| 2013年07月18日(木) |
ぽっかりと空いた夜に |
昨日よりも今日と暑さが競い合っているようなこの頃。 今日も猛暑日となりうだるような暑さとなった。 夏は決して嫌いではなかったはずなのに こころのどこかでは早く過ぎ去ってほしいと願っている。 まだまだこれからの夏だもの。うまく付き合っていきたいものだ。
仕事帰りにそのままクルマでお大師堂にお参りに行く。 やはりとても涼しい。自然の風ほどありがたいものはない。 ゆらゆらと風に揺れるろうそくの炎を見ていると なんだか「いのち」が揺さぶられているような不思議な気持ちになった。
だいじょうぶ。生きているよねって確かめるように手を合わす。 そうして平穏無事に感謝する。ここにこうしていられることのありがたさ。
今日も無事に暮れていく。それは決して当たり前のことではなかった。
夜になると、いつも姑のことが気がかりになり毎晩出かけて行くのが日課だったけれど。 昨夜は義妹が気を遣ってくれたのか、遠回しではあったけれど もう来なくても良いようなニュアンスで声をかけてくれた。 なんだかほっとしたような。それでいて少し寂しいような気分になる。
このところ姑の精神状態はとても落ち着いていることもあって 私もそろそろお役御免になっても良いのかなと思った。 叔母が亡くなってからひと月、毎晩一緒に唱えた般若心経。 それは些細なことだったけれど、少しでも役に立っていたのだろうか。
ぽっかりと空いてしまった夜をどうやって埋めよう。
半分より少しふっくらとした月を見上げながら物思いにふけっている。
| 2013年07月17日(水) |
百日紅の花が咲くころ |
ご近所の庭に咲く百日紅の花がとても鮮やか。
そのお家の老夫婦が亡くなってしまってずいぶんと経つけれど 「主なくとも花は咲く」そのことがちょっぴりせつなく感じる。
県外に住んでいる息子さん夫婦が時々は帰ってくるのだけれど 普段は空き家同然でひっそりとしていてとても寂しい。 そんな寂しさを打ち消すように今年も百日紅の花が見事に咲いてくれたのだ。
愛でる気持ちを大切にしたいと思う。毎日見上げるのがもう日課になった。
今日は姑さんのリハビリの日。毎週水曜日をとても楽しみにしている。 普段は寝たきりの姑もこの日ばかりは活き活きとしていて笑顔でいっぱいになる。
そうして一生懸命に頑張っている姿を見るのがとても嬉しかった。 リハビリの先生はとても優しくて熱心でいつも姑を励ましてくれる。 今日は特別に駐車場まで付いて来てくれて、クルマに乗るまで見守ってくれた。
手を振って見送ってくれる。それは姑にとってどんなに嬉しかったことだろう。 良い先生に出会たことに今さらながら感謝の気持ちでいっぱいになった。
きっと歩けるようになる。そう信じて決して諦めてはいけないのだと思う。
どんなに長い時間がかかってもいい。ずっとずっと見守ってあげたいと思う。
それが私たちに出来ること。夢と希望の「一歩」が待っている。
夕方あんずと一緒に土手にあがると とても心地よい風が吹き抜けていた。
昼間の暑さがうそのよう。 両手を広げて鳥みたいに羽ばたいてみたくなる。
ひょっこりひょっこりとあんずが歩く。 まるで風に身を任せているかのように ゆらりゆらりと気持ちよさそうに歩く。
ほんの100メートルくらいだろうか。 もう疲れてしまってやっとの思いで家に帰った。
土手の階段を下りるのが苦手になってしまって 踏み外しては転んでしまうのだけれど はあはあ言いながら一生懸命に我が家を目指す。
晩御飯も少しだけ。このところすっかり食欲が落ちた。 ドックフードは殆ど食べず、お肉の缶詰ばかり食べている。 それでもガツガツと食べてくれたらとてもほっとする。
犬小屋のまわりにも打ち水をいっぱいして 少しでも涼しいところで寝させてあげたかった。
おやすみなさい。それは一方通行だけれど のそのそと犬小屋に潜り込む後姿にいつも声をかける。
無事に朝を迎えられますようにそればかり願っている。
どうしようもなく老いることのせつなさ。
けれどもいっしょうけんめいに生きようとしている大切ないのち。
| 2013年07月15日(月) |
お大師さんとふたりきり |
今朝は少し曇っていて今日は涼しそうだなと思っていたのだけれど そうは問屋が卸さず午後からまた猛暑が襲ってきた。
昨日は孫三昧をさせてもらってとても楽しかったものだから 今日は何も予定がなくて、なんだかぽっかりと穴があいたような気持ち。 ふっとどこかに出かけてみたくなって夫を誘ってみたのだけれど 運転するのがめんどくさかったのかあっさりと却下されてしまった。
つまらないな・・・と文句も言えず、結局だらだらと過ごしてしまう。 録画していた二時間ドラマなど見ながら時間をつぶすばかりだった。
午後、少し早目にお大師堂へお参りに行く。 それは避暑を兼ねていた。大きな銀杏の木があるお大師堂は 川風もともなってとても涼しい風が吹き抜けている。
浜木綿の花も咲きそれがふっとお遍路さんの姿に見えたりする。 誰かと語り合いたいなと思った。けれどもそこには猫さえもいない。
お大師さんとふたりきり。お供えしてあるおせんべいをひとついただく。 パリポリと音が響く。「美味しいね」って独り言もお大師さんに届くだろうか。
「ご馳走さまでした」手を合わせて帰る時、ふっと何かの気配を感じる。 やはりひとりぼっちではなかったのだと思った。とても清々しい帰り道。
帰宅すると遠き地に住む友人からお中元が届いていた。 普段はとても食べられないマスクメロンが二個も入っていた。 いつも季節の贈り物を届けてもらってほんとうにありがたいことだと思う。 一個はさっそく孫の綾菜に届ける。それから半分こしたのを姑さんに届けた。 ふたりともメロンが大好きなのでとても喜んでくれて私も嬉しかった。
姑は先日病院へ行ってから、一気に精神状態が落ち着いて来ている。 毎晩一緒にお経を唱えていたけれど、それも必要ないようだった。
苦にしていたつもりはないのだけれど、なんとも気楽になってほっとしている。
どうかこの平穏がずっと続きますように。祈る気持ちだけは持ち続けたいと思う。
| 2013年07月13日(土) |
いつものようにいつものことを |
夏の朝のなんともいえない清々しさが好きだ。 早起きのおひさまが元気いっぱに背伸びを始める頃 朝風が負けまいと大きく深呼吸をしているのを感じる。
洗濯物をたくさん干した。今日も暑くなりそうねと空を仰ぐ。 タオルもパンツも嬉しそう。きっと気持ち良いのだろうなあ。
午前中に買い物に行こうかなと思っていたら 夫が思いついたように息子たちの新居を見てみたいと言い出す。 まだお引っ越しはしていないのだけれど、外から見てみようか。 家から10分くらいと近くてさっそく行ってみることにした。
まわりは田園地帯、すぐ近くに水車もあったりして環境はとても良い。 おまけに新築のマンションでとても綺麗でハイカラな建物だった。
ここから新生活が始まるのだな。なんだか自分のことのようにわくわくする。 どうか何事も順調でありますように。手を合わすような気持ちでその場所を後にした。
帰り道にスーパーに寄って買い物。うどんが半額だったので四玉も買った。 それから明日は綾菜のお守りなので、スイカも買っておくことに。 お昼は冷やしうどんにして二人で四玉のうどんを平らげる。 新生姜をすりおろして冷たいおつゆで食べると最高に美味しかった。 私は食べ過ぎて胃が痛くなる。けれどもすごく幸せだなって思った。
午後は茶の間にエアコンをつけて涼しいところでテレビ三昧する。 録画していた番組を片っ端から見ていたけど、うたた寝もしてしまった。 とろりんとろりんと良い気持ち。すごくまったりとした時間を過ごした。
そうして今日も夕暮れていく。いつものようにお大師堂にお参りをして いつものようにあんずと散歩に行って、お楽しみの霧の雨も降らしてた。
いつものことがちゃんと出来ること。それがとてもありがたくてならない。
今夜は余裕を持って姑さんにも会いに行けそうだ。 気楽に遊びに行くのだと思って自分に出来ることをしてあげたいと思う。
おや?どこからか打ち上げ花火の音が聞こえてくるよ。
| 2013年07月12日(金) |
霧の雨を降らしてあげよう |
夕方になると庭に打ち水をするのが楽しみで 今日は仕事帰りにホームセンターに寄ってホースリールを買ってきた。 新しいのはやっぱり良いな。水の出方が何種類かあって ミストなんかにするとほんとに霧みたいな水が出てとても楽しい。
花にも水をあげたり、玄関のポーチにも霧の雨を降らす。 あんずにもちょっとかけてあげたら「うわぁ涼しいよ」って顔をして喜ぶ。
ふむふむこれは癖になるな。明日も霧の雨を降らしてあげよう。
そんなこんなで夕方はちょっと忙しい。 お大師堂に行く時間、その後のあんずの散歩。そして水やり。 今日は気が向いたので草むしりもしてしまった。
お風呂に入ってやっと落ち着いたかなと思ったら 姑さんちに行かなければいけなくなってそわそわしてくる。
そんな状態でこうしてパソコンに向かっているものだから なんだか思うように綴ることが出来なくて苛々したりするのだった。
行けない日があっても良いのじゃないかと夫は言ってくれるけれど ほんとうにそれでも良いのだろうか。ひたすら良心がとがめるばかり。
出来ることを出来る時にと何度も自分に言い聞かせているのだけれど 出来なくても出来るように努力することも大切なのかもしれなかった。
生活のリズムというか。これまでずっとそのリズムに乗って暮らしてきた。 そのリズムが少しずつ変わってきていて、戸惑っている自分を感じる。
無理をしているのか。いや決してそうではないのだと思いたい。
とにかく慣れること。そうすればもっと気楽に暮らしていけるのだと思う。
姑は今夜も待っていてくれるのだろうか。だとしたら行かなくちゃ。
疲れた・・・ちょっとだけ疲れた。でもだいじょうぶ。私は大丈夫だよ!
| 2013年07月11日(木) |
ほっとほっと手を合わす |
「暑いですね」って言うのがなんだか合言葉のようなこの頃。
それでも朝の山道はそんな暑さを忘れさせてくれるほど涼しい。 クルマの窓を全開にして清々しい風をいっぱいにあびながら 木立のあいだを縫うようにくねくねと走って行くのが楽しみだった。
今朝は山里に着くなり月見草の花が咲いているのを見つける。 その花を見るといつも思い出す懐かしいひとがいた。 もう20年近く会っていなくて、元気にしているかしら。 会おうと思えば会える距離に住んでいながら なかなか思うように会いに行くことが出来ずにいたのだった。
会いたい人には会いにいかなくては。 年を重ねるごとにそんな思いが強くなる。
日中はまたまた猛暑に見舞われたけれど 夕方には涼しい風が吹き始めて生き返ったような気持ちになる。 自転車で風に吹かれながらお大師堂に向かった。
そうしたらなんとなく会えそうな気がしていたお遍路さんと再会する。 山梨出身のⅯさん。すっかり顔なじみの仲良しさんだった。 いつも元気なMさんもここ数日の暑さにすっかり参っている様子。 真夏の歩き遍路はどんなにか辛いことだろうと思う。 明日は休養日にしてお大師堂でゆっくりと休むことをすすめる。 Mさんも頷いてくれてまた明日の夕方会う約束をして別れた。
待っていてくれると言う。それはとてもありがたいことだった。
帰宅して今度はあんずとお散歩。 最近のあんずはほんの少しの距離しか歩けなくなった。 それでも毎日の散歩をとても楽しみにしている。 「よういどん」をするのも変わらず勢いをつけて走り出す。 そうしてすぐにくたばってよろけてしまうのだけれど はあはあ言いながら一生懸命に歩いている姿に感動すらおぼえる。
この夏を越せるだろうか、ふっと不安になる時もあるけれど あんずの生命力を信じてこれからも見守ってあげたいと思う。
今日も平穏無事。ほっとほっと手を合わす。
夕風が夜風に変わりこの心地よさを忘れずにいたいものだ。
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