ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年09月25日(水) 母さん頑張れ

山里の職場へ向かう朝の道、ひとりふたりとお遍路さんの姿があった。
後姿に横顔に会釈をしながら追い越して行く。とても清々しい朝だった。


水曜日、姑さんのリハビリの日であったけれど
山里の母が気がかりでならず、姪っ子に付き添いを頼んでしまった。
そのことで少し義妹のご機嫌を損ねてしまったけれど
気にすることはないよと夫が言ってくれてずいぶんと気が楽になる。

例の試験を明日に控え、母は気が気でないように焦っていた。
私がいないとネットの模擬試験も出来ないこともあって
今回だけは母を助けてあげようと夫と相談して決めたことだった。

そうしてあげて良かったのだなとつくづくと思った。
母はほっとしたように喜んでくれて今日も猛勉強に励んでいた。

きっと大丈夫、もし駄目でも再試験があるよ。
何度だって挑戦できるのだから、気楽に臨めばいいよ。

そう言って励ませば、「いや、一発で合格してみせる」と強気の応答。
母らしいなと思わず微笑んでしまった。すごいすごい頑張り屋さん。

丸くなった背中をよけいに丸めてなんだか猫みたいになって
一生懸命頑張っている母の姿がとても誇らしく思えてきた。


明日もきっと心地よい風が吹くはず。その風を母に捧げたいなと思う。

秋晴れの空の下、風に吹かれながら一歩を踏み出す姿がとてもまぶしい。



2013年09月24日(火) コスモス咲いて

職場の庭にコスモスが咲き始めた。
先週の金曜日にはまだ一輪二輪だったのが今朝はたくさん。
私の好きな白いコスモスもちゃんと咲いてくれていて嬉しい。

いつかの晩秋、咲き終わったコスモスを母が嫌って
片っ端から引き抜いてしまったことがあったけれど
その時の種が毎年ちゃんと芽吹いてくれているのだなと思う。

真っ青な青空。秋風に揺れるコスモスはなんとも可愛い花だった。




昨夜のこと、息子のお嫁さんのご家族と一緒にお食事会をする。
息子たちは結婚式も披露宴もせず先月入籍を済ませていた。
それではあまりにも寂しいと両家の家族でささやかにお祝いをすることに。

それは和気あいあいと楽しい宴になった。
あちらのお父様はすっかり酔っぱらってしまってすごく陽気になる。
もう飲めないと言うのをうちの夫がどんどん注文したりして困らす。
負けました。勝ちましたなどと言い合い、みんなで大笑いになった。

綾菜も愛嬌をふりまきその場をずいぶんと和ませてくれた。
人見知りをして泣き出すのではないかと心配していたけれど
すぐに慣れてくれてあちらのご両親もとても喜んでくれた。

来年の二月には新しい命が誕生する。男の子かしら女の子かしら。
綾菜にも「いとこ」が出来る。ちょっぴりお姉ちゃんらしくなることだろう。


楽しい時間はあっという間に過ぎて、もっと語り合いたいなと思いつつ
いざ解散となるとなんとも寂しかった。「またやりましょうよ」
そう約束をしてそれぞれが家路についた。後ろ髪をひかれるように。

いろんなことが順調。それがとてもとてもありがたくてならない。

こうして素晴らしいご縁をいただいたことも感謝しきれないほどだった。

これからもどうか、どうかと手を合わす日々が続くことだろう。

みんなが笑顔でいられますように。みんなが幸せを感じていられますように。



2013年09月22日(日) 愛ちゃん

祖母の命日。早いものでもう8年になる。
お彼岸でもあり今年こそはと思っていたけれどお墓参りに行けなかった。
遠いと言う理由だけでいつも疎かにしていることを心から詫びたいと思う。

「愛子」という名のおばあちゃんだった。

愛ちゃん、その名の通りお茶目で可愛らしいおばあちゃん。
優しくていつもにこにこしていて私の大好きなおばあちゃんだった。

子供の頃、トウモロコシの皮でお人形を作ってくれたり
春はぼた餅、秋はおはぎとそれはそれはとても美味しかった。

たくさんの思い出が今でも鮮やかに浮かんでくる。
亡くなった時はとても辛くて寂しかったけれど
愛ちゃんはずっとずっと私の心の中で今も生き続けているのだと思う。

いつもお空から見守っていてくれてありがとう。
愛ちゃん大好きだよ。これからもずっとずっと忘れることはないよ。


最後に愛ちゃんに会った時に一緒に歌ったうたがあったね。
私の手を握り締めて「おて手つないで野道をいけば」って
もう息をするのが精一杯だったのに最後まで歌ってくれたのだった。

あの時の手のぬくもり。それが愛ちゃんのすべてだったように思う。

そのぬくもりをどうして忘れることなどできようか。



2013年09月20日(金) つゆ草の花

つゆ草って初夏に咲く花だと思い込んでいた。
少女の頃からとても好きだった花なのにどうして忘れていたのだろう。

雑草の生い茂る職場の庭にそこだけほっこりとその花が咲いていた。
彼岸花のように決して華麗ではないけれど
まるで秋の空のように青くてとても可愛い蝶々のような花だった。


一週間ぶりの山里、空気がひんやりと爽やかで美味しい。
昨日の気まずさもあったけれど、「おはようさん」母の明るい声が嬉しい。
たまっていた仕事をとんとんとこなす。私は忙しのが大好きだった。

母は来週に迫った自動車保険の資格更新試験に向けて猛勉強をしている。
試験はパソコンで行われるため、高校のパソコン講座に通い始めて半年。
まだ少しマウスの使い方などが不慣れだけれど、一生懸命に頑張っている。
インターネットでの模擬試験に挑戦したりしているけれど結果は不合格。
解答を確認しながら、間違った箇所をノートに書き写しチェックをする。

そんな姿を見ていると母ってすごいなとつくづく感心するのだった。
その反面、なんだか可哀想にも思えてきて複雑な気持ちにもなる。
そろそろ引退させてあげたい。けれどもそれを言うと母を怒らせてしまう。

年なんて関係ないんだよ。いくつになっても挑戦出来るのだからと。

明日からまた三連休、「あんたは休むよね」と何度も念を押す。
私がそばにいないとパソコンを起動するのがとても不安なのだそうだ。
特にインターネットは不慣れで何度教えてもうまくいかなかった。

一人でも大丈夫、きっと出来るから。そう言って励まして帰路についた。
模擬試験で合格になったら自信も出来てくるだろう。
がんばれ母さん、いつも言っているでしょ。「やってやれないことはない」

試験は来週の木曜日、私も出来るだけ母を助けてあげたい気持ちでいっぱいだった。


ねえ母さん、落ち着いたら庭のつゆ草を一緒に見ようね。

「可愛いね」って母さんの笑顔が目に見えるようだよ。



2013年09月19日(木) 空のように生きている

雲ひとつない。そんな空を見上げながら
そんなふうに生きられたらどんなにいいだろうかと思った。

晴れたり曇ったり、時には雨や嵐だったり。
空のように生きている。あるがままにと自分をゆるしながら。



頑張ったかいがあって今日は川仕事を終えることが出来た。
とは言ってもまだ第一段階の準備を完了しただけなのだけれど
最初のハードルを越えたような心地よい達成感が待っていた。

「お疲れさま」とお互いをいたわりあうひと時。
二人だから出来たこと、夫の背中がとてもたくましく見えた。


午後、程よい疲れのはずが思ったよりもひどかったらしく
なんだか気が抜けたようになって二人ともぐったりと寝転んでしまった。

ちょうどその頃、山里の母から仕事のことで電話がかかってきた。
一瞬苛立つ。「お願い、明日にして」とつい声を荒げてしまったのだった。
応える母の声も苛立っている。どんなにか気を悪くしたことだろうか。

これには深く反省。私のこころに余裕が足りなかったのだと思う。

人間だもの、どんな時だってある。そう言って自分をなだめてみるばかり。



夕暮れ時、あんずとのんびりゆったりと散歩をしながら一番星を見つけた。
どこまでも広い空。茜色に染まればひとつひとつの星が生まれてくる空。

そうだった。今夜は十五夜、綺麗な月を見上げてみるのもいいな。








2013年09月18日(水) 彼岸花が咲いて

お大師堂のそばに彼岸花が咲き始めた。
鮮やかな真紅の花と純白の花が心を和ませてくれる。

真紅の彼岸花は少しどきどきとする。
子供の頃に触ってはいけないよと祖母に言われたことを思い出す。
だからいまだに一度も触れたことのないままおとなになった。

白い彼岸花はなんとなくほっとする。
花嫁衣装を着た花嫁さんみたいではっとするほど美しい。
そっと触れてみる。壊れてしまいそうに儚い優しさが伝わってくる。




今日は姑さんのリハビリの日だった。
川仕事のせいにしてお休みしなくてほんとうに良かったと思う。
いつもの平行棒での歩行練習を、今日は片手で挑戦してみることになった。
出来るかな、出来るかなとはらはらしながら見守っていたけれど
やってやれないことはない。姑はふらつきながらもすごい頑張っていた。
それを二往復もやってみせてみんなをおどろかせる。
拍手と笑顔の花が咲き感動で胸がいっぱいになったほどだった。

諦めない勇気、挑戦する勇気、すごく大切なことを教わった気がする。
きっと歩けるようになる。希望を捨てずにこれからも応援したいと思った。



お大師堂の彼岸花。姑さんにも見せてあげられたらいいな。



2013年09月17日(火) 秋晴れて

今朝は気温がぐんと低くなり、涼しさを通り越して肌寒いくらいだった。

空は雲ひとつない秋晴れ。ひんやりと爽やかな空気がとても心地よい。


午前中は川仕事、水が冷たいかなと思ったけれどそうでもなくて
やがて薄っすらと汗も流れ始めてはあはあしながら二人で頑張る。
毎年のことだけれど、ひとつひとつの作業をこなしていきながら
どうかこのまま順調でありますようにと願わずにはいられなかった。

「博打みたいなものだからな」夫は毎年そう言う。
どんなに苦労をしてもそれが必ず報われるとは限らない。
かつては収穫ゼロの年もあり、途方に暮れたことをふっと思い出す。

だからと言って不安がってばかりいては前に進めない。
やれるだけのことをやって後は天に任せるしかないのだと思う。

「お疲れさん、今日はえらく頑張ったね」微笑みあう一瞬が希望につながる。



あと二日もあれば漁場の準備も完了するのだけれど
明日は姑さんのリハビリの日で夫が一人で川仕事へ行く事になった。
リハビリをお休みしようかと考えていたら夫が首を横に振る。
「俺は一人で大丈夫だから、連れて行ってあげてくれ」と言うのだった。

週に一回のリハビリをほんとうに楽しみにしている姑のことを
息子である夫も母親のことをすごく思っているのだなとつくづく感じた。

「忙しいのにすまないねえ」明日は姑にそう言わせないようにしたい。
そう思いつつ、ふっと言葉や行動で姑に気を遣わせてしまうのではないかと
気になったりしている。気まずい思いだけはさせてはいけないのだ。

どんな日もあるけれど、出来ることを出来る日に。
そうしてみんなが笑顔でいられるように明日の風に吹かれてみようと思う。


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