ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年06月29日(土) まあるく生きる

ここ数日、梅雨らしいお天気が続いている。
おひさまも恋しいけれど、涼しくて過ごしやすかった。

玄関先のツバメの子供たちが無事に巣立つ。
あたりを飛び交うツバメ達を眺めながら、どの子かしらと探している。
みんな飛ぶのが上手になってとても見分けられないのだけれど。



五日ほど日記を書けずにいた。なんとも落ち着かない日々でもあった。
考えることがたくさんあって頭の中がごちゃごちゃしていて
それを綴ることが出来ればどんなにか気分が楽になるだろうと思った。

その矢先、長年愛用していたパソコンがまた壊れてしまう。
修理に出すのは何度目だろう。度重なる不調が大きなストレスになっていた。
夫に相談したら「仕方ないだろう」と言ってくれて
ついに新しいパソコンを購入すことが出来た。

こうしてまた日々を綴ることが出来るようになってとてもほっとしている。
毎日は書けないかもしれないけれど、ささやかな日々を残しておきたいと思う。



姑のこと。実は先日叔母が亡くなってから、ずっと情緒不安定な日々が続いている。
認知症とは違うのだけれど、ひどい幻覚症状が出ているのだった。
いちばんの仲良しだった妹を亡くしたショックがよほど大きかったのだろう。
時が薬と信じて家族みんなで見守ってきたけれど、
一緒に暮らしている義妹は夜もまともに眠れずすっかり参っているのだった。
とにかく心のケアが必要に思われ、私も毎晩姑に会いに行くようにしている。
そうして二人で般若心経を唱えるのが毎晩の日課となってしまった。

姑は毎晩私が来るのを待っていてくれる。
最初はそれが少し重荷に感じたけれど、今はもう大丈夫になった。
「自分に出来ること」なんだか大切な使命を与えられたような気がする。
姑が少しでも微笑んでくれるととても嬉しい。その嬉しさを忘れたくない。




息子のこと。二度と結婚はしないのだとずっと言っていたのだけれど
突然メールが届き、おつきあいしている彼女を紹介したいと言う。
もしや?と思ったその通りだった。来春には赤ちゃんが生まれるのだと言う。
喜ぶべき報告だったけれど、寝耳に水のごとくですっかり戸惑ってしまった。

それも会ってみればとても感じのよい女性でほっと胸をなでおろす。
今度こそ幸せになってほしい。あたたかな家庭を築いてほしいとひたすら願っている。


ごちゃごちゃとしていた頭の中が今はすっきりと落ち着いてきた。
何事も「なるようになる」そう思って気楽に日々を過ごしていきたいと思う。


穏やかさはこころの中から生まれてくるものだもの

まあるくまあるく生きていこうではないか。



2013年06月23日(日) バーバの宝物

ぽつぽつと小雨の降る日曜日。
今日も気温が低目でずいぶんと涼しかった。

毎週日曜日は孫の綾菜に会えるのを楽しみにしているのだけれど
このところなんだか押しかけるのが悪いような気がしてならない。

おそるおそる娘にメールしては様子を伺っては行くようにしている。
お婿さんが夜勤の仕事なので、朝からお邪魔するのも気が引ける。

それでも娘が「おいでよ!」って言ってくれるとすごく嬉しい。

長居は禁物。今日も綾菜に昼食を食べさせてから急いで帰って来た。
見送ってくれた綾菜が玄関先で泣いた。「後追い」と言うのだろうか。
「ばあちゃん帰らないで」って言っているようで胸が張り裂けそうになる。

欲張りなバーバは一日中一緒にいられたらどんなに良いだろうかと思う。
けれども「会わせてもらっている」そう感謝しなければいけないのだろう。

また今度の日曜日にね。そう言って約束できないのも辛いけれど
つかの間でも会えることはほんとうに嬉しいことだった。

綾菜の笑顔はバーバの宝物。ぎゅっとぎゅっと抱きしめたくてたまらない。



2013年06月22日(土) 平和だね

くもり時々晴れ。気温が低目でずいぶんと涼しい。

玄関先のツバメの子供たちが朝からとても元気だった。
巣から可愛い顔をちょこんとのぞかせてなんとも微笑ましい姿。
親ツバメが餌を運んでくると一斉に口をあけて大騒ぎとなる。
みんなたくさん食べて大きくなってね。なんだか我が子のように見守っている。


ここ数日の慌しさを思うと、なんだか気が抜けたようになってぽかんと過ごす。
何をする気にもならなくて夫も一緒になって茶の間でごろごろとするばかり。

午後四時頃になってやっと動き出そうとあんずを誘って散歩に出掛けた。
一緒にお大師堂に行くのはほんとうに久しぶりだった。
涼しさのおかげなのかあんずの足取りも軽やか。
転んだりすることもなく無事にお大師堂まで頑張って歩く。

顔なじみのお遍路さんがふたり。お互いに再会を喜び合う。
あんずのことをいつも気にかけてくれていて
今日は一緒に来ているねってあんずに優しく声をかけてくれた。

つかの間のひと時ではあったけれど、笑顔がとても嬉しかった。



帰宅してチャーハンを作る。しゃかしゃかと作る。
平和だねって夫と向き合ってはなんとも幸せな気持ちになった。

ずっとずっとこんな穏やかな日が続くといいな。





2013年06月21日(金) 時はくすり

心配していた台風の影響もほとんどなく
程よい雨に恵まれて今も雨が降り続いている。


一昨日、姑をリハビリに連れて行き、また叔母を見舞った。
病室には面会謝絶の札がかかっており、危篤状態であることを知る。
もうすでに意識がなくなっていて姑の呼ぶ声も届かず。
握り締めた手を握り返す事もなくなんとも辛い対面であった。

もう駄目かもしれない。誰もがそう思っていた。
覚悟はしていてもそれを目の前に突き出されたような気持ちになる。

それからわずか三時間後。叔母が亡くなってしまったと知らされた。
姉が会いに来てくれるのを待っていてくれたのかもしれない。
意識はなくても必死で名を呼んだその声がきっと伝わったような気がする。


昨夜のお通夜、今日の告別式と慌しく時は流れるばかり。
その慌しさが悲しみや寂しさを少しでも遠ざけているように感じた。

「時はくすり」と言うけれど、これからの日々をくすりに思って
元気だった頃の叔母の笑顔を思い出しながら癒される日々であってほしいものだ。

最愛の妹を亡くした姑の心境を思うと、とても心が痛むけれど
これからも家族で支えあって、姑がいつも笑顔でいられるように見守っていきたい。



2013年06月18日(火) 母ふたり

曇り日。気温は真夏日にはならなかったけれどとても蒸し暑かった。
南の海上にまた台風が発生したようだ。今後のコースが気になってならない。


風邪薬が効いたのか、体調がずいぶんと良くなる。
仕事に行けないことはなかったのだけれど
午後から生活習慣病の集団検診があったので結局休んでしまった。

その事を母に話していなかったものだから
またまた心配をかけてしまったようで「大丈夫かね?」と電話がある。
なんだかズル休みをしてしまったような気持ちになり後ろめたかった。


お昼にはなんとびっくり。ヘルパーさんがおかずを持って来てくれる。
姑から私が寝込んでいると聞いたそうで、届けるように頼まれたのだそうだ。
これにはなんとも申し訳なくて嬉しいと言うよりむしろ罪悪感を感じた。
姑を騙してしまったような気分になったのは言うまでもない。
昨夜無理をしてでも姑のところに行くべきだったのかもしれなかった。

私のちょっとした怠け心のせいで、ふたりの母に心配をかけてしまったのだった。


反省をしているうちに少しずつ感謝の気持ちが込み上げてくる。
心配してくれる母がふたりもいてくれてなんてありがたいことだろうと思う。

今夜はこれから姑に会いに行こう。そうして笑顔でおしゃべりをしよう。

明日はリハビリの日。「また一緒に行こうね」って言ってあげようと思う。



2013年06月17日(月) 穏やかな夕暮れ

今日も厳しい暑さ。梅雨はいったいどこに行ってしまったのか。
まだまだ夏はこれからだと言うのに、早くも夏バテ気味である。


昨日の午後からまた熱が出てしまった。
なんのこれしきとは思えなくて、すっかりダウンしてしまう。
そんな体力のなさ気力のなさも年のせいだろうかと思うと情けない。

今朝は熱も下がっていたのだけれど、仕事はお休みする。
母に心配をかけてしまってなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

一日中ころころと寝て過ごす。買物にも行けなくて晩ご飯もあり合わせ。
それでも文句ひとつ言わない夫にほんとうに感謝している。

今夜は義妹が遅番だったので、姑の晩ご飯も用意しなければいけなかった。
そうしたらヘルパーさんがお寿司を買って来てくれているとのこと。
夫が食べさせに行ってくれてとても助かった。

自分がしなくちゃってすごく責任感を感じていたけれど
みんなで助け合えばなんとかなるのだなと思う。
出来る日もあれば出来ない日もあるのだもの、時には甘えるのも良い。


姑の介護はヘルパーさんのおかげでどんなに助かっていることか。
本来なら嫁の私がしなければいけないことをすべてしてくれているのだ。
ほんとうにありがたいことだと思う。手を合わせて感謝したいと思う。



午後七時半、こんなに日が長かったのかとはっとした。

西の空をほうずき色に染めて今日の太陽が落ちていく。

穏やかな夕暮れ。しあわせだなって思った。こころがほっとしている。



2013年06月15日(土) 時を食べる蟲

薄日が射しているかと思えば突然のにわか雨。
カラ梅雨が深刻な問題になっているだけあって
いっそどしゃ降りの雨になれば良いのにとふと思った。

ご近所の紫陽花がもう盛りを過ぎて枯れ始めてしまった。
桜のように潔く散れない花。椿のようにぽとんと落ちることも出来ない花。
それは毎年さだめのように朽ちて化石のような花になってしまう。

なんだか憐れでならないけれど、決して目を背けてはいけないように思う。



朝から何もする気がしなくて、ものすごく怠惰な一日を過ごす。
「トドが寝ているみたいだ」と夫が苦笑いするのもわかる気がする。

もっと時間を有効に使うべきだと思うだけ思って
だらだらと時を食べる蟲のように過ごすのもけっこう癒されるものだ。


夕方近くなると雨もやんでやっと動き始める気になった。
今日も自転車でお大師堂へ行く。水の補給もしなければいけなかった。

ずっとながいことあんずと一緒に歩いて通っていたけれど
最近の暑さが堪えているのか、あんずは日に日に足が弱っているようだ。

お大師堂から帰ってから近場を散歩に連れて行くのだけれど
よろけて転んだり時には尻もちをついて座り込むことが多くなった。

その現実を受け止める。それはどうしようもないことだと思う。

あんずとともに歩き続けた散歩道。あんずのおかげで歩けた道だった。


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