ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2013年06月14日(金) 焼肉いいね

連日の真夏日、蒸し暑さにいささか参っている。
夏風邪をひいてしまったらしく、一昨日の夜から少し微熱あり。

昨夜は息子の誕生日祝いと父の日を兼ねて家族がみな集まる。
夏風邪もどこへやら、私もすっかり元気になって楽しい夜を過ごした。

食卓のイスが五つしかなくて大急ぎで物置から古いイスを引っ張り出す。
綾菜の分もちゃんとあって六人家族の食卓がちゃんと出来た。

わいわいと焼肉。きょとんとした顔の綾菜がその場を和ませてくれて
お肉はまだ食べられないのだけれど、ポテトを焼いて美味しそうに食べてくれた。

焼肉いいね。またやろうねって約束をしてお開きになる。
みんなを見送った後は火が消えたようにしんと静かになって寂しい。

私は気が抜けたようになってまた発熱、薬を飲んで早めに床に着いた。



今朝は熱も下がっていて、もう大丈夫と仕事に行く。
職場のエアコンが苦手。鼻水とくしゃみが止まらない。
帰宅する時はクルマの窓を全開にして自然の風を楽しんだ。
どんなに暑くても自然の風が好きだなってつくづく思った。


自転車でお大師堂へ。ここ数日まともに歩いていないと言うのに
「お遍路万歩計」がついに88番の大窪寺に到着していた。
なんと一年と5ヶ月近く経っている。ながいながい旅と言って良いものか。
毎日少しずつの積み重ねが結果になって表われるということはとても嬉しい。

お遍路さんの苦労を思えばほんとうに些細なことだけれど
私も毎日が旅だと思ってまた二巡目を頑張りたいと思う。

いろんなことがある毎日、平凡な日もたくさんあるけれど

そんな平凡こそが「しあわせ」その気持ちを忘れずにいたいものだ。




2013年06月12日(水) 命のともしび

心配していた台風の影響もなく青空に恵まれる。
とても蒸し暑く、この夏いちばんの暑さになったようだ。

玄関先のツバメの巣から小さくて可愛いひな達の姿が見えた。
今年も駄目かもしれないと諦めかけていたから、なんとも嬉しくてほっとする。

どうか無事に巣立ってくれますように、そっと見守りながら手を合わせている。



水曜日は姑のリハビリの日。一週間がとても早く感じる。
姑が楽しみにしているのと同じように私も楽しみにしていた。
歯を食いしばって一生懸命頑張る姑の姿に今日も感動をおぼえる。

リハビリを終えてから入院している叔母のお見舞いに行く。
実は昨日従姉妹から電話があって、最悪の状態であることを知った。
意識があるうちになんとしても姉と妹を会わせてあげたかった。
会話が出来るのも今日が最後かもしれないと思うと心がとても痛む。

けれどもみんなで微笑みながらまた来週会いに来るねって約束をした。

命のともしびがもうすぐ消えようとしている。
どんなに願ってもどんなに祈っても、それはどうしようもなく儚いものだった。


帰宅して夫が姑にすべてを打ち明けた。
姑は悲しいと言うより悔しくてたまらないような顔をして絶句する。
言わずにいたほうが良かったのではないかとふと思ったけれど
「覚悟」をしていたほうがずっと良いのだと夫は言う。

覚悟をするのはほんとうに辛いこと。けれども誰も逃げることはできないこと。



お大師堂で手を合わせながら、ろうそくの灯りが目に沁みるようだった。

その灯りをいつものように消す。それはほんとうにあっけなく消えていく。






2013年06月10日(月) 息子の生まれた日

昨日から雨が降り始めやっと梅雨らしくなったように思う。
しばらくは雨を楽しむのも良いかなと思っていたのだけれど、
台風が不気味に近づいているようで、なんだか心配になってきた。
どうか恵みの雨で留まってほしいものだと願っている。



今日は息子の34歳の誕生日。
最近顔を見せないのでどうしているかしらと気になっていたら
昼間私の留守にちらっと帰って来てくれていたらしい。
父親と二人で昼食を食べたと言うので
とっさに炊飯ジャーの中身を確かめる母であった。

今日は何もお祝いをしてあげられなかったので
近いうちに娘達一家も呼んで何かご馳走してあげようと思う。

もう34歳。なんだか信じられないような気持ちになる。
20代の頃の若さとくらべるとちょっぴりおじさんになったような。
同級生の殆どがもう結婚をして子育てをしている最中でもある。

しかし息子はまったく焦るような気持ちも見せず独身を楽しんでいるよう。
それを「めんどくさい」の一言で片付けてしまうような一面もあった。

今はそれでも良いのかもしれないけれど、40代、50代になった時を思うと
やはり奥さんや子供がいてくれたらどんなにか良いだろうかと思うのだった。

父も母もいつまでも健在とは限らない。
息子がいつでも帰って来られる「我が家」そのものがいつか無くなってしまうのだ。

二度と結婚はしないと言う息子にあれこれと言うつもりはないけれど
もしかしたらご縁があってまたその気になってくれる時もあるかもしれない。

ながい目で見守ってあげることが親の務めのように思ったりしている。


幼い頃のことをたくさん思い出した今日という日。

34年間も母でいられたことをほんとうにありがたく思っている。



2013年06月08日(土) そろそろ雨かな

そろそろ雨が近いのだろうか。
午後から曇り空、そして少し蒸し暑くなった。


午前中に買物、姑が食べたがっていた「ぼた餅」を見つけて買う。
帰宅してさっそく持って行ってあげたらすごく喜んでくれた。
ヘルパーさんが毎日昼食を用意してくれているので
電話しておいた方が良いかなと思ったのだけれど
姑はどちらも食べるから大丈夫と食欲旺盛な様子だった。

それから少し昔話をしていた。おばあちゃん子だった娘の話など。
もうずいぶんと歳月が流れたけれど幼かった頃の娘の姿が目に浮かぶ。
「あんなこともあったね、こんなこともあったね」
思い出している姑は笑顔でいっぱいになってとても和やかなひと時だった。



午後、少し早目にお大師堂へ行く。
水の補給や掃除など、なんだかそれが当然の事のように思える。
地区長さんにお願いしていたトイレの汲み取りも済んでいてほっとする。

昨日の三人のお遍路さんは無事に旅立ったようだった。
残念だったのはゴミをそのまま残して行っていたこと。
こんなことはめったにないことなのだけれど
お参りに来ている人達に見つかったらそれを問題にする人も必ず居る。
早目に来てみて良かったと思った。大急ぎでゴミを持ち帰る。

私にとっては些細なこと。それよりも三人に出会えたことのほうがずっと嬉しい。

これからもたくさんのお遍路さんが立ち寄ってくれることだろう。
いつも綺麗なお大師堂で、川のせせらぎを聞きながらくつろいでほしいものだ。






2013年06月07日(金) 旅はみちづれ

ここ数日梅雨らしくないお天気が続いている。
蒸し暑さも感じずとても過ごしやすいのだけれど
農家の人達にとっては雨不足が深刻な問題なのではないだろうか。
何もかもが順調とは限らないものだなとつくづく思ったりしている。



今日はお大師堂でとても嬉しいことがあった。
先日の少年遍路さんと明くる日に出会った青年遍路さんが再会出来たこと。
そうしてまた偶然出会ったというもう一人のお遍路さんも一緒に居た。
いつもはしんと静まり返っているお大師堂も今日はまるでお祭り騒ぎ。
その三人の輪の中に私もちょっぴりまぜてもらってとても楽しかった。

少年遍路さんは順調に進んでいれば、もう伊予路を歩いているはずだった。
けれども途中で熱が出てしまって民宿で二泊して休養していたそうだ。
まだ身体が本調子ではなくて、まるで我が家に帰るように戻って来たらしい。
そうしたらちょうど打ち戻って来た青年遍路さんとばったり再会したと言う。
そこにもう一人のお遍路さんが到着する。すぐに仲良くなって意気投合したらしい。

すべてが偶然と言ってしまうのはたやすい。
けれどもなんだかすごく特別な「縁」を感じずにいられなかった。

日々の暮らしのなかでも、「あの日そこに行かなければ」とか
「あの時ああしなかったら」と後ですごく不思議な気持ちになる事が多い。

その結果、良い事もあれば悪い事もある。それが世のしくみかもしれない。

今回は良いことでほんとうによかったと思う。

しかもその場所が「お大師堂」きっとお大師さんがひき合わせてくれたのだろう。

耳を澄ませば、三人のお遍路さんの笑い声が聞こえてきそうな気がする。

みんなで励ましあってきっとこれからも無事に元気に旅を続けることだろう。



2013年06月05日(水) 笑顔の一日

曇り日。梅雨時とは思えないほど涼しい風が吹く。

今日は姑のリハビリの日。
これから毎週水曜日に病院へ通うことになった。
朝からヘルパーさんが来てくれて身支度を整えてくれて助かる。
大好きなリハビリの先生に会うのだから、お化粧もしなくちゃ。
などと冗談も言い合ったりしてにこにこ笑顔で病院へ向った。

退院してから4日目。ちょっと久しぶりのリハビリではあったけれど
頑張り屋さんの姑は歯を食いしばって一生懸命に頑張っていた。

びっくりしたのは両手で手すりを持って10歩くらい歩けたこと。
それは入院中には出来なかったらしくリハビリの先生も大拍手だった。
「じゃあ今度は片手で身体を支えて立ってみましょう」
どうかな?大丈夫かな?はらはらしながら見守っていたら
それもちゃんと出来るではないか。すごいね、すごいねと歓声をあげた。

これからのリハビリがとても楽しみになった。いっぱい応援してあげたい。


リハビリを終えて今度は「ココアタイム」
入院している間にすっかりココアが大好きになった姑だった。
そのココアを飲んでいる時に、同じくらいの年のおばあさんと一緒になった。
愛想よく話しかけてくれていつもは人見知りする姑も笑顔でおしゃべりをする。
そうしたらなんとそのおばあさんが姑と同郷で幼馴染の友達だったことがわかる。

60年ぶりの再会だそうだ。二人ともすっかり年をとってしまって
昔の面影もほとんどないと言うのに偶然とは言えなんと嬉しいことだろう。

「いい日だったね」帰りのクルマの中でもその話で持ちきりだった。


毎週のリハビリ。最初は夫と大変だねって言い合っていたけれど
気がつけばそれが少しも苦になっていないことを感じる。
むしろ楽しみになった。早く水曜日になれば良いなってもう待ちかねている。

「世話になったねぇ」帰宅した姑はそう言って労ってくれたけれど、

私達はして当然のことをしているのだと思う。

姑の笑顔がいちばん。嬉しいよってむしろ姑に感謝したいほどだ。



2013年06月04日(火) 母の気持ちになる

朝の窓辺から真っ青な青空を見上げる。
梅雨も中休みだろうか。しばらくは晴天が続きそうだ。

出勤途中の国道で昨日の少年遍路さんを見つける。
声をかけることはできなかったけれど
「頑張ってね」ってこころの中からエールを送った。


山里の職場に着き、母が出勤してくるのを待つ。
昨夜電話で話したのだけれど、詳しいことが聞けなくて
とにかく顔を見てちゃんと話しを聞くまでは安心できない。
病院ではどこも異常が見つからなかったとのこと。
単なる疲れかもしれないと本人はケロっとしているありさま。
それなのに首の痛みは治まらず、今日も辛そうに仕事をしていた。

もう75歳。いったいいつになったら母に楽をさせてあげられるのだろう。
ちっぽけな会社なんか早くなくなってしまえば良いのにとふと思ってしまった。



今日も夕暮れ散歩。あんずと一緒に夕陽に向って歩く。
お大師堂に蝋燭のあかりが見えていてお遍路さんが来ているのがわかる。
扉をトントンと何度か叩いてみたけれど、一向に返事がなかった。
仕方なくそっと扉を開けてみると、ぐっすりと眠っているお遍路さんの姿。
起こしては可哀相に思って、忍び足でせめてお線香をと中に入ってみる。
そうしたら結局起こしてしまって、悪いことをしたなあとちょっと反省。

けれども起こしてあげて良かったようだ。
お大師堂の外のトイレに鍵がかかっていてとても困っていたのだと言う。
なんとかしてあげなければ。地区長さんに電話してみたら、鍵はかけていないと言う。
おかしいなあ、どうして開かないのだろう。ガチャガチャとドアノブを何度も回してみた。
そうしたらやっとドアが開いてくれてお遍路さんと二人で大喜びする。

トイレ騒動のおかげでそのお遍路さんとはあまり話が出来なかったけれど、
年齢は20歳くらいだろうか。昨日のお遍路さんと五日ほど一緒に歩いたそうだ。

「頑張って追いつきます」って言っていた。また二人が会えると良いなと思う。

旅は道づれって言うもの。さずかった縁はきっと繋がっているのだと信じている。

昨日、今日と若いお遍路さんと出会うことが出来てなんだかすごく新鮮な気持ち。

ふたりのお母さんはどんなにか心配しているだろうななんて思いながら

私も母の気持ちになって、ふたりの旅の無事を祈り続けようと思う。











 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加