あんずを連れてプチ散歩に出掛けていたら 家のすぐ近くの路地でお遍路さんに会った。 挨拶をすると笑顔で応えてくれて少しだけ立ち話をする。 犬がとても好きそうな感じであんずにも声をかけてくれた。 もう16歳だと言うと、「頑張ってますね」って励ましてくれる。
早とちりの私はてっきりお大師堂に向かっているのだと思っていた。 でも違ったようだ。お遍路さんはお隣の地区にある民宿へ行くようだった。 「ゆっくりして下さいね」ほんとうにつかの間の出会いと別れになる。
ちりんちりんと鈴の音が路地を遠ざかっていく。 いちばん好きな音は?と訊かれたら私は真っ先にその音を答えるだろう。
夕食後のたそがれウォーキング。今日も薄暗くなってしまった。 明日は雨の予報で夕焼けも見られず、おひさまはかくれんぼをしたまま 鬼の私を残してそっと静かに沈んでいってしまったようだ。
急ぎ足で帰ろうかと思いながら、いやもう少し遠くまでと思った。 思い切って県道を横切るとビニールハウスの明かりが見えていた。 夜も明かりを灯して休みなく野菜を成長させているらしい。 なんだか可哀想だなと思った。せめて夜くらいは眠らせてあげたい。
ふうふうはあはあ、おまけに左足がひきつったように痛い。 どうしてこんなに歩けなくなってしまったのだろうと情けなく思った。
いつかはきっとと胸に抱き続けている歩き遍路の夢。 その夢を諦めないためにも一歩一歩を大切にしたいものだ。
私も鈴の音を鳴らせるかな。ちりんちりんと風と一緒に歩きたいな。
せいたかあわだち草の花がほんのりと黄色くなる。 とんがり帽子を被ったノッポさんみたいで可愛くもあり凛々しくもある。
花粉症の人には嫌われている花だけれど どうして憎むことができようかと私は思うのだった。
そうして日に日に秋らしい風景が目に沁みるようになる。 山道を行けばいが栗が落ちていたり、民家の柿の実も色づき始めた。
職場に着くなりPCを起動し、母の合否判定を閲覧した。 良かった、合格している。72点でぎりぎりセーフだった。 母の喜ぶ顔を見たくて急いで合格証をプリントして母の机の上に置いた。
出勤してきた母はすっかり諦めていたせいもあって 思いがけないプレゼントをもらったように大喜びしてくれたのだった。 それでも母らしいのは駄目だった28点にこだわってみせるところ。 答案用紙のような物はないのか、どこが間違っていたのか知りたい。 しばらくわあわあ言っていたけれど、合格したのだからもう良いではないか。 それでは勉強にならないと文句を言ってみたりして子供のように駄々をこねる。
とにかく合格、私もほっとしてとても嬉しい朝になった。 次回は来月、今度はもっと専門的な分野の試験が控えているのだけれど それは私も受けなくてはいけなくて、一緒に試験勉強をしなくてはいけない。 まあなるようになるだろうと気楽に構えているけれど、母は必死の表情だった。
仕事の合間に開くテキスト。やはり老眼鏡があると助かるので 今日は仕事帰りに眼鏡市場に寄ってさっそく注文してきた。 オプションでPC画面を見ても目に負担をかけないようなレンズにした。 それが一週間もかかるそう。出来上がるのがとても待ち遠しくてならない。
母の挑戦はまだまだ続く。私も母に負けないように頑張らなくちゃと思う。
| 2013年10月02日(水) |
夕焼け空にしんこきゅう |
午後六時前、ウォーキングに出かけた土手からとても綺麗な夕焼けを見た。 うろこ雲を茜色に染めてまるで夕空に錦鯉が泳いでいるかのよう。
どきどきしながらそんな空を仰いだ。 ふっと忘れていた何かを思い出したような気分になる。
それが何なのかうまく言葉に出来ないのだけれど。
午前中は姑さんのリハビリ、今日も頑張る姿を見ることが出来た。 歩行器での歩行練習もずいぶんと上手になって 来週には杖を使ってやってみましょうと言うことになった。 少しずつだけれど確実に進歩している。そのことがとても嬉しかった。
午後、このところ目の疲れが酷いため思い切って眼科を受診する。 家にいるときはそうでもないのだけれど、仕事中はとても目が辛かった。 市販の目薬ではまったく効かなくてずっと我慢していたのだけれど そろそろ老眼鏡が必要なのではないかとも思って相談がてら行ってみた。
そうしたらやはり老眼鏡を勧められる。おまけに乱視もあるのだそうだ。 まだまだおまけに糖尿病の血液検査もするように言われて寝耳に水だった。
がっくりと肩を落としていたら、「念のためですよ」と先生が励ましてくれる。
そうそう、何事も悪いほうへと考えないこと。 不安がっているよりまずは血液検査をして安心しなければいけない。 近いうちにかかりつけの内科に行ってみようと思う。きっと大丈夫。
綺麗な夕焼けも帰り道にはもう薄暗くなっていた。 やはり足がどうしようもなく重い。駆け足も出来なくなって情けない。 それでも一生懸命に歩く。家の灯りを目指しておいっちにおいっちに。
帰宅すると夫が笑顔で迎えてくれる。 今日で三日目なのかな。まだまだこれからぞって言って励ましてくれた。
不安なことを数えていたらきりがない。
それよりもひとつひとつ出来ることをありがたく受け止めていくことが大切。
道端のあちらこちらにコスモスの花が見られるようになった。 お遍路さんがひとりふたりと通り過ぎて行く遍路道にも。
秋色の風のなか鈴の音がひびく。ちりんちりんと鈴虫のように。 呼び止めることも声さえもかけられないけれど そっと手を合わせながら旅の無事を祈り続けている。
こころが必死になって平穏を保とうとしている時がある。 どうしようもなく苛立ってしまう時が誰にだってあるのではないだろうか。 ぶつかればぶつかる。半沢直樹ではないけれど倍返しの時だってある。
すごくすごく逃げ出したい気持ちになってしまって ああ嫌だなって思った。こんなはずではなかったのになんて思ったり。 いったい何が原因なのだろうと考えても何も思いつくことがなかった。
「いらいら虫よ飛んで行け」って何度も叫んでしまったりする。 いらいら虫は眉間にしわを寄せてぷんぷんおならをしている虫なのかな。 それはやっぱり臭いし、しわはそのまま眉間に残ってしわくちゃばばあになるよ。
ああ嫌だ嫌だ。どうせしわなら笑いじわのほうがずっと良いに決まってる。 笑顔の可愛いおばあちゃんになるんだ。いつもにこにこしているおばあちゃん。
結局、逃げるように職場を後にしてしまった。
「ありがとうね」って母が私を追いかけるように言ってくれる。
あら不思議、いらいら虫はいつのまにかどこかにすっ飛んで行ったようだ。
| 2013年09月30日(月) |
たそがれウォーキング |
あたりが黄昏れ色に染まる頃、土手を一人で散歩する。 おいっちにおいっちに心の中で掛け声をかけながら 手を振って足をあげてちょっぴりロボットみたいに歩いた。
以前はあんずと一緒に歩いていた散歩道。 この夏の間にすっかり足腰が弱ってしまったあんずには もうとうてい歩けそうにはない距離がそこにあった。
独りぼっちはちょっぴり寂しい。 けれども何かを始めたいと言う気持ちもあって 今日から「たそがれウォーキング」をすることに決めた。
だんだんと夜の訪れが早くなって来ているけれど 「夜になっても良いのじゃないか」と夫が励ましてくれた。
三日坊主で終わらないようになんとしても続けたいと思う。 そう出来ることを少しずつ、継続はチカラなりと頑張ってみたい。
久しぶりに本気で歩いたせいか、足が重くてすごくしんどかった。 それだけ体力が無くなっているのだと思う。体重も邪魔をしている。 はあはあしながら大橋のたもとまで辿り着き、橋の欄干をタッチした。 そこを折り返し地点に決めて来た道を引き返して行く。
薄っすらと汗をかきながらなんて気持ちが良いのだろうと思った。
おひさまおやすみなさい。明日はまたおはようさんしようね。
自転車でお大師堂へお参りに行った。 そよ吹く風はすっかり秋の風だったけれど ここしばらく耳にしなかったツクツクボウシの声を聴く。
もう最後かもしれないなと思った。 そう思うとなんともせつない鳴き声である。
お参りを済ませ、お線香が短くなるまで川面を眺めていた。 何も思い悩むこともない。さらさらと水が流れていくばかり。
ふと笹舟を浮かべてみたくなった。 きっと無事に海まで流れていくことだろう。
そうして波にもまれてしまうかもしれないけれど 流れついたところが与えられた場所なのだと思う。
「行ってみようか」そう自分の心に問いかける。 臆病で不安がってばかりいる自分を笹舟に乗せてみるのもよし。
お線香が短くなってもう大丈夫かなと家路についた。
自転車は気持ちいい。どこまでも走っていけそうな気がする。
| 2013年09月26日(木) |
あっけらかんと生きること |
今日も秋晴れ。コスモスが気持ちよさそうに空を仰いでいる。 私も一緒に深呼吸したいなって思った。風のようなこころになって。
そわそわと落ち着かない母を励ましながら送り出す朝。 昨日は強気だった母も「なるようになるよ」なんて言って出掛ける。
午後、試験が終わったと電話があった時にはへらへらと笑っていて どうやら思った以上に試験問題が難しかったようだった。 試験会場の人に「また来ます」と言って約束してきたよなんて。 そんな話を聞いているとやはり合格は無理かもしれなかった。 合否判定は来週になる。もし合格していたら大ばんざいだった。
結果はどうであれすごく頑張った母に私は百点満点をあげたいと思う。
仕事を終えて帰り道、ちょっぴり不安なことがあった。 考えないようにしようと思っていてもそれが襲ってくる。 母のようにあっけらかんとしていられたらどんなに良いだろうか。
平穏な日々のはざまにちくちくと針のように突き刺さる出来事。 それを痛いと感じるのか、たかが虫刺されと感じるかの違いだと思う。
気楽に生きていくのは簡単そうで実は難しいことなのかもしれない。
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