| 2013年11月19日(火) |
ぬくもりを感じながら |
日に日に寒さが増してくる。北風が強く今朝は時雨れていた。 洗濯物を干していたら綾菜のズボンとよだれかけ。 一瞬寒さを忘れほっこりと微笑んでしまった朝のこと。
いつもより暖かく着込んで山里の職場に向かう。 毎朝楽しみに見上げていた銀杏の木がすっかり黄金色になって もうはらはらと散り始めているのがなんだか寂しかった。
ばたばたと慌ただしく忙しい一日。 事務所よりも工場のほうの手が足りなくて 私も母も今日は殆ど机に向かうことがなかった。
明日はまた姑さんのリハビリの日で休まなくてはいけない。 もうくよくよと思い悩むのはよそうと思ってはいるのだけれど 気の重さも明日になればきっと楽になっているだろうと思う。
寒くなったから明日は炬燵を出そうぜと夫が言う。 それも良いねと私もうなずく。午後は炬燵でまったりできそう。
夕方、あんずとプチ散歩。日に日に歩けなくなっているけれど 散歩には行きたがるのでほんの少しでもと毎日がんばっている。 今日は家まであと20メートルのところで歩けなくなってしまった。 「抱っこしようかね」それもあんずの楽しみのひとつのようだった。 抱きあげるとあたたかいぬくもり。それがあんずの命そのもののように思う。
みんなみんな生きているね。しみじみと嬉しさが込み上げてくる。
明日のことは誰にもわからないけれど、精一杯に生きていきたいものだ。
日中の気温も上がらず冷たい北風が吹く。 昨日よりも5℃も低いようだった。 すっかり寒暖の差が身に堪える年頃になってしまった。
夕食後のウォーキングもさすがに辛くなってしまって 一瞬さぼってしまおうかと思った。 けれども今夜は満月なのを思い出して「よっし!」と気合を入れる。
防寒着のフードもすっぽりと被っておいちにおいちにと歩き出す。 ちょうど東の空にまん丸のお月さんが顔を出したところで 思わず歓声をあげたくなるほど綺麗な月だった。
ほっこりと身も心もあたたかくなる。 うさぎさんもお餅つき、餡子を届けてあげたいなって思った。 そうして一個だけいただくの。きっときっとすごく美味しい。
一番星もきらきらと輝いている。お月さんに会いたかったみたい。 私も会いたかったよって夜空に向かって大声で叫びたくなった。
ふうふうはあはあもう少し。やはり歩いてみなくては
歩けばきっと見つけられることがあるのだもの。
ありがたいことに今日もぽかぽかの小春日和。
お昼に地区の「炊き出し」があって夫と二人で出掛ける。 アルファ化米と言うのだそうだ。非常食の試食であった。 防災会の皆さんが大きなお鍋で豚汁も作ってくれていて 集会所の陽だまりに腰をおろしてみんなで美味しく頂く。
もしもの時のことを考える。どんなにかパニックになっていることだろう。 平穏な時だからこそこうして準備も出来るけれど いざその時になると「食べる」こともままならないのではないのだろうか。 何よりも命あってこそのこと。そう思うと果てしなく不安になってしまう。
同時に今の平穏がどんなにかありがたいことか胸に熱いものが込み上げてきた。 あたたかいご飯。あたたかい豚汁。それは決して当たり前のことではなかった。
そうして今日も平穏に暮れていく。 日課のウォーキングに出掛けると、ほんのりと紅い月が見えた。 明日が満月のようだ。それはそれは綺麗で幻想的な月に心が奪われる。
土佐に昔から伝わる歌に「お月さん桃色」と言う歌があるのを思い出す。 桃色のお月さんなんてほんとにあるのかしらと思っていたけれど それはほんとうにあった。まさに今夜の月こそがそれである。
てくてくと歩けばそんな月がついてくる。月と一緒にどこまでも歩いてみたいものだ。
寒気が緩んでくれたのか日中はぽかぽかと暖かくなった。
午前中にウォーキング、買物に行ったりお大師堂へ行ったり。 少し歩いただけで薄っすらと汗ばむ。それもまた心地よいこと。
早目に昼食を済ませ綾菜を保育園にお迎えに行く。 「おうどん」をおかわりしてたくさん食べたとのこと もう眠くなっていて先生に抱っこされてうとうとしていた。
クルマに乗るなりすぐに眠ってしまってずっしりと重い。 その重さがとても愛しい。ぎゅっと抱きしめたいくらいに。
二時間ほどお昼寝をしておやつを食べさせる。 お腹が空くと自分から食卓に行きたがるようになった。 大好きなチーズと牛乳、あっという間に平らげて満足そうな笑顔。
茶の間で録画してあった「アンパンマン」を夢中になって見たり ちょっと外に出てみてあんみの練習をしたりして遊んだ。 陽だまりがありがたい。ほんわかとした光の中にいる愛しいいのち。
夕方になり娘が迎えに来たけれど、またまたお腹が空いてしまったらしく 食卓のイスにしがみついて「マンマ、マンマ」と大声で叫び始める。 無理やり帰らすわけにもいかず急きょ晩御飯を食べることになった。 とにかくすごい食欲である。昨夜の残り物のマカロニサラダを全部食べてくれる。
お腹もいっぱいになったところで、やっと「バイバイ」を言い出したのだけれど 今度は娘のクルマに乗せようとしたら、帰りたくないと駄々をこね始める。 娘と二人係で無理やりチャイルドシートに座らせたら暴れて大声で泣き出してしまった。
あまりの泣き声にジージも家から飛び出してくる。そのジージにしがみつく綾菜。 もう仕方ない。一緒にお家に帰ろうと言うことになってみんなで娘のアパートに向かう。
決して甘やかしているつもりはないけれど、それだけ綾菜の自我が芽生えてきたのか。 嫌なことはイヤとはっきり自己主張できるようになったのだと思う。
我慢させることも大切。しつけの一端としてそれはこれからの大きな課題になりそうだ。
「なんだか豆台風が去ったあとのようだな」
夫とふたり顔を見合わせながら、ほっとしている自分たちが可笑しく思えた。
そんな豆台風のおかげで自分たちはこんなにも幸せでいられるのだ。
お隣のお庭に山茶花が咲き始めた。
八重の山茶花でふっくらとした桃の色。
入院していたお隣のご主人が昨日無事に退院して来て
庭の陽だまりでなんだか猫のように微笑んでいる。
辛い闘病生活を終えて家に戻れば山茶花の花。
どんなにかほっとこころを和ませていることだろう。
それはたぶん数日前から咲き始めていたのかもしれない。
今日まで気づかずにいてごめんなさいと手を合わす。
冬には冬の花がちゃんと咲いてくれる。
当たり前のようなことだけれどとてもありがたいことだった。
さざんかさざんか咲いた道 たき火だたき火だ落ち葉たき
冬の歌を思い出してほっこりとこころあたたまるいちにちだった。
| 2013年11月13日(水) |
ほっこりと暮れていく |
今朝は昨日の朝より冷え込んでいたようだ。 暖房器具のお世話になり少しずつ寒さに慣れようとしている。 ただ少し血圧が高めになってしまったのが気になる。 寒くなると毎年のことだけれど「ある日突然」の不安が脳裏をよぎる。
昨夜はあれこれと思い悩んだりしていたけれど 朝になれば気も楽になり、予定通り姑さんのリハビリに付き添った。 「使命感」のようなもの。自分に与えられていることだとつくづく思う。
ただ今日は姑さんの調子がすごく悪くて、思うようにリハビリが出来なかった。 寒くなったせいで筋肉が固くなっているせいだろうと言うこと。 歩行訓練も出来ず車椅子に座ったまま上半身を動かすのが精一杯だった。 これからどんどん寒くなるので前途が思いやられるけれど ここで諦めるわけにはいかない。励ましながら見守るしかないのだと思う。
午後はのんびりと過ごし、いつもの時間にお大師堂にお参りに行った。 先にお参りに来ていた女性と挨拶をかわす。とても綺麗なひと。 何度か会ったことはあるけれど、地元のひとではなさそうだった。 はるばる遠くからお参りに来てくれるひともいてくれるのだな。 お大師さんもきっと嬉しいと思う。私もその嬉しさをわけていただく。
お参りを済ませると目の前に「どら焼き」が微笑むように佇んでいた。 むしょうに食べたくなってついつい手を出してしまう。 お線香が短くなるまでそのどら焼きをご馳走になってしまった。
さらさらと川の流れ。傾き始めた陽の光がきらきらと川面を映す。
どら焼きってこんなに美味しかったっけと思った。 甘い物を食べたのはほんとうに久しぶりですごくすごく幸せな気持ち。
やがて今日という日が暮れていく。ほっこりほっこりと暮れていく。
| 2013年11月12日(火) |
気持ちよく流れていきたいな |
今朝は今季いちばんの冷え込みだったようだ。 日中も気温があがらず肌寒い。もう冬なのだなとつくづく思った。
このところ仕事がずっと忙しくて嬉しい悲鳴をあげている。 もともとお昼休みはないのだけれど、昼食だけは楽しみだった。 けれどもゆっくりと味わってはいられない。いつも大急ぎで食べている。 今日もおにぎりを食べていたら来客があって、一瞬のどにつまりそうだった。
けれどもそんな忙しさが私は好きである。 仕事でいちばん辛いのは暇なとき、そう言っても他言ではないだろう。
そんな忙しさのさなか、明日は姑さんのリハビリがあってお休みをいただく。 「家のことをいちばんに」といつも母は言ってくれるのだけれど 正直言って最近それがとても重荷になっていることに気づく。 二週続けて姪っ子に頼んで行ってもらったので、今週こそはと思うのだけれど そろそろ勘弁してもらえないかなどとふっと思う時があった。 それは決して口に出してはいけないこと。夫にも言えないことであった。
自分に与えられていること、もっとも最優先することは何だろう。 最近よくそんなことを考えるようになった。 あちらをたてればこちらがたたないのであればこちらを優先するしかない。 それが当たり前の事だろうと言われればうなずくしかないのだろうと思う。
昨夜も姑さんのお世話に行っていて、おむつ交換や食事の介助をしながら こんな自分でも少しは役にたっているのかなとふっと思った。 義妹にばかり押し付けている介護をたまには助けてあげなくては。 家族みんなで助け合おうと真っ先に言ったのは自分だったことを思い出す。
「ありがとうね」そう言ってくれる姑にはほんとうに感謝している。 もしその一言がなかったら自分はどんなにか辛い思いをしていることだろう。 どんなにどんなに尽くしても報われないのだと嘆いているのかもしれない。
明日のことは明日のこと。きっとみんなが笑顔でいられるような気がする。
気持ちよく流れていきたいな。時の流れは川の流れとよく似ている。
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