今日は川仕事の予定だったけれど雨で中止になる。 さあやるぞと勢い込んでいた気持ちが一気に崩れ落ちた。
こんな日は何もせずにだらだらと怠惰に過ごすのがいちばん。 そう決めると心も身体もゆったりとしてきてとても落ち着いてくる。
夫と茶の間でテレビ三昧をしていた。 「徳さんのお遍路さん」これは毎週楽しみにしている番組。 興味がないと言いながら付き合ってくれる夫に感謝している。 今日は59番札所の「国分寺」からだっのだけれど 住職さんのお言葉がとても好きだなって思った。
「雲の上には青空がある」
それは以前に山里の母が言ってくれた言葉と同じだった。 母の顔を思い浮かべながらその言葉の意味をかみしめていた。
午後からは「ビフォアーアフター」これも大好きな番組。 古くて不便でどうしようもないような家がリフレッシュされていく。 完成された時の依頼者の何とも言えない喜びに満ちた笑顔。 感動して涙ぐんでいる場面もあって、ついついもらい泣きをしてしまう。
そうして夕食時には今日から始まった「大相撲秋場所」 相撲好きの夫に影響されて私も大相撲のファンになって久しい。 好きだった把瑠都関が引退したとのことでちょっぴり寂しいけれど 豊ノ島、栃煌山、地元出身の力士を応援するのについつい力が入る。
今夜はこれから「八重の桜」その後は「半沢直樹」とテレビ三昧の夜が続く。 一緒に見てくれる夫がいてくれてほんとにありがたいなとつくづく思う。
ちょっと昔の私はまったくテレビを観ない人だったから。 いつもPCにかじりついてひどいネット中毒だった時期があった。
今はなるべく夫と過ごす時間を大切にしている。 おかげで会話も増えて毎日が楽しくて幸せだなってすごく感じるのだ。
| 2013年09月14日(土) |
猫じゃらし風にゆれて |
土手の猫じゃらしが可愛い。 ちろちろと風に揺られながら語り合っているよう。
若きススキの穂に野菊もよりそってちいさな秋を見つけるのも嬉しい。
今日は綾菜の保育園で「敬老会」があった。 もちろん初めてのことでわくわくしながらどきどきしながら出掛ける。
保育園に着くと綾菜が目に涙をいっぱいためて先生に抱っこされていた。 お友達のおじいちゃんやおばあちゃんがたくさん来て人見知りをしたとのこと。 それでもしばらくすると慣れてきてみんなと一緒に遊び始めた。
お歌の時間、向かい合って手遊びをしながら一緒に歌う。 げんこつやまのタヌキさんは綾菜の大好きな歌だった。
それから少し早目の昼食、土曜日はいつも軽食だと言うこと。 蒸しパンとバナナで牛乳をおかわりしてごくごくと飲んでいた。
食後はテラスで少しだけ遊ぶ。お友達はみんな走り回っているけれど まだ歩けない綾菜はひたすらハイハイをしてみんなを追いかけていた。 早く歩けるようになったら良いなとつくづく思う。もう少し、あと少しだ。
眠くなってぐずりだす子もいて敬老会は午前中でおしまいになった。 みんなおじいちゃん達と帰り始めたというのに、綾菜はいやいやをする。 先生にしがみついて「まだ帰りたくない」と意思表示も出来るようになった。
嫌がるのを無理やり連れて帰る。昨日もそうだったんですよと先生も笑っていた。
それだけ保育園が好きになってくれて嬉しいことだなと思った。 この先、私たちが忙しくなって土曜日のお迎えが出来なくなっても大丈夫。 それはちょっぴり寂しいけれど、綾菜の成長の一こまを見たような気がした。
帰宅してお昼寝、目が覚めたらおやつと綾菜と過ごせる時間はほんとうに楽しい。 夏の間は散歩も出来なかったけれど、今日は土手にあがって猫じゃらしで遊んだ。 こちょこちょするとくすぐったいの。恐る恐る手で触ってみるしぐさも可愛い。
夕方には娘が迎えに来て、またまた「帰りたくない」と駄々をこねる。 目にいっぱい涙をためている綾菜をなだめながらクルマに乗せた。
それにはバーバももらい泣き。ジージも寂しそうに見送っていた。
「また来週もお願いね」娘の一言がとても嬉しかった。
| 2013年09月11日(水) |
夕焼け小焼けで日が暮れて |
夕方あんずと土手を散歩しながら、真っ赤に燃えるような夕陽を見た。 なんだかどきどきするような紅が西の山に吸い込まれるように落ちていく。
よっこらしょ、どっこいしょ。何度もよろけながらあんずが歩く。 坂道で転んだり側溝に落ち込んだりしながらも、すごく頑張っている姿。
微笑ましくもありながらちょっぴりせつなさも感じたりしている。
ふっと今朝のリハビリでの姑の姿と重なった。 まったく歩けなくなってしまってかれこれ5ヶ月だろうか。 出来ていたことが出来なくなる。その現実と必死で闘っているのだと思う。
歩行器での歩行練習を今日も一生懸命に頑張っていた。 リハビリの先生が「今日はこれくらいにしておきましょう」と言っても 「もう一回やります」と再度挑戦して見せて皆を驚かせたりもした。
あんずも同じ、毎日が訓練であって彼女の挑戦なのだと思う。 勢いをつけて駆け上がっていた石段、走って駆け下りていた坂道。 それがもう出来なくなってしまってどんなにか戸惑っていることだろう。
お家はすぐそこ、「もう少しだよ、がんばれ」声をかけるのが日課になった。 時には疲れてしまってもう一歩も歩けなくなる時があるけれど 手助けをしたり抱っこしてあげたりもせずに、じっと見守るようにしている。
そうしたら彼女は必ず歩き出す。一歩一歩お家を目指して最後まで頑張る。
「えらかったね、すごい頑張ったね」いっぱいほめてあげて晩御飯。
それはそれは幸せそうに食べてくれる。今日の夕焼けは最高だったねあんず。
見上げれば雲ひとつない青空。その真っ青な空に羽ばたいてみたくなる。 鳥になりたいなって思った頃もあったっけ。なんだかとても遠い日のこと。
午後から川仕事の予定だったから、朝のうちに買物に行く。 スーパーではなくて近くの地場産市場まで自転車ですいすいと。 心地よい風に吹かれながらいっぱいしんこきゅうをしながら行った。
「芋のつる」を買った。たくさん出ていて今が旬なのかなと思う。 涼しくなってきたからそろそろ煮物も良いなあなんて。 「芋のつる」それはさつま芋の茎の部分のことなのだけれど 全国的に食べられている物だと思っていたら、高知県だけだとか。 以前にケンミンショーで紹介されていてびっくりしたことがあった。 さつま芋の茎だけあって甘みがあってとても美味しい季節の食材である。
午後は川仕事を頑張って帰宅したらもう三時を過ぎていた。 自転車でお大師堂に行くつもりだったけれど、足が棒のようになっていた。 仕方なくクルマに飛び乗ってお参りに行く。怠け者だなとお大師さんに叱られそう。
手を合わせて今日という日に感謝する。願い事をしてはいけないと思いながらも いつも願ってしまう。「願い」と「祈り」の区別がいまいちよくわからない。
家族のことや友人のこと。手を合わすこと、イコール「祈り」であってほしい。
さて夕方になり「芋のつる」を厚揚げと煮てみようと台所に立ったものの 頭の中が一瞬ぽかんとなってしまって下ごしらえはどうしたものかわからなくなった。
こんな時には母に訊くのがいちばんと、さっそく電話して教えてもらった。 ふむふむ、沸騰したお湯で一度湯がくのね。それからザルにあげ冷水で洗う。 厚揚げも良いけど油揚げのほうが美味しいよとか。ちょこっとサラダ油を入れてねとか。
その後で母は「早く来てね、助けてよ」ってちょっと声を荒げて叫んでいた。 私がいなくてもなんとかなるだろうと思っていたけれど、ちょっと大変そう。
例のごとくでこちらをたてればあちらがたたずだった。 でもどうしようもできない時ってあるよね。今がその時なんだなって思う。
母の顔を思い浮かべながら「芋のつる」を食べる。
「美味いな」って夫の笑顔が幸せだなってすごくすごく感じた夕餉のひと時だった。
今日は雨の予報ではなかったのに小雨が降ったりやんだりの一日だった。 夕方には雨がやんでいてほんの少し夕焼けが見える。 そして今は西の夜空に三日月と一番星がきらきらと輝いている。
まるで絵のような夜空。しんみりと少しだけせつなさを感じている。
日中は川仕事、機械の調子も良くなって順調にはかどる。 他の仲間よりも遅れているけれど、急ぐことはないよねと夫と語り合う。 ぼちぼちとマイペース。二人で力を合わせて少しずつ頑張っていきたい。
川から帰宅するとポストに一枚の葉書が届いていた。 見慣れた文字に思わずにっこりと微笑んでしまう。 ほんのちょっとしたことなのだけれど、話したいことがあると 彼は必ずそうして葉書を寄越してくれるのだった。 電話ではなくあえてそうする。そういうところがすごく好きだなと思う。
私はちょっぴり悪戯心が芽生えてきて、返事を遅らせてしまう時もある。 まだかな、まだかなと待っている姿を想像しては微笑みがとまらなくなる。
今の世の中、携帯電話やメールとずいぶんと便利になったけれど 文通も良いもの。心と心が旅をし合って巡り会うような気持ちになる。
ポストに投函すれば明くる日には届く距離だけれど ささやかな旅をしながら微笑みに会いに行くのも楽しみなことだった。
お便りどうもありがとう。待っていてね。必ずかならず会いに行くから。
| 2013年09月08日(日) |
花火と大切な仲間たち |
曇り日、赤とんぼがおひさまをさがすように飛び交っていた。 雲の上のおひさまはきっと優しく微笑んでいることだろう。
そよ吹く風は秋の風、土手の若きススキの穂が気持ちよさそうに風に揺れている。
昨夜は先週から順延になっていた花火大会が無事に行われた。 初秋の花火も風情があって良きもの。なんだか少しせつなさを感じた。 とても暑かった今年の夏を思い出す。夜空を彩る花火に押しやられるように もう夏はふり向くこともできなくなってどんどんと遠ざかっていくのを感じる。
「バーベキューをするよ」と誘ってくれた友人夫妻。 バドミントンを通じて仲良くなりかれこれ20年以上の歳月が流れていた。 ずっと一緒のクラブで頑張っていたけれど、廃部になって2年半が過ぎた。 体力的にも限界を感じていた私はそのままほぼ引退という形になってしまった。 でもふたりはその後も他のクラブに所属して今でも現役で頑張り続けている。
「諦めたらいけないよ、続けなくちゃ」何度励ましてもらったことだろう。 その言葉を励みに私も他のクラブへ行ってみたけれど長続きしなかったのだった。
昨夜は他の若いメンバーも集まってくれて、なんとも懐かしくてたまらなかった。 みんなが私のことを覚えていてくれる。それがとてもありがたくてならない。
バーベキューはわいわいと盛り上がりとても楽しい夜を過ごすことが出来た。 花火が始まるとみんなで歓声をあげる。それはそれは綺麗な花火だった。
そしてふっと感慨深くおもう。バドミントンのおかげでたくさんの縁に恵まれたこと。 このまま自分から遠ざかってしまっても良いのかと自問自答を繰り返していた。
大好きだったバドを続けられる限り頑張ってみたい。 そう思う反面、もしも怪我をしてしまったらと不安にも駆られる。 必要なのは「勇気」それさえあればきっと復活出来るような気がするのだった。
もう以前のようには動けないかもしれない。 まわりのみんなに迷惑をかけてしまうかもしれないけれど 出来るものなら復活したい。最後の最後まで続けられたらどんなに良いだろう。
バド仲間のNちゃんとTちゃんが代行運転を名乗り出てくれて家まで送ってくれた。 とてもとても楽しかった夜だと言うのに、なんだかほろりと涙が出そうな夜でもあった。
例年ならまだまだ残暑が厳しい頃だけれど 9月の声をきくなり一気に秋めいてきたように思う。
つくつくぼうしの声もか細い。逝く夏を惜しむように鳴いている。 空は澄み渡りどこまでも高く鰯雲が魚そのものに空を泳いでいる。
今日も川仕事の予定だったけれど、朝の一時間ほど山里の職場に行く。 母がのんびりと出勤してくるなり私が帰るというものだから なんだか職場を掻き回したような感じになって悪かったなと思う。 ばたばたとした気忙しさ。急ぎの仕事を済ますと飛ぶようにして帰って来た。
帰宅するなり大急ぎで川仕事に向かったのだけれど 一時間もしないうちに杭を打つ機械が故障してしまった。 なんてことだ。夫とふたりで修理屋さんに駆けつけて直してもらう。
すぐに直って良かったね。また川に戻り作業を始めたら5分もしないうちに また機械が動かなくなってしまったのだった。もうお手上げ状態である。
今日は休みなさいって言うことかもしれないね。 ちょっと早いけどお昼にしようよ。お楽しみのお弁当をゆっくりと味わう。
なんだか今日はお遊山みたいね。二人で顔を見合わせながら笑いあった。
とんとん拍子とか、そうはうまくいかないのが世の中。 どんな時もあるものだなあと思うとなんだか可笑しくなってしまった。
結果的にくたびれもうけの一日になってしまったけれど、それもよしと思える。
だってなんだか楽しかった。どんなことがあってもありがたい一日だもんね。
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