だった。

ひとつしかない体で何を最優先するべきか。これからも課題になりそうだ。
あちらを立てればこちらが立たず。決して両方を立てようと思ってはいけない。
出来ることを出来る日に、精一杯尽くすことで何事も順調に流れていくような気がする。


仕事が少し残業になり帰宅が遅くなる。その足でお大師堂に向かった。
日めくりの暦が23日のままだったのがちょっぴり寂しく思う。
それなのにお供えしてあったお菓子がほとんど無くなってしまっていた。
どんな日もあってよしだと思う。また明日お菓子をお供えしよう。

昨日のようにどうしても来られない日もあったけれど
今年もほぼ毎日お参りに来ることが出来た。

生きている限り、それはいったいいつまでなのだろうかわからないけれど
杖をつく老婆になってもずっとずっと手を合わせ続けたいと思った。



2013年12月24日(火) 毎日が贈り物

クリスマスイブ。一週間後にはもう大晦日だった。
だからといって急がなくてはいけない理由など何もないと言うのに
なんだかざわざわと落ち着かなくて心までも駆け足になってしまうのだった。


山里の職場がちょっと大変。ちょっぴりどん底の気分なのだけれど
みんなで励ましあってなんとしてもこの苦境を乗り越えたいと思っている。
神様が這い上がるチャンスを与えてくれたのだと思うことにした。
くよくよしていても何も始まらない。とにかく歩みださなければいけない。



仕事を終えて綾菜の耳鼻科に付き添う。病院が見えるなりもう泣き出してしまった。
完治を願っていたけれど、まだ片方の耳が治っていなくて娘と二人肩を落とす。
年明け早々の予約をして泣きじゃくる綾菜を連れて逃げるように帰って来た。

いっぱい泣いたけど今日もえらかったね。頑張ったからサンタさんが来てくれたよ。

プレゼントの絵本を受け取るとすっかり笑顔になってくれて嬉しかった。
泣いたり笑ったり、そんな姿にどんなにか心を癒されていることだろうか。

おばあちゃんにもサンタさんが来てくれたの。それは綾菜そのものだった。

どんな日もあるけれど毎日が贈り物。そんな日々をありがたく受け止めている。



2013年12月22日(日) ありのままで

冬至、かぼちゃも食べず柚子湯にも入らずなんだかちょっぴり後ろめたい。

あいかわらずの風の冷たさ、青空とおひさまの笑顔だけが救いに思う。

午前中は美容院へ。店内はクリスマス一色で美容師さんもサンタ姿だった。
サンタさんに髪を染めてもらったりシャンプーをしてもらったり
おまけに肩までもんでもらえるなんて夢にも思っていなかった。
ちょっぴり童心にかえる。楽しいな嬉しいなって思える自分が幸せ。

午後はお買い物。綾菜にクリスマスプレゼントを買った。
アンパンマンの絵本とアンパンマンのズボン。
まだ幼なすぎてクリスマスもわからないかもしれないけれど
保育園でサンタさんは覚えたようで渡すのが楽しみだった。

午後四時、自転車を押しながらお大師堂に向かう。
今日はペットボトルの水の補給とお供えのお菓子を持って行く。
すると地区でお大師堂の管理をしてくれている副区長さんご夫妻と会った。
落ち葉でいっぱいだったあたりを綺麗に掃除してくれていた。
副区長さんは今年限りで引退をするとのこと
長いことお世話になってほんとうにありがたいことだと思う。

ろうそくに火を灯し、お線香を立てて手を合わせていると
なんだかこの一年のことがゆるやかな川の流れのように感じられる。
時には濁流が渦巻いていることもあったけれど、それがありのあままの姿。
どんなに濁っていても時が経てばまた清らかな流れがきっと戻ってくる。

そんなふうに生きていきたい。ありのままの自分を受け止めながら。



2013年12月21日(土) 嬉しい悲鳴

昨日は初雪が舞い今日はその名残かとても冷たい北風だった。
冬将軍がまるで戦のように刀を振り回しているようだ。
おひさまと闘っているのかな。おひさまはただ微笑んでいるばかりなのに。


午前中に大掃除の真似事をと思っていたのだけれど
寒さのせいにして玄関のあたりだけをちょっと片づける。
ずっと夫の靴だと思っていたナイキの黒いシューズが
娘が置き去りにしていった物だとわかり可笑しかった。
もう何年になるのだろう。ずっと埃をかぶっていたシューズ。

そういえば娘が作ってくれたクリスマスリースがあったっけ。
これも古い物だけれど、玄関のドアに飾ると一気にクリスマスの雰囲気。
ついでに小さなツリーも引っ張り出して下駄箱の上に飾ってみたりした。

ささやかなこと。でもそういうのがちょっぴり微笑ましく思える。

午後は綾菜のお守り、保育園からの帰りのクルマの中でもう眠ってくれた。
じじばばも一緒にお昼寝。なんとも静かでゆったりとしたひと時だった。

それが綾菜が目を覚ますと一転してまたまた豆台風の到来であった。
部屋中に玩具をひっくり返して一緒に遊べとせがまれるじじばばである。
それも嬉しい悲鳴。綾菜のおかげでじじばばはずっと微笑んでいられる。

晩御飯も一緒に食べて娘のお迎えを待っていた。
食欲も旺盛になり、ああ元気になってくれてほんとうに良かったなと思う。
もぐもぐと言うよりがつがつと食べている姿はとても嬉しいことだった。

やっと娘が迎えに来て、いざ帰るとなると「ばいばい」の連呼が始まる。
もっともっと一緒に居たいような、ちょっとほっとするような複雑な気分。

この一年も綾菜のおかげでどんなにか癒されたことだろうか。

ありがとうね。お別れのチュチュしようね。触れたくちびるがほんわかとあたたい。



2013年12月19日(木) 雨あがり

冷たかった雨もあがり天からの贈り物のような青空がひろがる。
風は少し強かったけれど、気温が高めで暖かくほっとするような一日だった。


午前中は川仕事、海苔網を張る作業がやっと今日で終わる。
緑色に染まった網を眺めながらどうか順調に育ってくれますように。
自然任せのことで不安はどうしてもあるのだけれど
希望を忘れずにこれからをずっと見守っていきたいものだ。

海苔の種が生きている。ここにも命がいっぱいなのだと川面に手を合わした。



午後、保育園からそのまま耳鼻科に向かう綾菜と娘に付き添う。
まだ膿が出続けていて完治まではしばらくかかりそうだと言うこと。
綾菜の病院嫌いはピークに達していて今日もずっと泣きじゃくっていた。
憐れで可哀想でならなくて、代わってあげられるものならとひたすら思う。

これも綾菜にとっては試練だろうか。なんとしても乗り越えなければ。
そうしてみんなが元気に笑顔で新年を迎えたいものだとつくづく思った。


何事も順調にとはいかないもの。最近よくそんなことを考える。
それにはきっと何かの「意味」があるのかもしれないなって思う。

それはいったい何だろう?わからないからこそ前に進めるような気がするのだ。


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