ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年12月19日(木) 雨あがり

冷たかった雨もあがり天からの贈り物のような青空がひろがる。
風は少し強かったけれど、気温が高めで暖かくほっとするような一日だった。


午前中は川仕事、海苔網を張る作業がやっと今日で終わる。
緑色に染まった網を眺めながらどうか順調に育ってくれますように。
自然任せのことで不安はどうしてもあるのだけれど
希望を忘れずにこれからをずっと見守っていきたいものだ。

海苔の種が生きている。ここにも命がいっぱいなのだと川面に手を合わした。



午後、保育園からそのまま耳鼻科に向かう綾菜と娘に付き添う。
まだ膿が出続けていて完治まではしばらくかかりそうだと言うこと。
綾菜の病院嫌いはピークに達していて今日もずっと泣きじゃくっていた。
憐れで可哀想でならなくて、代わってあげられるものならとひたすら思う。

これも綾菜にとっては試練だろうか。なんとしても乗り越えなければ。
そうしてみんなが元気に笑顔で新年を迎えたいものだとつくづく思った。


何事も順調にとはいかないもの。最近よくそんなことを考える。
それにはきっと何かの「意味」があるのかもしれないなって思う。

それはいったい何だろう?わからないからこそ前に進めるような気がするのだ。



2013年12月18日(水) 冷たい雨を受け止めて

なんとも冷たい雨。おひさまのありがたさをつくづく感じる。

早朝、娘から電話があり綾菜の熱が下がったとのほっとする知らせ。
保育園に行かせてみることにしたけれど、もしもの時は頼むと言うこと。
保育園から電話がかかってきませんようにはらはらしながら一日を過ごす。

午前中は川仕事、冷たい雨も雨合羽を着ると殆ど寒さを感じなかった。
海苔網を張る作業もほぼ完了し、明日ですべてが終わる予定である。
綾菜のこともあり何事も順調にはいかないものだなと思っていたけれど
思い煩うよりもとにかく「動く」ことが大切に思えた五日間だった。

午後も保育園からの電話はなく、大丈夫だねと夫と二人胸を撫で下ろした。
おりこうさんでお昼寝をしたかな。おやつもいっぱい食べたかな。


川仕事の疲れもあって雨の中歩くのもしんどくなってしまって
クルマでお大師堂へお参りに行く。銀杏の葉がたくさん落ちて雨に濡れていた。
お大師堂には誰かが持ってきてくれたらしく立派な門松が供えてあった。
もうそんな頃、暦を見れば今年もあと二週間を切っている。

ほんとうにあらあらと言う間に流れてしまった月日。
いちにちいちにちをどれほど丁寧に生きてきたのかと自分に問いかける。

思えば疎かにしてしまったことがたくさんあるような気がする。

まわりのひとを思い遣ること。そうして精一杯に尽くすこと。

まだまだ自分には足りないことがたくさんあるように思う。



2013年12月16日(月) いちばん好きなもの

白鷺が一羽川辺にすくっと立って身動きもせずにじっと何かを見つめている。
それは今にも飛び立ちそうで飛ばなかった。そこにいることがまるで使命のように。

忙しい川仕事の合間にもふっと目にする光景がこころを優しく和ませてくれる。

どんな時も心の余裕をなくしてはいけない。
それは誰かから与えられるものでは決してなく自分でつくっていくものだ。



今日も川仕事を終えるなり娘のアパートに駆け付ける。
夜勤明けのお婿さんが無理をしてなんとか午前中は見てくれている。
早く休ませてあげなくてはと思うと気が気ではなかった。

「じいちゃんのブーブで行くよ」と綾菜に言うとちゃんとわかってくれて
ちょこちょこと歩いて玄関に向かう姿はなんとも可愛いものだった。

お昼は初めてのチキンラーメン。やはりまだ食欲はあまりなくて
最初は珍しそうに食べてくれたけれど、すぐに「もういらない」という顔をする。
大好きな玉子焼きも作っていたのだけれど、お皿を自分で押しのけてしまった。

嫌なものはイヤ。今は食べたくないとしっかり意思表示が出来るようになっている。
それだけ成長したと言うこと、食べては欲しいけれど喜ぶべきことでもあった。

お昼寝も一時間ほど、私の腕枕でやっと寝てくれたのだけれど
そっと腕を外すとすぐに目を覚まして泣き出してしまうのだった。
泣きながら一生懸命なにかを訴えようとしているのがわかる。
抱っこしてうたた寝。熱がまだあってよほどしんどいのだろうと思う。

目を覚ますとテレビを指さして「アンパン、アンパン」を連呼する。
「じいちゃんに見せてもらおうね」って言うとリモコンをジージに渡した。
それもすごい成長だとびっくり。いちばん好きなものは好きって言える。

アンパンマンを見終わるとそろそろ耳鼻科に行く時間だった。
「びょういん」というところをすっかり覚えてしまったので
「ブーブで遊びに行くよ」と言ってまたちょこちょこと玄関へ。

鼓膜切開をしてから膿がすごく出ていて気になっていたのだけれど
それが順調な証だと言うこと。膿を吸い出してもらって今日の治療が終わる。

仕事を終えた娘も病院へ駆けつけて来てしっかりと抱き合う母と娘であった。

お母さんがいちばん好き。アンパンマンより好き。

綾菜にはいっぱい好きなものがあってじいちゃんもばあちゃんも嬉しいよ。



2013年12月15日(日) さらさらさらと流れていく

寒さはまだまだこれからだと思っていても
朝の寒さは辛く身に堪えるばかりのこの頃であった。

早朝から川仕事、いよいよ海苔網を漁場に張りつめる作業が始まる。
今年は海苔の生育がいまいちで例年よりも遅いスタートになった。
重労働だけれどこれを済まさないことには収穫にこぎつけない。
寒いね、寒いねと言いながらも身体はすぐに温まってくれてありがたい。
夫婦ちからを合わせての作業。どんなに疲れても好きだなと思える作業だった。

川仕事を終えるなり娘に電話をすると、綾菜はまだ熱があるとのこと。
食欲もあまりないけれど機嫌は良くて家の中でおりこうさんで遊んでいるらしい。
明日の保育園は無理っぽく、またじじばばがお守りをすることになった。
耳鼻科の診察もあるのでどうか経過が良いことをひたすら願っている。


午後、二日ぶりにお大師堂へお参りに行く事が出来た。
顔見知りのお遍路さんが来ていて、あんずが亡くなったことなど話す。
以前に会ったときに「人間の生まれ変わりだよ」と言われたことを思い出す。
もしかしたら今度は人間に生まれることが出来るのかなって思ったりした。
そうしてまたきっと巡り会うことが出来るような気がしてならない。


土手の道は冷たい風。見渡す限りの雀色。ただ川面だけは優しくてあたたかい。

さらさらさらといろんなことが流れていく。

立ち止まってはいられない。私も川のように流れていかなければ。



2013年12月14日(土) じじとばばと綾菜のいちにち

ぽっかりとあいてしまった心の穴を一気にふさぐかのように
昨日からばたばたと忙しく走り回っているじじとばばであった。

風邪で熱を出してしまった綾菜が中耳炎になってしまって
昨日は「鼓膜切開」を医師から勧められたのだけれど
じじばばの一存では決められず、娘夫婦に相談して今日それをすることになった。

小児科でもそうだったけれど、綾菜は「病院」をすっかり覚えてしまって
可哀想なくらい大声で泣き出してしまう。大粒の涙があふれ出るばかり。

処置は思ったよりも簡単そうですぐに終わったのだけれど
看護師さん二人と私とで無理やり押さえつけてそれは大変な有様だった。

「えらかったね、頑張ったね」先生がほめてくれたとたんに
ひっくひっくと泣きじゃくりながら「ばいばい」を連呼する綾菜であった。
それには先生も看護師さんもにっこり。私も嬉しくなって涙が出そうだった。

綾菜にとってはよほどショックな出来事だったらしく
お昼ご飯も食べないままぐったりと眠ってしまった。
まだ熱がある。耳はどうだろう、もう痛くないのだろうか。

昨日はあった食欲も今日はなく、大好きな牛乳も「いやいや」をする。
お菓子は?チーズは?と少しでも食べさせようと奮闘するばーばであった。

結局テレビで録画してあった「アンパンマン」を見ながら夕方になるのを待った。
娘が迎えに来ると抱きついて今日のことを訴えるように甘えてみせる綾菜だった。

明日はどうか熱が下がっていますように。
そうしてご飯もいっぱい食べられますように。
元気になってお外でいっぱい遊べますように。

お大師堂には行けなかったけれど、ばーばはいつも祈り続けているよ。



2013年12月12日(木) あんずの空

きっとそこは優しい光が満ち溢れていて

彼女は綿菓子のような雲の上をうさぎみたいに

ぴょんぴょんと飛び跳ねていることだろう

そうしてどこまでもどこまでも走り抜けていく


お母さんはもう叱らなくなったのどうしてかな

言うことをきかないといつも怒っていたお母さん

けれども晩御飯の時にはすごく優しい顔をしていた


ここはねすごくあったかいよだっておひさまがいてくれる

いっぱい走ってしんどくなったら雲の毛布にくるまって眠るよ

たんぽぽの花が咲いていてねお腹が空いたら食べても良いって

でも食べちゃうのはかわいそうだからちょっと我慢をしてるんだ


それとねもうたくさん友達が出来たんだよすごいでしょ

みんなと遊ぶんだよあしたもあさってもずっと約束したからね


だからどうかどうか悲しまないで寂しいなんて言わないで

この光を空からいっぱい届けてあげるからずっとずっといつまでも





※12月12日  やすらかな寝顔のままであんずが旅立ちました。
         享年16歳と7ヶ月の大往生でした。

         







2013年12月11日(水) 眠り姫のように

またまた真冬並みの寒波が到来するらしく
明日の朝は今季いちばんの冷え込みになりそうだった。

冬には冬の楽しみもあるのだけれど
やはり寒さは身に堪えて苦手だなとつぶやいてしまう自分がいる。

姑さんのリハビリの日、仕事の忙しさもあったけれど
やはり姑さんのことをいちばんに考えてあげなければと思った。
頼られているのだなとふっと思う時がある。役に立てるのは嬉しいこと。


午後、いつもより早めにお大師堂へ向かう。
顔なじみのお遍路さんが来ていて笑顔で再会を喜びあった。
70歳を超えていてあまり身体が丈夫ではないことがいつも気がかりな人。
前回会った時には「もう死にたい」と言って嘆いたことなど思い出す。

私の亡くなった父よりも若いけれど、なぜか父のように思えてならない。
「ちょっと待っていてね」いつも食料の差し入れをするのが常の事だった。
お接待と言うよりもなんだかそれが自分に与えられた使命のように思える。

なんとしても生きてほしい。生きる喜びを感じてほしいと願ってやまない。



あんず、今日もずっとずっと眠り続けている。
時々寝言のような声をあげるので苦しいのではないかと駆けつけても
何事もなかったようにひたすらすやすやと眠っているばかりだった。
まるで「眠り姫」の物語の主人公になってしまったようなあんず。

何もしてあげられなくてごめんね。ただただ頭を身体を撫でるばかり。

今も幸せなのだろうか。ずっとずっと幸せだったのだろうか。


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