覚悟はしていたけれど雨風ともに強い一日となった。 朝の山道では一部道路が冠水している場所があって ちょうど通りかかったお遍路さんが難儀をしていた。 クルマを停めて声をかける。ただそれだけしか出来ないのがもどかしい。
山里の道に進むと今度は団体遍路さんの一行に出会った。 色とりどりの雨合羽を羽織って皆さんうつむき加減に歩いていたけれど この悪天候に「歩く」そのことがとても尊く思えてならなかった。
お昼下がり、雨は一向にやみそうにもない。 仕事でJAに行った帰り道にまた一人のお遍路さんを見かけた。 職場のすぐ近くの「お遍路さん休憩所」に居たのだけれど 雨が降りこんでベンチはすっかりびしょ濡れになっているようだった。
私は職場に帰り着くなり傘をさして駆け出していた。 ほんとうに咄嗟の判断、ただただ「行かなくちゃ」って思っていた。
お遍路さんは昼食を摂ろうとしていたのだけれど、そこでは出来なかったらしい。 諦めてもう少し先に行ってみようと歩き始めたところだったそうだ。
職場の事務所に案内するととてもほっとしたように喜んでくれて私も嬉しかった。 熱いお茶をお接待させてもらっておしゃべりをしながらおにぎりを頬張る。
遠く神奈川から来られたお遍路さんで、区切り打ちで今日が最終日だと言うこと。 今日ほど辛い日はなかったと感慨深く語られて私も胸が熱くなってしまった。
奥様を10年前に亡くされて今は認知症のお父様の介護をされているらしい。 そのお父様を一時施設に預かってもらってやっとお遍路を再開出来たそうだ。
結願まではほんとうに遠い道のり、けれどもきっとお大師さんがまた呼んでくれる。 そんな話をしながら満面の笑顔、私の心もほっこりほっこりと温かくなっていく。
今までいろんなお遍路さんとのご縁をいただいたけれど 今日の出会いはとても心に残る素敵な出会いだったと思う。
雨が風が強くなければ決してなかったろう縁に感謝の気持ちが込み上げてきた。
| 2013年10月23日(水) |
雨にもまけず風にもまけず |
昼間は小降りだった雨が日暮れとともに本降りになってしまった。 天気予報を見ている限りでは台風の直撃はなさそうではあったが 雨がかなり降りそうだということではらはらと不安でならない。
穏やかな秋晴れの日が早く続くようになりますように。
水曜日、毎週のことで姑さんのリハビリの日であった。 山里の職場のことも気がかりだったけれど今日も休ませてもらった。 そのことで数日前から夫と母に相談しながら話し合っていたのだけれど 夫はやはり家のことを一番に考えて欲しいという口ぶり。 いくら仕事とはいえ、実家の母の手伝いをしている身では何も言えない。
母も同じ意見であった。仕事のことは気にしないで家のことを大切に。 嫁として姑さんをいちばんに思って尽くしてあげなさいと言ってくれる。
二人の意見を聞いてみてなんだか胸のつかえがとれたような気がした。 これが自分に与えられている事なのだなとあらためて感じたりする。
私はもしかしたら姑に何か言ってほしいのかなとも思ったりする。 でも当たり前のことをしているのだもの、それは考えてはいけないことなのだろう。
リハビリは一進一退を繰り返していて今日も特に進展はなかった。 けれども大好きな先生に会っただけで姑が笑顔でいっぱいになるのが嬉しい。 寝たきりの姑にとって「水曜日」は特別の日。私たちもそのことを忘れてはいけない。
午後、お気に入りのレインシューズを履いてお大師堂にお参り。 お遍路さんの荷物が二人分あったけれど姿は見えず会うことは叶わなかった。 雨の四万十川も風情があって良いもの。ほんとうにゆったりと川も時も流れている。
夕食後はたそがれウォーキング、雨の日でも休まないと決めた。 雨が本降りになり風も少し強くなる。それでも一歩一歩がとても心地よい。
なにがあっても歩いてさえいれば、きっとたどり着く場所がある。
不安定なお天気が続いていたけれど、今日は真っ青な青空。 気温もいつもより高くなり夏の名頃を思わすような暑さになる。
気がかりなのは二つの台風であった。どうなることやら・・・。 天気予報を見ながらはらはらと落ち着かない日が続いている。
昼間、海苔漁場の様子を見に行っていた夫から朗報。 種付けをしてあった網に緑の芽が見え始めていると言う。 それはまさに「希望」であって目の前がとても明るくなる報せであった。
台風が来れば少なからず被害を被ることだろう。 覚悟しておかなければいけないけれど、それがうまく出来ない。 祈っていれば免れるものならいくらでも祈りたいものだ。
お大師さんの縁日。いつしかすがるように手を合わしている自分に気づく。
夕暮れてもはや日課となってしまった「たそがれウォーキング」 今日はいつもより10分ほど早く出掛けられたおかげで 茜色に染まる川面を見ることが出来た。すごくすごく綺麗だった。
どうしようもなく落ちていくもの。それはとてもせつない。
けれどもこんなふうに輝いていられるのなら落ちるのもよいかなとふと思った。
明日のことは誰にもわからないけれど、生きている限り明日はやってくる。
目覚めた頃には降っていた雨も夜が明けるともうやんでいた。 どんよりとした曇り日ではあったが、いつもよりちょっぴり暖かい。
日曜日の朝は新聞を見るのがとても楽しみ。 文芸欄に川柳を投稿し始めてかれこれひと月だろうか。 毎週入選とはいかないけれど今朝は自分の川柳を見つけて嬉しかった。 おまけに隣にはペンフレンドの川柳も載っていてよけいに嬉しい。
便りを交換しながら肩を並べて一緒に載ろうねと約束していた。 友もきっと嬉しい朝だったことだろうと思う。
詩や短歌ばかり書いていた若き日々が今はずいぶんと遠い日になった。 詩人だとか歌人だとかそう言われることに誇りをもっていたけれど 今はもうすっかりそんなプライドから解き放れたのだと思う。
それがとても心地よいこと。つくづくと自分は「自由」なのだなと思う。
こだわらず思うがままの五七五。川柳はほんとうに楽しくてならない。
友は何冊も詩集を発刊している根っからの詩人であった。 その詩に添えるイラストも自ら描く絵描きさんでもある。 そんな彼がある日突然川柳に目覚めたらしい。 新聞をよく見ていなかった私に「古新聞をさがせ」と便りを寄越す。
もう九月になっていたけれど八月の新聞に彼の川柳を見つけた。 「くすぼっていないで何かを始めようよ」そんな声が聞こえたような気がした。
まだ始められることのあることのありがたさ。
ひとつのことにこだわらずに好きなように始められることがある。
そう思うとこれからの人生が楽しくてしょうがない私であった。
雨時々晴れ、のちにまた雨と不安定なお天気となった。 また大型の台風も近づいているようで不安でならない。 来るものは拒めずただただ身構えるようにはらはらとするばかり。
今日は孫の綾菜を保育園にお迎えに行く日。 最近では私よりも夫のほうが楽しみにしているようだった。 いつも帰り道のクルマのなかで眠ってしまう綾菜のために 出掛ける時からお布団の用意をして行くのだけれど タオルケットではもう寒いだろう、毛布を出しておけと言ったり。 雨やんでくれないかな、これでは外で遊べないぞと言ったり。
いつも綾菜と一緒に私たちもうたた寝をしてしまうのだけれど 綾菜が目を覚ますと真っ先に抱っこするジージであった。 玩具で遊ぶのもジージと一緒。バーバはそばで見守っているばかり。
「くっく、くっく」先日買った新しい靴を見つけた綾菜がそれを履きたがる。 ちょうど雨がやんでいたのでアンパンマンの車を持って土手に上がってみた。 風がちょっぴり肌寒い中、あんみの練習をする姿がとても微笑ましかった。
幸せを絵にしたようなとはこのこと。ふんわりと穏やかな時間に心が満たされる。
夕方になり、仕事を終えた娘が迎えに来るととうとうお別れの時間。 「ばいばい」と言えるようになった綾菜がしきりに手を振る。
二人の乗ったクルマを見送るのはいつも私ひとり。 夫は茶の間に居てすごくすごく寂しそうな顔をしているけれど。
「ばいばいまたね」 またねって言えることのありがたさを二人でかみしめている。
昨夜から冷え込んでいたけれど今朝はいちだんと寒くなる。 つかの間の秋が過ぎ去って一気に冬の声がしたような気がした。
台風は関東直撃となり伊豆大島の甚大な被害に心を痛めている。 亡くなられた方、未だ行方不明の方も大勢いて言葉にならない。 平和でのどかな島を襲った自然の猛威、天はなんと酷いことをするのだろうか。
明日は我が身と思いつつ、平穏に暮らしている我が身が申し訳なかった。 そうして同時に自分がどれほど恵まれているかを思い知るきっかけにもなった。
東日本大震災の時も同じ気持ちだったことを思い出す。 あの時はとある友人の一言でずいぶんと救われたことだった。 「普通に暮らしていれば良いよ」と彼は言ってくれたのだった。
普通・・・自分に与えられている日常に感謝しながら生きていく。 私なりにそう受け止めて今まで歳月を費やしてきたように思う。
今回もそうでありたい。今の暮らしに感謝する以外になにが出来ようか。
たんたんたんと日常が繰り返されていく。
いつものように仕事に行って、いつものようにお大師堂にお参りに行く。 あんずとプチ散歩をしたら夕食の支度をして「美味しいね」って食べる。
台所の後片付けが終わったらたそがれウォーキングを駆け足で頑張って。 お風呂に入ったら焼酎をちびちび飲みながら日記のようなものを綴っている。
当たり前のことをしているようで、それが決して当たり前ではないこと。
すべてが「与えられていること」なのだと言うことを忘れてはいけない。
「ありがとうございました」寝る前には必ず仏壇に手を合わす。
そこには亡き父の遺影とお大師さんの仏像がいつもにっこりと微笑んでいてくれる。
大降りこそないけれど朝から雨が断続的に降り続いている。 大型の台風が関東に向かっているようで心配でならなかった。 それはいつも他人事ではなくてどうか大きな被害がないことを祈るばかり。
早朝、夜明けを待ちかねて川仕事に行っていた。 あと二日もあれば一段落しそうである。 朝早いのは気忙しいけれど、もうひとふんばりしてみようと思う。
川仕事を終え山里の職場へと向かう。 来客が多く慌ただしかったけれどお客様は神様だなと思った。 午後は帰り道で集金があり早目に職場を出る。 おかげでいつもよりゆっくりと買い物をすることが出来た。
先日から欲しかったレインシューズを買った。 帰宅するなりさっそくそれを履いてお大師堂にお参りに行く。 なんだか雨の日の楽しみが増えて傘をさして歩くのも嬉しい。
夕方のニュースでアンパンマンの生みの親、やなせたかしさんの訃報を知る。 孫の綾菜のせいもあってすっかりアンパンマンのファンになっていたから 突然の訃報はとてもショックで言葉にならないような衝撃を受けた。
やなせさんは「俺は近いうちに死んじゃうからね」と生前笑ってそう言っていたという。 重病と何度も闘ってもそれを「十病」だと笑い飛ばしていたとも言う。
日本だけではなく世界中の人に希望と勇気を与え続けた偉大な人なのだと思う。
「ひとを喜ばせるのがいちばんの喜び」生前の言葉が胸に強く響く。
ご冥福を祈りつつ、これからもずっとアンパンマンを愛し続けたいと思った。
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