とうとう10月も最後の日。秋も深まり冬がすぐそこまで来ている。 ここ数日、日中はとても暖かいけれど、すぐに木枯らしの季節になるだろう。
寒いのは苦手だけれど、寒さなければ花は咲かずと乗り越えていきたいものだ。
午前中は月末の仕事に追われてばたばたと走り回っていた。 そんな時、ほっこりほっこりと一通の葉書が届く。 それはつい一週間前の大雨の日に出会ったお遍路さんからだった。 ほんとにささやかな事しか出来なかったというのに 「とても助かりました」と丁寧なお礼の言葉が綴られてあった。 それだけでどんなに嬉しかったことか。胸に熱いものが込み上げてくる。
午後、今度はその方から宅急便が届いてびっくりした。 なんと「横浜中華街の肉まんセット」を送ってくれたのだった。 こんなことまでしてもらって良いのかと一瞬戸惑ってしまったけれど 好意をありがたく受け止めて遠慮なく頂くことにした。
さっそくお礼の葉書をしたためる。四万十川の秋の絵葉書に書いた。 また20日ほどしたらお遍路を再開すると言うことで ひたすら旅の無事を祈ることしか出来ないのだけれど。
あの日が大雨でなかったらきっと出会うことはなかったことだろう。 そう思うと人と人の「縁」ってほんとうに不思議なものだなとつくづく思った。
日々「一期一会」これからもささやかな縁を大切に過ごしていきたいものだ。
| 2013年10月30日(水) |
あしたという字は明るい日と書くのね |
今日も日中はぽかぽか日和。柔らかな陽射しに綿のように包まれる。 帰宅途中にいつもは通らない道を走っていたら 国道沿いのお宅にまだ百日紅の花が咲いていておどろく。
そこだけ夏のようでなんだか過ぎ去った夏を恋しく思ったりした。 今年の夏は大変な猛暑だったけれど、過ぎてみればそれも良き思い出となる。
水曜日は姑さんのリハビリの日であったが、仕事を休めず 休職中の姪っ子に頼んで夫と一緒に行ってもらった。 これまで少しも苦に思ったことはなかったはずなのだけれど 今日ほどほっとしたことはなかった。どうしてなのかよくわからない。 自分に与えられた役目だからとずっと気が張っていたのかもしれなかった。
入院中の母は今日こそ退院とすっかりその気になっていたようだったけれど レントゲンは金曜日になりもう少し辛抱しなければいけなくなった。 今日も電話がかかってくる。明日が月末なので気が気ではないようだった。 「なんとかなるよ」が口癖の母なのにと思うとふっと可笑しくなってしまう。
こうなったら私がなんとかしましょう。心配しないようにと母に伝える。
明日はあしたの風が吹くっていつもそう思っている。
ずっと昔、「あしたという字は明るい日と書くのね」そんな歌があったっけ。
朝の寒さが嘘のように日中はぽかぽかと暖かい。 「こんな小春日和のおだやかな日には」秋桜の歌を思い出す。
そういえばいつのまに秋桜は枯れてしまったのだろう。 つい先日まで可愛らしく風にゆれていたのになんだかさびしい。
昨日とは打って変わって今日はのんびりと仕事。 5時間のパートが定時で帰れるのはやっぱりほっとする。 母から二度も電話あり、もう退院したくてうずうずしているようだ。 明日レントゲンを撮って異常がなければ退院の許可がおりそうだと言うこと。
月末の忙しさを思うと母がいてくれると心強いけれど もう少しゆっくりと休ませてあげたい気持ちのほうが大きかった。
昨日は買い物も出来なかったけれど、今日はゆっくりと出来て良かった。 肌寒くなったので衣料品コーナーでフード付きのベストを奮発して買う。 この色好きだなと思って衝動買いしてしまったのだけれど 家に帰って試着してみたらなんだかおばあちゃんのように地味なベストだった。
まあいいか、もうおばあちゃんだもん。でもよけいに老けて見えそう。 でもあったかいベスト、さっそく明日の朝から着て行こうと思う。
あらあらと言う間に陽が沈む。一番星を見つけていつものウォーキング。 歩きながらいろんなことを考えていた。ほんとうにとりとめもないことばかり。
ふっと明日も生きているのかななんて不安がったりもするのだけれど 歩いているとどこからともなく不思議なチカラが湧き出て来るようにも思う。
それはきっと「こころ」が動いているからかもしれなかった。
こころもてくてく歩いている。まだ見えぬ明日への一本道を。
| 2013年10月28日(月) |
見上げてごらん夜空の星を |
昨日よりも今日といちだんと寒くなり今朝は我慢できず暖房をつける。 晩秋というよりもすっかり初冬を感じずにはいられない朝であった。
山里に向かう道のかたわらに大きな銀杏の木があって 毎年楽しみにしているのだけれど、今年もほんのりと色づき始めた。 朝陽をうけてキラキラとまぶしい。なんだかすごく清々しい気持ちになる。
山肌には寒さを待ちかねていたように「つわぶきの花」が咲き始めた。 ちいさなひまわりのようなその花はほっこりほっこり心を温めてくれる。
職場でちょっとしたイベントがあって今日は大忙しの一日だった。 以前から計画されていたことで母がいないからと中止には出来ない。 来客も予想を上回り接客におわれた。ほんとうにありがたい悲鳴である。 ふと母がいなくて良かったのかもしれないと思った。 きっとすごくすごく疲れさせてしまったのではと思ったりしたのだ。 頑張り屋さんの母はもうじゅうぶん頑張ってきたのだと思う。 少しでも楽をさせてあげたい。それが私に出来る唯一の親孝行だった。
残業になり買い物も出来ずに家路を急いでしまったけれど 帰宅したら母から夫に電話があったことを知った。 「家のことをいちばんに考えなさい」そう言ってくれたのはつい先日のこと。 母なりに気を遣ってくれたのだと思うとすまない気持ちでいっぱいになった。
「だいじょうぶよ、心配しないで」毎日のように母にそう伝えている。
日課の「たそがれウォーキング」もすっかり「星空ウォーキング」になった。 あれが北極星ね。あれが北斗七星だ。オリオン座はどこかなと夜空を見上げる。
こんなふうに夜空を見上げることなんてほんとうに久しぶりのことだった。 「うん、これもいいかも」楽しめることがあることはとてもありがたいこと。
見上げてごらん夜空の星を。口ずさみながら歩く。天から星が降って来そうな夜。
今朝はこの秋いちばんの冷え込みだったようだ。 早くも暖房がほしくなる。季節は確実に冬に向かっているらしい。
それでも陽が差し始めるとぽかぽかと暖かくなる。 風もなく穏やかな晴天となりすっかり日向ぼっこの気持ちだった。
今日は地区の秋祭り、娘と綾菜が遊びに来てくれて一緒に行く。 もうすぐ一歳半になる綾菜がやっとほんの少しだけ歩けるようになって おて手つないで歌いながら歩いた。蝶々さんも飛んでいるねって。 いろんなものを見せてあげたいなとすごく思った。 これから寒くなるけれど空や風や雪だって見せてあげたい。
秋祭りの会場でいろんなひとに声をかけられた綾菜。 人見知りが激しかったので泣き出してしまうかもと思っていたけれど まったく知らない人にも抱っこされて終始ご機嫌だったのが嬉しかった。
どんどこどんどこ太鼓の音。綾菜にとっては初めて聴く音だった。 太刀踊りをしているお兄ちゃん達の真似をして手を振り回したりして見せる。
なんて平和なのだろう。綾菜のしぐさのひとつひとつが心に沁みるようであった。
私はそんな平和がどうしてかいつもふっと怖くなる時があった。 今にも大きな災いが天から降って来そうでどうしようもなく不安になってしまう。
守らなくちゃ、なんとしても守らなくちゃと思うのだけれど ある日突然それが襲って来たらいったいどうすればいいのだろうか。
ただただ日々に感謝することしか出来ない。
その気持ちが天に通じると信じるしかない毎日であった。
降り続いていた雨がやっとやんで今朝は真っ青な秋晴れの空。 洗濯物を干しながらなんだかぴょんぴょんとスキップしているようだった。
靴下を干すのが好き。タオルよりもパンツよりも好き。 だって靴下がいちばん可愛い。ぶらさがってちろちろしていて にこにこと朝陽に輝いている姿はなんだか天使のようだもの。
いつもなら土曜日は孫の綾菜を保育園にお迎えに行くのだけれど 今日は娘がお休みでお役御免になっていた。 それがほんとうにちょうど良いタイミングとなって山里の職場に駆けつける。 思った通り忙しく午前中はばたばたと走り回っていた。 「母がいない」その現実をすごく思い知らされたように思う。
母からは何度か電話があったけれど「大丈夫よ」そう言って安心させた。 病院にいても仕事の事ばかり考えている母が少し憐れにも思えてくる。
午後、mixiを通じてお友達になっていたお遍路さんがすぐ近くまで来ている事を知った。 事務所の電話を留守電にして大急ぎでクルマを飛ばす。
よかった。ちゃんと会えた。ほんのつかの間だったけれど懐かしい笑顔。 真っ青な青空とその笑顔がまるで絵のように私の心に焼き付く。
会うのはこれで三度目だろうか。ほんとうに縁のある人なのだなと嬉しく思う。
仕事を終えて帰り道、県道を歩いているお遍路さんのなかにまたその人を見つけた。 鈴の音が耳に心地よく響く。ああ好きだな。この音がいちばん好きな音。
ほんの一瞬だったけれどクルマの窓から声をかけて見送ることが出来た。
ちりん、ちりん、ちりん、山里にこだまする鈴の音に心あたたまる午後のことだった。
台風の雨雲がゆっくりと遠ざかって行ってくれたのか 昨日ほどの大雨にはならず小康状態のまま夜を迎える。
夕方お大師堂にお参りに行くと、すぐ真下で濁流が渦巻いていた。 ゴウゴウと川がうなり声をあげているような音で思わず身震いをする。
お大師堂には二人の青年遍路さん、昨日から足止めになってしまったようだ。 「ゆっくりと休ませてもらいました」と言ってくれた笑顔にほっとする。 この雨があがればしばらくは晴天が続きそうだった。 どうか元気にどうか無事に旅を続けてほしいものである。
お大師堂で手を合わせながら母の顔ばかり浮かんでくる。 実は先日から風邪気味だったのが、肺炎になってしまって昨日入院してしまった。 「ちょっと荷物を取って来ます」と病院を逃げ出し、山里の職場に出勤してくる有様。
いくら気丈な母の事とは言え、私も叱らずにはいられず追い返すように病院へ行かせた。 仕事のことは心配しないで、とにかく安静にして治療しないと死んじゃうからね。
やっと観念したのか、今日はしっかりと入院生活を送っていたようだ。 「熱が下がったよ」と絵文字付きのメールなど送って来てひと安心。 順調に完治すれば10日ほどで退院出来そうであった。
普段からゆっくり休むと言うことが殆どない母をなんとしても休ませてあげたいと思う。
思えばこれまで母任せにしていたことがたくさんあった。 私がいなくてもなんとかなるだろうとタカをくくっていたけれど 母のいない職場にいるとこれまでの母の苦労がよくわかるのだった。
お大師さんに願い事をしてはいけないと思いつつ、やはり願ってしまう。 どうか母が早く元気になりますように。お大師さんと母の顔が重なる。
濁流が渦巻く川面をはらはらするように見つめていながら
この流れもすぐに穏やかでゆったりとした清流に変わるのだろうなって思った。
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